2002/09/20(金)「アバウト・ア・ボーイ」

 「シングル・マザーは手つかずの金鉱」。シングル・マザーと付き合ってきれいに別れた経験からウィル・フリーマン(ヒュー・グラント)はSPAT(シングル・ペアレントの会)に出かけることになる。ウィルは38歳の独身男。父親がヒットさせたクリスマス・ソングの印税で生活し、働いたことがない。女との付き合いは長くて2カ月。後腐れのない付き合いを求めているわけだ。なんともうらやましいご身分だが、SPATで知り合ったスージー(ビクトリア・スマーフィット)が連れてきた友人の息子マーカス(ニコラス・ホルト)に出会ったことで、気ままだがどこか物足りなかった人生から脱却することになる。

 製作プロダクションは「ブリジット・ジョーンズの日記」のワーキング・タイトルで、今度は30代の男の本音を語る、というのが売りである。だが、モノローグが多いのが似ているのを除けば、「ブリジット…」との共通点はあまりない。「ブリジット…」が等身大の独身女性を主人公にしていたのに対して、ウィルのような生活を送(れ)る男はほとんどいないだろう。ニック・ホーンビィの原作はイギリスでベストセラーとなったそうだが、これは男の本音を語った映画ではなく、軽妙な展開を楽しむコメディ。もちろん、そこにちょっぴり本音も混ぜてある。

 話として面白いのは普通ならマーカスの母親(トニ・コレット)とのロマンスを展開させるところなのに、そうはならず、ウィルは別のシングル・マザーのレイチェル(レイチェル・ワイズ)に一目惚れする。それが中心になるかと思えば、これはあくまでエピソードの一つで映画はウィルとマーカスの関係に焦点を絞っていく。マーカスは学校ではいじめられているが、母親はそれに気づかない。ウィルとマーカスが互いに影響しあって、マーカスのいじめからの脱却とウィルの生き方の見直しをクロスさせていくのがうまい展開である。

 タイトルが少年のように気ままなウィルも指しているのは明らか。ヒュー・グラントにぴったりな役柄だ。監督は「アメリカン・パイ」のポール・ウェイツ&クリス・ウェイツ兄弟。ワイズとスマーフィットがシングル・マザーの魅力を見せて良かった。

2002/09/18(水)「エリン・ブロコビッチ」

 1993年にアメリカで史上最大級の賠償金を勝ち取った裁判の中心となったエリン・ブロコビッチを描いた実話。美人だが、無学で生活力もないエリン(ジュリア・ロバーツ)が法律事務所に無理矢理勤務して、大企業(PG&E社)が垂れ流している公害(六価クロム)を知る。工場周辺の住民はガンなどの深刻な病に冒されているが、工場側は安全だと言い張っている。エリンのほんの小さな疑問が発展し、634人の原告が集まる大裁判となる。小さな法律事務所の弁護士エド(アルバート・フィニー)とエリンは協力して大企業の不正を暴いていく。

 社会派の題材ながら、スティーブン・ソダーバーグの演出はエリンの人となりを十分に描き込み、普通の女性が大企業に勝っていく過程をメインにしている。これが面白いところ。怒りや正義感を前面に押し出さない映画化で、社会派というと生真面目になりすぎる日本映画は学びたいものだ。ロバーツとフィニーのやりとりはおかしく、それでいて押さえるべきところはちゃんと押さえてある。エリンのサクセス・ストーリーの側面もあり、ちょっと長いが面白かった。

 実際のエリン・ブロコビッチは生活感の漂うオバサンという感じ。1960年生まれだそうだ。映画にウエイトレス役で出演しているとのことだが、僕には分からなかった。PG&E社はPacific Gas and Electric Companyと言うんですね。

2002/09/18(水)「バイオハザード」

 人気ゲームの映画化。といってもストーリーは映画のオリジナルという。地下にある研究所“ハイブ”でウィルスが拡散し、マザー・コンピューターのレッド・クイーンの防御装置が作動。研究員ら500人が全員死亡する。主人公のアリス(ミラ・ジョヴォヴィッチ)は一時的に記憶をなくしており、わけが分からないまま特殊部隊とともにコンピューターを止めようと、ハイブに向かう。クイーンの武器で隊員の半数以上は死ぬが(このレーザー型の殺人兵器の場面がなかなかよくできている)、アリスら数人はなんとかコンピューターの停止に成功。しかし、その途端、ウィルスによってゾンビ化した人間たちが襲ってくる。

