2026/01/25(日)「安楽死特区」ほか(1月第4週のレビュー)
「安楽死特区」

「安楽死法」が施行された近未来。余命半年の宣告を受けたラッパーの酒匂章太郎(毎熊克哉)とパートナーでジャーナリストの藤岡歩(大西礼芳)は安楽死反対の立場だった。2人は安楽死の実態を内部から取材するため「安楽死特区」への入居を決める。入居者たちの境遇と苦しみを知り、医師たちと対話することで章太郎の考えには変化が生まれる。
「痛くない死に方」は回復の見込みのない患者を点滴や人工呼吸装置につないで延命治療で苦しませることは間違いだという主張に説得力がありました。奥田瑛二扮する医師は延命治療の患者について「点滴で溺れ死んでいる」と指摘し、水分が抜けて枯れるように死んでいくのが望ましいという考えを持っていました。
この映画では平田満と余貴美子が安楽死を希望する患者として登場しますが、その描写と考え方に目新しさはありません。エンドクレジットの後に安楽死しようとしてスイスに行き、直前でやめた女性のインタビューがありますが、この人を描けば良かったんじゃないでしょうかね。フランソワ・オゾン監督は「すべてうまくいきますように」(2021年)で、スイスで安楽死する父親と悩んだ果てにそれに協力する家族の姿を描きました。ああいうドラマ性のある作品にした方が良かったと思います。「安楽死特区」は患者と家族のドラマ化が今一つうまくいっていません。
キャストは「痛くない死に方」の奥田瑛二、大西礼芳、余貴美子、「夜明けまでバス停で」(2022年)の板谷由夏、「桐島です。」(2025年)の毎熊克哉ら高橋監督の作品に出演経験のある俳優がそろっています。脚本は丸山昇一。
▼観客6人(公開初日の午後)2時間9分。
「CROSSING 心の交差点」

映画はジョージアに住む元教師リア(ムジア・アラブリ)が行方不明になったトランスジェンダーの姪テクラを捜すために、テクラの居所を知っているという青年アチ(ルーカス・カンカヴァ)とともに隣国トルコのイスタンブールに行く話。2人が住むジョージアのバトゥミからイスタンブールまでは黒海沿いの陸路で1400キロもあるそうです。言葉も違いますから、陸続きの隣国ではあるものの、心理的には遠い国なのかもしれません。2人はそこでトランスジェンダーの弁護士エヴリム(デニズ・ドゥマンリ)と出会い、一緒にテクラの行方を捜すことになります。
この3人の緩やかな心の接点の描き方が良いです。結局、テクラは既に死んだか、もっと遠い外国へ行ったのかもしれないということが分かるのですが、ジョージアに帰る途中でリアは偶然、テクラとすれ違います。テクラに呼び止められてリアは驚いてハグしますが、実は…という展開が秀逸でした。このあたりの文学的な表現も高い評価の理由なのでしょう。
映画の中でひどい差別が描かれるわけではありませんが、トランスジェンダーの女性たちがいずれも家族と縁を切っているという描写の普通さに差別の根深さが表れています。スウェーデン生まれのジョージア人であるレヴァン・アキン監督はゲイのダンサーを描いた前作「ダンサー そして私たちは踊った」(2019年)をジョージアで上映した際に激しい抗議活動に直面したそうです。監督自身もゲイであることを公表しています。
IMDb7.4、メタスコア83点、ロッテントマト97%。
▼観客3人(公開2日目の午後)1時間46分。
「ウォーフェア 戦地最前線」

驚いたのはIED(即席爆発装置)の威力と米軍戦闘機の威嚇飛行の迫力。IEDは日常品を流用して作られた手製爆弾のことですが、これによって米兵2人が重傷を負います。威嚇飛行は建物すれすれの低空飛行によりものすごい風圧を起こし、砂ぼこりを巻き上げます。これは効果あるでしょうね。
この映画について、ドラマがないじゃないかという言い方の批判がありますが、元々、関係者の記憶と写真を元に戦闘を再現しようという意図なのですから批判になっていません。共同監督のレイ・メンドーサはこの作戦に参加していたそうです。
パンフレットで押井守監督が「ホンモノのM2ブラッドレー(歩兵戦闘車)が登場した」と興奮しています。あれはイギリス陸軍の装甲兵員輸送車「FV432」ではないかという指摘がネットにありました。軍事オタクではないのでそのあたり分かりませんが、ああいう頑丈な車両があると、バズーカなどで狙われない限り、市街地の戦闘では有利でしょうね。
IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト92%。
▼観客10人ぐらい(公開4日目の午後)1時間35分。
「コート・スティーリング」

