2024/11/10(日)「十一人の賊軍」ほか(11月第2週のレビュー)

 東京国際映画祭の東京グランプリに吉田大八監督、長塚京三主演の「敵」(筒井康隆原作)が選ばれました。日本映画が最高賞を受賞するのは根岸吉太郎監督の「雪に願うこと」以来19年ぶりだそうです。吉田監督と長塚さんによる舞台あいさつ付きの上映(TOHOシネマズ日比谷スクリーン12)を見ました。老境で一人暮らしの元大学教授の日常と妄想をモノクロで描き、吉田監督作品の中でも上位に位置する出来だと思います。グランプリのほか、吉田監督が最優秀監督賞、長塚さんが最優秀男優賞を受賞しました。
東京国際映画祭で「敵」上映後の舞台あいさつ(TOHOシネマズ日比谷)
東京国際映画祭で「敵」上映後の舞台あいさつ

 長塚さんは原作の主人公(75歳。映画では77歳の設定)より若いし、イメージが少し違うかなと見る前は思っていましたが、実際には79歳とのこと。見た後はこの主人公は長塚さん以外には考えられないと納得させられる演技でした。俳優引退も考えていたところに脚本を携えた吉田監督が出演依頼に来て、それが79歳での最優秀男優賞につながったそうです。

 瀧内公美、河合優実の女優陣も良く、特に河合優実は「ナミビアの砂漠」よりずっと可愛く撮られていました(まあ、そういう役ですし、男目線だとこうなります)。ちなみに今回の審査員には「桐島、部活やめるってよ」(2012年)で監督と縁のある橋本愛が入っていました。贔屓する気持ちがなくても間違いなく1票入れたでしょうね。一般公開は来年1月17日からの予定です。

「十一人の賊軍」

 幕末の戊辰戦争で新発田藩(現在の新潟県新発田市)が旧幕府軍を裏切った史実を基にした集団抗争時代劇。「仁義なき戦い」シリーズなどの脚本家・笠原和夫が書いた原案を基に白石和彌監督が映画化しました。

 笠原和夫は1964年(昭和39年)に脚本も書いていたそうですが、現在は梗概しか残っていません(Kindle版が販売されています。16ページで550円!)。それを脚本化したのは「孤狼の血」(2018年)「碁盤斬り」(2024年)など白石監督と組むことが多い池上純哉。笠原脚本なら11人のキャラを細かく描いたでしょうが、映画は描き込みが不足しています。ですから、アクションにエモーションが乗っていきません。そのアクション自体にも特に際立ったところはないと思えました。

 明治元年(1868年)、官軍の大部隊が新発田へ入城して来る矢先、長岡藩救援に赴いていた奥羽列藩からなる同盟軍が新発田を通過するという知らせが届く。官軍と同盟軍との戦火から新発田を救うには、同盟軍が城外を去るまで官軍を途中で食い止めておくしかない。家老の溝口内匠(阿部サダヲ)は一計を案じ、死刑囚をその任に当たらせることを思いつく。こうして死刑囚10人とその監視役として牢同心の鷲尾兵士郎(仲野太賀)が新発田に通じる街道の断崖に立つ砦の死守に当たることになる。死刑囚は役目を終えれば、無罪放免される約束だった。

 笠原和夫の脚本が残っていないのは、当時普通に行われていた東映幹部への脚本音読の際に東映京都撮影所長・岡田茂(後の東映社長・会長)からダメだしをされて、笠原和夫が怒って破り捨てたからだそうです。「昭和の劇 映画脚本家 笠原和夫」(太田出版)によると、元の脚本はペラ350枚(400字詰めだとその半分)。官軍5000人対11人の戦いを描き、最後は11人全員が討ち死にする物語でした。今回の映画が官軍100人ぐらいの規模になっているのは単にエキストラを使える予算規模の問題でしょうし、CGを使う予算もなかったためでしょう。

 しかし、そうしたスケールが構想に届かなくても、ドラマをしっかり作っていれば、もっと面白い作品にすることは可能だったでしょう。エクスペンダブルズ(使い捨て部隊)の悲哀に重点を置いた方が良かったと思います。笠原原案には登場しない女囚人なつ(鞘師里保)を出したのが映画の数少ない利点と思いました。集団抗争時代劇は学生運動が盛んだった1960年代と切り離せないものなのかもしれません。
▼観客20人ぐらい(公開7日目の午前)2時間35分。

「室井慎次 生き続ける者」

 前編「敗れざる者」からほとんど話は進まず、これ前後編でやる意味があったのか極めて疑問です。中身はスッカスカ。前編で見つかった死体の真相は簡単すぎて、少しも話が広がっていきません。一番無意味なのがラスト。あきれ果てました。今年のワースト候補です。

 エンドクレジットの最後に(某俳優が出た後に)「Odoru Legend Still Continue」と出ます。まだやる気ですか、「もうええでしょう」(「地面師たち」)。既に終わったコンテンツなのに関係者だけが「生き続けている」と考えているようです。いや、映画の出来がせめて普通の水準に達していれば、いくら老スタッフの懐古趣味が製作動機でも否定はしないんですけどね。若い頃の成功体験にいつまでもしがみつかず、さっさと忘れた方が良いです。
▼観客13人(公開初日の午後)1時間57分。

「ルート29」

 「こちらあみ子」(2022年)の森井勇佑監督の第2作。中尾太一の詩集「ルート29、解放」からインスピレーションを受け、映画の舞台になった姫路から鳥取を結ぶ国道29号線を旅して脚本を完成させたそうです。他者と必要以上のコミュニケーションを取ることのできない主人公トンボ(綾瀬はるか)と風変わりな女の子ハル(大沢一菜)と旅をするロードムービー。

