2005/01/27(木)「ニュースの天才」
大統領専用機エアフォースワンにも置いてあるというアメリカの雑誌「ニュー・リパブリック」で、捏造記事を書いた実在の記者スティーブン・グラスを描く。監督のビリー・レイはブルース・ウィリス、コリン・ファレル主演の「ジャスティス」の脚本家で、これが監督デビュー作。この映画の脚本も書いている。「ジャスティス」の脚本は前半と後半が分裂していてあまり感心しなかったが、この映画も同じような弱点を抱えている。なぜグラスが記事を捏造したのかという肝心の部分がはっきり分からないのだ。これは監督自身が「分からない」と言っているのだから、観客に分かるわけがない。捏造記事であることを否定して嘘を重ねていくグラスという男は非常に興味深く、面白く見たけれど、グラスがどの程度活躍した記者だったのかという描写もあいまいで、特に前半部分は脚本の整理がついていない印象を受けた。こういう題材を扱うには脚本家自身にジャーナリスティックな資質が必要だ。レイはグラスの周囲の人間には取材したそうだが、グラス本人には会えなかった(向こうが会うのを拒否した)という。それが弱さにつながっているのかもしれない。
原題は“Shattered Glass”で、ヴァニティ・フェアに掲載されたバズ・ビッシンジャーの同名記事が原作としてクレジットされている。1998年、「ニュー・リパブリック」の記者として一番若かったグラス(ヘイデン・クリステンセン)は政治や大事件ではなく、身近なゴシップ記事を書く記者として次第に頭角を現す。グラスは共和党陣営の集会に潜入したスキャンダラスな記事を発表するが、記事に重大な誤りがあると指摘される。編集長のマイケル・ケリー(ハンク・アザリア)は問題部分の誤りを素直に認めたグラスを擁護する。しかしケリーは経営者とそりが合わず、首になる。後任は記者としての能力にも疑問があるチャールズ・レーン(ピーター・サースガード)だった。ある日、グラスは天才ハッカーの少年とソフトウェア企業を取り上げた「ハッカー天国」という記事を発表。これにネット・マガジン「フォーブス・デジタル・ツール」が目を付ける。少年は実在しないし、企業の名前も聞いたことがないものだったからだ。フォーブスの記者はグラスがハッカーに騙されたのではないかとして、「ニュー・リパブリック」を追及。グラスの説明は歯切れが悪く、レーンは記事の信憑性に疑いを抱くようになる。
映画の後半は記事を巡って揺れ動くグラスとレーンを中心に展開する。ネガティブな役柄ながら、クリステンセンは弱い男をうまく演じているが、それ以上にピーター・サースガードが嘘を許さない編集長を好演。最初はダメな編集者かと思わせながら、次第に優秀さを感じさせる男に変わっていく。ケリーとレーンはどちらも優れた編集者として描かれる(ケリーはイラク戦争で死んだ最初のジャーナリストとなったそうだ)。映画に「なぜ」の部分はないのだけれど、少なくともどのように事態が進行したのかはよく分かり、それだけでも見る価値はあるだろう。物足りないのは1人の特殊な男の話に終わっているからで、報道の在り方の本質まで突き詰めていないところか。
グラスが発表した41本の記事のうち、27本が捏造だったという。何重ものチェック体制がありながら、嘘で固めた記事がそんなに掲載されることに驚かざるを得ない。ニュースの天才ならぬ作り話の天才だったグラスはジャーナリストではなく、作家になるべき人だったのだろう。