2005/10/01(土)「蝉しぐれ」(小説)

「蝉しぐれ」文庫本カバーきょうから公開された映画の原作(藤沢周平著)。東京出張の帰りの飛行機の中で読み始めた。所々に胸を打つ場面があるが、もちろん安易な感傷が狙いの安っぽい小説ではない。多くの苦難に遭いながら、真っ直ぐに生きていく少年の成長を抑制された筆致で描き、教養小説(ビルドゥングスロマン)として読める作品だと思う。

主人公の牧文四郎は15歳。叔母の家に養子になった文四郎は「堅苦しい性格の母親よりも、血のつながらない父親の方を敬愛していた。父の助左衛門は寡黙だが男らしい人間だった」。そんな父が藩の権力争いに巻き込まれ、反逆の汚名を着せられて切腹を命じられる。切腹の前に短い時間、父と会った文四郎は言いたいことも言えずに面会を終えてしまう。

 言いたいのはそんなことではなかったと思った時、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れて来た。
 ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えば良かったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。

文四郎の家は三十石を七石に減じられ、一軒家から古い長屋に居を移す。幼なじみのおふくとの淡い恋心と別れ、2人の親友との交流など少年期の瑞々しい描写を挟みつつ、物語は剣に打ち込む文四郎と藩に渦巻くどす黒い権力争いを描いていく。

もっともっと長く読みたい小説である。これの倍ぐらいの長さがあってもかまわなかったと思う。それほど文体も自然描写の仕方も人物の描き方も心に残る。物語が終わった後にエピローグ的に描かれる20数年後の文四郎とおふくの姿は切ないけれど、通俗的にそこだけを取り上げてどうこう言う作品ではないと思う。巻末にある秋山駿の解説が素晴らしいほめ方をしていて、絶対読まなければという気にさせる。

2005/09/30(金) どぜうなべ

 午前7時前に起床。激しい二日酔い状態。昨夜は知人のIさんに連れられて浅草の駒形どぜうへ。僕はもちろん初めてだが、Iさんも20数年ぶりだそうである。その前に浅草寺にも寄る。夜なので観光客は少ない。参道の店の多くも閉まっていたが、ライトアップされた浅草寺はそれなりに風情があっていい。

 どぜうなべをつつきながら、ビール、日本酒、焼酎。焼酎は甲類と乙類があったので、両方飲んでみた。乙類の方はカストリだそうで、なんだか泡盛みたいな味がした。調子に乗って飲み過ぎたようだ。

2005/09/29(木) 携帯と航空券

 空港の改札で航空券を通したらエラー。「磁気が弱くなっているようです」と言われる。マイルの登録時にもエラーが出ていたので、予想はしていた。先日、航空券を携帯と一緒にバッグに入れていたのが原因らしい。バッグに入れたまま、飲みに行き、7、8時間そのままだったものなあ。これも携帯の電磁波のせいか?

 先月行った沖縄では家内と子供の航空券が同じ状態になった。けっこう、あることのようだ。というわけで、明日まで東京出張。といっても、あまり見るべき映画はないな。

2005/09/28(水) Quicktime 7 Pro購入

 iTunesをアップデートしたら、Quicktime7をインストールするかどうか聞いてきたので、まあいいやと思い、インストール。途中で古いQuicktimeのライセンスキーは使用できませんと出る。はいはい。Quicktimeを起動して設定から登録ボタンを押し、Apple Storeへ行って購入手続き(消費税込み3400円)。以前のIDとパスワードが使えた。ついでにメールアドレスを@niftyからさくらに変更しておいた。

 Quicktimeをインストールすると、秀丸マクロファイルのアイコンがQuicktimeのものに変わる。もう慣れたので、フォルダオプションから、まずアイコンを変更(hidemaru.exeを選ぶと、マクロファイルのアイコンも出てくる)し、その後に関連づけるアプリケーションを秀丸に設定。これでOK。

2005/09/27(火) 「リバーヘッド」

 「リバーヘッド」チラシ24日の日記を読んだ家内が「ふるさときゃらばんの公演、行く?」と聞いてきた。なんと、きょう公演があるというのだ。ああいうことを書いた手前、見ておかないとまずいだろう。家族5人で県立芸術劇場演劇ホールへ行く。ふるさときゃらばんの公演を見るのは「瓶ヶ森の河童(かめがもりのしばてん)」(2002年10月26日の日記参照)以来、ほぼ3年ぶり。

 ホームページの解説には「上流と下流の心をつなぐ新しいMUSICAL 森と川と水源地のものがたり」とある。対象は小学生以上。なるほど、子どもでもよく分かるように作られている。というか、この作りは子どもを意識したものだと思う。

 第一幕は狩猟で暮らしていた人間が農耕へと移る過程を描く。人間たちに米作りを教えるのは中国から海を渡ってきた河童(この河童、「瓶ヶ森の河童」に出てきた河童と同じである)。山奥の村で暮らしていた人々は豊かな暮らしを求めて川下に下りてくる。田んぼを作り、橋を架け、都会との交易で豊かな暮らしをするが、やがて暴風雨が来て、橋は流れ、田んぼも畑も泥に埋まる。山へ帰ろうという人もいるが、もう一度橋を架けようという声が大きくなり、「橋を架けよう、橋を架けよう」という合唱で一幕は終わる。

 第二幕はいきなり現代の話。雨が2カ月も降らず、渇水に見舞われた都会は断水する。ある家族が「水はどこから来るんだろう」と山奥の村へ出かける。そこにはダムがあり、かつての村はダムに沈んでいた。一度は村を捨て、都会に出た人々が帰っており、一人の老人が「川下へ行った孫娘のためにダムの建設に判を押した」と話す。都会の暮らしは便利だが、パチンコなどの遊びにはすぐに飽きる。などという場面を描いた後、地球の水がどこから来たかという説明になり、最後は「地球は水の惑星」という合唱となる。

 子ども向けの作りと感じたのはこうした水の説明があるからだ。ドラマとしても総論で終わった観がある。最初にテーマありきの作りなのだ。だからあまり心に響かない。こういうドラマは各論の方が面白くなる。孫娘の幸せのために判を押したじいさんの話を取っかかりに話を作っていけば、具体性が出たのではないかと思う。

 「戦後最大の台風14号の被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます」。舞台終了後、団員の一人が言った。洪水があったり、断水があったりでタイミング的にはぴったりというか何というか。しかし、そうしたことを言うふるさときゃらばんの姿勢も団員の熱意も好ましいと思う。ホームページを見ると、子ども向けの作品が多いようだ(「走れ!ケッタマシン」は違うのか?)。家族そろって楽しめるミュージカルが方針の一つなのかもしれないが、次は大人向けのミュージカルを見せて欲しい。