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2021年12月26日の記事

2021/12/26(日)「パワー・オブ・ザ・ドッグ」ほか(12月第4週のレビュー)

ジェーン・カンピオン監督の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」はヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を受賞しました。主演はベネディクト・カンバーバッチ。11月19日に一部劇場で公開され、今月1日からNetflixが配信しています。

1920年代のモンタナ州を舞台にした重厚な人間ドラマで、集中して見た方が良いことと、雄大な風景がたびたび挿入されるので映画館で見たい作品です。この風景、アメリカではなく、撮影はニュージーランドで行われたとのこと。

原作はトーマス・サヴェージ(1915~2003年)の同名小説。1967年に出版され、西部小説の名作との評価が定まっているそうです(邦訳は今年)。amazonに「『エデンの東』や『ブロークバック・マウンテン』を彷彿とさせる豊かで挑戦的な心理劇」とのガーディアン紙の書評が引用されていますが、カウボーイ兄弟の話であり、兄がどうやらゲイらしいことから僕もこの2作を思い浮かべながら映画を見てました。というか、この書評、いったいいつ書かれたんでしょう? 後出しの「ブロークバック…」の方がこの原作に影響されているんじゃないですかね。

メタスコア88点、ロッテントマト95%と批評家は絶賛で、ゴールデン・グローブ賞ではドラマ部門作品賞、監督賞、主演男優賞(カンバーバッチ)、助演女優賞(キルステン・ダンスト)など7部門の候補になり、作品賞、監督賞、助演男優賞(コディ・スミット=マクフィー)の3部門で受賞しました。

ただ、終盤の展開に驚きはあるものの、序中盤が地味なためか、Netflix視聴が大半と思われる一般観客の評価はIMDb7.0、ロッテントマト61%と高くはありません。

タイトルは「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力から救い出してください」という旧約聖書の詩編の一編に由来するそうです。原作のエピグラフにこの言葉が書かれていますが、映画の中でも登場人物の1人がこれを参照する場面がありました。

「ラストナイト・イン・ソーホー」のトーマシン・マッケンジーがちょい役で出てきます。


「劇場版 呪術廻戦 0」

原作は本編の連載が始まる前のパイロット版的な話なので原作読んでいなくてもテレビアニメを見ていなくても支障はありません。1巻だけで完結しているので細部を膨らませる余地があり、映画化するにはちょうど良い長さと言えるでしょう。

幼い頃に結婚を約束するも事故死した祈本里香の呪霊に取り憑かれている乙骨憂太。里香は特級過呪怨霊で強大な力を持つため、特級呪詛師・夏油傑がその力を手に入れようと、東京と京都で大量の呪いを放つ百鬼夜行を強行。五条悟ら東京都立呪術高等専門学校の面々がそれに対抗するという物語です。

制作のMAPPAのアニメ技術は水準が高く、クライマックスの戦闘シーンなど原作より拡大増強していますが、できればドラマの方も強化した方が良かったでしょう。

乙骨憂太の声を演じているのは緒方恵美なので「死んじゃダメだ、死んじゃダメだ」というセリフは碇シンジの「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」を想起させました(^^ゞ

興収100億円突破は確実という大ヒットスタートのようですが、作品の力としては「鬼滅の刃 無限列車編」のようにあらゆる世代にアピールする社会現象的な広がりまでは期待できないと思えました。

「偶然と想像」

3つの話のうち、第1話「魔法(よりもっと不確か)」が特に面白かったです。タクシーの中での玄理の語りがいきなりエロいです。古川琴音との会話で、「あ、これはもしかして」と思ったら、予想通りの展開になりましたが、そこから先がまた面白かった。第2話「扉は開いたままで」がさらにエロくて、主婦で大学生役・森郁月が良かったです。

気になったのはセリフの棒読みで、特に2話と3話「もう一度」で棒読みが目立ちました。濱口竜介監督は撮影前に徹底的に本読みをさせて、この段階では感情を込めない棒読みをさせるそうです。本番では感情を入れた演技になるはずが、ちっともそうなっていないですね。それでも2話は朗読場面が長いので棒読みは内容に合っているとも言えます。棒読みによって話の面白さのみが前面に出ることになり、それは観客側も小説を読んでいる感覚に近いかなと思いました。

この脚本、3話とも場面転換が少ないですから、舞台でも十分に通用するでしょう。
ベルリン映画祭銀熊賞のほか、IMDb7.6、メタスコア87点、ロッテントマト98%と海外でも高評価ですが、海外では恐らくセリフが棒読みであることは分かりにくいんじゃないでしょうか。

ちなみに英語タイトルは「Wheel of Fortune and Fantasy」(運命の輪と空想)となってます。

「彼女が好きなものは」

2年前にNHKで放送した「腐女子、うっかりゲイに告る。」(金子大地、藤野涼子主演)と同じ原作。BL好きの女子高生・三浦紗枝(山田杏奈)が書店でBL本を買っているところをクラスメートの安藤純(神尾楓珠)に見られ、いつしか恋愛感情を持つようになります。純はゲイの恋人がいながら、ゲイであることを母親にもクラスメートにも隠していますが、ふとしたことで学校中に知られてしまう、という展開。

浅原ナオトの原作タイトル「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」が、やがて「彼女が好きなものは僕であってホモではない」に変わっていくわけですが、これが普通の恋愛映画のように成就してしまってはゲイであることが否定されてしまう。それではどうするか、という難しい着地を映画はちゃんと成功させています。

主演の2人をはじめ、純のいつも明るい親友役・前田旺志郎やクラスメートの三浦りょう太ら脇を固める俳優たちも良く、ゲイをテーマにした作品であること以上に青春映画として大変好感の持てる作品になっています。

山田杏奈はこれで今年5本目の映画出演。そのうち3本は主役級、1本は準主役級という活躍ぶりで、特に「ひらいて」とこの映画で個人的には今年の新人賞の筆頭候補です。子役出身なので既に10年のキャリアがあるんですけどね。

「梅切らぬバカ」

自閉症の50歳の息子・忠さん(塚地武雅)と母親(加賀まりこ)の物語。上映時間77分の短い作品で、隣に引っ越してきた家族と良好な関係に至るものの、地域の人々の偏見は残されたままで、根本的な問題は何も解決しません。

そういう食い足りない部分はありますが、僕が見た劇場では年配の女性を中心に観客が多かったです。興行収入のベストテンに入るようなヒットではないのでしょうが、年配客の支持を集める内容なのだろうと思いました。

監督の和島香太郎は1983年生まれ。公式サイトによると、自閉症の一人暮らしの男性のドキュメンタリーに関わった経験があり、近隣住民とのトラブルなどドキュメンタリーでは撮影できないことをフィクションで描くために映画を撮ったのだそうです。