2000/08/12(土)「要心無用」

 NHKのBSが今週、ハロルド・ロイドの映画を連続放映した。夕方4時半からの放送だったので子どもが見ることも意識したのかもしれない。どの程度の視聴率があったのか知らないが、これに出会った子どもたちは幸せだっただろう。僕は11日に放映された「要心無用」(Safety Last 1923年、フレッド・ニューメイヤー、サム・テイラー監督)のみ録画して見た。

 20数年ぶりの再見である。この映画はロイドが時計にぶら下がるシーンで有名だ。初めて見たときほどの驚きはなかったけれど(当たり前だ)、これはやはり映画史上に残るシーンだろう。スリルと笑いが混在した屈指の名シーン。双葉十三郎さんは「僕の採点表 戦前篇」にこう書いていいる。

 30分にも渡るこの高層アクションはたいへんな見せ場で、いろいろなギャグが盛られているが、それ以上に手に汗にぎるスリルと興奮に満ちている。やっとのことでしがみついた大時計の針が重みでぐらりと動く場面など圧巻だった。

 今でもこういうシーンは撮れるかもしれない。命綱を付けて撮影し、後で綱を消せばいい。しかし、1920年代にそんな技術はない。すべてロイド自身がこのアクションを行っていることに感動せずにはいられないのだ。命がけの献身的な演技で尊敬に値する。スタンドインなしに、今これをやれるのはジャッキー・チェンだけだろう。

 「僕の採点表」にはロイドが来日した際に双葉さんが会いに行き、時計にぶら下がった時にけがをした手のひらを見せられたことが記されている。映画ではそんなことは微塵も感じさせないのが凄い。

2000/08/09(水)「パーフェクト・ストーム」

 予告編を見て面白くなりそうな要素が皆無だったので期待はしていなかったのだが、やっぱり「なんじゃこりゃあ」という出来。グロスター岬の漁師たちの描写が延々と続き、史上最大のハリケーンが出てくるのは1時間を過ぎてから。この構成、70年代に流行したパニック映画(今はディザスター映画?)を思い起こさせる。しかしですね、漁船の乗組員がすべて死んでしまったのなら、この映画の後半で描かれていることはすべてフィクションですね。それなのに“実話に基づく”はないでしょう。こんなことなら実話に基づかず、もっと自由に物語を展開した方が良かったのではないか。

 肝心の嵐の描写はそれなりに良くできている。水を使ったSFXはかつては難しいと言われたけれど、今はCGなので何でもできるのだ。でも飽きてくる。何かプラスαが欲しかったところだ。そこがつまり物語の弱さであると思う。主演のジョージ・クルーニー、ダイアン・レイン、メアリー・エリザベス・マストラントニオらは生活感をにじませているが、「いや、別にわざわざこんな映画に出ていただかなくても」という感じで演技のしどころがない。

 「Uボート」のころはニュージャーマン・シネマの期待の星だったウォルフガング・ペーターゼンもあれから19年を経てすっかり凡庸な監督になってしまったようだ。

2000/08/07(月)「リプリー」

 ルネ・クレマン「太陽がいっぱい」のリメイクではなく、パトリシア・ハイスミス“The Talented Mr. Ripley”の映画化。「イングリッシュ・ペイシェント」のアンソニー・ミンゲラ監督だから、見応えのある映画にはなっているけれど、失敗作と思う。

 主人公のトム・リプリーの内面描写がないので、感情移入しにくいのだ。これはリプリーがだれにも本心を明かさないからで、観客はリプリーの行動からその気持ちを推し量るしかないのである。唯一、本心を明かす場面がディッキーを船の上で殺す場面。しかし、その後の行動は大金を手に入れたいのか、犯罪を隠したいのか、分かりにくくなっている。冒頭に「過去を消してしまいたい」とのモノローグが入るけれど、これだけではリプリーがどういう人物なのか説明するには十分ではないだろう。

 「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンのイメージをきっぱり捨てて見るべき映画。映画に漂うある種の不快さはハイスミスの作品に通じるものではある。

2000/07/05(水)「サイダーハウス・ルール」

 ジョン・アーヴィングの原作をアーヴィング自身が脚色し、「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」「ギルバート・グレイプ」のラッセ・ハルストレムが監督した。原作を読んでいないが、映画は少年が大人になる上で必要な通過儀礼を描いた趣だ。僕はなんとなく、ケム・ナンの小説「源にふれろ」を思い出した。アメリカの小説にはこうした通過儀礼を描いたものってよくありますね。フレドリック・ブラウン「シカゴ・ブルース」なんかもそう。映画では「おもいでの夏」がこれに入ると思う。

 原作はもっと長期間にわたる話らしいが、このテーマに絞って脚色したアーヴィングの姿勢は間違ってはいないと思う。主人公が孤児院に帰ってくるラストで何だか胸が詰まった。アカデミー脚色賞を受賞したのもうなづける。同じく助演男優賞を受賞したマイケル・ケインもいいし、主人公の相手役を務めるシャーリーズ・セロンも魅力的。「ノイズ」「レインディア・ゲーム」と出演作が相次いで公開されており、好調さをうかがわせる。

2000/06/21(水)「グラディエーター」

 「インサイダー」のラッセル・クロウは太っていて驚いたが、あれは役作りのためだったらしい。この映画のために17キロ痩せたそうだ。体重をそんな風にコントロールできるとは羨ましい。

 ローマ帝国を舞台にした復讐劇でリドリー・スコット監督がいつものように素晴らしい映像を見せてくれる。冒頭の戦闘シーンで弓矢がピュンピュン飛ぶ様子は「プライベート・ライアン」の弾丸の怖さを思い起こさせてくれた。ま、こういう映画でリアルで残虐な戦闘シーンにする意味が今ひとつ理解できないが、とりあえず迫力はたっぷりある。その後のローマ帝国の描写もCGを駆使してかつての「ベン・ハー」などの史劇を思わせるスペクタクル。ただ、どこか本物とは違う感じがする。CGがいくらリアルになっても限界はあるのだろう。あまりスケールの大きさを感じない。

 ローマ皇帝に妻子を殺された将軍が奴隷の身からグラディエーター(剣闘士)となり、復讐を誓う話。2時間35分にしてはひねりがないので途中で飽きてくる。大作風の描写を削ってでも、2時間以内にまとめた方が良かった。ラストに1対1の対決をするのはこうした映画の定石ではあるが、この映画の設定、工夫が足りないように思う。

 何よりも復讐の意識をどこかに忘れたかのようにコロシアムで人を殺し続ける主人公に共感を持たせるのは難しい。もっと心情をきめ細やかに描く必要があったのではないか。復讐を果たしても今ひとつ晴れ晴れしない話なのである。