2023/11/12(日)「ジャンヌ・ディエルマン」ほか(11月第2週のレビュー)
映画はジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)の日常を淡々と長回しで描いています。ジャンヌは夫に先立たれ、思春期の息子とブリュッセルのアパートで暮らしています。湯を沸かし、コーヒーを淹れ、買い物に出かけ、料理して息子とともに食事するなど普通の生活を続けています。普通と異なるのは自宅で売春していること。決まったことをテキパキとこなしていく毎日で、売春もジャンヌのルーティンの作業にすぎませんでしたが、そうした作業のいくつかに少しずれが生じるようになります。
固定カメラによる徹底した長回しで描かれる場面に取り立てて珍しいものはありませんが、飽きることなく見ていられるのは場面に緊張感があるからでしょう。終盤に衝撃的なことが起こるのは知っていましたので、映画を見ながら、預かった赤ん坊を傷つけるのかとか、ジャンヌが窓から身を投げるのかと考えていました。
その出来事について、同じような場面をどこかで見たことがあるなと考え、ようやく思い出しました。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督(1945-1982年)の「マリア・ブラウンの結婚」(1979年)です。マリア・ブラウンの終盤の行為と、ジャンヌ・ディエルマンの行為は動機に違いはあるにしても、その唐突さでよく似ています。
IMDb7.5、メタスコア94点、ロッテントマト95%。2022年英国映画協会「サイト&サウンド」誌選定による史上最高の映画第1位。
スターチャンネルEXでは昨年と今年の「シャンタル・アケルマン映画祭」の上映作品10本中、「ジャンヌ・ディエルマン」のほかに4本=「私、あなた、彼、彼女」(1974年)、「アンナの出会い」(1978年)、「囚われの女」(2000年)、「オルメイヤーの阿房宮」(2011年)=も配信しています。
「不安は魂を食いつくす」
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選の1本で1974年の作品。未亡人と若い庭師の青年との愛を描いた「天はすべて許し給う」(1955年、ダグラス・サーク監督。日本では劇場未公開)を下敷きにしたそうですが、ファスビンダーは初老婦人と移民労働者に設定を変え、アラブ移民に対するひどい偏見・差別・嫌がらせを痛烈に描いています。初老の掃除婦エミ(ブリギッテ・ミラ)は夫を亡くしてアパートに一人暮らし。ある夜、雨宿りのついでに立ち寄った酒場で20歳以上も年下のモロッコ移民の男アリ(エル・ヘディ・ベン・サレム)と出会う。一緒にダンスをし、話も合った2人はエミのアパートに行き、意外な成り行きで一夜を共にする。2人はあっという間に結婚するが、エミの子供たちや仕事仲間、アパートの他の住民、商店の主人らから冷ややかな視線と冷たい仕打ちにさらされる。
IMDbの説明に「古典的なハリウッドのメロドラマの感情的な力を巧みに駆使して、現代ドイツ文化の根底にある人種的緊張を暴露」とある通り、これはロマンスの形を借りた人種差別批判映画と言って良いでしょう。当時の西ドイツはミュンヘン五輪(1972年)のテロ「黒い九月事件」の影響で特にアラブ系への風当たりが強い時期だったようです。加えて若い男と結婚した母親を子供さえ淫売呼ばわりし、周囲も侮辱的な言葉を投げつけます。
IMDbでもKINENOTEでも「マリア・ブラウンの結婚」より高い評価ですが、個人的には「マリア・ブラウン」の方が好みです。単純にブリギッテ・ミラよりハンナ・シグラの方が魅力的だからというより、「マリア・ブラウン」を見たのは20歳過ぎの頃で感受性が豊かだった(?)ためもあるでしょう。
Wikipediaによると、トッド・ヘインズ監督は自作の「エデンより彼方に」(2002年、ジュリアン・ムーア主演)を「不安は魂を食いつくす」と「天はすべてを許し給う」へのオマージュとして作ったそうです。これには納得しました。「エデンより彼方に」は1950年代に裕福な家庭の主婦が庭師の黒人青年と愛し合うようになり、黒人差別に凝り固まった周囲の冷たい仕打ちにさらされる話でしたから。
IMDb8.0、ロッテントマト100%。第27回カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞。
▼観客5人(公開初日の午後)1時間32分。
「マーベルズ」
「キャプテン・マーベル」(2019年)の続編。というか、キャプテン・マーベルは「アベンジャーズ エンドゲーム」(同)にも出ていましたから、その続きとなっています。アメリカでの評価が散々だったので期待値は低かったんですが、それでも描写不足や語りの下手さに辟易しました。明確な失敗作です。監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタ。「キャンディマン」は低予算B級ホラーとして破綻はありませんでしたが、それだけの作品で、マーベルがなぜ巨大バジェットの映画に指名したのか不思議です。どこを評価したんだろう?
