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「憧れを超えた侍たち 世界一への記録」は今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表チームに密着したドキュメンタリー。大会自体が映画より面白く、特に準決勝メキシコ戦と決勝のアメリカ戦は大抵の映画を凌駕するぐらい面白くて感動的でドラマティックでした。第1戦の中国戦から決勝戦までのさまざまなドラマのすべてを2時間余りに盛り込むこと不可能ですから、この種のドキュメンタリーはかつて受けた感動を反芻するぐらいしかメリットがありません。もちろん、それでも価値は大きいでしょうし、多くの観客を集める理由でもあるのでしょう。
映画は2021年12月の栗山英樹監督就任から選手選考会議、宮崎合宿、練習試合を経て本戦の戦いを描いていきます。興味深かったのは選手選考会議での栗山監督のリーダーシップぶりで、監督の手腕は大きかったなとあらためて思いました。選手への細やかな気配りでチームをまとめ上げていく姿はリーダーとして理想的な在り方で、栗山監督が優勝の大きな要因であったことは間違いないでしょう。
カメラは報道カメラが入れないベンチ裏やロッカールームにも入り、選手たちの姿を追います。準決勝で3失点し、グラブをたたきつけて悔しがる佐々木朗希、小指を骨折したのに試合に出ると言い張る源田荘亮など初めて見る映像も多いです。宮崎キャンプで若手投手を指導するダルビッシュの姿には懐の広さを感じますし、野球少年がそのまま大きくなったような大谷翔平はいつものようにさわやかです。もちろん、この映画のタイトルは決勝戦前に大谷翔平が言った「今日は(メジャーの選手に)憧れるのをやめましょう。憧れていては勝てないから」という言葉に由来しています。
WBCの大会全体を俯瞰する作品ではありませんが、日本代表の試合に感激した人、野球が好きな人は見て損はない作品だと思いました。逆にまったくWBCを見なかった人がどんな感想を持つのか知りたいところです。撮影・監督はプロ野球や侍ジャパンのドキュメンタリーを撮り続けている三木慎太郎。2時間10分。
▼観客多数(公開7日目の午前)
見る前はぬいぐるみが好きな男女のラブストーリーだろうと予想してたんですが、全然違いました。人を傷つけることを恐れるナイーブな若者たちを描いた作品でした。大前粟生(あお)の同名原作を金子由里奈監督が映画化。
京都の大学に入った七森(細田佳央太)はオリエンテーリングで一緒だった麦戸(駒井連)と一緒にぬいぐるみサークル(略称ぬいサー)に入る。ぬいサーはぬいぐるみを作るのではなく、ぬいぐるみと話すサークル。同じく一緒にぬいサーに入った白城(新谷ゆづみ)と七森は付き合うようになる。その頃、麦戸は部屋に引きこもってしまう。
七森と麦戸だけでなく、ぬいサーの面々はみなナイーブな人たち。映画の中には言葉としては出てきませんが、恋愛感情を持たないアロマンティックの人たちのようです(レズビアンの人もいます)。この映画、LGBTQを描いた作品に分類してもおかしくない内容だと思いました。
その中で白城は異質の存在で、映画のチラシで白城だけがカメラ目線なのに対して他のメンバーが目を逸らしているのはそれを象徴しています。
ちょっとしたことで引きこもってしまうようなナイーブさでは卒業して就職した時に人間関係で困難が多いのではないかと心配になりますが、組織に属さない働き方をすることも可能でしょう。
金子由里奈監督の演出は自主映画を引きずった部分があるように思えました。それは作品を重ねていくうちに解消されていくのでしょう。父は金子修介監督とのこと。1時間49分。
▼観客2人(公開7日目の午後)
一般的な評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。たぶん、田島列島の原作コミックが面白いのでしょう。
高校1年生の直達(大西利空)は通学のために叔父・茂道(高良健吾)の家に居候することになる。雨の中、駅に迎えに来た榊さん(広瀬すず)に案内されていくと、そこは茂道の家ではなく榊さんが運営するシェアハウスだった。脱サラして漫画家になった茂道のほか、女装の占い師・泉谷(戸塚純貴)、大学教授の成瀬(生瀬勝久)といった住人とともに賑やかな生活がスタートする。直達は10歳年上の榊さんに淡い思いを寄せるようになるが、榊さんは過去のある出来事から恋愛はしないと宣言する。
