2022/06/26(日)「神は見返りを求める」ほか(6月第4週のレビュー)

「神は見返りを求める」は吉田恵輔監督作品。クズみたいな人間ばかりが登場する映画なので快不快で言えば、不快な作品ですが、相当に面白いです。

底辺YouTuberの優里(岸井ゆきの)が飲み会で知り合ったイベント会社の社員・田母神(ムロツヨシ)の手伝いでそこそこまともな動画をアップできるようになるが、優里は人気YouTuberの指導でさらに売れるようになる。「センスが古い」として、だんだん相手にされなくなった田母神は多額の借金を抱える不運に見舞われ、売れっ子になった優里に助力を求めるものの、すげなく断られる。こうして見返りを求める男と恩を仇で返す女の憎しみ合い、罵り合い、たたき合いがエスカレートして醜い様相を呈していきます。

人物配置は吉田監督の前々作「BLUE ブルー」と似ていて、ムロツヨシが負けっぱなしのボクサー松山ケンイチ、岸井ゆきのが日本チャンピオン目前の東出昌大の役に相当するでしょう。「BLUE ブルー」の終盤、松山ケンイチが東出昌大に対して「俺はお前が負ければいいのにとずっと思ってたよ」と言う場面がありましたが、あれは自分が先にボクシングを始めたのに立場が逆転したばかりか、自分の幼なじみと婚約もしたことに嫉妬の感情があったからでしょう。あの感情と2人の関係をもっと極端に強めたのが今回の映画と言えます。

後味を考えれば、田母神を善良なキャラに設定し、馬鹿にされた男が努力して最後は勝つみたいな展開にするところですが、優里とどっちもどっちなクズキャラ。田母神の同僚で双方に告げ口する若葉竜也や田母神の行動を撮影してアップする中学生、優里を嘲笑する同僚の女性社員ら救いようのないクズばかりで、この映画、感情移入できるキャラ、正義の役回りが不在です。にもかかわらず、ラストに一種のカタルシスを感じるのはちゃんと観客の目から見た正義が実行されるからでしょう。

「恋は光」

恋する女性が光って見える特異体質を持つ大学生・西条を巡るラブコメ。昨年、「孤狼の血 LEVEL2」「鳩の撃退法」で好演した西野七瀬が役柄も含めてとても良く、主演女優賞候補だと思いました。というか、平祐奈も馬場ふみかもそれぞれに良く、主演の神尾楓珠も眼鏡をかけ髪型・眉型を変えただけでよくこんなに印象が変わるものだなと感心しました。

西野七瀬は28歳という実年齢からして神尾楓珠(23)の相手役としても大学生役としても似合わないんじゃないか、と見る前は思っていましたが、違和感はありませんでした。

同じ乃木坂46卒業組としては不動のエースだった白石麻衣が映画出演では「嘘喰い」「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」など作品に恵まれていないのに対して、女優としての立ち位置は西野七瀬が相当なリードをした印象。演技に自信があるわけではないようですが、監督の要求レベルに対応することは難なくできるように見えました。

映画は途中に流れが停滞する部分はあるものの、良い出来だと思います。「恋だな、恋しちゃったんだな」と西条(神尾楓珠)に対して北代(西野七瀬)がため口でしゃべる関係が微笑ましくて心地良く、結末は原作とは変えてあるそうですが、これ以外には考えられない良い結末だと思います。

原作の結末も気になったので最終巻のKindle版を買って読みました。作者(秋★枝)自身、結末をどうするかで悩み、いろんな人に意見を聞いたそうです。「あとがきまんが」によると、「北代さんは幸せになって欲しい…けど、自分は北代さんの報われない所も好きな理由の一つだからハッピーエンドを望みつつも、叶うと自分の好きな北代さんではなくなってしまう気もする」との意見に妙に納得し、後押しもされた結果の結末だそうです(端から見ると、なんだそれ、と思うような理由ですが)。

小林啓一監督がこれを変えたのはこの方が自然に思えたからでしょうし、そうしないともう1シーン必要になって尺が長くなり、くどくなるからかもしれません。

「シング・ア・ソング! 笑顔を咲かす歌声」

実話を基にした映画で、「フル・モンティ」(1997年)のピーター・カッタネオ監督作品。夫をアフガニスタンの戦地に送り出し、安否を気遣いながらイギリス軍基地で不安な毎日を過ごす軍人の妻たちが合唱を始め、戦没者追悼イベントに向けて練習を重ねる、という物語。中心となるのは大佐の妻ケイト(クリスティン・スコット・トーマス)と、まとめ役のリサ(シャロン・ホーガン)。2人は方針の違いで最初は衝突を繰り返しますが、他のメンバーも含めて徐々に全員の団結が高まっていきます。

いつかどこかで見たような展開なのは仕方ないのかもしれませんが、もう少し新しい部分が欲しかったところです。基地内の生活というのは社宅のそれみたいなもので、夫の階級で妻の地位も左右されるのが何だかなあです。IMDb6.5、メタスコア55点、ロッテントマト77%。

「ベイビー・ブローカー」

是枝裕和監督が韓国で初めて撮った作品。端的に言うと、主演のソン・ガンホら役者の頑張りに対して脚本が負けている印象です。

ヤクザから借金返済の催促を受けているクリーニング店のサンヒョン(ソン・ガンホ)と赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。雨の夜、2人は若い女ソヨン(イ・ジウン)が赤ちゃんポストに預けた赤ん坊を連れ去る。2人は赤ん坊を売るブローカーだった。ところが、翌日思い直したソヨンが赤ちゃんポストに戻ってきて、事情を話した2人と一緒に養父母探しの旅に出ることに。サンヒョンとドンスを人身売買容疑で張り込んでいた刑事のスジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は彼らの後を追う。

家族を描き続けている是枝監督らしい作品で、ソン・ガンホらが旅の途中で疑似家族を形成していくのは当然と思える展開です。ウェルメイドな映画だと思いますが、予想以上のものはありませんでした。終盤のヤクザに対するサンヒョンの行動のみ、予想できませんでしたが、これは不要でしょう。IMDb7.5、メタスコア73点、ロッテントマト86%。