主人公のハンク(オースティン・バトラー)は高校時代、メジャーリーグのドラフト候補でしたが、自分が運転する車で自損事故を起こし、重傷を負ってプロの夢を断たれたほか、同乗していた親友を亡くした苦い過去を持つ男。今はニューヨークでバーテンダーをしています。ある夜、アパートの隣人ラス(マット・スミス)から猫の世話を頼まれたのが発端で謎の男たちから暴行を受けて腎臓が破裂、手術で摘出されてしまいます。以降、ハンクは訳が分からないまま酷い目に遭いますが、やがて裏社会の大金が絡んだ事件に巻き込まれたことが分かってきます。
原作・脚本はチャーリー・ヒューストン。アロノフスキーは18年前からこの原作が好きで映画化したいと思っていたそうです。分かりやすい原作があったことが作風を違えた要因なのでしょう。原作はハンクを主人公にした2編の続編が出ているそうです。タイトルは「窃盗で捕まる」「野球で盗塁を阻止する」という意味。
ハンクの恋人イヴィンヌを演じるゾーイ・クラヴィッツが良いです。女刑事役のレジーナ・キングやハンクを狙うならず者リーブ・シュレイバー、ヴィンセント・ドノフリオらも的確な好演でした。
IMDb6.9、メタスコア65点、ロッテントマト85%。
▼観客5人(公開13日目の午後)1時間47分。
「ペンギン・レッスン」

英国人の英語教師トム(スティーヴ・クーガン)がブエノスアイレスの名門寄宿学校に赴任する。混乱する社会と手強い生徒たちに直面する中、旅先で出会った女性と共に重油まみれの瀕死のペンギンを救う。海に戻そうとしたものの、不思議と彼の元に戻ってきてしまう。仕方なく、宿舎に持ち帰り、“サルバトール”と名付けたそのペンギンと、不器用ながらも少しずつ心を通わせていく。そんな時、宿舎のメイド・マリア(ヴィヴィアン・エル・ジャバー)の孫娘ソフィア(アルフォンシーナ・カロシオ)が軍事政権に拉致される事件が起きる。
トムはソフィアが拉致される現場を目撃しましたが、何もできなかった自分を責めます。悪くない出来と思いましたが、アメリカではあまり評価がないですね。
IMDb7.1、メタスコア52点、ロッテントマト78%。
▼観客2人(公開19日目の午前)1時間52分。
2026/01/18(日)「万事快調 オール・グリーンズ」ほか(1月第3週のレビュー)
「万事快調 オール・グリーンズ」

ラッパーを夢みる東海村の高校生・朴秀美(南沙良)は学校にも家にも居場所がない。映画好きの矢口美流紅(みるく=出口夏希)は陸上部のエースで社交的な美人。スクールカーストの上位にいながらも、家庭に問題を抱えていた。そして、授業中に小指を切断するけがを負い、スクールカーストを滑り落ちて秀美たちとつるむようになる。どん詰まりの日々のなか、秀美は地元のラッパー佐藤(金子大地)の家で大麻の種を手に入れる。故郷を出るため一攫千金を夢みる秀美は漫画に詳しい毒舌キャラの岩隈真子(吉田美月喜)、岩隈の後輩で漫画オタクの藤木漢(羽村仁成)らを仲間に加え、園芸同好会オール・グリーンズを結成、大麻栽培に乗り出す。
読書好きの秀美が読むのは「侍女の物語」「夏への扉」「ニューロマンサー」などハヤカワ文庫のSFばかり。映画好きの美流紅は東海村が出てくる「太陽を盗んだ男」を見に行こうと秀美たちを誘います。「東海村からプルトニウムを盗む場面がかっこいいんだ」。SFファンで映画ファンにはうれしい設定です。
物語のメインになるのは秀美なんですが、美流紅のエピソードが良いです。美流紅は“みるく”という名前が好きではなく、友人には名前の由来を「親がアメリカのハーヴェイ・ミルクが好きで」と嘘をついています(自殺した父親とアイドルおたくの母親がハーヴェイ・ミルクなんて知っていたはずはないのだけど)。そんな美流紅が母親から名前の由来を聞く場面が泣かせます。
秀美たちが行っているのは犯罪なので、決着をどうつけるか難しいところですが、映画は終盤、あり得ないような場面を描いています。考えてみれば、ここは「太陽を盗んだ男」の終盤を参考にしたのかもしれません。「そんな訳ねえだろ、バーカ」という人をくったセリフで終わるのは物語の結末としては弱いですが、この映画としては正しい終わり方だと思いました。
前半を少しコンパクトにして後半に注力した方が良かったとは思いますが、十分に面白く、公開初日の1回目の上映で閑古鳥を鳴かせて良いような映画ではありません。PRが足りず、内容の伝え方も良くなかったのでしょう。
▼観客1人(公開初日の午前)1時間59分。
「28年後…白骨の神殿」