唯一感心したのはキャプテン・マーベルを演じるブリー・ラーソンの驚異的なスタイルの良さ。前作時よりスリムになっているんじゃないですかね。
IMDb6.1、メタスコア50点、ロッテントマト62%。
▼観客4人(公開初日の午前)1時間50分。
「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」
SDN48の元メンバーで作家の大木亜希子による同名私小説の映画化。タイトル通りの話で、元アイドルにもかかわらず、メンタルを病んで仕事をやめ、預金残高10万円になってシェアハウスしているおっさんの家に同居することになる話。元アイドルが元乃木坂46の深川麻衣、ササポンこと56歳のおっさんが井浦新。別に傑作というわけではありませんが、きっちり楽しく見させていただきました。ササポンの穏やかな話し方が良いです。穐山茉由監督。
同じようなタイトル「完全に詰んだイチ子はもうカリスマになるしかないの」で同じ深川麻衣主演のドラマがありましたが、内容に関係はありません。
▼観客2人(公開6日目の午後)1時間56分。
「ロスト・キング 500年越しの運命」
英国王リチャード三世の遺骨を発見したアマチュア歴史家の実話を映画化。スティーブン・フリアーズ監督だけによくまとまった感動作ですが、ノンフィクションの原作にファンタジー的な場面を入れることには疑問も感じました。「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017年、ギレルモ・デル・トロ監督)のサリー・ホーキンス主演。以前ならこういうノンフィクション、映画公開に合わせて早川書房あたりが翻訳を出したはずですが、出版不況に加えて翻訳物はなおさら売れないためか出ていません。
IMDb6.7、メタスコア64点、ロッテントマト77%。
▼観客7人(公開5日目の午前)1時間48分。
「ヘンリ・シュガーのワンダフルな物語」「白鳥」「ねずみ捕りの男」「毒」
Netflixが配信しているロアルド・ダール原作、ウェス・アンダーソン監督の短編4本で、今週のニューズウィーク日本版が紹介していました。9月から配信していますが、アンダーソン作品とは知りませんでした。評価が高いのは「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」(39分)でIMDb7.4、メタスコア85点、ロッテントマト95%。他の3本にも言えることですが、ダールの作品と言うより、すっかりアンダーソンの味わいになっています。「ねずみ捕りの男」がもっともダール的と思いました。「白鳥」IMDb6.8、ロッテントマト94%。17分。
「ねずみ捕りの男」IMDb6.6、ロッテントマト100%。17分。
「毒」IMDb6.8、ロッテントマト93%。17分。
2023/11/05(日)「ゴジラ-1.0」ほか(11月第1週のレビュー)
特徴的なのはゴジラ映画史上最もエモーショナルな部分を持ち合わせていること。特攻隊で死ななかった主人公を絡めた「生きろ」という主題の物語は過去のさまざまな映画・ドラマを想起させ、オリジナルな要素ではないのですが、泣かせる演出がツボを外していないためラストで涙する女性客もいます。
映画は太平洋戦争中の1945年、大戸島で始まります(この島は第1作にも出てきました)。旧日本軍の守備隊基地があり、意に沿わない特攻出撃を命じられた敷島浩一少尉(神木隆之介)は飛行機に不具合があったとして島に不時着しましたが、「どこにも故障は見つからなかった」と整備兵の橘宗作(青木崇高)に皮肉られます。その夜、恐竜のような体高15メートルの生物・呉爾羅(ゴジラ)が島を襲撃。敷島は恐怖のためゼロ戦の20ミリ砲を撃てず、日本兵のほとんどは死亡します。生き残った敷島は大空襲で焼け野原となった東京に戻り、赤ん坊を連れた大石典子(浜辺美波)と出会って共同生活することに。そして1947年、ビキニ環礁の核実験の影響で体高50メートルに巨大化したゴジラが東京を襲ってきます。
