2011/12/14(水)「トラウマ映画館」

 町山智浩の「トラウマ映画館」をamazonに注文したのは今年3月末。ところが、売れ行きが良かったためか、お届け時期が4月末から5月初めになると連絡が来た。ちょうど近くの書店で見つけたのでamazonはキャンセルし、書店で買って読んだ。収録されている25本の映画のうち、僕が見ていたのは「マンディンゴ」と「追想」(どちらも高校時代に映画館で見た)の2本だけだったが、内容はとても面白かった。町山智浩がなぜ映画にのめり込んでいったのか、出自を語りながら語る部分が興味深い。映画を語ろうとすれば、自分を語ることは避けられないところがある。

 あとがきによると、収録されている作品のほとんどはテレビで見たものらしい。テレビ放映の映画をマニアックな映画ファンはバカにすることが多いし、僕もCM入りの映画はほとんど見ないが、利点もある。本書のあとがきにあるように「予期せぬ出会い」があるからだ。映画館に行ったり、DVDを借りる行為には必ず自分の選択が含まれる。好みに合わない映画は選ばないだろう。テレビ放映の映画は選択の余地がない。いや、見るか見ないかの選択はあるが、何しろ映画にはまり込んでいた子供の頃などは何でもいいから映画を見たいという気分になっているうえ、見ることが日課になっているから何でも無差別に見てしまうのだ。

 僕の場合、今村昌平の「果しなき欲望」や日活の「渡り鳥シリーズ」や増村保造「女体」や宮崎駿「太陽の王子 ホルスの大冒険」やB級、C級作品の多くはそうしてテレビで出会ってきた。そして多感な時期に見た映画は強く記憶に刻まれるのだ。その後で完全版の作品を見ても、子供の頃に見たテレビの不完全版の方が印象に強く残っていることが多い。

 「トラウマ映画館」に収録された映画4本をWOWOWが4夜連続で放映中だ(WOWOWにはかなりの映画ファンがいるなと思う)。「不意打ち」「裸のジャングル」「質屋」「フェイズIV 戦慄!昆虫パニック」の4本。「不意打ち」は不安を煽るようなオープニング・タイトルが「サイコ」のソール・バスを思わせる。停電でエレベーターに閉じ込められた婦人(オリビア・デ・ハビランド)の家に浮浪者や娼婦や若者たちが侵入して無茶苦茶をする話。終盤の展開は映画が公開された1964年当時としてはショッキングなものだっただろう。テレビでこれを見た子供がトラウマになるのもよく分かる。

 もともと、「トラウマ映画館」という本が書かれたのはこの映画のショッキングなシーンを覚えていた作家の平山夢明が町山智浩に「あの映画何だっけ?」と聞いたことから始まるらしい。「不意打ち」が最初に放映され、前後にある町山智浩との解説対談のゲストに平山夢明が出てきたのにはそういう意味がある。この対談はWOWOWオンラインで見ることができる。なかなかの爆笑対談である。添野知生が「戦慄!昆虫パニック」について書いたTalkin'シネマニア!も読み応えがあった。

2011/12/06(火)「苦役列車」

 芥川賞を受賞した西村賢太の小説。暗い話なんだろうと思って、敬遠していたが、読んだらとても面白い。私小説なので、描かれることの大半は自分のことだろうが、相対化がうまいのである。日雇い人足として働く19歳の北町貫太を主人公にしたためか、青春小説の味わいがある。先行きの見えない閉塞感がありながら、どこか明るい。ぶざまな姿を描いているが、元々、青春は一部の人を除いてぶざまなものだと思う。男にはよく分かる世界だが、女性はこれを読んでどう思うのだろう。

 ほとんど絶滅したかに思える私小説の作家。希少価値がある。

2011/11/03(木)「MM9 invasion」

 怪獣小説+本格SFの連作短編集「MM9」の続編。気象庁特異生物対策部(略称:気特対)という名前からして「ウルトラマン」の科特隊を思わせるが、今回はそのままウルトラマンの世界だ。少女の姿をした怪獣6号ヒメを輸送中のヘリが青い火球と衝突、墜落する。同じ頃、つくば市に住む高校生案野一騎の頭の中に「来て。あなたの助けが必要なのです」という呼びかけが聞こえるようになる。その声の通りに霞ヶ浦まで来た一騎はヒメと怪獣の戦いの場面に出くわす。声の正体はヒメに憑依した宇宙人ジェミーだった。ガス状星雲に住むジェミーはチルゾギーニャ遊星人の侵略を阻止するために地球に来たと話す。