前作でケルソンのもとで病気の母親を看取った少年スパイク(アルフィー・ウィリアムズ)は感染者に襲われかけたところを、ジミー・クリスタル(ジャック・オコンネル)率いる集団に救われますが、この集団、悪魔を崇拝していて、とんでもない残虐行為を繰り返していました。一方、ケルソンはサムソンと名づけた感染者(チャイ・ルイス=ペリー)にある治療法を試し、一定の効果があることが分かります。ジミーの集団は感染者を手懐けるケルソンを覇王=悪魔と誤解して接触してきます。
話は悪くないですし、レイフ・ファインズも好演していますが、ゾンビよりも人間の方が残酷という描写はドラマ「ウォーキング・デッド」でも描かれましたし、感染者が頭を胴体から引っこ抜いたり、脳みそをすくって食べたり、ジミーたちが生きた人間の皮を剥いだりする残虐描写は苦手です。もう少し、描写を抑えてくれると良いのですがね。脚本は前作に続いてアレックス・ガーランド、監督は「キャンディマン」(2021年)、「マーベルズ」(2023年)のニア・ダコスタ。「28年後…」は三部作になるようで3作目が予定されています。
IMDb7.8、メタスコア81点、ロッテントマト94%。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)1時間49分。
「小川のほとりで」

ソウルの女子美術大学を舞台に大学講師(キム・ミニ)が演劇祭の演出に叔父(クォン・ヘヒョ)を招聘したことから起こる出来事を描いています。キム・ミニもクォン・ヘヒョもホン・サンス映画の常連ですし、固定カメラで長回しの会話劇なのも同じです。代わり映えしない内容だなと思いつつ、退屈はしませんでした。
IMDb6.8、メタスコア76点、ロッテントマト100%。キム・ミニがロカルノ国際映画祭最優秀演技賞を受賞。
▼観客4人(公開5日目の午後)1時間51分。
「満江紅 マンジャンホン」

加えて、主要登場人物が任務を果たす途上で次々に死んでいくのはクレイグ・トーマスあたりのスパイ小説を思わせました(ただし、コメディーみたいな場面は不要でしょう)。
こちらの中国の歴史に関する知識の乏しさはいかんともしがたく、完全に理解したとは言えないのが辛いところ。こういう映画こそパンフレットを読みたくなりますが、キネマ館では扱っていませんでした。全国公開から2カ月ほど遅れたので、在庫がなかったのでしょう。残念。メルカリでは出品されていますが、あまり買いたくありません。パンフも電子書籍化すればいいのにと思います。
IMDb6.4、メタスコア75点、ロッテントマト94%。
▼観客2人(公開6日目の午後)2時間37分。
「藤本タツキ 17-26 Part-1」、6位「同Part-2」
昨年10月の公開に続いて16日から再公開されました。といっても昨年11月からamazonプライムビデオで配信が始まっていて、僕も配信で見ました。「チェンソーマン」の原作者藤本タツキが17歳から26歳までに描いた短編8作品のアニメ化で、7人が監督しています。Part-1は「庭には二羽ニワトリがいた。」(長屋誠志郎監督)、「佐々木くんが銃弾止めた」(木村延景監督)、「恋は盲目」(武内宣之監督)「シカク」(安藤尚也監督)の4作品。Part-2は「人魚ラプソディ」(渡邉徹明監督)、「目が覚めたら女の子になっていた病」(寺澤和晃監督)、「予言のナユタ」(渡邉徹明監督)、「妹の姉」(本間修監督)の4作品で、いずれも20分程度の長さです。
最も面白かったのは「庭には二羽ニワトリがいた」。宇宙人に侵略され、人類は食べ尽くされてしまいますが、少年と幼い少女だけが学校の裏庭でニワトリの格好をして生き延びているというシチュエーション。人間が家畜を食べるように宇宙人は人間が大好物なので2人はヒヤヒヤしながら生きています。やがて1人の宇宙人が2人の正体を知ってしまう、という展開。怪物のような宇宙人のバラエティーに富んだデザインが良く、残酷描写を含めた描写も良いです。
8本のうち7本はSFあるいはファンタジー。最後の「妹の姉」のみ高校で美術を学ぶ姉妹を描いた作品でした。これも絵に打ち込む姿が良いです。
IMDb8.0(アメリカは限定公開、韓国と台湾でも劇場公開していますが、他は配信のようです)。Part-1が1時間8分、Part-2は1時間16分。
2026/01/11(日)「Black Box Diaries」ほか(1月第2週のレビュー)
「Black Box Diaries」

