2008/01/20(日)「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」
スウィーニー・トッドってどこかで聞いたような名前だよなと思いつつ調べもせずに見に行った。予告編では妻子を奪われ、冤罪を着せられた男の復讐の話としか思えなかったが、これは殺人鬼を主人公にしたダークミュージカルだった。だからこの殺人鬼の部分が出てくる後半に驚いた。殺人鬼プラス人肉食の話で、トニー賞8部門受賞のミュージカルを基にしている。血と惨劇に悲劇を絡めてあり、こういう映画を作品賞に選ぶゴールデングローブはえらいと思う。
復讐の話としか思っていなかった前半は、はっきり言って退屈だったが、後半の展開に感心。首筋をカミソリで切るシーンのオンパレードでR15指定も納得できる。ティム・バートンは19世紀のロンドンの街並みをいつものようにダークさを漂わせて構成しており、そこがただのスプラッター映画とは違うところ。芸術性があるのだ。ミュージカルの部分にはあまり感心するところはなかったけれど、安っぽくない作りがいい。
主人公のジョニー・デップは言うに及ばず、ヘレナ・ボナム=カーターも好演(怪演?)。バートンは「猿の惑星」とか撮っていたころはもう終わりかなと思えたが、カーターとの出会いで完全復活した感じがする(近々ようやく結婚するそうだ)。よほど相性がいいのだろう。
スウィーニー・トッドは殺人博物館によれば、元々は小説だが、都市伝説として実際にあった話のように伝えられてきたとのこと(http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text2/todd.html)。これまでに何度も映画化・テレビドラマ化されている。1998年にはジョン・シュレシンジャー監督、ベン・キングスレー主演でテレビ「スウィーニー・トッド」(The Tale of Sweeney Todd)になっている。この2人のコンビなら見てみたい気がするが、IMDBでの評価は6.2と低い。
2008/01/10(木)「幸せのちから」
ホームレスになりながらも努力して億万長者になったクリス・ガードナーの半生を描く。主演のウィル・スミスはアカデミー主演男優賞にノミネートされた。IMDBの評価は7.7と高いが、日本では主人公のキャラクターについて行けないという意見もあり、賛否半ばと言ったところか。僕はそれなりに面白く見た。
クリスは骨密度測定器のセールスマン。この機械を大量に買い込み、売らないと食べていけないのだが、高価な機械のためなかなか売れない。妻は工場で働いて家計を支えているが、家賃は何カ月も滞納している。クリスはある日、証券会社の養成コースの受講を決意。しかし、展望のない生活に嫌気が差して妻は家を出て行く。養成コースは6カ月間の見習い期間中は無給。20人の受講者のうち採用されるのは1人だけだった。クリスは息子のクリストファーとともに奮闘するが、アパートを追い出されてしまう。
主人公がどうのこうのというよりも、アメリカの社会システムのひどさにうんざりする。6カ月間無給の制度や政府が勝手に口座から税金の滞納分を引き落とすなどというのは搾取の構造が出来上がっているとしか思えない。教会に一夜の宿を求めてホームレスたちの長い列ができる場面はそんなアメリカの社会保障の不完全さを象徴している。「シッコ」でマイケル・ムーアも描いていたけれど、ひどい社会だと思う。アメリカンドリームというのはそんなひどい社会を覆い隠すためのまやかしみたいなものだろう。実際にアメリカンドリームを実現できるのはほんの一握りなのだ。
この映画を見たアメリカ人は「自分も頑張れば、成功できるかも」と夢を描くのかもしれない。現実には働いても働いても豊かにはならないのだろう。この映画でもクリス以外の19人は6カ月間ただ働きさせられただけということになる。
見ていて身につまされるのは前半の落ちぶれていくクリスの在り方が他人事じゃないからだ。日本でもワーキングプアが問題になっているけれど、人間、いつホームレスになるか分かったものじゃない。さらに少子高齢化が進行していけば、年金制度をはじめ日本の社会保障制度もまた将来的に破綻するのは目に見えている。
クリス・ガードナーは本当の父親を28歳になるまで知らず、子供のころは暴力的な継父に虐待を受けていたという。その体験が子供と(本当の)父親は離れて暮らしてはいけないという信念になった。子供がいたからこそ頑張れたのだろう。監督はイタリア人のガブリエレ・ムッチーノ。イタリア人ということで、ふと「自転車泥棒」の親子の姿を連想してしまった。ムッチーノは今年公開予定の映画「Seven Pounds」でもウィル・スミスと組むようだ。
2008/01/05(土)「ツォツィ」
2時間ぐらいあるのかと思ったら、1時間半で終わる。2006年アカデミー外国語映画賞受賞。南アフリカの不良少年が盗んだ車に赤ん坊がいたことから、決定的な変化を迎えることになる。きっちりとまとまった佳作。ただし、2007年の外国語映画賞「善き人のためのソナタ」には遠く及ばない。
2008/01/05(土)「長江哀歌」
2006年ベネチア映画祭の金獅子賞受賞作。三峡ダムの建設計画によって沈みゆく古都奉節を舞台に16年前に別れた妻子を捜す男と2年間音沙汰がない夫を捜す女の物語が描かれる。監督のジャ・ジャンクーはチェン・カイコー「黄色い大地」を見て映画を志したという。その影響は随所に見られ、ドラマティックさを排除したような淡々とした物語となっている。奇妙な形の建物がロケットのように飛び立ったり、壊れかけたビルにいる男女の遠景にビルが壊れるショットを入れるところなどは監督の映像的な遊び心か。
現代中国の風俗は興味深く、携帯があんなに普及しているとは思わなかった。壊れゆくビルと人々の豊かとは言えない生活の光景が微妙な感情を引き起こす。三峡の美しい風景をとらえた点もこの映画の評価すべきところなのだろうが、風景を生かすならばもっときれいなフィルムにしてほしいところだ。