 前半は一騎とジェミーと一騎のガールフレンドとのラブコメ感覚で進む。後半は東京に襲来した宇宙怪獣とヒメとの決戦。東京スカイツリーの近辺を舞台に派手な戦闘が繰り広げられる。プロットは簡単で、スペクタクルに徹した小説。すぐにも映像化できそうな題材だが、できることならアニメではなく、実写で見せてほしいものだ。

 読み終わって、「このペースなら10巻や20巻は続くのでは」と思った。山本弘のSF秘密基地BLOG:『MM9―invasion―』を読んだら、アニメ化の企画があったために26本のプロットを考えてあるそうだ。

 このブログには「ヒントになったのは『三大怪獣 地球最大の決戦』と『ウルトラQ』の『宇宙指令M774』」と書いてある。「ウルトラQ」はWOWOWで放送した際に録画してあるので、「宇宙指令M774」(第21話)を見てみた。なるほど、これはプロットがよく似ている。

 人間に姿を変えた宇宙人が「私の名はゼム。ルパーツ星人です。地球に怪獣ボスタングが侵入しました」と警告する。ボスタングはエイのような(というか、エイそのままの)怪獣でタンカーを襲うが、海保と自衛隊の攻撃で難なく退治される。なんと言うことはない話だが、おまけにある部分が面白い。ゼムはルパーツ星に帰るのかと思ったら、「美しい地球に住むことにします」と言うのだ。「地球に住みついた宇宙人はたくさんいます。あの人も、あの人も、あの人も…。あなたの隣にいる人も宇宙人かもしれませんよ」。

2011/10/02(日)「アンダー・ザ・ドーム」

 スティーブン・キングの上下二巻、二段組みの大作。7月に買って寝る前にだらだら読み、ようやく読み終えた。ドームと呼ばれる謎の物体に閉じ込められたチェスターズミルという小さな町のドラマを描く。

 ドームの中の空気が一気に悪くなる終盤の状況を読むと、これは地球全体の比喩なのかと思えてくる。空気が悪くなった原因は町を牛耳る悪の勢力との戦いの結果、起こった大爆発だ。チェスターズミルのドームはなくなれば、きれいな空気が取り戻せるが、地球の場合はそうはいかない。

 キングは閉じ込められたことを利用した悪の勢力の台頭と、それに抵抗する人々のドラマを微に入り細にわたって描き出す。長さも内容も感染症によってほとんどの人間が死滅した世界を舞台にした「ザ・スタンド」と共通するシチュエーションだが、今回の超常現象はドームの存在だけであり、SF的な展開は少ない。悪の勢力も小粒な印象だ。大量の登場人物を多彩に描き分け、起こってくるさまざまなドラマを楽しむべき作品だろう。

2011/08/28(日)「犯罪」

 ドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハのデビュー作で短編集。聞きしに勝る凄さ、面白さだ。ミステリマガジンの書評には倒叙ミステリとあったが、弁護士の「私」が担当した事件ファイルといった趣である。作者自身、刑事弁護士だそうで、実際の事件から取り入れた題材もあるのだろう。

11の短編が収められており、最初の「フェーナー氏」でノックアウトされる。72歳の医師が犯した殺人。その殺害シーンはこんな風に描写される。

 最初の一撃で頭蓋骨がぱっくりひらいた。致命傷だった。斧は頭蓋骨の破片とともに脳みそに食い込み、刃が顔をまっぷたつに割っていた。イングリットは地面に倒れる前に死んでいた。斧が頭蓋骨からうまく抜けず、フェーナーは彼女の首に足をかけた。それから斧を二回大きく振り下ろして首を落とした。監察医は事件後、フェーナーが腕と足を切断するため、斧を十七回振り下ろしたことを確認した。

 この小説の魅力はこうした簡潔で怜悧な刃物のような文体だ。シーラッハは短い文で描写を重ね、独特のリズムで物語を構築している。わずか14ページの短編だが、密度が濃いのはこの文体の効果でもあるだろう。フェーナーという男の性格と、その性格が要因となる同情すべき悲惨な人生を浮き彫りにする手腕は見事。

 この短編集で描かれるのは犯罪に手を染めた人たちの人生であり、その複雑な理由であり、不可解さだ。そこに魅了される。読者は描かれる犯罪に驚愕し、共感し、同情し、恐怖し、怒りを覚えることになるだろう。さまざまな情動を引き起こすからこそ、この短編集は傑作なのだ。

 三つの文学賞を得たそうだが、そんなことには関係なく、小説好きには必読。ドーリス・デリエ監督によって映画化が予定されているという。