ジャーナリストの伊藤詩織さんが監督を務め、自らの性被害を告発、追及する過程を描いたドキュメンタリー。理不尽な誹謗中傷と脅しにさらされる苦しい日々が続いた後、クライマックスにまるでドラマのような場面が訪れます。それは事件があったホテルのドアマンの証言。事件から4年たった頃、ドアマンの男性は事件の夜に自分が見たことを伊藤さんにメールで連絡してきます。これまでに明らかになっていなかった新たな重要証言であり、伊藤さんは民事訴訟の裁判でこの証言を出したいと、男性に電話で許可を請います。そして男性の「裁判で私の名前を出してもらってかまいません」という返事を聞いて泣き崩れます。
意識がもうろうとした状態でTBSの元記者に無理矢理ホテルに連れ込まれ、レイプされた事件。それから裁判までの大まかな流れは知っていましたが、映画で描かれる伊藤さんへの謂れ無い誹謗中傷の多さに胸が痛むと同時に怒りがふつふつと沸騰してきます。伊藤さんは強い女性だから事件を追及し、民事裁判を闘えたわけではなく、性被害のPTSDから逃れるために打ち込んできたのではないかと思えます。
ドアマンの男性の証言を裁判に使うことで彼は職場を追われるかもしれない、と伊藤さんの弁護士は忠告しますが、「名前を出してかまわない」と言った男性はそれを承知の上でした。伊藤さんの苦闘をさんざん見せられた後だったので、男性の言葉に救われる思いがしました。事件を握りつぶそうとする警察上層部の腐った幹部やネットのデマに踊らされて被害者を誹謗中傷する浅薄な人たちもいますが、もちろん、そんな人間ばかりではないわけです。幸い、男性が職を失うことはなかったそうです。
両親への遺書のようなビデオレターの自撮り撮影直後に病院の描写があり、伊藤さんが自殺未遂していたことを示唆する場面があります。性被害は深刻な心の傷を残し、それが完全に癒えることはないのでしょう。被害を受けて11年。#MeToo運動(2017年、ニューヨーク・タイムズがハーヴェイ・ワインスタインの性加害を告発した記事がきっかけ)の前に起きた事件であり、伊藤さんの行動はその先駆けになったものと言えます。心の傷が少しでも和らぐことを願うばかりです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト99%。アカデミー長編ドキュメンタリー賞候補。
▼観客5人(公開初日の午前)1時間42分。
「五十年目の俺たちの旅」