大戸島の呉爾羅の動きは「ジュラシック・パーク」のティラノサウルスを思わせ、兵士の上半身を咥えて放り投げたりします。15メートルの大きさは人間を襲うのにちょうどよく、咥えたのなら上を向いてのみ込んでほしいところですが、描写が生々しくなってNGなのでしょう。ゴジラの前身と旧日本兵が遭遇するエピソードは大森一樹監督の「ゴジラVSキングギドラ」(1991年)にもあり、ラゴス島でゴジラザウルスが米軍を撃退しました。東京を襲撃したゴジラが電車を咥える場面と、ゴジラを実況するアナウンサーがいるのは1作目と同じです。というか、現代のVFXでの作り直しです。
ここでゴジラが吐く熱線の迫力は「シン・ゴジラ」で東京の3区を一瞬にして消滅させたシーンに匹敵します。あちらは夜だったのに対して、今回は昼間の大破壊であり、大音響を含めて相当に見応えがあります。ゴジラに関するVFXのシーンはアメリカ映画に負けないレベルで、12月1日から公開される海外でも十分通用するでしょう。不安材料は戦後日本のドラマが分かりにくいのではないかということ。ここを楽しめないと、ゴジラ登場シーンが少ないという不満が出てくるかもしれません。再編集して海外版を作るのものもありかな、と思います。
国内では大ヒットスタートを切ったようです。神木隆之介と浜辺美波の「らんまん」コンビが出ていることも一助になっているのかもしれません。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間5分。
「愛にイナズマ」
前半と後半にはっきり分かれる構成。前半は1500万円の予算で自分の家族をモデルにした映画「消えた女」を作ろうとしている若手女性監督・折村花子(松岡茉優)の苦闘。後半は花子と父(佐藤浩市)と兄2人(池松壮亮、若葉竜也)の家族が10年ぶりに一堂に会する話になっています。前半をもう少し短くして後半に重点を置いた方が良かったのではないかと思いますが、石井裕也監督としては前半も描きたかったのでしょう。ここで助監督を演じる三浦貴大は前例と普通の描き方をはみ出すことをよしとせず、ことあるごとに花子に難癖を付けます。「月」で年上のオダギリジョーにタメ口を吐く年下の先輩と同じようなしょうがない男。組織や集団には時々、こういう輩がいて、石井監督自身も苦しめられた経験があるのかもしれません。
コメディに分類すると、軽くなりすぎるような気がしますが、笑える場面は多いです。「勝手にふるえてろ」(2017年、大九明子監督)以来の単独主演となる松岡茉優が振り切った演技を見せて痛快です。
▼観客4人(公開初日の午前)2時間20分。
「北極百貨店のコンシェルジュさん」
西村ツチカの同名コミックをアニメ化。客は全て動物という不思議な北極百貨店を舞台に主人公の新人コンシェルジュ・秋乃が客からの難題を解決するために奔走するファンタジーです。評判良いのですが、上映時間が短いためもあって僕には食い足りなかったです。板津匡覧監督。▼観客6人(公開7日目の午後)1時間10分。
「春画先生」
塩田明彦監督作品で春画の研究者・芳賀一郎(内野聖陽)と春画に魅せられた春野弓子(北香那)を巡るコメディ。塩田監督がロマンポルノ・リブートの1本として撮った「風に濡れた女」(2016年)が好評だったことから、「もう1本やりましょう」とプロデューサーに言われたのが出発点とのこと。ロマンポルノではないので濡れ場は少ないですが、芳賀には倒錯的なところがあって、ロマンポルノにありそうな設定ではあります。芳賀の妻の墓に向かって嫉妬の言葉を投げる場面のおかしさなど北香那に関しては100%満足できる仕上がりで、北香那のファンは絶対見るべし。北香那は山崎紘菜に似ている新人女優と思ってましたが、子役時代からのキャリアは長いです。最近は「鎌倉殿の13人」「どうする家康」「おとなりに銀河」(以上NHK)「ガンニバル」(ディズニープラス)などドラマ・映画の出演が続いており、売れっ子になった感があります。
▼観客2人(公開12日目の午後)1時間56分。
「ウルフウォーカー」
一昨年1月に公開された時に見逃して、配信かDVDで追いかけようと思っていたんですが、DVD化されず、配信もない(と思っていた)ので、宮崎キネマ館での再公開は良かったです。ただ、始まりのタイトルを見ていたら製作にアップルが入っていました。これはもしかしてと、帰ってApple TV+を検索したらありました(Apple TV+の開始前にアップルが購入したとのこと)。Apple TV+には「モナーク レガシー・オブ・モンスターズ」を目当てに今月から加入する予定だったのでムムムという感じ。まあ、面白かったのでいいんですが。中世アイルランドの伝説を題材に「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2014年)「ブレッドウィナー(生きのびるために)」(2017年)などの秀作アニメを送り出しているカートゥーン・サルーンが製作。