 「こちらあみ子」ではあみ子一人が違った世界にいるようでしたが、この映画ではハルもトンボも途中で出会う人たちもどこか普通とは違った時間を生きています。悪くない作りなんですが、スローテンポなので何度か睡魔に襲われました。綾瀬はるかはこういう変わったドラマもやりたいんだろうなと思います。
▼観客4人(公開2日目の午前)2時間。

東京国際映画祭で見た作品

以下は東京国際映画祭で見た作品のうち、「敵」以外の5本についてです。

「野生の島のロズ」

 ドリームワークス製作の3DCGアニメ。極めて評判が良く、個人的に今回の映画祭のメインと思ってました。冒頭、ある島に流れ着いたロボットのロッザム7134(ロズ)が島を探訪する様子を描いたシーンは見事な動きと美しさで評判の高さを納得するんですが、その後の話がイマイチと思えました。原作はピーター・ブラウンの童話「野生のロボット」、監督は「ヒックとドラゴン」(2010年)のクリス・サンダース。

 最新型アシスト・ロボットのロズが目覚めたのは大自然に覆われた無人島。未来的な都市生活に合わせてプログラミングされたロズは動物たちの行動や言葉を学習し、徐々に未知の世界に順応していく。ある日、ロズはガンの卵を見つけ、ひなを孵すことになる。ひな鳥をキラリと名付けたロズはハズレ者のキツネ・チャッカリの知恵を借りながら、食べる、泳ぐ、飛ぶという渡り鳥に必要なことをキラリに教えていく。キラリの旅立ちの日、ロズは飛行をアシストするために全力で走り、飛び立った姿をいつまでも見つめ続けた。動物たちと共生し、優しさや愛情を理解しはじめたロズの前に、その居場所を引き裂くような危機が迫っていた。

 基本的には人工対自然の対比を描いているんですが、人工側の描写が不足しています。監督はジブリアニメの影響を受けているそうで、ロズのデザインは「天空の城ラピュタ」などに出てきたロボットに似ていますし、テーマ自体、宮崎駿のアニメでおなじみのものです。宮崎アニメなら人工側に悪役を用意していたはずですが、この映画にセリフのある人間は登場しません。小さな子どもにも分かりやすくするには明確な悪役を用意した方が良かったでしょう。ただ、水準以上の出来なのは確か。映画祭では字幕版での上映だったので、一般公開されたら、吹き替え版の方を見たいと思います。
東京国際映画祭で「野生の島のロズ」を解説する宇垣美里さん(左)と藤津亮太さん(TOHOシネマズ日比谷)
宇垣美里さん(左)と藤津亮太さん

 僕が見た時はアニメ評論家の藤津亮太さんと元TBSアナウンサーで漫画・アニメおたくかつ相当な読書家の宇垣美里さんによる解説がありました。「アトロク2」でもおなじみの2人です。藤津さんは「ガンは2万8000羽、チョウチョは8万匹。かなりの処理能力が必要なので高性能なレンダリングマシンを使ったそうです」といつもながらの詳しさでした。
IMDb8.3、メタスコア85点、ロッテントマト98%。
2025年2月7日公開予定。

「劇映画 孤独のグルメ」

 テレビ版のファンなのでつまらなくてもいいやと思って見ましたが、いやあ、嬉しい驚きレベルの面白さ。脚本があと一息だったり、演出的に足りない部分もあるんですが、韓国場面の爆笑展開で十分満足できる仕上がりでした。入国審査官役のユ・ジェミョンと松重豊の掛け合いが絶妙です。監督は主演の松重豊自身。初監督作として申し分のない出来だと思います。
2025年1月10日公開予定。

「娘の娘」

 「台北暮色」(2017年)の女性監督ホアン・シーがシルヴィア・チャン主演で描く母と娘の物語。同性のパートナーと暮らしていた娘がアメリカで事故死する。娘は体外受精した胚を残していた。さて、この胚をどうするかという話で、選択肢は代理母に頼んで産んでもらうか、生んでもらうにしても里子に出すか、冷凍保存しておくか、廃棄するか。その母親を演じるのがシルヴィア・チャンです。

 祖父母が孫を育てるケースは珍しくないと思いますが、これはまだ孫とは言えない存在なのが悩ましいところです。面白いテーマだと思いましたが、映画はその問題よりも母と娘の関係に焦点を当てています。製作は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)。
コンペティション部門での上映。公開未定。

「純潔の城」

 特集上映「メキシコの巨匠 アルトゥーロ・リプステイン特集」の1本で1973年の作品。映画祭ガイドによると、実際に起こった事件に基づいていて、悪意ある人々から守るという理由で妻や娘を監禁する父親の異常な行動を描いています。メキシコのアカデミー賞に相当するアリエル賞を受賞したそうです。

 父親は妻と長男、長女、次女を18年間、家に閉じ込め、殺鼠剤を作らせています。自分は外に出てそれを売って生計を立てています。ヨルゴス・ランティモス監督の「籠の中の乙女」(2009年)によく似た設定で、ランティモスはこれを参考にしたんじゃないでしょうかね。モノクロ作品でランティモス作品ほど気持ち悪くはありません。
IMDb7.5、ロッテントマト81%(一般観客)。公開未定。

「スターターピストル」

 「ユース TIFFティーンズ」部門での上映。熾烈な受験戦争を戦っている高校生たちの不安と成長を描く中国の青春映画。これがさっぱり面白くないのは僕が中国の実情に疎いからだ、と一瞬思いましたが、考えてみれば、「ソウルメイト 七月と安生」(2016年)や「少年の君」(2019年)のデレク・ツァン監督作品をはじめ胸を打つ中国の青春映画は多いわけで、単純にチュー・ヨウジャ監督の力量不足なのでしょう。
IMDb6.3。公開未定。