今回は50周年だからということで作ったのでしょうが、残念ながらドラマの中身に見るべきものはほとんどありません。初めて監督を務めた中村雅俊が歌う主題歌と昔の映像には懐かしさを感じましたが、それだけ。かつての登場人物たちの現在のドラマに語るべきことがない(思いつかない)のなら、作る必要はなかったと思います。
原作・脚本は50年前のドラマも担当した鎌田敏夫。70代になった津村浩介(カースケ=中村雅俊)と大学時代の同級生・神崎隆夫(オメダ=田中健)、カースケの小学校の先輩・熊沢伸六(グズ六=秋野太作)の現在の状況が描かれます。僕は知りませんでしたが、山下洋子(金沢碧)は「三十年目の運命」の中で死んでいたことが分かったという設定だったそうです。
洋子はカースケに思いを寄せる重要な役柄でしたから、しばしば挿入される過去の映像にも頻繁に登場します。しかし、映画のエンドクレジットに金沢碧の名前はありませんでした。僕の見落としかと思い、パンフレットを確認しましたが、やはりありません。金沢碧は女優を引退しているらしいですが、映像を使っているのにクレジットに入れなくて良いのでしょうかね。
映画を見る前にドラマの第1話をHuluで見たんですが、映像が意外にきれいなことに少し驚きました。地デジが始まる前にビデオ撮影されたテレビドラマは例外なく画質が悪いです。このドラマがきれいなのはフィルム撮影だったからでしょう。といっても16ミリフィルムのはずですから、スクリーンでは画質の粗さは出てしまいます。映画は現在と過去の映像をスムーズにつなげるため、画面比率1:1.37のスタンダードサイズで撮られています。今のテレビだと、この画面比率でドラマを作るのは民放では難しいでしょうから、映画にしたのはそれが理由の一つかもしれません。
映画を見た後に「十年目の再会」をTVerで見ました。オメダは妻子を残して家を出てシングルマザー(永島暎子)と暮らし、洋子の夫は不倫しており、オメダの妹真弓(岡田奈々)は離婚という状況。鎌田敏夫はこの前に「金曜日の妻たちへ」の脚本を書いており、それに引きずられたような内容と言えますが、ドラマ全体の出来は悪くないと思いました。「五十年目」もこれぐらいの水準は保って欲しかったところです。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間49分。
「手に魂を込め、歩いてみれば」

そのファトマと1年近くビデオ通話を続けたイラン人の監督セピデ・ファルシがまとめたドキュメンタリー。イスラエルによる爆撃が続くガザでファトマは死の恐怖と飢えに苦しみながら、ビデオ通話では笑顔を絶やしません。ガザの犠牲者は昨年12月の段階で7万人を超えたそうです。数字だけでは実感しにくい人の命の重さを、この映画は25歳で亡くなった1人の女性の考え方と生き方、人柄を描くことで痛切に伝えています。
観客の多くは映画を見ているうちにファトマに親近感を持つでしょう。元々、途切れがちだったビデオ通話が完全につながらなくなると、ファルシ監督と同じくファトマの身を案じて不安になるはず。イスラエルがやっていることは狂気の沙汰であり、これまでのナチスのホロコーストを糾弾した数々の映画の価値を著しく貶めることにつながっています。イスラエルはナチスと同等の醜悪な存在になるつもりなんでしょうか。
IMDb7.7、メタスコア83点、ロッテントマト98%。
▼観客3人(公開11日目の午前)1時間53分。
「殺し屋のプロット」

きちんと伏線を張っているのが良く(途中でこれは何をやってるんだろうと思うシーンがありましたが、忘れちゃいますね)、ミステリーファンにもアピールする内容だと思います。アメリカでの評判はあまり良くないんですが、日本ではそこそこ良い評価になってます。脚本は「ナショナル・トレジャー2 リンカーン暗殺者の日記」(2007年、ジョン・タートルトーブ監督)などのグレゴリー・ポイリアー。共演はアル・パチーノ、マーシャ・ゲイ・ハーデンら。
IMDb7.0、メタスコア54点、ロッテントマト66%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間55分。
「プラハの春 不屈のラジオ報道」

