2004/02/12(木)「人間蒸発」

 失踪した婚約者を捜す女性を描いた今村昌平のノンフィクション(1967年)。いや確かに前半は早川佳江という女性と俳優の露口茂が消えた婚約者の足跡を追うノンフィクションなのだが、映画は後半、次第にノンフィクションを離れていく。そしてめっぽう面白くなる。婚約者捜しよりも姉と婚約者の関係疑惑に焦点が置かれ、内容がどんどん先鋭的になっていくのだ。クライマックス、路上に集めた関係者を前に「これはフィクションなんだから、フィクションなんだから」と強調する今村昌平がおかしい。唖然呆然の傑作。

 婚約者を一緒に捜しているうちに早川佳江は露口茂を好きになり、カメラを意識して女優みたいになっていくという過程も面白いのだが、姉を追及するシーンが白眉。「2、3回一緒に歩いているのを見た」という目撃証言を元に早川佳江は(女優のような風情で)姉に事実を問いただす。「私は覚えがない。一緒に歩く理由がないじゃない」と涙を流す姉に対して、早川佳江は「それなら、(目撃した人と会って)話してみてよ」と答える。そこへ目撃者と今村監督が現れ、「確かに見た」「覚えがない」の水掛け論が始まる。さらに驚くのは「セット壊せ!」の号令とともに部屋の壁や襖が外されるシーン。どこかの部屋かと思っていたのは撮影所のセットだったのだ。

 虚実皮膜という言葉が容易に浮かぶ。今村昌平は実を元に虚を組み立て演出しているのだが、それによって実の部分にある人間性が浮き彫りにされていく。この姉妹、幼いころから仲が悪かったそうで、追及シーンで長年の確執が一挙に噴出してしまうのだ。人間を見つめる視点は他の今村作品と同じように鋭く粘着質である。

 元々は「24人の失踪者」というタイトルでテレビ番組を製作する企画だった。題材となる失踪事件のうち、警察官に「探している人が美人だから」と早川佳江を紹介されて、撮り始めたら撮影期間が長くなり(7カ月)、これ1本で終わってしまったという作品。ATGが出資した第1回作品でもある。DVDの特典映像には天願大介による今村昌平のインタビューが収録されている。