2021/05/21(金)劇場公開と配信開始時期

 WOWOWプログラムガイド6月号を見ていたら、5月28日公開の瀬々敬久監督「明日の食卓」を6月11日からWOWOWオンデマンドで配信する、との記事があった。劇場公開から2週間での配信は清水崇監督の「ホムンクルス」(4月2日公開、22日Netflixで配信開始)より早い。WOWOWが製作に参加しているから、こういうことができるのだろう。



 WOWOWの加入件数は2018年度の約290万件を最高に漸減傾向にある。2021年4月現在は276万件。加入者が500万人を超えたNetflixをはじめとした配信サービスがライバルになっている。ネックは料金で1カ月2530円(税込み)はNetflixのベーシックプラン990円と勝負にならない。いや、もちろんこれは映画に限った場合で、WOWOWにはスポーツと音楽や演劇のコンテンツもある。しかし、実際にWOWOWやめてNetflixに入った映画ファンが知り合いの中にもいるのだ。

 1月に公開された「ヤクザと家族」はまだDVD・ブルーレイが発売されていないが、Netflixでは今月から配信が始まった。昨年10月公開の青山真治監督「空に住む」はDVD発売(8月4日)に先駆けてamazonプライムビデオで配信が始まっている。すべての作品がこうなるとは思わないが、いくつかの作品においてDVD発売より早く配信開始する流れは競争激化に伴って今後も続くのだろう。

 新型コロナの感染拡大はこの流れに拍車をかけている。「明日の食卓」にも出ている女優の尾野真千子は主演した映画「茜色に焼かれる」の最速上映イベントで「こんな状況で怒られるかもしれないが、ぜひ劇場に見に来てほしい」と涙の訴えをしたそうだ。


2021/05/06(木)「アメリカン・マーダー」と嘘発見器

 Netflixで「アメリカン・マーダー: 一家殺害事件の実録」(原題American Murder: The Family Next Door)を見た。昨年9月から配信されているドキュメンタリー。2018年に米コロラド州で起こった殺人事件を題材にしている。特徴的なのはほとんどの映像に警察が撮影したビデオや家族が撮影した動画など既存のものを使っていること。被害者や加害者のSMSおよびSNSのやり取りや動画、警察の取り調べ中の映像も使って事件を再構成している。新たに撮影したのは空撮映像など一部と思われる。既存の映像で映画が作れてしまうのがあらためてすごいと思う。どんな動画でも残る時代なのだ。



 「一家殺害」というと、全員殺されたのかと思ってしまうが、被害者は妊娠中の母親と2人の幼い娘だ。そもそも事件の発端は失踪であり、3人が殺されたのかどうかも分かっていなかった。通報を受けた警察官が被害者の自宅に入る場面から撮影されている。アメリカの警官は常にボディカメラを身につけているから、こういう映像が撮れる。応対した夫はどこかおどおどしている。この夫がすぐに容疑者として浮上する。

 夫は結婚した時は110キロほどの体重があったが、今は減量して80キロ台の筋肉質の体型(逆に妻の方は結婚当初よりかなり太ったように見える)。「減量した男は浮気している可能性が高い」と、映画の中でナレーションがあるが、その通り、夫には不倫相手がいた。その不倫相手の女性まで実名、顔出しで登場するのだから恐れ入る。当然、本人の了承を得ているのだろう。

 圧巻なのは取り調べの映像。夫は当初、犯行を否定するが、嘘発見器にかけられて窮地に陥る。追及に耐えられず、父親との面会を要望。取調室に入った父親に対して妻殺害を話すのだ。死体が発見されていない以上、状況証拠しかない段階で嘘発見器の使用は自供を引き出すのに大きな効果があった。しかし、嘘発見器の結果自体が裁判所に証拠採用されることは少ないそうだ。犯人しか知り得ない事実を引き出すことが目的で、この事件の場合、3人の死体がある場所を自供したこと、つまり誰も知り得ない事実を知っていたことが決定的な証拠になった。

