2005/08/07(日) 個人情報流出

 楽天からやっぱり漏れてました、とメール。住所、氏名、電話番号、カード番号、アドレスなど。取引で入力した情報はすべて漏れたようだ。やっぱりね。

 カード番号を変えなくてはいけないが、今、沖縄にいる。帰ってから手続きするしかない。それに10日には先月分の引き落としがある。先月分の明細には怪しい点はなかったので、とりあえず大丈夫のようだ。

携帯から更新

 携帯でメモ帳に書いていたら、文字数に制限があって途中で入力できなくなった。auの携帯はメールは5000文字までOKなのでメモ帳も大丈夫と思いこんでいたが、違うのですね。日記をメールで更新できるようにしておかないといけないなあ。

沖縄1日目

 「リザンシーパークホテル」昨年と同じく夏の旅行は沖縄にした。9時発の飛行機で出発。1時間半かかるので空港で買った打海文三「ハルビン・カフェ」を読む。第1章しか読めなかったが、すごく面白い。続きが楽しみ。

 午前10時半に沖縄空港着。オリックスレンタカーの迎えの車に乗る。昨年はニッポンレンタカーで営業所は空港のそばだったが、今回は15分ほど離れた所。会社の規模の差ですかね。借りた車はトヨタのアレックスだった。

 ホテルは午後1時チェックインなので先に昼食を取る。営業所に隣接したアウトレットモール「ASHIBINAA」。僕はサンドイッチとコーラ。家族はカレーとか沖縄そばとかスパゲティとか。12時過ぎに車でホテルへ向かう。カーナビに行き先をセットしようとしたら、ホテル名を入れても探せない。電話番号もダメ。仕方ないので住所を入力したが、番地までは入力できない。おまけに現在いる場所が海の中になっている。このカーナビ古いのだろうか。

 高速に乗って1時間ほどでリザンシーパークホテル谷茶ベイ写真=着。大きなホテルである。10階建てで1フロアに100部屋以上ある。予約しておいた部屋はファミリールーム。2部屋をつないだ広さで快適。バスルーム2つ、テレビも2台ある。ホテル自体は新しくはないが、広いのでまあいいでしょう。少し休んでホテルの前にある海へ。去年の残波岬は石がゴロゴロしてうれしくなかった。ここは貝がらやサンゴの破片がゴロゴロ。沖縄には長い川がないので、砂もないのだと推測。それでも残波岬よりは良かったのでしばらく泳ぐ。

 続いて屋内プール、屋外プールと泳いだらぐったり。部屋で少し休んで夕食に行くことにする。ホテルにはレストランが8つある。実は沖縄料理は苦手。イタリア料理のレストラン「カフェ・ルマーニ」にした。家内と僕はディナーコース、子供はピザとスープ、飲み物。ピザはLサイズを注文したら相当大きなのが出てきた。ディナーコースはメインディッシュを伊勢エビと牛フィレから選べる。それぞれ頼んで食べ比べてみたが、どちらも味はイマイチか。牛フィレの方がましだが、宮崎牛のおいしさに比べると、どうしても劣ります。

 部屋に戻ってシャワーを浴びる。ここには大浴場もあるが、800円かかる。疲れていたので、お風呂は明日にする。東アジア選手権の日本―韓国戦を見た後、10時半ごろ就寝。

2005/08/05(金)「亡国のイージス」

 「亡国のイージス」パンフレット映画の登場人物たちがこだわる亡国に関する部分がよく伝わってこない。今の日本の現状にどう不満があるのかの説明が不足しており、分かったような分からないような気分になるのだ。残るのは「ダイ・ハード」的シチュエーションのアクションということになるが、これは阪本順治にとって得意な分野ではない。例えば、中盤のイージス艦から発射されたミサイルで護衛艦が沈むシーンなどもう少し緊迫感が欲しいと思えてきてしまう。中井貴一の「よく見ろ、日本人。これが戦争だ」というセリフほどアクションが戦争には見えないのである。「ダイ・ハード」的シチュエーションにしては、アクションに入るまでの前ふりが長すぎると思う。