主人公の少女ロビンは森で、人間とオオカミがひとつの体に共存するウルフウォーカーのメーヴと友だちになる。メーヴと母親は魔法の力で傷を癒すことができた。ロビンはメーヴとある約束を交わすが、それはロビンの父を窮地に陥れるものだった。
森を焼き払い、オオカミを殺そうとする村の人間たちの行為は容易に異民族や移民、難民への差別・排斥行為を想起させます。現代に通じる視点と問題を描いているのが良いです。トム・ムーア、ロス・スチュアート監督。
IMDb8.0、メタスコア87点、ロッテントマト99%。
▼観客3人(公開6日目の午後)1時間43分。
2023/10/22(日)「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」ほか(10月第3週のレビュー)
1920年代、先住民オセージ族が政府から移住させられたオクラホマ州の保留地から石油が出て、オセージ族は受益権を手にし、世界一の金持ち部族になります。そこに金目当ての白人たちが押し寄せ、連続殺人が起こります。原作によると、この時代の犠牲者は24人に上ったそうです。映画はキングと呼ばれるおじのウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼って、オセージ族の町グレーホースを訪れた主人公アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)がオセージ族のモリー(リリー・グラッドストーン)と出会い、結婚して連続殺人に巻き込まれる展開となっています。
原作ではすぐに2件の殺人が起こりますが、映画では40分余り過ぎてからで、事件の構図も中盤でほぼ分かります。全体としてスコセッシの「アイリッシュマン」(2019年)や「グッドフェローズ」(1990年)と同様にギャング=悪党を描いた作品になっていて、ミステリーの要素がある原作をスコセッシは自分の得意な方面に引き寄せて作った感があります。脚色はスコセッシとエリック・ロスの共同。
原作は第1部「狙われた女」、第2部「証拠重視の男」、第3部「記者」の3部構成。「FBIの誕生」のパートは第2部で、ここに最もページを割かれていますが、映画ではほとんど描かれません。それもスコセッシが自分に引き寄せて作ったためと、ディカプリオが当初キャスティングされた捜査官トム・ホワイト(映画ではジェシー・プレモンスが演じています)の役よりもアーネストの役を望んだためでしょう。それにもかかわらず、というか、その作劇によって映画は中盤以降がとても面白いです。約3時間半の上映時間ですが、それほど長さは感じませんでした。
日経のレビューで芝山幹郎さんは「モリーがアーネストの愛情を信じつつ、彼に殺されるのではないかと疑う複雑な場面」の連想作品として「断崖」(1941年)と「ガス燈」(1944年)を挙げていましたが、「汚名」(1946年)の方がより直接的かなと思いました。あの傑作ほどロマンティックではありませんが。
アップル・スタジオ製作なので、アップルTV+で近日配信予定になっています。
IMDb8.3、メタスコア90点、ロッテントマト92%。
▼観客18人(公開初日の午前)3時間26分。
「キリエのうた」
クライマックスのコンサートの場面で公園の使用許可を取っていなかったという設定に唖然としました。なんだそれ。なぜそんな初歩的なことをやってないのか訳が分かりません。これに並行して描かれるイッコ=真緒里(広瀬すず)が男に襲われる場面も唐突で、あれ、こんな男これまでに出てきたっけと思ってしまいます。約3時間、冗長と言うほどつまらない場面はありませんでしたが、登場人物の過去のあれこれなど不要と思えるエピソードもあり、もっとアイナ・ジ・エンドの歌を一直線に生かす構成にした方が良かったと思います。どのエピソードも新味に乏しく、出来合いの惣菜を組み合わせた食事のよう。原作・脚本は岩井俊二監督。構成をチェックできる人が必要だったのでしょう。
