2022/07/17(日)「キングダム2 遥かなる大地へ」ほか(7月第3週のレビュー)

「キングダム2 遥かなる大地へ」は紀元前の中国・春秋時代を舞台にしたアクション大作の3年ぶりの続編。監督は同じ佐藤信介、脚本も原作者の原泰久と黒岩勉が前作に続いて担当しています。前作は中国西方の国・秦の王の座を巡る抗争を描きましたが、今回は秦と隣国・魏との戦いをCGを駆使した大きなスケールで描いています。

蛇甘(だかん)平原での両国の戦いは圧倒的な戦力差があるという設定だけではドラマが足りないため、原泰久は戦いに加わる羌かい(きょうかい=清野菜名)の過去の話を戦いの中で描くことにしたそうです。その狙いは見事な効果を挙げ、映画の3分の2ぐらいまでのエモーションは羌かいを巡る話から生まれています。

羌かいは暗殺者一族・蚩尤(しゆう)の一員で姉同然に育った羌象(きょうしょう=山本千尋)を殺され、復讐のために魏に行く目的がありました。哀しい目をしているのはそのためですが、信(山崎賢人)と同じ伍(五人組)を組むことになった羌かいは戦いの中で仲間と信頼関係を築き、徐々に人間的な温もりを得ていきます。

戦闘で傷を負い、「俺は無理だ、置いて行ってくれ」と気弱になった尾平(びへい=岡山天音)に対して羌かいが「無理じゃない、だってお前はまだ生きてるじゃないか!」と叫ぶ場面は胸が熱くなります。氷のヒロインが次第に打ち解けていく変化は佐藤監督が梶芽衣子主演版をリメイクした「修羅雪姫」(2001年)の釈由美子に通じるものがあります。

アクションを志向する清野菜名にはぴったりの役柄で、アクションが絡んだ役柄ではキャリアのベストでしょう。羌象役の山本千尋は武術太極拳世界ジュニア大会で入賞経験がある有望なアクション女優ですが、こちらはもっと見せ場があっても良かったのでは、と思いました。

大作が空疎にならないためにはエモーションの核をしっかり描くことが重要で、この映画はそれを外さなかったことが傑作となった理由だと思います。第3作は来年公開だそうです。

「映画ゆるキャン△」

あfろ原作コミックのテレビアニメの劇場版。高校時代にキャンプを通じて友情を深めた5人の女性たちが社会人になり、閉鎖された施設をキャンプ場へ整備しようとする話です。

山梨県の観光推進機構に勤める1人の提案によってそうなるわけですが、全くリアリティーに欠けます。職員1人と4人の友人が行政関連団体の事業をやるなど考えられません。あの広い土地を5人だけで草刈りしたり、建物を整備することもあり得ないです。だいたいこういう事業、市町村が主体となった方が活性化名目で国県補助も受けられるでしょうし、有利です。私有地に小さなキャンプ場所を作るなら話は分かるんですけどね。

それと整備場所から縄文土器が出てきて作業がストップしますが、未整備の土地ならともかく、既存施設の敷地から土器が初めて見つかるというのは考えにくいです。犬が土器をくわえて持って来るという(かなり可能性の低い)設定を見ると、以前の施設の開発段階でも土器は見つかったはずですし、それなら調査は終わっているでしょう(遺跡を見つけたのに届け出なかった場合、文化財保護法違反になります)。

遺跡を観光に役立て、キャンプ場を併設する形になりますが、縄文時代の遺跡など珍しくはないので、よほど大規模か貴重なものじゃないと観光効果は無に等しいです(普通の遺跡は発掘調査の後、記録して埋め戻します)。

タイトルだけでなく、脚本もユルユルなのが非常に残念。なんでこれ、評判良いのでしょう?
「ゆるキャン△」は実写ドラマ版もあり、福原遥主演で第2シーズンまで作られています。

「リコリス・ピザ」

アカデミー作品・監督・脚本賞ノミネートのポール・トーマス・アンダーソン監督作品(受賞なし)。1970年のカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーを舞台に、25歳のアラナ(アラナ・ハイム)と高校生のゲイリー(クーパー・ホフマン)の恋の行方を当時の音楽やファッションとともに描いています。ハイムは三姉妹のバンド「ハイム」のメンバー、ホフマンはアンダーソン監督映画の常連だったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子でともに本作で映画デビュー。

この2人の演技の好ましさと70年代の風俗は面白く見ましたが、ストーリーそのものには余り興味が持てませんでした。IMDb7.3、メタスコア90点、ロッテントマト91%。

「X エックス」

傑作・話題作を作り続けているA24製作のホラー。怪物や幽霊、悪魔などの超常現象はなく、サイコパスが田舎の家で殺人を繰り返す「サイコ」「悪魔のいけにえ」「悪魔の沼」系の作品です。

1979年、自主製作ポルノ映画の撮影チーム(男女6人)が田舎の農場を撮影場所として借りる。持ち主はかなり高齢の老夫婦で、アタオカ(頭おかしい)夫婦なのが徐々に分かってくる。しかも老婆の方はほとんど色情狂レベル。それが分かった時には既に遅く、メンバーは1人また1人と惨殺されていく。

公式サイトのネタバレ解説によると、タイトルのXはアメリカのレイティング、X指定から取られているとのこと。映画の中で「Xファクター」(未知の要素)という言葉が出てきますが、内容自体は既知の設定がほとんどで目新しいものはありません(唯一、独自性があるのが色情狂老婆ぐらい)。それを逆手に取って「サイコ」「シャイニング」など先行ホラーを引用したシーンがあり、マニア受けするところになってます。その意味では「スクリーム」「キャビン」系の作品と言えます。

色情狂と書きましたが、この老婆が執着しているのはセックスではなく、自分が失った若さと美しさの方でしょう。若い頃の自分の拠り所であったものを引きずっていることがパラノイア的殺人鬼となる要因になっています。監督のタイ・ウエストはB級ホラーを主に撮ってきた俳優・監督で、この作品が一番評価高いです。

公式サイトを読んで驚いたのは主人公のマキシーンを演じるミア・ゴスが老婆パール役も演じていること。すごいメイクなので全然分かりません。エンドクレジットの後に映画の61年前を舞台にしたプリクエル「Pearl」(パール)の予告編が流れます。主演はもちろんミア・ゴス。しゃれかなと思ったら、実際に作っていて既にポストプロダクション段階。IMDbにもページがありました。3部作にする予定だそうです。

アメリカの一般観客の評価はIMDb6.6と高くはないですが、メタスコア78点、ロッテントマト95%と評論家筋からは支持を集めています。