 ゾンビ映画というのも久しぶりに見たが、もうこのパターンは描かれ尽くしているので、この映画にも新機軸は見当たらない。頭にダメージを与えれば、ゾンビを仕留められるというのはこれまでと同様だし、咬まれると感染するのも同じ。いつこどこかで見た光景ばかりである。ポール・アンダーソン監督の演出も荒っぽく、ショック演出ばかりが目につく。しかし、ミラ・ジョヴォヴィッチの魅力が映画に輝きを与えた。セクシーでアクションもこなすカッコ良さ。もともと気が強そうな顔つきだが、襲い来るゾンビ軍団を撃退して地上へ脱出するリーダー的存在として説得力がある。ミラがいなければ、映画はどうしようもない出来になるところだった。ミラ主演で2作目が計画されているとのこと。次作でもミラの魅力を堪能させてくれる映画に仕上げてほしいところだ。

2002/09/17(火)「メメント」

 ビデオでようやく見る。記憶が10分しか持たない男のサスペンス。斬新な構成で、こういう映画は初めて見た。ちなみにIMDBのトップ250フィルムズの10位に入ってる。大したものだ。このベストテンはユーザーの投票で選んでいるので、これからも変動するだろうが、現時点での9位までを書いておくと、「ゴッドファーザー」「ショーシャンクの空に」「ゴッドファーザーPART2」「ロード・オブ・ザ・リング」「市民ケーン」「シンドラーのリスト」「カサブランカ」「七人の侍」「スター・ウォーズ」という順番なのである。こういうそうそうたる映画に比肩する10位というのはいかに評価が高いかよく分かる(昨年のキネ旬ベストテンでは14位)。

 最初に物語の結末を見せ、そこから遡っていく構成。それを象徴するように冒頭のシーンは逆回しの映像で綴られる。この構成だけなら過去にもあっただろうが、時間が先へ行ったり後戻りしたりしながら遡るのでややこしいことこの上ない。まず、主人公のレナード(ガイ・ピアース)が何をやっているのかが分からない。本人が分かっていないのだから、当たり前である。大きな謎と小さな謎が絡まって、観客は主人公同様、迷宮世界をさまようことになる。クリストファー・ノーランの脚本と演出は明快で、小さな謎のいくつかは残るにしても、複雑な物語を最後にはすっきりした形で終わらせる。もっとも主人公にとっては終わらない話で(なにしろ終わったことを忘れてしまうのだから)、メモと刺青によって永久に迷宮をさまようことになるのだろう。

 こういうアイデアは一度しか使えない。そのアイデアを見つけたノーランの勝ちと言える。

2002/09/13(金)「プロミス」

 イスラエルとパレスチナの子どもたちを取り上げたドキュメンタリー。これは明確な傑作だ。子どもたちの言葉の一つ一つに重みがあり、激しく心を揺れ動かされる。テロに脅え、仕返しに脅える生活などだれも望んではいない。投石で抵抗すれば、銃殺される。死と戦争が身近にある子どもたちはどこか大人びているが、少女や双子の兄弟が語る「殺し合いはしたくない。もっと話し合うべき」という言葉は純粋な気持ちから発している。確かに相手を殺し続ければ、いつかはいなくなるという考え方に取り憑かれた少年もいるのだが、そんな考えがすべてではないということを示したことがこの映画の大きな価値だ。

 こういう映画を見ると、排他的な宗教というのは人を不幸にするシステムなのではないかと思わざるを得ない。イスラエルとパレスチナは宗教が絡んでいるからややこしい。和平のためには政治的指導者ではなく、宗教的指導者が対話に乗り出す必要があると思う。

 タイトルのプロミスが実現する場面の奇跡的な幸福感には涙、涙である。しかもそれで終わらず、問題の根深さを指摘して終わるあたりが賢明なところ。和平は簡単ではないが、希望はある。その可能性を信じたくなる。必見。