アイナ・ジ・エンドは歌を歌っているだけかと思ったら、しっかり主演の役割を果たしていました。演技をどうこういうレベルではありませんし、他の作品にも主演できるかというと、そうは思えませんでしたが、無難にこなした印象。何よりも歌の力があるので、しっかりした音楽映画に出ると良いと思います。
▼観客10人(公開4日目の午前)2時間59分。
「ゆとりですがなにか インターナショナル」
7年前に放送されたドラマの劇場版。なぜ今頃と思いますが、脚本の宮藤官九郎が初稿を書いたのは2020年春とのこと。映画化のきっかけは松坂桃李が「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(脚本を凝りまくった傑作です)シリーズの登場人物たちが「ゆとり」の3人にダブって見えたとクドカンに話したことだそうです。あの映画のように深酒で記憶をなくす設定が中盤にありますが、残念ながら設定を借りただけで面白さでは足下にも及びません。いや、まったく面白くないことはないんですよ。岡田将生、松坂桃李、柳楽優弥、安藤サクラ、仲野太賀らのお馴染みの面々が騒動を繰り返して笑えることは笑えます。ただ、繰り広げられる話がどうでも良いことばかりなので、どこまで行っても水平線の面白さに留まり、ちっとも上向かないので飽きてきます。
最後に「つづく」と出たのでまたドラマか映画をやるのでしょう。ドラマなら、これぐらいの面白さでも良いと思います。水田伸生監督。
▼観客5人(公開7日目の午後)1時間57分。
「オオカミの家」
チリのストップモーション・アニメ。といっても、人形を一コマ一コマ動かす通常のストップモーションとは異なり、絵や紙粘土(?)でキャラクターを作ったり壊したり動かしたりの手間のかかる手法を使ってます。何かに怯える親子3人の姿を描いて不気味さ怖さの横溢したシュールで前衛的な作り。パンフレットは“ホラー・フェアリーテイル・アニメーション”と紹介しています。映画の背景にあるのはコロニア・ディグニダ(尊厳のコロニー。現在はビジャ・バビエラ)という共同体の事件だそうです。コロニア・ディグニダは元ナチス党員のドイツ人パウル・シェーファーが1961年、チリに設立したコロニーで、外部からは楽園の共同体のように見えましたが、内部ではシェーファーの指導の下、拷問や性的虐待、殺害が繰り返され、それはシェーファーが逮捕された2005年まで続いたそうです。
映画の親子はコロニアから逃げてきた設定のようですが、そうした予備知識がないと、何に怯えているのか分かりません。監督はクリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ。
コロニア・ディグニダについてはエマ・ワトソン主演の「コロニア」(2016年)や少年の視点で描いた「コロニアの子供たち」(2021年)として映画化されているほか、Netflixが「コロニア・ディグニダ チリに隠された洗脳と拷問の楽園」というドキュメンタリー(全6話)を配信しています。
IMDb7.5、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間14分。
「奇跡の海」
「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」の1本。1996年の作品で日本初公開は1997年4月。U-NEXTで見ました。スコットランドの村を舞台に描く愛と奇跡の物語。北海油田で働くヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚したベス(エミリー・ワトソン)は家を離れて働くヤンが早く戻ってくるよう神に祈る。ヤンは予定より早く帰ってくるが、首から下が麻痺する大けがを負ったためだった。回復の見込みがないヤンはベスに「ほかの男に抱かれろ」と頼む。「それを聞くことで俺はおまえと愛し合うことができる」。ベスがその通りにすると、ヤンは少し回復したように見えた。ベスは娼婦となり、さまざまな男と関係を持つが、村の人たちはベスを迫害するようになる。
