2022/06/19(日)「メタモルフォーゼの縁側」ほか(6月第3週のレビュー)
日常の小さな出来事(本人にとっては大事件)を綴った岡田惠和の手堅い脚本もあって、日当たりの良い縁側のような温もりを持つ好編となりました。宮本信子は77歳、芦田愛菜は23日で18歳なので映画とほぼ同じ59歳差。この2人の、特に芦田愛菜の好感度の高さが映画の魅力になっています。
「パシフィック・リム」(2013年)劇場公開時に来日したギレルモ・デル・トロ監督は菊地凛子の子供時代を演じた芦田愛菜について「僕がこれまでに出会った中で一番かわいい生き物」と評していました。あれから9年、かわいいだけだった幼い女の子は聡明さを備えた素直で真っ直ぐな高校生に育ち、「国民の孫」的存在になりました。
医師を目指しているそうなので、女優としての活動が今後も続くかどうか分かりませんが、もうしばらくは映画で成長を見たいと思わせます。演技の引き出しは多くなく、女優として勉強すべきことはまだまだ残ってます。
「ALIVEHOON アライブフーン」
日本発祥のドリフト競技を巡るドラマ。eスポーツ界の天才ゲーマー、大羽紘一(野村周平)は解散の危機に瀕したチームアライブの夏美(吉川愛)からスカウトされる。チームの責任者で元レーサーの武藤(陣内孝則)はゲームと実車のレースは違う、と大羽の実力に懐疑的だったが、テスト走行を見てチームに招き入れる。内向的で無口な大羽のキャラクターを含めて、物語が設定だけに終わっていてドラマが希薄です。だから、レース場面にエモーショナルなものが伴わず、盛り上がりを欠く結果になってます。レース自体はドローンを使った撮影など迫力十分なのに惜しいです。
監督は下山天。「アライブフーンとは、ALIVE(生きる)とHOON(走り屋の俗語)から生まれた『今を生きる走り屋たち』を意味する造語」とのこと。一般的に意味の分かりにくいタイトルは付けない方が良いと思うんですけどね。
「PLAN75」
カンヌ映画祭で新人監督対象のカメラドール特別表彰を受けた早川千絵監督作品。超高齢化社会に対応するため導入された75歳以上の高齢者が自ら死を選べる制度“プラン75”を巡る物語で、是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス「十年 Ten Years Japan」に収録された同名短編を長編化した作品です。短編の方は設定を説明しただけの内容でしたが、長編化したことでプラン75に申請する主人公ミチ(倍賞千恵子)と、申請窓口で働くヒロム(磯村勇斗)、サポート担当の瑶子(河合優実)、フィリピンから出稼ぎに来て関連施設で働き始めるマリア(ステファニー・アリアン)ら周辺人物を描き、映画に奥行きが生まれています。ただし、淡々とした描写は早川監督の持ち味なのか、ドラマの作りが弱いのか分かりませんが、もっと濃密な描写が欲しくなりました。プラン75は姥捨てを連想させる、安楽死の幇助みたいな制度ですが、これで超高齢化問題を解決できるとは思えず、設定自体の弱さも感じます。
そうした諸々の弱さを抱えつつ、それなりの仕上がりとなったのは今月29日で81歳となる倍賞千恵子の演技の説得力が高いためでしょう。
「峠 最後のサムライ」
幕末の戊辰戦争で武装中立を目指した長岡藩の家老・河井継之助を描く司馬遼太郎原作の映画化。長岡藩は結局、西軍(薩長軍)と戦争になり、長岡城は奪われ、藩はバラバラになります。評価する声もあるようですが、僕にはさっぱり面白くありませんでした。セリフで状況を説明し、時折、戦闘場面を入れただけの映画で河井継之助の人物像に迫ることもなく、キャラクター描写は通り一遍で、エモーションはまったく盛り上がりません。奥さんを芸者遊びに連れて行ったり、ひげを剃ってもらったりする場面だけではキャラクターの説明にはなりませんね(芸者遊びの場面での松たか子の踊りはほとんど即興らしいですが、うまいです。さすがです)。
河井が戦場で足にけがをする場面も遠景で多数の人間がいる中で描かれるためよく分からず、運ばれる途中、「頭が北ではダメだ」と重要でもないことにこだわるとか、「戦場に置いていけ」と部下に命じるのに結局死ぬのは戦場ではないとか、あきれた描写が続出。
小泉堯史監督の作品は前作「蜩ノ記」(2014年)にも感心できませんでした。今回は監督のキャリアの中でのワースト級。役所広司や松たか子らベテランの演技は悪くないのに、それをまったく生かせていません。