 たいていの容疑者は嘘発見器の結果が証拠採用されないなんて知らないだろうから、嘘を見抜かれたら、そこで観念してしまうだろう。動機と状況証拠しかない段階であれば、嘘発見器でどんな結果が出ようが、徹底的に否認を貫けば、罪を逃れることも可能かもしれない。かなり激しく追及されることは覚悟しなくちゃいけませんけどね。それでもアメリカのように取り調べ中の様子がきちんと撮影されているのであれば、暴力を使ったひどい追及の仕方はないのではないか。日本では取り調べの可視化はまだまだの段階らしいので、否認を貫くのは容易ではないと思う。

 この事件をまったく知らなかった僕は面白く見たが、IMDbの評価は7.2、メタスコア67点、ロッテントマト85%。ほとんどを既存の映像で構成するという作りは面白いが、事件を再構成しただけだから、際立った高評価にはなっていない。監督は女性のジェニー・ポップルウェル。

2021/05/02(日)人を幸福にする傑作「街の上で」

 城定イハ(中田青渚)は自分の名字を説明するのに城定秀夫監督を例に出す(イハという変わった名前の説明はない。今泉力哉監督によると、スマッシュ・パンプキンズのギタリスト、ジェームス・イハから取ったそうだ)。城定秀夫は昨年7月に公開され、好評を集めた「アルプススタンドのはしの方」の監督だが、「街の上で」が当初予定の昨年5月1日に公開されていたら、「城定秀夫って誰?」状態の観客が多かっただろうし、いくら自主映画を撮っているスタッフ(大学生)であるにしても女の子が城定秀夫の名前を出すのはちょっと考えにくい。
「街の上で」パンフレット

 いや、もちろん城定監督はコアな日本映画ファンの間では以前から有名な監督ではあったのだけれど、「アルプススタンド…」以前だったら、名字の例として一般には通用しなかっただろう。主人公の若葉竜也とそれに絡む4人の女優が公開延期の1年の間に大きく成長して、公開延期が結果的に映画に客を呼ぶ力になったと今泉監督は公開初日の舞台あいさつで話したが、それは城定という名字にも言えることなのだった。何が言いたいかと言えば、この映画、公開延期が少しもマイナスにはならず、プラスになったということだ。本当に優れた映画は1年や2年、5年や10年寝かされても腐ることはない。

 下北沢に住み、古着屋で働く主人公・荒川青(若葉竜也)とその周辺の人たちの日常をユーモラスに描くという映画の作りはジム・ジャームッシュを思わせる。ジャームッシュと違うのは女優が極めて魅力的に撮られていることだ。映画撮影の打ち上げの飲み会で知り合ったその夜に、イハのアパートでイハと青はそれぞれの恋愛経験を話し込む。映画というのはカットを割るものだから、僕は長回しや長いカットをあまり評価しない。だが、この場面の固定カメラによる長いワンカット撮影はとても効果を上げていると思う。2人の話は微笑ましくておかしくて楽しい。話している本人たちの感情が観客に伝わってくるようだ。

 青は初めての恋人の川瀬雪(穂志もえか)に浮気された上に「別れたい」と言われて一方的にふられたばかりだったし、笑顔がキュートで関西弁のイハは過去に3人の男と付き合ったが、今はフリー。2人の間に恋が芽生えるのかと思わせるいい雰囲気で、この雰囲気を断ち切りたくないと思わせるのだ。

 古着屋にTシャツを買いに来たカップルのシーンなど、映画にはクスっと笑えるシーンが散りばめられているが、このアパートのシーンと登場人物の多くがそろい、男女関係の誤解と思いやりが爆笑を生むクライマックスはとても良く、映画の好感度を大いに高めている。脚本は今泉監督と漫画家の大橋裕之の共同。監督はこのクライマックスの削除も考えたが、大橋裕之が止めたそうだ。残して大正解で、こんなに笑ったシーンは最近ない。