「プラハの春 不屈のラジオ報道」でもソ連率いるワルシャワ条約機構軍の戦車は登場しますが、「存在の…」ほど強い印象を残さないのはプラハの春以前の不自由な時代が描かれているからでしょう。「存在の…」はダニエル・デイ・ルイス演じる主人公の脳外科医がプレイボーイであるという軽さが対比の上で効果を上げていました。
チェコスロバキア国営ラジオ局の国際報道部を舞台にしたこの映画は1967年10月の学生デモから始まります。プラハの春は1968年1月始まったとされていますが、映画では同年3月にノヴォトニー大統領が裏金発覚で辞任したことから本格化したように描かれています。そして自由化阻止を狙った8月のソ連による軍事侵攻で“春”は終わります。
脚本・監督のイジー・マードルは当時の記録映像も取り入れて事態の経過を描いています。真正直な映画化ではあるんですが、監督が参照したという「アルゴ」(2012年、ベン・アフレック監督)や「グッドナイト&グッドラック」(2005年、ジョージ・クルーニー監督)には及ばないと思えました。
IMDb7.8(アメリカでは限定公開)
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)2時間11分。
2026/01/04(日)「教場 Reunion」ほか(1月第1週のレビュー)
さっそく第3シーズンを見始めたばかりだった「窓際のスパイ」を見てみたら、字幕がクローズドキャプション(CC)しか選べません。CCは主に聴覚障害者向けの字幕で普通の会話のほか、ドアの音や音楽、誰のセリフかなどが分かる説明が入ります。逆にほかの映画は普通の字幕しかなく、CCは選べません。うーん、これもおかしな仕様ですね。普通の字幕とCCの両方から選べるようにするのが理想でしょう。ドラマにCCしかないのは日本語吹き替え版で見る人が多いだろうという考えなんでしょうかね。
「教場 Reunion」
長岡弘樹原作のテレビドラマの後を受けて脚本・君塚良一、監督・中江功で映画化したNetflix作品。Reunion(再集結)のタイトルは風間公親(木村拓哉)教場の教え子たちが、シリーズ最大の凶悪犯で風間に恨みを持つ十崎(森山未來)の捜査で一堂に会することに由来しているのでしょう。物語はいつものように警察学校の新入生たちのエピソードが描かれる形で進行しますが、中盤にかつての教え子たちが集う場面、染谷将太、新垣結衣、赤楚衛二、川口春奈、白石麻衣、福原遥、大島優子らが十崎捜査の話し合いをする場面が入ることでぐっと引き締まりました。ラストは2月20日劇場公開の「教場 Requiem」につながる形で終わります。最後の場面に意外な人物を出してくるのがうまいところ。劇場版への期待が高まりました。
今回の新入生の中心になるのは綱啓永。ほかに齊藤京子、金子大地、倉悠貴、井桁弘恵、大友花恋、大原優乃、猪狩蒼弥らが出ていますが、井桁弘恵ら一部の出演者は活躍の場があまりなく、劇場版の方に持ち越されたようです。元日向坂46の齊藤京子は最初にドラマ「泥濘の食卓」(テレ朝系)に出た時は演技が不安定でしたが、ドラマ出演を重ねてだんだん巧くなった感があります。今月公開の「恋愛裁判」(深田晃司監督)も楽しみです。
これを見ていなくても劇場版は分かる作りになっていると思います。もちろん、見ておいた方が楽しめるでしょう。
画面に出たタイトルは「教場III Reunion」となってました。第3シーズンにあたりますからね。2時間30分。
「ナイブズ・アウト ウエイク・アップ・デッドマン」
ダニエル・クレイグが名探偵ブノワ・ブラン役を演じる本格ミステリーシリーズ第3弾。昨年9月にカナダのトロント国際映画祭で上映された後、各地の映画祭や一部の国で劇場公開し、12月12日からNetflixで配信が始まりました。田舎町の教会で司祭(ジョシュ・ブローリン)が密室的な状況下で殺される。教会の中には地域の住民たちがいたが、赴任したばかりの若い神父(ジョシュ・オコナー)が一番近くにおり、司祭と不仲だったためもあって容疑がかかる。警察の要請を受けたブノワ・ブランが捜査を始める中、もう一つの殺人事件が起こる。
2つの殺人はいずれも不可能犯罪と呼べるもので、特に2番目の事件はタイトル通り、死者が死体安置所のコンクリートを砕いて登場し、殺人を犯すというもので興味を引きます。脚本・監督はライアン・ジョンソン。ジョン・ディクスン・カーの名作「三つの棺」への言及シーンがあるなど、ジョンソン監督の本格ミステリー好きがうかがえました。4作目の構想もあるとか。
出演はほかにグレン・クローズ、ジェレミー・レナー、ミラ・クニス、アンドリュー・スコット、ケリー・ワシントン、ケイリー・スピーニーら。スピーニーは車椅子で登場し、「エイリアン:ロムルス」「シビル・ウォー アメリカ最後の日」とは違った魅力を見せています。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト92%。2時間24分。
2025/12/28(日)「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」ほか(12月第4週のレビュー)
「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」

