2021/10/13(水)9月後半に見た映画

「サマーフィルムにのって」

「サマーフィルムにのって」パンフレット
 時代劇オタクの女子高生ハダシ(伊藤万理華)が仲間と一緒に映画を撮ろうとする話。ハダシは映画部に所属しているが、部で年1本作る映画に自分の脚本「武士の青春」は採用されず、ラブコメの脚本が採用されて意気消沈。自分の脚本の主役にピッタリの凛太郎(金子大地)と出会ったことから、友人のビート板(河合優実)、ブルーハワイ(祷キララ)らとともに独自に時代劇映画の撮影を始める。しかし、凛太郎にはある秘密があった。

 ビート板はSFファンで筒井康隆「時をかける少女」やハインライン「夏への扉」の文庫本を読んでいて、この映画もタイムトラベルの要素を含んでいる。ただ、SF方面への発展はほぼない。映画作りとほのかなラブストーリーを組み合わせた青春映画で、元乃木坂46の伊藤万理華は頑張っているが、脚本の弱さをカバーするには至っていない。

 マニアックではないほどほどの脚本に、ほどほどの演出をした、ほどほどの映画というのが率直な感想。同じく女子高生を主人公にした横浜聡子「いとみち」の完成度にはとても及ばないが、映画愛や共同作業の連帯感は十分に表現されていて、高校生に受けるのは「いとみち」よりこっちの方かもしれない。

 監督は「青葉家のテーブル」、テレビドラマ「お耳に合いましたら。」(これも伊藤万理華主演)などの松本壮史。

「マスカレード・ナイト」

 「マスカレード・ホテル」(2019年)の続編。ホテル・コルテシア東京で大晦日のパーティーに殺人犯が現れるとの密告状が届き、警視庁捜査一課の刑事・新田浩介(木村拓哉)が今はコンシェルジェとなったホテルマンの山岸尚美(長澤まさみ)と再び組んで潜入捜査するというミステリー。

 悪くはないが、際立った部分もないフツーの出来。犯人の間抜けなところがトリック破綻の原因となっているのはどうかなと思う。朝ドラ「おかえりモネ」で「理想の上司」「頼れる上司」「かっこいい上司」として大きく株を上げた高岡早紀の扱いの小ささは少し残念。

 小日向文世と長澤まさみが同じ画面に出てくると、「コンフィデンスマンJP」のリチャードとダー子に見えてしまう。監督は前作と同じ鈴木雅之。

「MINAMATA ミナマタ」

「MINAMATA ミナマタ」パンフレット
 水俣病を描くというより、写真家ユージン・スミスを描いた力作だと思う。50年前の話なので熊本には当時の風景がないこともあって撮影は主にセルビアとモンテネグロで行われたそうだ。明らかに日本の風景とは異なる場面があったり、子役が日本人には見えない場面もあったりするが、大きな障害にはなっていない。

 プロデューサーも兼ねたジョニー・デップの役作りは「パイレーツ・オブ・カリビアン」などと大きくは変わらない。それが逆にアルコール依存で弱い面も持つユージンのキャラクターに厚みを持たせている。抗議運動のリーダーを演じる真田広之は米国生活が長いのでもちろだが、チッソの工場長役・國村隼と美波の英語もうまくてびっくり。この英語力があるから國村隼は東京舞台のアクション映画「ケイト」(Netflix)にも浅野忠信とともに出演しているのだろう。

 ユージン・スミスが大けがをしたのは「入浴する智子と母」を撮影した後だったのに映画では前になっているなど事実と異なる部分もあるようだが、日本の一地方の公害を世界に知らしめた出来事を堅苦しくなく、感動的にまとめたアンドリュー・レヴィタス監督の手腕は大したものだと思う。

「空白」

「空白」パンフレット
 いつもは笑いがあるのが当たり前の吉田恵輔監督が今回は笑いを封じたと言っているが、僕は特に寺島しのぶにおかしさを感じた。笑いはその人のキャラクターと密接だから、キャラを深く描くことが必要だが、寺島しのぶはかなり年下の店長を密かに好きなおばさんの役柄が実にぴったりでおかしかった。店長を慰めて抱きしめているうちに思わずキスしてしまうところなんか、「あるある」と思えた。

 映画は恣意的なマスコミ報道とネットの中傷を描きながら、誰もが被害者にも加害者にもなり得る今の社会を浮き彫りにしているが、本当のテーマは人の再起にある。突然起こった絶望的な出来事から人はどう立ち直っていくのかを描いているのがこの映画の最大の美点だろう。

 出てくる役者はすべてよくて、古田新太の下で働き、深く理解している藤原季節や少女をはねた車を運転していた女性の母親の片岡礼子、少女の母親の田畑智子、担任の先生役趣里まで良かった。

 古田新太の娘役の伊藤蒼は消え入りそうで存在感のない女の子で、ああいう悲劇的な死を遂げるのにぴったりだったが、NHK朝ドラ「おかえりモネ」ではしっかりした女子中学生を演じていた。

「クーリエ:最高機密の運び屋」

「クーリエ:最高機密の運び屋」パンフレット
 1960年代の冷戦、特にキューバ危機を背景にしたスパイの実話を基にした物語。ほとんど内容を知らずに見たので終盤の展開が意外だった。ここで主演のベネディクト・カンバーバッチはげっそり痩せた姿を見せ、悲運なソ連側スパイとの友情にも胸が熱くなる。十分に水準をクリアした出来だと思う。

 主人公のグレヴィル・ウィンは自伝も書いているが、自分を美化して嘘がまざっているという批判があるそうだ。そのため脚本のトム・オコナーはさまざまな資料に当たって脚本化したとのこと。だからこれは実話ではなく、実際の事件を基にしたフィクションと見た方が良いだろう。

 ドミニク・クック監督の演出は同じ時代のスパイを描いたスピルバーグ「ブリッジ・オブ・スパイ」という傑作があるので比較すると、分が悪くなる。アメリカでの評価がそれほど良くないのはそうした諸々の部分が影響しているのかもしれない。

 主演のカンバーバッチは3カ月で10キロ痩せたそうだ。10キロ減量にしては痩せすぎじゃないかと思えるが、減量すると極端に頬がこける人もいるし、一部CG処理とメーキャップの効果もあるのだろう。主人公にクーリエ(運び屋)となることを依頼するCIA職員役のレイチェル・ブロズナハンはamazonオリジナルドラマの「マーベラス・ミセス・メイゼル」の主演女優。コメディドラマとは打って変わった役柄だが、何でもできる女優なのだ。