 加えて、登場人物の背景を思い切り簡略化した結果、ヨンファ(中井貴一)と工作員の女ジョンヒ(チェ・ミンソ)の関係(原作では兄妹)がよく分からなくなっている。殺人マシーンであるジョンヒは原作では強烈な印象を放つが、チェ・ミンソはそれほど強そうにも見えない。一番弱いと思うのはテロリストたちの正体で、原作では北朝鮮とはっきり書いてあるのに映画ではこれがあいまい。具体的に国名を出せないさまざまな事情は分かるけれど、それなら架空の国にでもしてしまえば良かった。ヨンファの国がどういう状態か、どういう扱いを受けたかが示されないので、テロリストたちの真の目的もあいまいになり、ヨンファに同調するイージス艦副長の宮津(寺尾聰)にも説得力がなくなっている。ヨンファが自分の国をどうしようとしているのかをもっと描くべきで、それとヨンファの過去を組み合わせなければ、テロリストたちの動機が見えてくるはずはない。テロリストに対抗する仙石(真田広之)と如月行(勝地涼)にしてもキャラクターの描き込みが足りず、この映画、キャラクターの掘り下げ方が足りなかったのが一番の敗因なのではないかと思う。長い原作のまとめ方としては「ローレライ」の方がうまかった。

 ヨンファとジョンヒの兄妹は収容所に勤務する両親を暴動で殺され、軍の高官に引き取られた。工作員として育てられたが、過酷な任務でジョンヒは声を失う。敵国の捕虜になり、拷問によって廃人になる寸前のところをヨンファに救出される。やがてヨンファは育ての親の高官を殺し、政府の打倒と国の立て直しを意図するのだ。凄腕の特殊工作員であることと、父親殺しという点で如月行とヨンファには共通点があり、だからこの兄妹は如月を仲間に引き入れようともする。映画ではこうした部分が一切なく、水中の戦いで如月とジョンヒが唐突にキスをする意味がまったく分からない。宮津は国家に息子を殺される。国家への復讐という点でヨンファと共通点があるのである。そうした暗い情念を持った登場人物たちが映画ではまったく薄っぺらになっている。もちろん、原作をそのまま映画にできるわけはないから、省略や変更があるのは当然のこと。しかし、それにしても中途半端な描写が多すぎるように思う。阪本順治は本来なら、こうした人物を描き分けるのが得意のはずだが、脚本にする段階で失敗しているのではどうしようもない。

 原作を読んだ時に気になったのは福井晴敏の国防に対するスタンス。敵と対峙しても先に発砲することを許されない自衛隊の在り方への批判と受け取られかねない部分があるのだ。原作は冒険小説的側面を強調しているので、後半、この部分は薄くなるけれど、こういう考えは改憲派に利用されるなと感じた。映画に自衛隊が全面協力したのも原作にこういう部分があったからだと思う。協力をもらったからといって、自衛隊PR映画にする必要はさらさらなく、巧妙に反自衛隊映画にすることもできるのだが、阪本順治にはそういう意図はなかったようだ。この種の映画には政治意識が必要で、硬派の話が書ける人でないと、脚本化は難しい。そういう人材、今の日本映画にはあまり見あたらないのが悲しいところだ。

 言わずもがなのことを書いておけば、原作の主人公ははっきりと如月行である。如月行を演じられる俳優もまた見あたらないので主人公を仙石にしたのは仕方がない。原作の仙石は真田広之ほど格好良くはなく、普通のおっさんの感じだが、真田広之はそうした部分も少し取り入れつつ、アクション映画の主演をこなしていて悪くないと思う。

2005/08/04(木) CharsetがShift_JISのメール

 Spamに多いので削除条件に使っている。不具合もないようなので、拒否条件にしようと思ったら、中には一般ユーザーでわざわざShift_JISにしている人がいるのだ。Vine LinuxのML過去メールを検索したら5人いた。メーラーはBeckyやThunderbirdやOutlook。日本語の標準設定はISO-2022-JPなので、メーラーもデフォルトの設定ではこうなっているはず。それがShift_JISにしてあるということはわざわざ設定を変えたのだろう。