スイスの山中にある小さな町。お針子のバーバラ(イヴ・コノリー)は母を亡くし、譲り受けた“喋る刺繍”の店は倒産寸前だったが、相談できる友人も恋人もいなかった。ある日、常連客との約束に遅刻した上に、ボタンを落としてなくすミスをして激怒させてしまう。愛車のフィアット500(チンクエチェント)でボタンを取りに店に戻る途中、バーバラは麻薬取引の現場に遭遇。売人の男2人が血まみれで倒れ、道には白い粉入りの紙袋、拳銃と大金の入ったトランクがあった。バーバラは「完全犯罪(横取り)」「(警察に)通報」「直進(見て見ぬふり)」の三つの選択肢を思い浮かべる。
元になった短編はYouTubeで公開されています。
ジョエル・コーエンに言われてマクドナルド監督は長編化しようとしますが、脚本を22回書き直してもダメだしをされたそうです。そこで原点に立ち返って、3つの選択肢のアイデアを思いついたとのこと。この経験は映画に活かされていて、3つの選択肢のどれでもないハッピーで含蓄のある結末へと向かいます。人間、追い詰められると視野が狭くなってしまいがちですが、実はもっと別の方法があったりするわけです。そんなことを考えさせるうまいラストだと思いました。
IMDb6.0、ロッテントマト95%(アメリカでは映画祭で上映)。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)
「劇場版 緊急取調室 THE FINAL」

超大型台風が連続発生する中、内閣総理大臣・長内洋次郎(石丸幹二)は災害対策会議に10分遅れて到着する。長内総理はその「空白の10分」を糾弾する暴漢に襲撃された。警視庁は総理を襲った森下弘道(佐々木蔵之介)を取り調べるため、キントリを緊急招集する。真壁有希子(天海祐希)らキントリチームは取調べを始めるが、森下は犯行動機を語らないどころか、取調室に総理大臣を連れて来いと無謀な要求を繰り返す。総理と森下の関係を調べるうちに35年前のヨット遭難事件が関係していることが分かる。
間延びした部分はありませんが、この事件だけで2時間持たせるのは少し苦しくも感じます。警察が舞台でも複数の事件が並行して起こるモジュラー型にしにくいのが難しいところです。
Finalと銘打っているようにキントリチームは解散しましたが、以前も解散してましたし、いつでも再招集はできるので復活しても良いんじゃないでしょうかね。監督はテレビシリーズも担当した常廣丈太。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間1分。
「映画ラストマン FIRST LOVE」

テレビシリーズも担当した黒岩勉の脚本は面白くなりそうな要素と物語展開を備えていますが、演出に少し問題があるようです。詳細は避けますが、月島琉衣の役柄は本来なら20代半ばぐらいの女優の方が説得力があったと思います。クライマックスにしても、あの2人がどうやって助かったのかの説明は必要でしょう。
とはいっても、福山雅治と大泉洋のコンビのおかしさに女性客は笑ってましたし、それなりに満足度はあったんじゃないでしょうか。監督は平野俊一。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間7分。
「火の華」

パンフレットにそう書いてあるので「クーデター」と書きましたが、映画の描写からは単なる人質事件としか思えないのが残念なところ。人質2人を別々の場所に監禁し、どちらを助けるかを迫るこのクライマックスは恐らく「ダークナイト」(2008年、クリストファー・ノーラン監督)のクライマックスを参考にしたのでしょう。「ダークナイト」の場合、バットマンは1人なのでどちらを助けるか選ぶ必要がありましたが、この映画、警察が手分けして両方助ければ良いだけことなので、設定が意味をなしていません。どうも脚本の詰めの甘さが気になりました。
本当なら「パトレイバー2」が描いたようなスケールの大きなクーデター(TOKYOウォーズ)を描きたかったはず。それにはもっと製作費が必要で、それができないなら、説得力のある別の物語を考える必要があったと思います。
監督は「ジョイント」(2020年)の小島央大。主演は同じく「ジョイント」主演の山本一賢。脚本はこの2人の共同となっています。ハードな内容なのに観客はなぜか女性客が多かったです。タイトルからロマンティックな映画と誤解したのか、あるいは冨永愛の第二子妊娠で名前が出た山本一賢が目当てだったのか(それはないか)。
▼観客10人ぐらい(公開5日目の午後)2時間4分。
「モンテ・クリスト伯」

エデという女性が途中から出てきてダンテスに協力するんですが、どういう素性なのか説明されるのは終盤。これは分からないでもないんですけど、演じるアナマリア・ヴァルトロメイ(「あのこと」「ミッキー17」「タンゴの後で」)がとても魅力的なので気になりました。
このエデは原作とは設定が異なるようです。原作未読なので詳しく分かりません。というわけで光文社の新訳版の1巻を読み始めました。2巻の刊行は来年1月。半年に1度のペースで刊行していくようです。
IMDb7.6、メタスコア75点、ロッテントマト97%。
▼観客5人(公開21日目の午後)2時間58分。