 青に卒業制作の映画への出演を依頼する大学生で監督の高橋町子を演じるのは昨年7本の映画に出演し、成長著しい萩原みのり。古書店の店員・田辺冬子役に古川琴音。今泉監督は4人の女優にそれぞれの見せ場を作り、魅力を引き出している。「パンとバスと2度目のハツコイ」の深川麻衣や「mellow」の岡崎紗絵や「his」の松本若菜など監督の過去の映画にもこれは言えることで、女優はみんな今泉監督の映画に出たくなるのではないか。今泉力哉の映画は今、出演者と観客の双方を幸福にする映画になっている。

2021/04/26(月)アカデミー賞授賞式の“最後の一撃”

 驚いた。こんなことがあるのか。こんなに見事に決まった「最後の一撃」はめったにあることではない。第93回アカデミー賞授賞式は最後に発表された主演男優賞で大きな番狂わせが起きた。事前の予想では昨年8月に43歳の若さで亡くなったチャドウィック・ボーズマン(「マ・レイニーのブラックボトム」)の受賞が有力とされていたが、実際に受賞したのはアンソニー・ホプキンス(「ファーザー」)だった。

 インターネット・ムービー・データベース(IMDb)は主要6部門のファン投票による予測を事前に発表したが、主演男優賞はボーズマンが47%の票を集めてトップ。受賞したアンソニー・ホプキンス(「ファーザー」)は25%だった。他の5部門はいずれも予想通りの受賞結果になっている。ゴールデングローブ賞や全米映画俳優組合賞、放送映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞などアカデミー賞の前哨戦と言われる各賞でボーズマンは受賞していて、ボーズマン最有力の見方は動かなかった。

 授賞式で主演男優賞の発表は例年、後ろから数えて3番目に行われる。作品賞、監督賞の前だ。今年は作品賞が主演男女優賞の前に変更された。それだけではない。監督賞は序盤に発表された。おまけにこの1年間の映画関係の物故者をしのぶ「イン・メモリアム」では名優ショーン・コネリーを抑えてボーズマンが最後に紹介された。どう考えても今回の授賞式のメーンイベントは主演男優賞をボーズマンが受賞することだったのである。

 授賞式のプロデュースに加わったスティーブン・ソダーバーグ監督は「今回の授賞式を映画のように演出したい」と事前に話していた。授賞式の発表順変更は「映画のように演出した」結果だ。ボーズマン受賞の想定をメインに持ってこなければ、こんな衝撃はなかっただろう。新型コロナの影響でノミネート作品は地味なものが多かったし、授賞式自体も歌曲賞の披露がないなど、地味な印象だった。しかし、この「最後の一撃」によって今年のアカデミー賞は歴史と記憶に深く刻まれることになるだろう。

 受賞結果は以下の通り。発表順に並べた。
【脚本賞】
 エメラルド・フェネル「プロミシング・ヤング・ウーマン」
【脚色賞】
 クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール「ファーザー」
【国際長編映画賞】
 「アナザーラウンド」(デンマーク)
【助演男優賞】
 ダニエル・カルーヤ「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)」
【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】
 「マ・レイニーのブラックボトム」
【衣装デザイン賞】
 アン・ロス「マ・レイニーのブラックボトム」
【監督賞】
 クロエ・ジャオ「ノマドランド」
【音響賞】
 「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
【短編実写映画賞】
 「隔たる世界の2人」
【短編アニメーション賞】
 「愛してるって言っておくね」
【長編アニメ映画賞】
 「ソウルフル・ワールド」
【短編ドキュメンタリー賞】
 「コレット(原題)」
【長編ドキュメンタリー賞】
 「オクトパスの神秘:海の賢者は語る」
【視覚効果賞】
 「TENET テネット」
【助演女優賞】
 ユン・ヨジョン「ミナリ」
【美術賞】
 ドナルド・グレアム・バート、ジャン・パスカル「Mank マンク」
【撮影賞】
 エリク・メッサーシュミット「Mank マンク」
【編集賞】
 ミッケル・E・G・ニールセン「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
【作曲賞】
 ジョン・バティステ、トレント・レズナー、アッティカス・ロス「ソウルフル・ワールド」
【歌曲賞】
 “Fight For You” 「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)」
【作品賞】
 「ノマドランド」
【主演女優賞】
 フランシス・マクドーマンド「ノマドランド」
【主演男優賞】
 アンソニー・ホプキンス「ファーザー」