その過去の出来事は直達の家族に関係してるんですが、映画はそのあたりにもきちんと決着を付けていきます。笑わない広瀬すずが良いです。直達のクラスメート楓役で當真あみ。「海街diary」(2015年)の頃は広瀬すずが當真あみのような立ち位置だったことを考えると、感慨深いものがあります。
監督は「ロストケア」の前田哲。2時間3分。
▼観客5人(公開初日の午前)
第70回文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった河林満の同名小説を映画化。市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は木田拓次(磯村勇斗)とともに、水道料金の滞納家庭を訪ね、水道を停めるのが仕事。雨が降らず給水制限が発令される中、母親(門脇麦)が出て行って家に取り残された幼い姉妹(山崎七海、柚穂)と出会う。岩切は葛藤を抱えながらも規則に従い、停水を行う。
水道は生死にかかわる最も重要なライフラインなので停められるのは電気やガスより後になりますが、この料金が払えないのはかなりの貧困状態にある証拠。おまけに姉妹は是枝裕和「誰も知らない」(2004年)のように2人だけで生活しなければなりません。母親が渡したお金はすぐに底を突き、姉妹はスーパーで万引することになります。
岩切は妻(尾野真千子)が子供を連れて実家に帰っており、その孤独な生活と妻子との関係が姉妹の現状と絡めて描かれていきます。貧困とネグレクト、格差社会などを盛り込んだ力作だと思いました。原作のラストは悲痛なもののようですが、映画は一種のカタルシスを含めて改変したラストにしています。高橋正弥監督は結末を変える許可を得た上で映画化を進めたそうです。生田斗真はいつものように好演。尾野真千子はこういう役がよく似合いますね。
高橋監督は北野武、阪本順治、森田芳光、根岸吉太郎などの作品で助監督を務め、近年は「ミセス・ノイズィ」(2019年)などでプロデューサーも務めています。監督作は3作目。今月23日から第4作のハートフルコメディ「愛のこむらがえり」(磯山さやか主演)が全国順次公開されます。磯山さやかが映画で主演するのは2005年の「まいっちんぐマチコ! ビギンズ」以来で、監督と全国の公開劇場を回る予定になっています。1時間40分。
▼観客6人(公開4日目の午後)
2019年の1作目を途中まで見てこの第2作を観賞。時代は1作目では西鉄ライオンズの稲尾投手が活躍した昭和30年代でしたが、新作ははっきりしません。風景は30年代風ですが、スマホが出てきますし、ソフトバンクホークスのギータ(柳田)、栗原への言及があったりします。なぜこういう作りにしたのか理解に苦しみます。昭和のようで実は現代という「サザエさん」みたいな形を狙ったんでしょうかね。
福岡名物の辛子明太子を作った「ふくや」創業者の実話を基にしたドラマ(2013年)の劇場版第2弾。といっても、今回は実話ではないでしょう。「ふくのや」従業員の松尾(斉藤優)とたこ焼き屋台のツルさん(余貴美子)が絡む「パンジーの花」のエピソードと、同じく「ふくのや」従業員八重山(瀬口寛之)が思いを寄せる絵画教室のマリ(地頭江音々)との寅さんみたいな恋の行く末が描かれています。
後者のエピソードは新鮮味がなく、役者の弱さも手伝って魅力に乏しいのが残念。主人公・海野俊之(博多華丸)メインの話ではないのも弱い原因で、これだったら「めんたいぴりり」でなくても成立してしまいます。
監督は迫力の相撲ドラマ「サンクチュアリ 聖域」(Netflix)が話題沸騰の江口カン。「サンクチュアリ」が面白いのは金沢知樹(「サバカン SABAKAN」監督)による脚本の力も大きかったのかなと思います。1時間40分。
▼観客6人(公開6日目の午後)
「怪物」はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した是枝裕和監督作品。坂元裕二の脚本は物語を母親・麦野早織(安藤サクラ)と教師・保利(永山瑛太)、早織の息子で小学5年の湊(黒川想矢)の3人の視点で順番に描いていきます。よく黒澤明「羅生門」(1950年)と比較・言及されていますが、「羅生門」の場合は各視点の証言が並列だったのに対して、この映画は母親と教師の視点で描かれた物語の謎の部分が子供の視点で明らかになる構成を取っています。ミステリー的な構成であり、当初付けられていたタイトルも「なぞ」だったそうです。
三章構成にしたのは「坂元さんは連続ドラマの人だから、その作り方を映画に取り入れられないか」というプロデューサー(川村元気、山田兼司)の提案によるもの。この構成は実にうまくいっていて、湊の理解できない行動を断片的に積み重ね、謎が深まる安藤サクラのパートが個人的には最も面白かったです。