ベスは本当に神の声を聞くことができたのか、起きたことは奇跡なのかなどを明確にはしないところが良いです。エミリー・ワトソンはこれが映画デビュー。ヤンを一途に愛するベスを体当たりで演じ切って、アカデミー主演女優賞候補となりました。トリアー映画としても後の「ドッグヴィル」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のように絶望的な気分にはならず、バランスの良い傑作だと思います。
IMDb7.8、メタスコア82点、ロッテントマト84%。カンヌ国際映画祭審査員大賞、キネ旬ベストテン9位。2時間38分。
トリアー監督作品のIMDbでの評価を調べてみました。点数順で並べると、以下の通りです(短編、テレビドラマを除く)。
1.ドッグヴィル(2003年)8.0IMDbでは7点台までは見て損のない作品と思いますが、6位「メランコリア」は個人的にあまり感心しなかったので、「マンダレイ」までで良いかなと思います。
2.ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000年)7.9
3.奇跡の海(1996年)7.8
4.ヨーロッパ(1991年)7.6
5.マンダレイ(2005年)7.2
6.メランコリア(2011年)7.1
7.ニンフォマニアックvol.1(2013年)6.9
8.ハウス・ジャック・ビルト(2018年)6.8
8.イディオッツ(1998年)6.8
10.エレメント・オブ・クライム(1984年)6.7
11.ニンフォマニアックvol.2(2013年)6.6
11.ボス・オブ・イット・オール(2006年)6.6
13.アンチクライスト(2009年)6.5
14.エピデミック(1987年)6.0
2023/10/15(日)「月」ほか(10月第2週のレビュー)
この夫婦の子供は3歳になっても寝たきりで意思の疎通もできませんでした。子供を亡くした2人は打ちひしがれ、未だに引きずっています。妻の堂島洋子(宮沢りえ)は作家で、東日本大震災を題材にした第1作が注目を集めましたが、その後は小説が書けない状態。生活のために障害者施設に非正規社員として勤め、監禁や暴行など施設のひどい実態を見ることになります。
夫の昌平(オダギリジョー)は趣味で人形アニメーション映画を作りながら、アルバイトしています。昌平は穏やかな性格ですが、それにつけ込んでのことなのか、バイト先の年下の先輩は昌平をお前呼ばわりし、アニメーションの題材をバカにします。洋子は入所者への虐待とも思える仕打ちを施設の上司に伝えますが、上司は職員をかばい、洋子に解雇をちらつかせます。洋子は妊娠していることが分かり、また障害を持つ子供だったらと思い、生むかどうか悩んでいます。
障害者施設で働く青年さとくん(磯村勇斗)が「役に立たない障害者、周囲に迷惑をかける障害者は社会のために殺した方がいい」という極端な考えに至ったことと、弱い立場にいる人を見下し、悪意と侮蔑を向ける人の距離は遠くありません。さとくんは入所者のために「花咲かじいさん」の紙芝居を手作りして演じる善意の人物でしたが、同僚から紙芝居を迷惑がられ、バカにされたこともあって、次第に考え方を変えていきます。いじわるじいさんが腐ったゴミを掘り当てた犬のシロを「役に立たない」と怒って殺したように障害者の殺害を計画するわけです。
凡庸な監督なら、原作通りに「きーちゃん」を主人公にして映画を作るでしょう。その場合でも「ジョニーは戦場に行った」(1971年、ダルトン・トランボ監督)のような傑作になる可能性はあります。しかし、映画の終盤、夫婦に訪れたささやかな希望と喜びの場面のような熱い感動をもたらす場面を作ることは難しいでしょう。世間的にはささやかかもしれませんが、夫婦にとってはとても大きな喜び。その歓喜の場面と並行して、映画はさとくんが返り血を浴びながら計画を実行に移す姿を描いています。
石井裕也監督は多くの障害者施設を訪ね、話を聞いてエピソードを書いたそうです。実際の障害者に役を演じてもらうことができたのは、そうした取材の過程で信頼を得たからなのでしょう。石井監督は元々、うまい人ですが、今回はさらに腕を上げた感があり、加えてこうした取材を重ねたのですから映画に厚みが出てくるのは当然です。
