2024/11/03(日)「花嫁はどこへ?」ほか(11月第1週のレビュー)

 ニューズウィーク日本版のデーナ・スティーブンズが褒めていた映画「喪う」(Netflix)を見ました。原題は“His Three Daughters”(彼の3人の娘たち)。ニューヨークに住む父親が危篤となり、疎遠だった三姉妹が実家に集まる。久々に顔を合わせた3人には父を看取る中、さまざまな感情が去来する、という物語。

 三姉妹に扮するのは長女が「ゴーストバスターズ アフターライフ」のキャリー・クーン、次女が「ロシアン・ドール 謎のタイムループ」(Netflixのドラマ)のナターシャ・リオン、三女が「アベンジャーズ」シリーズのエリザベス・オルセン。次女は後妻の連れ子で他の2人とも父親とも血は繋がっていませんが、2人が家を出たのに対し、父親と暮らしていました。

 アパートとその周辺で終始する地味な作りですが、三女優の緊張感のある演技で見応えがありました。父親が初めて登場するラスト15分にちょっとした仕掛けも用意されています。脚本・監督のアザエル・ジェイコブス(日本では劇場公開作なし)のこれまでの作品はIMDbでの採点は高くないものの、いくつかの作品でプロから高い評価を受けているようです。
IMDb7.2、メタスコア84点、ロッテントマト98%。

「花嫁はどこへ?」

 列車の中で花嫁を取り違えたことから始まるドラマを女性の人権問題と笑いを交えて描くインド映画。前半は取り違えのリアリティーのない描写をはじめ、なんだこの程度かと思いましたが、後半の展開が見違えるほど素晴らしいです。

 取り違えられたのはプール(ニターンシー・ゴーエル)とジャヤ(プラティバー・ランター)。列車の車両には3組の新婚夫婦がいて、花嫁はいずれも赤い結婚衣装にベールをかぶっていました。眠ってしまったプールの夫ディーパク(スパルシュ・シュリーワースタウ)は途中で席が入れ替わったことを知らず、夜だったこともあって別の花嫁の手を引いて列車を降りてしまいます。その花嫁がジャヤで、家に着いて初めてディーパクと家族は違う花嫁を連れてきたことに気づきます。

 普通に考えれば、手を引かれるところでジャヤは誤りに気づくはずですが、訳を聞かれたジャヤはベールをかぶっていたし、靴しか見えなかったと話します。とりあえずディーパクの家に滞在することになったジャヤには不審な行動が目に付きます。一方、プールは途方に暮れていたところを駅の屋台の女主人マンジュ(チャヤ・カダム)たちに助けられ、店を手伝って働き、初めて賃金を手にします。

 監督2作目のキラン・ラオはインドの女性が社会的に低い立場にある現状を描き、幸福な結婚生活を送りたいプールと結婚以外の自分の夢を持つジャヤをどちらも肯定的に描いています。一見悪そうな警察官(ラヴィ・キシャン)が実は、というお決まりの展開も含めて社会問題を組み込んだ娯楽映画としてよくまとまっています。ラオ監督の手腕は確かです。

 映画の中で花嫁は夫の名前を口にしませんが、この理由についてパンフレットに解説がありました。「インド女性にとって夫は敬うべき神のような存在とされてきた。妻が夫を名前で呼ぶことは夫を自分と対等とみなす行為であり、それは夫への敬意を欠いた、恥じらいのない女子を意味する」。はあ、どこまで男尊女卑の社会なんだと思ってしまいますが、これは映画が描いた2000年代初頭までのことだそう。女性の地位は徐々に上がってきているそうです。しかし、一昨年公開された「グレート・インディアン・キッチン」(2021年、ジヨー・ベービ監督)でもミソジニー(女性蔑視)や男性が生理の穢れを嫌う描写はありましたから、まだまだなのでしょう。

 プロデューサーを務めたのは「きっと、うまく行く」(2009年、ラジクマール・ヒラニ監督)の大スター、アーミル・カーン。カーンはラオ監督の元夫だそうです。
IMDb8.4、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)
▼観客15人(公開初日の午後)2時間4分。

「アイミタガイ」

 中條ていの原作を「彼女が好きなものは」(2021年)の草野翔吾監督が映画化。原作は「思いもよらない幸せのリンクに心が震える傑作長編小説」(連作短編集)だそうですが、映画に関して言うと、人間関係がリンクしすぎじゃないかと思えました。最後にあの話もこの話もどの話も全部繋がってくる構成に「心が震える」どころか「そんなことあるわけない」とややシラけます。関係してくるのは一つか二つで良かったんじゃないですかね。話を作りすぎの印象になってしまっています。

 ウェディングプランナーとして働く秋村梓(黒木華)の親友・郷田叶海(かなみ=藤間爽子)が海外で事故死する。梓は中学時代、いじめられていたところを叶海に助けられ、何でも話せる親友になった。叶海の死を受け入れられず、梓は今も叶海のスマホあてにメッセージを送り続けている。梓には恋人の澄人(中村蒼)がいるが、梓は幼い頃に両親が離婚したこともあって結婚に踏み出せない。叶海の四十九日が過ぎた頃、両親の朋子(西田尚美)と優作(田口トモロヲ)は叶海のスマホを見て梓のメッセージに気づく。

