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2023年04月30日の記事

2023/04/30(日)「劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室」ほか(4月第5週のレビュー)

 「劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室」は、設定ぐらいは知っておいた方が良いだろうと思い、事前にテレビドラマの第1話だけを見ておきました。ドラマ版の重要な箇所は回想シーンで補ってあり、一切見なくても大丈夫な作りでした。厚労大臣のキャラが類型的な悪役すぎるとか、放火犯の設定が簡単すぎるとか、主人公の家庭描写がイマイチとか細部に改善した方が良いと思えるところはありますが、救命シーンのリアルな緊迫感とエモーションの高め方に文句はなく、ドラマの劇場版としては近年になく成功したエンタメ作品になっています。

 冒頭、炎上する航空機事故現場での救命シーンから緊迫感が横溢。家庭をほったらかしにしてMER業務に打ち込む主人公の医師・喜多見(鈴木亮平)に愛想を尽かして妻の千晶(仲里依紗)が横浜の実家に帰るシーンを挿んだ後、その横浜にそびえ立つランドマークタワーが放火で爆発・炎上し、地上70階の展望フロアに千晶とMER看護師の夏梅(菜々緒)を含む193人が取り残されるというメインの事件に突入していきます。

 短いカットを積み重ねることでテンポと緊迫感を生み出し、劇伴が分かりやすくその緊迫感を高めています。この作りはドラマ版と同じで、松木彩監督の得意とするところなのでしょう(ただしそんなに演出の引き出しは多くないようです)。完璧なセリフ回しと熱い演技の鈴木亮平をはじめ、賀来賢人、菜々緒、中条あやみ、小手伸也、佐野勇斗、要潤、石田ゆり子らドラマ版の主要メンバーに加えて、東京都主導の東京MERに対抗するため厚労省主導で新設された横浜MERのチーフ医師役を杏が演じています。

 「待っているだけじゃ、助けられない命がある」。ドラマ版によると、喜多見がこの信念を持つことになったのは子供の頃、アメリカで銃乱射事件に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った両親のために必死に助けを呼んだのに誰も来なかった体験があるからです。さらにMERの信条は死者を1人も出さないことであるにもかかわらず、喜多見の妹・涼香(佐藤栞里)は懸命な救命措置の甲斐なく、MER初の死者となってしまいます。今回は喜多見の妊娠9カ月の妻が命の危機に陥ります。主人公の見内ばかりが危険にさらされることには、またかとの思いもありますが、エモーションを最高に高める手段でもあるでしょう。

 超高層ビル火災を描いた「タワーリング・インフェルノ」(1974年)や「ダイ・ハード」(1988年)の傑出した出来を思えば、犯人とその手口にもう少し知的な動機と設定が欲しいところ。ただ、これはパニック映画でも刑事アクションでもないので、そうした部分に凝ることを控えたのかもしれません。

 興収30億円は固いとみられているそうですが、公開初日の観客の多さと反応の良さを見ると、もっといけそうな感じではありました。脚本はドラマ版と同じ黒岩勉。松木彩監督はTBSテレビのディレクターで「半沢直樹」(2020年)、「天国と地獄 サイコな2人」(2021年)などの演出を経て「TOKYO MER」(2021年)でチーフディレクター。劇場映画はこれが初監督作品となりました。2時間8分。
▼観客多数(公開初日の午後)

「トリとロキタ」

 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の監督作品。アフリカからベルギーに向かう船の中で出会い、姉弟と偽って暮らしている17歳の少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)と12歳の少年トリ(パブロ・シルズ)の過酷な日常を描いています。

 2人が姉弟として振る舞うのはどちらも1人では生きていけないから。故郷で迫害を受けたトリにはビザが下りたのにロキタには下りません。このためまともな職業には就けず、ドラッグの運び屋をやることになります。弱みを持つ人々を助けるどころか徹底的に搾取する姿には腹が立ちますが、日本の現状も同じようなものでしょう。

 パンフレットによると、ダルデンヌ兄弟がこの題材を映画化したのは数百人単位の移民の子供たちがヨーロッパで行方不明となったという記事を読んだのがきっかけだそうです。カンヌ国際映画祭75周年記念大賞。1時間29分。
IMDb7.1、メタスコア78点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開4日目の午後)

「せかいのおきく」

 阪本順治監督によるモノクロ、スタンダードサイズの時代劇で、江戸末期を舞台に人々の糞尿を回収・販売する汚穢屋の青年2人(池松壮亮、寛一郎)と武家育ちで今は父親(佐藤浩市)と貧乏長屋に住む娘おきく(黒木華)の物語です。汚穢屋の仕事をこんなに詳細に描いた作品は恐らく初めてではないかと思いますが、それだけでなく、おきくと青年の恋を絡めた青春映画として成立しています。

 序章「江戸のうんこは、いずこへ」から終章「おきくのせかい」まで全9章で構成。当初は短編として企画され、まず第7章「せかいのおきく」を撮り、次に第6章「そして舟はゆく」を撮ったところで長編化のめどが付いたそうです。

 長屋の描写は「人情紙風船」(1937年、山中貞雄監督)を参考にしたそうですが、あの傑作同様にユーモアを交えた人々の描写が心地良く、阪本監督にはまたこうした時代劇を撮ってほしいものだと思いました。1時間29分。
▼観客9人(公開初日の午前)

「ヴィレッジ」

 巨大なゴミの最終処分場がある霞門村(かもんむら)を舞台にした藤井道人監督のサスペンス。かつて処分場の建設に反対して殺人を犯し、自殺した父親を持つ青年を主人公にした物語です。

 横浜流星、黒木華の演技は悪くありませんが、話が新鮮味に欠けるのが難点。不当な差別・偏見・嫌がらせにさらされている主人公が村を出て行かない理由も分かりません。藤井監督の演出は真っ当ですが、脚本に説得力が足りませんでした。一ノ瀬ワタルの役柄は「宮本から君へ」(2019年、真利子哲也監督)の悪役を思わせますね。2時間。
▼観客2人(公開5日目の午後)