宮沢りえとオダギリジョーはともに奥行きのあるリアルな演技。きーちゃんの母親を演じた高畑淳子の慟哭も胸を打ちました。必見。
▼観客10人(公開初日の午前)
「イコライザー THE FINAL」
元CIAのエージェントでシチリアに滞在していたロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)が町の人たちを苦しめるマフィアを一掃するシリーズ3作目。アメリカでの評価が芳しくないのであまり期待していませんでしたが、まずまず真っ当な作りでした。監督はアントワーン・フークア。基本は「シェーン」(1953年)や高倉健主演の任侠映画を思わせるプロットで悪くありません。問題は描写がスラッシャー映画のように残虐過ぎることで、アメリカで評価が伸びないのはそのためでしょう。クライマックスはマフィアの屋敷にジェイソン(もちろん「13日の金曜日」の)が殴り込んだような描写の連続となります。
マッコールがなぜシチリアにいたのか、CIAの担当者エマ・コリンズ(ダコタ・ファニング)になぜ直接連絡したのかは終盤に分かります(後者は1、2作目を見ていれば)。ワシントンとファニングが共演するのはファニングが10歳だった頃に出演した「マイ・ボディガード」(2004年、トニー・スコット監督)以来とのこと。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%。
▼観客多数(公開5日目の午後)1時間49分。
「アナログ」
ビートたけしの原作をタカハタ秀太監督(「鳩の撃退法」)が映画化。脚本は港岳彦。主人公(二宮和也)は自分が設計した喫茶店で携帯電話を持っていない女性(波瑠)に出会い、毎週木曜日に喫茶店で会って愛を深めていきます。しかし、女性はなぜか来なくなった、という予告編をさんざん見せられたので、こちらの興味はなぜ来なくなったのかにしかなく、2人が愛を深める前半の描写がまどろっこしく感じました。結婚を決意するぐらいの交際ならば、相手の素性ぐらい分かっているのが普通。スマホを持っていなくても、1人暮らしではないのですから家に電話ぐらいあるでしょうし、会社に勤めている以上、連絡手段がないのは不自然です。携帯電話を持たなくなった理由もあいまい。このあたりの不備は原作起因のものでしょうが、前半と後半の比重も少し考えた方が良かったと思います。特に後半は説得力を欠く描写が多かったです。
波瑠はいつものことながら情感が不足していますし、演技の面でもまったく進歩がありません。終盤ののっぺりした工夫のない演技などは監督の指示も不十分なのでしょうけど、もっと自分で勉強した方が良いです。二宮和也はそれなりの好演。友人役の桐谷健太と浜野謙太がおかしくて良かったです。
▼観客多数(公開7日目の午後)2時間。
「アンダーカレント」
豊田徹也の同名コミックを今泉力哉が映画化。水にたゆたうようなゆったりしたテンポなので上映時間が2時間23分もあり、個人的にはセリフ回しをもっと早くしてはどうかと思うんですが、このゆったりさが良いという人もいるでしょう。「アナログ」に比べると、演出・演技のうまさが際立ちますが、上映時間の長さに対して話の分量が足りていない感じです。家業の銭湯を継いだかなえ(真木よう子)の夫・悟(永山瑛太)が失踪する。かなえは働き手がなかったこともあって銭湯を一時休業していたが、叔母(中村久美)とともに再開。そんな時、銭湯組合から紹介された男・堀(井浦新)が「就職したい」とやってくる。
主演の真木よう子、井浦新は悪くありません。探偵役のリリー・フランキーも演じどころがなかった「アナログ」の喫茶店主役とは違って個性を発揮しています。
▼観客10人(公開6日目の午後)2時間23分。
2023/10/09(月)「福田村事件」ほか(10月第1週のレビュー)
日本統治下の朝鮮で教師をしていた澤田智一(井浦新)は妻の静子(田中麗奈)とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。その頃、香川県の薬売りの行商をする子供を含んだ男女15人の一行が関東へ出発する。9月1日、関東大地震で大規模火災が発生し、多くの命が失われた。治安の悪化で2日、東京に戒厳令が施行され、4日には千葉にも拡大する。「朝鮮人が集団で襲ってくる」「井戸に毒を入れた」という流言飛語が広まり、政府の指示で村の人々は自警団を結成。不安や恐怖心が膨れ上がっていく中、言葉の違いから行商団は朝鮮人の疑いをかけられ、虐殺が始まってしまう。