2021/04/24(土)構成が疑問の「るろうに剣心 最終章 The Final」

 「死ねない。死ぬわけにはいかない」

 京都所司代・見廻組の清里明良(窪田正孝)は、“人斬り抜刀斎”の異名を持つ緋村剣心(佐藤健)に斬られた後、必死の抵抗をする。雪代巴との祝言が控えていたからだ。清里は剣心の頬に切り傷を与えるが、とどめを刺されて絶命する。その壮絶な死に方と翌日、巴が清里の亡骸に泣き崩れる姿を見て、剣心は人斬りの仕事に疑問を覚える。「るろうに剣心」シリーズ第1作(2012年)で、剣心の回想として描かれたのが以上のエピソードだ。剣心がこの時受けた傷は縦1本。これがなぜ十字傷になったのかを描くのが今回の最終章2部作、「The Final」と「The Beginning」になる。
「るろうに剣心 最終章 The Final」パンフレット
 しかし「The Final」を見ただけではなぜ十字傷になったのかよく分からない。いや、巴がつけた傷であることは分かったが、経緯の説明が不足しているのだ。剣心が巴を斬殺するシーンもなぜこうなったのかが分からない。原作は巴の弟・縁(新田真剣佑)が剣心への復讐を図る「人誅(じんちゅう)編」とその中の「追憶編」に分かれているそうだ。これはうなずける構成で、要するに「追憶編」は回想なのである。「追憶編」の内容は次作で詳しく描くそうなので、今回は簡単に済ませたらしい。剣心に姉を殺された縁の復讐の動機が分かればいいという判断だろうが、これが「ドラマが希薄」という印象につながっている。

 アクションはいいけれども、ドラマが弱いというレビューが散見するのはそのためだ。話の時系列からすれば、「The Beginning」を先に見ておいた方がいいのだが、公開をあえて逆の順番にしたことに奇をてらう以上の理由があるとは思えない。撮影は時系列に沿って行ったそうだ。役者の演技を考えれば、過去を演じた上で現在を演じた方が感情を込めやすいから当然の措置と言えるだろう。だからこそこの2部作の構成には疑問を持たざるを得ない。脚本は監督の大友啓史が書いている。だれか、うまい脚本家の協力を得て、構成を練った方が良かったと思う。

 第1作の公開から9年だが、映画の中では1年後の明治12年(1879年)の東京が舞台。剣心たちがよく行く牛鍋屋「赤べこ」を何者かが砲撃し、町が炎上する。犯人は剣心に復讐心を燃やし、今は上海マフィアの頭目になった雪代縁の一味だった。薫(武井咲)のいる神谷道場や警察署長の自宅など剣心の仲間たちは次々に襲われる。そして気球を使った東京への総攻撃が始まる。

 アクション監督は今回も谷垣健治。佐藤健の走る、跳ぶ、斬るのアクションはスピードとダイナミズムにあふれる。新田真剣佑の筋肉質の体と動きの速さは見事だし、土屋太鳳に思う存分アクションをやらせているのもいい。日本のアクション映画として最高峰の位置をキープしているのは間違いないだろう。

 青木崇高や蒼井優、江口洋介らおなじみの俳優が集結したのも良かった。四乃森蒼紫役で伊勢谷友介が登場したのは意外だったが、撮影は2018年から始まったそうなので昨年秋の逮捕時点で撮影済みだったのだろうし、何も問題はないと思う。「The Beginning」ではこうしたキャストは出てこないだろう。ドラマ性を重視したという内容を楽しみに待ちたい。