 映画はこのほか、梓が93歳の女性(草笛光子)に金婚式でのピアノ演奏を頼む話、叶海と児童養護施設との縁、婚約指輪を宝飾店に買いに行く澄人の話などを描いていきます。どれも悪い話ではないんですが、描写にメリハリが乏しいのが難で、クライマックス、梓が駅の近くで叶海の両親に初めて会う場面などもう少しドラマティックな撮り方が欲しいところでした。全体を貫く芯が弱いのも物足りなさの要因になっています。

 梓と叶海の中学時代を演じるのは近藤華と白鳥玉季でこれはぴったりのキャスティング。藤間爽子は出番は短いですが、名前通りの爽やかさで好印象を残しました。

 タイトルの「アイミタガイ」が漢字じゃないのは梓の祖母(風吹ジュン)が使った「相身互い」の意味を梓も澄人も知らなかった(聞いたこともなかった)ことによります。うーん。
▼観客4人(公開初日の午後)1時間45分。

「サウンド・オブ・フリーダム」

 人身売買阻止活動を進める非営利団体オペレーション・アンダーグラウンド・レイルロード(OUR)の創設者ティム・バラードを主人公にしたサスペンス。小児性愛者(ペドフィリア)の毒牙にかかった子どもたちを救出する活動をエンタメ的に描いています。

 主人公のバラード(ジム・カヴィーゼル)が米国土安全保障省捜査官として活動する前半はまずまずの出来ですが、米国外での活動が制限される捜査官を辞めて、人身売買組織(コカインも製造してます)があるコロンビアのジャングルに単身潜入していくあたりから「007」の出来損ないみたいな展開になります。ペドフィリアを扱うのにエンタメ的描き方で良いのかと思ってしまいますが、さらに驚くのはエンドクレジットでカヴィーゼルからのスペシャルメッセージがあること。カヴィーゼルは映画を自賛した上で募金への協力を求めます。映画の画面にQRコードを表示する始末で、最悪な上に醜悪。

 英語版Wikipediaによると、バラード自身が「一人でジャングルに入ったわけではないし、子供を救出するために男を殺したわけでもない」と話しているそうです。「事実を基にした物語」をうたう映画が最近多いですが、どこまでが事実なのか分からず、1%の事実に99%のフィクションを重ねた場合だってあるかもしれません。多くの子どもが性的倒錯者の犠牲になっているのは事実でしょうが、この映画の内容をすべて事実と受け取るのは愚かしいです。

 なお、バラードは性的違法行為(性的暴行やグルーミングなど)で5人の女性から告訴され、OURのCEOを2023年に解任されました。さらに「バラードと主演のカヴィーゼルはどちらもQAnon運動の陰謀論を信じている」そうです。Qアノンのバカバカしい陰謀論を簡単に信じる人がこの映画を見ると、より強固な誤解に凝り固まってしまう懸念がありますね。監督は「リトル・ボーイ 小さなボクと戦争」(2014年)のアレハンドロ・モンテヴェルデ。
IMDb7.6、メタスコア36点、ロッテントマト57%。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)2時間11分。

「トラップ」

 M・ナイト・シャマラン監督のサスペンス。観客3万人のライブにサイコキラーが来るという情報をつかんだ警察が厳重な警備体制を敷き、犯人を逮捕しようとします。このライブ会場自体がトラップ(罠)というわけです。実はもう一つ罠があったことが終盤に分かります。いくらなんでも都合が良すぎるだろ、と何度も思える前半の展開に比べれば、後半は少しましでした。もちろん、観客に罠を仕掛けた「シックス・センス」(1999年)のレベルには遠く及びません。

 予告編で暗示され、公式サイトでもネタを割っているので書きますが、その犯人というのは娘とともにやって来た消防士のクーパー(ジョシュ・ハートネット)。一見優しい父親のクーパーは12人を殺したブッチャーと呼ばれるサイコキラーで、今も1人の青年を監禁し、遠隔操作でいつでも殺せる状態に置いています。会場をどう抜け出すのかと思ったら、コンサートのスタッフが秘密をべらべらしゃべったり、そんなに簡単にうまくいくわけないと思える手段で娘を歌手に接近させたりで、これでは犯人が特に優秀でなくても楽々脱出できてしまいますね。このあたり、脚本の安易さが目に付きました。

 世界的歌手のレディ・レイブンを演じるのはシャマランの娘で歌手・女優のサレカ・シャマラン。「ザ・ウォッチャーズ」(2024年)で映画監督デビューをしたイシャナ・シャマランの姉に当たります。例によって、シャマラン監督自身も画面に(長々と)登場しますが、後半、サレカに大きな役割を与えるシーンもあり、観客から自分と家族を贔屓しすぎてると反発されるんじゃないですかね。それも低評価の一因なのでは、と思えました。
IMDb5.9、メタスコア52点、ロッテントマト58%。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間45分。