 何か意図があるのか、単に知らなかったのか分からないが、こういうメールはMLのアーカイブで文字化けを起こす。Spamと間違えられる可能性も大きいので標準に戻した方が無難。

2005/07/26(火)「バタフライ・エフェクト」

 「バタフライ・エフェクト」パンフレット冒頭に出る説明によれば、バタフライ・エフェクトとは一匹のチョウの羽ばたきが地球の反対側で台風を引き起こすかもしれないというカオス理論に基づく。レイ・ブラッドベリは太古のチョウを踏みつぶしたことで現代が異様に変化するという短編「雷のとどろくような声」(「雷のような音」、A Sound of Thunder)を書いたが、この映画もそういう趣向である。パンフレットでSF作家の梶尾真治は「時間SFの傑作として私は記憶にとどめようと思っている」と書いている。確かに時間テーマのSFではあるのだが、これは人生をやり直せたらというifの世界を描いた映画と言った方が近い。主人公の今の体が過去に帰るのではなく、過去の自分に戻るからだ。愛する女性の悲惨な状況を変えるために何度も過去にさかのぼる主人公は、やがて不幸の要因となった決定的な出来事を知る。その出来事がとても皮肉である。同時に主人公にとって苦しく切ないものであり、映画は深い余韻を残して終わる。

 個人的な好みから言えば、最後の処理はもっと情感を高めてくれると良かったと思うが、よくできた物語だと思う。序盤にある少年時代のエピソードの描写がしっかりしており、その後の展開に無理がない。ラブストーリー一辺倒ではなく、スリラー、サスペンス風味も強いのが独特なところ。脚本・監督のエリック・ブレス、J・マッキー・グラバーのコンビは「デッドコースター」(「ファイナル・デスティネーション」の続編で、これは第1作よりも面白かった)の脚本も担当したそうで、なるほどと思う。

 「この街で(私が)腐る前になぜ帰ってこなかったの」。主人公のエヴァン(アシュトン・カッチャー)は小学生時代、引っ越しの際に“I'll come back for you.”と書いた紙を幼なじみのケイリー(エイミー・スマート)に見せて街を出る。大学生になって街に帰った時にはケイリーは食堂のウエートレスになり、やつれた様子をしていた。ひどい父親(エリック・ストルツ)と粗暴な兄(ウィリアム・リー・スコット)が一緒では、その生活が荒んでいることは容易に想像がつく。ケイリーはこの言葉をエヴァンに投げつけて、自殺してしまう。エヴァンは子どものころから時折記憶をなくすことがあり、それが過去に帰れる能力と結びついていることを最近知った。精神を病み、入院させられた父親から受け継いだものらしい。エヴァンは過去に戻ってケイリーの不幸の原因を取り除くが、過去を変えたことで現在に別の重大な変化が訪れる。エヴァンは再び過去にさかのぼらざるを得なくなる。そしてそれもまた別の重大な変化を引き起こす。そうやってエヴァンは何度も過去にさかのぼることになる。

 少年時代のエピソードが残酷だ。離婚したケイリーの父親にはロリコン趣味があり、ロビン・フッドの映画と撮るといって、地下室でケイリーとエヴァンを裸にする。これは幼児虐待を暗示した描写であり、ケイリーのトラウマになるのももっともだと思わされる。こういう父親に育てられたケイリーの兄は凶暴な性格になり、映画館で年上の男を痛めつけ、ダイナマイトを使った事故で近所の母子を犠牲にし、エヴァンの犬を焼き殺す。これがエヴァンの親友でぜんそくのレニー(エルデン・ヘンソン)を引きこもりの性格にしてしまう。こうした少年時代の悲痛なエピソードは映画のトーンに暗い影を落としている。過去を変えることで現在がころころ変わる描写は一歩間違えればコメディみたいになるところなのだが、この暗さが逆に幸いしていると思う。