クラスでいじめられている星川依里(柊木陽太)と湊の秘密の交流を描く子供視点のパートは物語の全貌が分かると同時にLGBTQのテーマを描いていて、カンヌでクィア・パルム賞を受賞したのはここが評価されたからでしょう。
ただし、ここは例えばセリーヌ・シアマ監督作品のような先行するLGBTQの映画に比べて特に優れていたり、新しかったりする部分があるわけではありません。坂元脚本が優れているのはLGBTQのテーマ以上に人と人の相互理解が難しい状況、意図しない断絶が起きている状態を描いているからです。思い込みや無知によって誤解が生まれ、それが解消されない悲しい状況。黒澤明は「羅生門」のラストでヒューマニズムと希望を(降り続いていた雨がやみ、日が差してくるという非常に分かりやすい演出で)提示しましたが、「怪物」の少年たちの置かれた状況は簡単な解決を望めそうにはありません。
怪物が意味するものは学校に抗議に来るモンスターペアレントでも、子供を傷つける暴力教師でもなく、子供たちが自分ではコントロールが難しい感情や衝動など心に抱えているものなのでしょう。パンフレットに作家の角田光代がコラムを寄せていて、「私たちの内にいるかもしれない、ちいさくてもろい、すべての怪物に寄り添う映画だった」と書いています。深く納得できる指摘だと思います。少年2人のナイーブな演技が良く、校長先生役の田中裕子の無表情の中に本音を潜ませた演技も時におかしく絶妙でした。2時間6分。
▼観客多数(公開初日の午前)
2016年のテキサスを舞台にしたドラマ。主人公のマイキー(サイモン・レックス)は利己的で嘘つきでどうしようもないクズですけど、クズを描いても映画はクズにはならず、面白く仕上がっていると思いました。サイモン・レックスと妻役のブリー・エルロッド、マリファナ販売の元締めジュディ・ヒルを除くと、他の出演者は全員素人。テキサス在住の人たちだそうですが、初めてとは思えない演技を見せています。ストロベリー役のスザンナ・サンはロサンゼルスの映画館で監督にスカウトされたとか。今後も出演作が続きそうな魅力がありますね。
ショーン・ベイカー監督の作品は前作「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017年)を見ていますが、安モーテルで暮らす2人のシングルマザーとその子供を描いた映画でやっぱり貧しい人たちの話でした。
IMDb7.1、メタスコア76点、ロッテントマト90%。
▼観客3人(公開12日目の夜)
「ロッキー」のスピンオフシリーズの第3弾。シルベスター・スタローンは製作にクレジットされていますが、プロデューサーと意見の相違があって参加しなかったそうです。監督はライアン・クーグラーに代わって主人公アドニス・クリード役のマイケル・B・ジョーダンが務めています。
アドニスと少年時代に仲が良かったデイム(ジョナサン・メジャース)が18年ぶりに刑務所から出所、ボクシングを再開して世界チャンピオンになり、引退していたアドニスに勝負を挑むという展開。このシリーズ、アドニスには経済的なハングリーさが元からなく、精神的なハングリーさもチャンピオンになったことでなくなったはず。その代わりデイムはハングリーの固まりで、特に前半はメジャースのうまさもあって見せるんですが、後半は残念ながら単なる悪役になった印象です。話の作りに無理がある以上、シリーズを続ける意味は薄いと思えました。
マイケル・B・ジョーダンは日本アニメのファンだそうで、エンドクレジットの後に日本のスタッフに作らせた短編アニメ「クリード 新時代」が流れます。予告編みたいな感じでしたが、長編も作るんでしょうかね。
IMDb6.9、メタスコア73点、ロッテントマト88%。
▼観客3人(公開5日目の午後)
配信を待とうかと思っていましたが、興収100億円を超えたそうなので劇場へ。イルミネーション・スタジオの作品なので3DCGアニメの技術はしっかりしています。マリオとルイージの兄弟が勤めていた会社から独立して配管工事の会社をスタートさせる出だしは好調。
しかし、兄弟がブルックリンの下水道から異世界に飛ばされた後はストーリーに工夫が乏しく、1時間34分の上映時間でも長く感じました。子供とゲームファン向けの内容で、広がりに欠けます。監督はアーロン・ホーヴァスとマイケル・ジェレニック。1時間34分。
IMDb7.2、メタスコア46点、ロッテントマト59%。
▼観客多数(公開34日目の午後)