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2022年11月20日の記事

2022/11/20(日)「ある男」ほか(11月第3週のレビュー)

 「ある男」は平野啓一郎の原作を石川慶監督が映画化。脚色は「愚行録」(2017年)でも組んだ向井康介。原作を200ページ余り読んだところで見ました。

 序盤、宮崎県内のある町(原作では西都市がモデルのS市)に離婚して帰郷し、母親とともに文房具店を営む里枝(安藤サクラ)と、町にやってきて林業会社に勤める谷口大祐(窪田正孝)が出会い、結婚するまでが原作以上に丁寧に描かれます。前作「Arc アーク」は失敗に終わりましたが、石川慶の描写の力は「LOVE LIFE」の深田晃司並みに充実しており、安藤サクラと窪田正孝の並外れた演技と相まって序盤は100点満点の出来。

 数年後、大祐は伐採中に倒木の下敷きとなって死亡しますが、焼香に来た兄(眞島秀和)は遺影を見て「これは大祐じゃない」と里枝に告げます。それでは夫は誰だったのか。普通のミステリーなら、松本清張「ゼロの焦点」のように妻が夫の過去を調べることになるのでしょうが、この作品は里枝の依頼を受けた弁護士の城戸(妻夫木聡)が主人公となり、里枝の夫がなぜ谷口大祐を名乗っていたのか、本当の大祐はどうなったのかを探ることになります。

 城戸は在日三世。既に日本国籍を取得していますが、妻(真木よう子)との結婚時に妻の両親から必ずしも歓迎されたわけではないなど差別を身近に感じています。折しも世間では外国人に対するヘイトデモが物議を醸しています。映画は出自に基づく差別をテーマにしていて、出自を変えて生きてきた里枝の夫と絡めてそれが描かれていきます。

 調査を終えた城戸は里枝と結婚していた3年9カ月が夫にとって初めて幸福を知った時だったと思うと報告します。映画のラストは原作の中盤にある酒場での城戸のエピソードになっていますが、これはやはり原作通り、里枝が自分にとってもあの3年9カ月が幸福だったと述懐する場面で終わった方がテーマに沿っていたのではないかと思いました。

 向井康介はこの点について「あれで終わるということは、城戸が自分探しの迷宮に永遠にはまっていく感覚を大事にしたということです」とインタビューで説明しています。

 里枝が住んでいるのは宮崎県内の町というだけで具体的な地名は出てきません。地元の人たちが話す宮崎弁に違和感はありませんでしたが、風景はモデルとなった西都市とは異なります。エンドクレジットのロケーション協力に県内の自治体も企業もないのでロケはしていないのでしょう。1台だけですが、車が宮崎ナンバーであったり、役所にさりげなく「花旅みやざき」のポスターが張ってあるなど細かな配慮はなされていました。

 2時間1分。IMDb7.1。
 ▼観客50人ぐらい(公開日の午前)

「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」

 小さな広告代理店の社員全員が同じ1週間を繰り返すタイムループもの。繰り返しに気付いた社員が永久部長(マキタスポーツ)に原因があることを突き止め、他の社員に順次教えてループを抜けようとするというストーリー。

 前半は普通のタイムループであまり目新しい部分はありませんが、後半、大きな広告代理店への転職を考えている主人公の吉川朱海(円井わん)ら社員たちがチームプレイで団結し、一つの目標に向かって突き進む姿は感動的ですらあります。このあたり、他の仕事でも同様と思えますし、職場にループを設定したのもこうした部分を描くためなのでしょう。おかしくて、よくできた小品で好感度が高いです。

 ただし、ループの理由に説得力がありません。部長が時を進めたくない理由は分かるんですが、ループを引き起こす力の源になるものがありません。いや、最初はあったのに、それが間違いと分かり、なくなってしまいます。うーん、別のものを設定すれば良かったのに、なぜしなかったんだろう?

 企画・監督・脚本・編集は「14歳の栞」(2021年)の竹林亮。1時間22分。
 ▼観客10人(公開日の午後)

「人質 韓国トップスター誘拐事件」

 俳優ファン・ジョンミンが誘拐された自身の役を演じるサスペンス。中国映画「誘拐捜査」(2015年、ディン・シェン監督。日本では劇場未公開、WOWOW放映)のリメイクで長編監督デビューのピル・カムソンがメガホンを取りました。

 オリジナルの「誘拐捜査」(IMDb6.6)は実際に起きた俳優ウー・ルオプーの誘拐事件をモデルにした映画でアンディ・ラウが主演。IMDbによると、実際の事件が起きたのは2004年。ウーは北京のバーの外で警察の制服を着た3人の人物に誘拐されました。誘拐犯はウーが俳優であることを知らず、高級車を運転していたことが誘拐の理由でした。20時間以上の監禁の後、警察がウーを救助したため、誘拐犯は身代金を受け取ることはできなかったそうです。ウーは「誘拐捜査」に出演していて、警察官役を演じているとのこと。

 「人質」は俳優が誘拐されたという設定だけを借りて自由に創作した感じです。ファン・ジョンミンがファン・ジョンミンを演じることにはあまり必要性を感じませんが、映画自体はコンパクトな上映時間の中でサスペンスとアクションを詰め込んで飽きさせない展開になっています。ジョンミンはユーモアからシリアスまで芸の幅が広いので、いつものように好感の持てる演技を見せてます。誘拐グループの残虐なボスを演じるのはキム・ジェボム。サイコ野郎かと思えるような残虐性は韓国映画によくありますね。

 1時間34分。IMDb6.3。
 ▼観客6人(公開12日目の午後)

「西部戦線異状なし」(2022年)

 エーリヒ・マリア・レマルク原作の3度目の映画化で、Netflixオリジナル作品。1930年版はアメリカ映画(ルイス・マイルストン監督、アカデミー作品・監督賞)、1979年版はイギリスのテレビ映画(デルバート・マン監督、ゴールデングローブ作品賞)で、今回が初めてのドイツ映画となります。

 トロント映画祭などで上映されましたが、劇場では限定的な公開で、ドイツ本国でも劇場公開されていません。にもかかわらず、来年のアカデミー賞国際長編映画賞のドイツ代表作品に選出されたそうです。

 第一次大戦の西部戦線では300万人が戦死しました。映画で描かれるのは塹壕戦でバタバタ死んでいく兵士たちと、戦場の無残・悲惨な実態を知らない上層部の姿。その意味で強い反戦テーマを備えた作品だと思います。

 塹壕から身を乗り出してチョウに手を伸ばした主人公が撃たれる1930年版のラストは有名ですが、今回は休戦協定の発効直前に上官が無意味な出撃を命じ、主人公は塹壕で敵兵と泥だらけになりながら戦って死んでいきます。

 エドワード・ベルガー監督、2時間28分。IMDb7.9、メタスコア76点、ロッテントマト92%。