映画は前半に井浦新、田中麗奈の夫婦を中心に東出昌大、コムアイ、柄本明、向里祐香、水道橋博士ら村の人々の生活と人間関係を詳細に描いています。脚本の荒井晴彦(井上淳一、佐伯俊道と共同)らしい性を絡めた男女関係の描き方には一部で批判もあるようですが、僕はそこも含めてとても面白く見ました。
終盤、利根川を渡って帰ろうとしていた行商団を自警団が捕まえます。一触即発の緊張の中、思いがけないことから虐殺が始まり、止めようがなくなります。こうした絶望的な展開は過去の映画にも先例がありますが、重大事件の発端はこういうものなのだと思います。
村の人たちは知らなかったでしょうが、朝鮮人に間違われた行商の人たちは被差別部落の出身でした。行商のリーダー、永山瑛太の「鮮人なら殺してええんか。……朝鮮人なら殺してええんか」という悲痛な叫びは差別される者の痛みと恨みを含み、胸を抉ります。
政府の指示に従って記事を修正する新聞社部長のピエール瀧と、それに反発して事実を伝えようとする記者・木竜麻生の姿は今の日本のジャーナリズムが抱える問題となんら変わりません。100年前の不幸な事件ではなく、今に通じる作品に仕上げたスタッフ・キャストに大きな拍手を送りたいと思います。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間17分。
「国葬の日」
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬の1日を追ったドキュメンタリー。東京、山口、沖縄、京都、福島など全国10都市でカメラを回し、賛成、反対、どちらでもない人たちの行動と意見を記録しています。「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新監督作品。映画の最後に字幕が出ますが、国葬の献花をした人は2万5889人、反対デモに参加したのは計1万6600人でした。日本の人口は1億2497万1000人ですから、明確な意思を持って国葬に対峙したのはごくごく少数の人たちと言えるでしょう。
つまり、ほとんどの国民にとって国葬なんてどうでも良かったということで、これは僕らの感覚と合致しています。映画はナレーションなし、説明もほとんどなし。安倍晋三銃撃事件の実行犯を描いた映画「REVOLUTION+1」の監督・足立正生や国葬反対デモに参加した落合恵子についても説明は一切ありません。数年後、数十年後に見る人には意味が分かりにくくなるのではないかと心配しますが、それで良いのでしょう。
映画の中で心惹かれるのは反対・賛成の人たちの姿ではなく、静岡の水害の復旧ボランティアに参加したサッカー部員の高校生たちの姿。活動に感謝したおばさんから「帰りにラーメンでも食べて」と1万円を渡されますが、生徒の1人は「これ受け取ったら、高いバイトになってしまう。被災者がカップラーメン食べてるのに僕たちがホントのラーメンなんて食べられません。どこかに募金します」とカメラに向かって話します。生徒たちはサッカー部顧問の先生からの指示でボランティアに参加したのかもしれませんが、気持ちが温かくなる描写でした。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間28分。
「もっとしなやかにもっとしたたかに」
1979年のにっかつ映画。AmazonでDVDが2000円を切っていたので買いました。これ、配信にないんです。見たのは44年ぶり。キネ旬ベストテン11位、読者のベストテンで6位にランクされ、「80年代を予見する作品」と高い評価を得ました。時代の空気と密接なので、今見るとピンとこない人も多いようです。ただ、森下愛子が良いという評価は当時も今も変わりません。「堀北真希に似ている」とネットのレビューに書いている人がいて、「言われてみれば」と思いました。すっかり忘れていましたが、公開時は「桃尻娘 ラブアタック」と2本立てだったとのこと。こっちは1作目に比べると、つまらなかった記憶があります。