2021/12/12(日)「ラストナイト・イン・ソーホー」ほか(12月第2週のレビュー)

「ラストナイト・イン・ソーホー」は予告編では内容がよく伝わってきませんでした。パンフレットには「鬼才エドガー・ライトが贈るタイムリープ・サイコ・ホラー」とあります。これが正しいかというと疑問で、遠くはないけど当たってもいないというレベル。エドガー・ライト監督は「(主人公の)エロイーズは精神的な繋がりなどを通して、他の人の記憶を夢の中で再現しているに過ぎない」と語っているのでもちろんタイムリープではありません。

エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は霊的なものを見る能力がある。この力は母親から受け継いだもので母はこれを苦にして自殺し、祖母に育てられた。60年代の音楽とファッションが好きなエロイーズはファッションデザイナーを目指してロンドンのカレッジに進学。寮に入るが、コーンウォールの田舎育ちをバカにするルームメイトになじめず、下宿先を探して一人暮らしをする。その下宿の大家ミズ・コリンズ(ダイアナ・リグ)は午後8時以降に男を部屋に入れることを厳しく禁じる。

その夜、エロイーズは夢の中で「007 サンダーボール作戦」(1965年公開)の大きな看板がある歓楽街に迷い込む。ナイトクラブの「カフェ・ド・パリ」で歌手を夢見るサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)を目にしたエロイーズは同じような境遇のサンディと自分を重ねるようになる。何度もサンディを夢の中で見るうちにファッションも影響されていく。しかし、ある夜、サンディが殺される場面を見てしまう。

ミステリーとホラーを組み合わせたような内容で、ミステリーの側面から言えば禁じ手を使ってます。エロイーズの見る夢と霊能力で見たものが混ざっていて、その中には事実ではないことが含まれているからです。映画はエロイーズの視点で構成されていますから、故意に嘘をついているわけではないものの、エロイーズは「信頼のおけない語り手」に近い存在ということになります。

エロイーズは自分が見たものを事実だとして警察に相談しますが、半世紀近く前に起きたことを霊能力で見たと言っても警察が動かないのは当然でしょう。

手作りの地味なファッションで登場したトーマシン・マッケンジーは髪をブロンドに染めた場面から一気に華やかな美女に変貌します。「クイーンズ・ギャンビット」(Netflix)でブレイクしたアニャ・テイラー=ジョイは魅力を十分に引き出されているとは言えないのが残念。監督の好みはマッケンジーの方なんでしょう。

IMDbによると、「サンダーボール作戦」の公開は日本が一番早くて1965年12月11日。次がイタリアで12月15日。本国イギリスはロンドンでのプレミア公開が12月29日、一般公開が12月30日でした。007シリーズは日本で大ヒットしていましたから(「007は二度死ぬ」で日本を舞台にしたのはそのため)、早い公開になったのでしょう。「ゴジラVSコング」や「ウエスト・サイド・ストーリー」の公開が大幅に遅れる今とは大違いですね。
IMDb7.2、メタスコア65点、ロッテントマト75%。

「悪なき殺人」

コラン・ニエルの原作(「動物だけが知っている」=未訳)を「マンク 破戒僧」などのドミニク・モル監督が映画化したミステリー。KINENOTEから引用すると、「吹雪の夜、フランスの人里離れた村で一人の女性が殺された。この事件を軸に5つの物語が展開、5人の男女が思いもかけない形で繋がっていく」というストーリー。

小さな範囲の事件かと思ったら、地理的には大きな広がりが出てきますが、すべて分かってしまうと、人間関係の狭いところで起きた事件だな、という印象になってしまいます。あまりに話のつじつまが合いすぎて「大がかりなつじつま合わせ、ご苦労さんでした」と皮肉を言いたくなるほど。

出演者の中では、殺害された女の娘のような年齢でありながら深く愛してしまう若い女を演じたナディア・テレスキウィッツが強い印象を残します。2019年東京国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したそうで、これは納得です。
IMDb7.0、メタスコア69点、ロッテントマト92%とそこそこの点数になってます。

「けったいな町医者」

「痛くない死に方」(高橋伴明監督)の原作者・長尾和宏医師を描いたドキュメンタリーで、他地区では「痛くない死に方」と同時期に公開されましたが、宮崎では大幅に遅れての公開。

映画の作りとしては「痛くない死に方」の方がよくまとまっていて主張も明確ですが、あの映画のモデルになった医師の実際の活動を見たい人には有用でしょう。

酸素吸入や点滴を行わない在宅医療がどういうものかがはっきり分かる映画になっています。在宅死の瞬間を撮影した映像もあり、呼吸が止まった後、長く心臓が動き、ようやく死に至る珍しい例が紹介されています。呼吸が止まったら苦しいんじゃないかと思えますが、患者はまったく動きません。痛くも苦しくもないから動かないのか、もはや動く力が残っていないのかは分かりませんが、見た目には穏やかな死に方のようでした。

長尾医師の言うように、回復する見込みのない患者をチューブだらけにして苦しみを長引かせるだけの治療なら、しない方が良いと思います。監督は「痛くない死に方」の助監督を務めた毛利安孝。

「ブレッドウィナー」

「アジア映画祭2021 in 宮崎」上映作品。Netflixでは「生きのびるために」のタイトルで配信しているアニメーションで、タリバンが支配するアフガニスタンの物語。製作は「ウルフウォーカー」など評価の高い作品を作り続けているアイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーンサルーン。

少女パヴァーナの父親が娘に本を読ませた罪で投獄される。パヴァーナの一家は母親と姉、幼い弟で、父親を失った一家は途端に困窮する。アフガンでは女性だけでは外出することさえできないのだ。それを破った母親はタリバンの男に殴打され、ひどいけがをしてしまう。パヴァーナは少年の格好をして働き、大黒柱(ブレッドウィナー)として一家を支えることになる。

理不尽な状況にある社会の話として普遍性があります。根本的な問題は解決しないものの、映画は小さなハッピーエンドを用意して終わります。焦点深度の深い傑作と言えるでしょう。原作はカナダの児童文学作家デボラ・エリス。「生きのびるために」は難民キャンプの少女たちへの取材を基にして書かれた作品で3部作になっているそうです。

「浅草キッド」

ビートたけしの原作を劇団ひとりが脚本・監督したNetflixオリジナル映画。今週見た作品の中ではこれがベストでした。



たけし役を柳楽優弥、きよし役はナイツの土屋伸之、師匠の深見千三郎を大泉洋、その妻を鈴木保奈美、浅草フランス座の踊り子役に門脇麦といったキャスティング。

深見とたけしの師弟関係を描いていますが、テレビに背を向け、浅草で静かに退場していく深見の悲哀が胸を打ち、実質的な主人公は大泉洋と言って良いと思います。

劇団ひとりは7年前にも大泉洋主演で浅草の芸人を描いた「青天の霹靂」を撮っています。今回はそれを大幅に上回る充実した出来と言えます。

小鳥のさえずりから過去へジャンプするラストシークエンスの長いワンカット(のように見える)撮影は極めて映画的で楽しく、微笑ましかったです。劇団ひとり、映画が好きなんですね。

劇場公開すれば、日本アカデミー賞など各映画賞の候補に挙がるのは間違いないと思いますが、公開予定はないんでしょうか。