2022/05/22(日)「流浪の月」ほか(5月第3週のレビュー)

「流浪の月」は李相日(リ・サンイル)監督作品としては「悪人」(2010年)と同じタイプの話で、世間から理解されず、思い込みと偏見から敵視される男女2人の強い結びつきを描いています。

大学生の佐伯文(松坂桃李)は公園で雨に濡れていた10歳の更紗(白鳥玉季)を部屋に誘い、そのまま一緒に暮らすようになる。更紗は父の死後、母が家を出たため、叔母に引き取られており、家に帰りたくない理由があった。文のアパートでの生活に安らぎを得るが、文は少女誘拐の罪で逮捕され、世間からは小児性愛者、ロリコンのレッテルを貼られてしまう。15年後、更紗(広瀬すず)はバイト仲間と入ったカフェで店主となっていた文と偶然再会する。

広瀬すずはベストの演技。元々、「海街diary」(2015年)の頃から陰のある役が似合いましたが、今回のヒロイン更紗はまさに適役と言えるでしょう。ホン・ギョンピョ(「パラサイト 半地下の家族」「ただ悪より救いたまえ」)の撮影をはじめ、映画の作りは隅々まで上質です。

しかし最終盤にある説明が理に落ちすぎていて、「なんだこれは」と強い違和感を持ちました。これがあるからと言って、言い訳にしかなりませんし、この病気の人に対する偏見を生む恐れもあります。

凪良ゆうの原作もこうなのかと思い、読みました。映画では詳しく描かれなかった部分が分かったのは収穫で、原作では15年前の事件当時、文は19歳の大学生で、更紗は9歳の小学生。更紗が文のアパートにいたのは2カ月間。事件の後、叔母の家に帰った更紗は夜中に部屋に入ってきた中学2年のいとこの頭を酒瓶で殴り、養護施設に行くことになった、更紗は成長した今でも性行為を積極的に望んではいない、などなど。あと、文の現在の恋人(?)である女性(多部未華子)は病気で片方の胸を失い、そのために心療内科に通っていた頃に文と知り合った、という設定もあります。文が送られた少年院は医療少年院だそうです。

原作も映画と同じ結末に至ります。大きく違うのは文はロリコンでないどころか、大人の女性はもちろん、少女さえ愛せない存在であることです。僕は原作にはそれなりに納得しつつ、引っかかりも感じました。小説にも映画にも共通することですが、文の病気を種明かし的に描いていることに強い抵抗があります。この題材はLGBTQX的観点から組み立てた方が良かった話で、ミステリ的趣向は不要でした。

作者の凪良ゆうはBL小説を40作以上書いているベテランで、筆力は申し分ないんですが、この組み立てを考えると、本屋大賞受賞には疑問があります。逆に言えば、本屋大賞はその程度の賞ということなのでしょう。

原作では「トゥルー・ロマンス」(1993年)が更紗の好きな映画として、たびたび登場します。これは僕が映画をあまり見られなかった頃に公開され、ずーっと見逃したままになってました。探したら、5年前にWOWOWから録画したのがあったので見ました。傑作ですねえ。いかにもクエンティン・タランティーノ脚本らしい映画で、パトリシア・アークエットがボロボロになりながらモーテルで悪人を撃退するシーンなど最高以外の何ものでもありません。

トニー・スコット監督が生きていれば、「トップガン マーヴェリック」も監督したんじゃないでしょうかね。

「ハケンアニメ!」

辻村深月の原作を「水曜日が消えた」の吉野耕平監督が映画化。ハケンは「派遣」ではなく「覇権」で、土曜日の夕方5時放送の2つのアニメが覇権を争う物語。新人監督を吉岡里帆、デビュー作で天才と言われ、その後作品を発表していない伝説の監督を中村倫也が演じています。

アニメの制作現場が詳しく描かれますが、監督(いわば中間管理職ですね)が多数のスタッフの不平不満をなだめ、仕事を集約し、諸々の課題を解決して一つの作品を作り上げていく過程は他の分野の仕事にも共通することでしょう。そうした「お仕事映画」として優れた作品になっています。

吉岡里帆側のプロデューサーに柄本佑、中村倫也側に尾野真千子、アニメーターに小野花梨、六角精児、このほか実際の声優も多数出演。吉岡里帆はコーダを演じて好評を集めたNHK-BSプレミアム「しずかちゃんとパパ」とはがらりと変わった役柄を的確にこなしています。

柄本佑が弾むように歩いていく後ろ姿を捉えたラストショットは「ドクターX」の岸部一徳を思わせ、クスッと笑えました。

「パリ13区」

ジャック・オディアール監督が現代パリの13区に暮らす人々の恋愛模様を白黒で綴った作品。コールセンターで働く台湾系フランス人、アフリカ系の高校教師、法律を学ぶ大学生、ポルノ女優の4人が物語を紡いでいきます。なんてことはない話ですが、僕は面白く見ましたし、好きな作品です。

魅力の一つは台湾系フランス人エミリー役のルーシー・チャン。そんなに美人ではないし、特別にかわいいわけでもありませんが、将来性を感じさせる独特の魅力を放っています。セザール賞有望若手女優賞候補になったそうです。

脚本に「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマが協力していて、それを納得できる展開があります。主な舞台となる13区のレ・ゾランピアード周辺はフランス最大規模のアジア人街とのこと。

「オッドタクシー イン・ザ・ウッズ」

昨年好評だったテレビアニメの総集編プラスα。それは分かっていたので期待はしていなかったんですが、登場人物(動物)の証言でストーリーを構成していて、初見の人には分かりにくいんじゃないでしょうかね。

終盤面白くなるのはテレビシリーズの面白さそのまま(当たり前)。テレビシリーズでは殺人犯は明らかになりましたが、警察には捕まっていませんでした。映画はその後を描き、それがプラスαの部分になります。ただ、逮捕に至る過程は途中でぶっつり切れて、逮捕されたカットを見せるだけになっています。こういう総集編じゃなく、テレビシリーズの完全版を作ってほしいところです。

テレビ同様に微笑ましかったのはアルパカの白川さんのカポエラのシーン。白川さんのカポエラ、ダイエットだけじゃなく実戦でも役に立つのが良いです。