 この映画、続編の製作が発表されている。容易に続けることができる話ではあるが、ブレスとグラバーは脚本のみの担当らしい。

2005/07/25(月)「アイランド」

 「アイランド」パンフレット一匹の虫(バグ)が完璧と思えた管理社会のシステム崩壊のきっかけになる。システム自体にもバグ(欠陥)が潜んでいて、主人公は自分が住む社会に疑問を持つようになるのだ。システムの本質を知り、好意を持った女が危険にさらされたために、主人公はこの社会からの脱出を図る。

 予告編でも感じたことだが、前半に描かれるこの設定はジョージ・ルーカス「THX 1138」やマイケル・アンダーソン「2300年未来への旅」(Logan's Run)を思わせる。これをじっくり描けば、マイケル・ベイ監督には珍しく本格的なSF映画になるのではと思ったが、やはりというか何というか、後半は得意のアクション映画になってしまう。いや、それでも描かれるアクションの数々は大したもので、見て損はしない映画にはなっている。ベイ作品としては「ザ・ロック」(1996年)以来の面白い映画と思う。ただし、アクションだけで進む話というのは見ていて面白みに欠けてくるのだ。後半にもう一つ大きなストーリー上の転換が欲しかったところ。そうすれば、胸を張って傑作と呼べる映画になっていただろう。そこがそうならないのが雰囲気は大作、実際はB級でしかない映画ばかり撮っているマイケル・ベイの限界なのだと思う。

 2019年、人々は大気汚染から隔絶された都市に住んでいる。ここは科学者で管理者のメリック(ショーン・ビーン)以下、多数の人間たちによって完璧に管理された社会なのだ。みな同じ白い洋服。行き届いた健康管理。チューブに液体を入れるだけの単純な仕事。退屈な毎日で、人々は地上最後の楽園アイランドへの抽選に当たることだけを夢見て暮らしている。主人公のリンカーン・6・エコー(ユアン・マクレガー)はここで暮らし始めて3年。アイランドへ行く途中に溺れる悪夢をたびたび見る。この都市の管理側で働くマック(スティーブ・ブシェミ)と親しいリンカーンは時折、都市の裏側を見て、次第にこの都市への疑問を感じるようになる。ある日、リンカーンは排気口から入ってきた虫を見つける。外の世界は汚染されているはずなのに、なぜ虫が生きているのか。そして、リンカーンはアイランドの抽選に当たった黒人(マイケル・クラーク・ダンカン)と妊婦の過酷な運命を見てしまう。この都市には驚愕の秘密があった。好意を持っているジョーダン・2・デルタ(スカーレット・ヨハンソン)が抽選に当たり、リンカーンはジョーダンを助けるために一緒にこの都市を脱出しようとする。

 予告編でもパンフレットでもネタを割っている。映画の3分の1あたりで明かされる秘密だが、それでも知らない方が映画を楽しめるだろう。ここを割ってしまう宣伝というのはどうかと思う。もっともマイケル・ベイの演出がさえ渡るのは後半のアクションの方なのも事実。逃げた2人をローラン(ジャイモン・フンスー)率いる組織が執拗に追いつめていく。高速道路でのカーチェイスは凄まじく、「マトリックス リローデッド」並みの迫力。空飛ぶバイクに乗った2人がビルに突っ込み、窓を割って巨大看板とともに落下するシーンまで一気に見せる。そこからもアクションに次ぐアクションの展開となるが、肝心の話の方がやや類型的になり、ストーリー上の緊張感は薄れてきてしまう。無駄に長すぎると思えてくるのだ。ストーリーにも穴は多く、企業ぐるみで違法なことをやっていて、それが外部に漏れないのはおかしいと思う。笑ったのは街頭にあるインフォ・ブースがMSNサーチだったこと。2019年の近未来ならいかにもありそうな設定ではある。半面、未来社会の造型ではそこまで進歩しないだろうと思えるものもある。時代設定を2100年ぐらいにしておけば良かったのではないか。

 マクレガー、ヨハンソンともアクション映画を無難にこなしているが、目立つのはショーン・ビーン、スティーブ・ブシェミ、ジャイモン・フンスーの3人の好演。特にフンスーは役柄も含めて印象が強かった。