2022/11/06(日)「時代革命」ほか(11月第1週のレビュー)

 「時代革命」は2019年、逃亡犯条例の改定を巡って大規模デモが起きた香港の半年間を描くドキュメンタリー。見ていて沸々と怒りがこみ上げてくる映画です。香港政府と背後にいる中国当局は徹底した暴力で市民運動を封じ込めようとします。この映画は民主化要求運動の敗北の記録ですが、同時に中国政府による残虐な暴力と激しい弾圧の記録になっています。

 デモへの警察の暴力が徐々に激しくなるのはウクライナの公民権運動を描いたドキュメンタリー「ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い」(2015年、エフゲニー・アフィネフスキー監督)でも同じでした。警棒や鉄の棒による滅多打ちから催涙弾、実弾による銃撃と警察の暴力はエスカレートしていきます。映画の中では警官が近くにいた若い男性を撃つシーンも撮影されています。デモ参加者を容赦なく滅多打ちにする白シャツ集団のニュースは日本のテレビでも流れましたが、この集団は警察に雇われたマフィアと言われています。

 100万人も200万人もデモ参加者がいるのなら、こうした暴力に抵抗することもできそうに思えますが、デモの参加者は非暴力の市民が多く、対抗できる武器を持っていません。そうした弱い市民に対する一方的な暴力は近代国家として恥ずべき行為以外の何ものでもありません。

 タイトルは運動のスローガンとなった「光復香港、時代革命」(香港を取り戻せ、革命の時だ)に由来するそうです。デモ後の2020年6月に制定された国家安全維持法により、この言葉は「香港独立」を意味するものとして法律違反となり、このスローガンを唱えたり、印刷物を所持しているだけで逮捕されます。ですから、この映画は中国では上映できません。

 住民の言動を制限する制度が出来上がってしまった以上、香港の人たちだけで現状を変えていくことは難しいと思えます。しかし、今も苦しんでいる香港の人たちに「香港人、加油!」と言わずにはいられない気持ちになります。

 公式サイトとパンフレットには「自由とアイデンティティーをめぐる、絶望と希望の物語。スクリーンでしか観られない、衝撃の158分」とありますが、IMDbやKinenoteなどでは上映時間は152分。エンドクレジットの後にキウィ・チョウ監督の日本での公開に関するメッセージがあり、これを含めて158分なのでしょうか。
IMDb8.7、ロッテントマトユーザー93%(アメリカでは限定公開)。
▼観客1人(公開2日目の午後)

「犯罪都市 THE ROUNDUP」

 「犯罪都市」(2017年、カン・ユンソン監督)の5年ぶりの続編。主演のマ・ドンソクをはじめ衿川(クムチョン)署強力班の面々など登場人物は共通していますが、話は独立していて前作を見ていなくても支障ありません(見ていた方が笑いどころはよく分かります。前作はNetflix、Hulu、U-NEXTで見放題配信中)。

 「逃亡した容疑者を引き取るためにベトナムへ赴いた刑事が、残忍な犯罪を繰り返す男を相手に壮絶なバトルを繰り広げる」という物語ですが、話のパターンは前作を踏襲していて、というかほぼ同じパターンの話です。前作では凶暴な犯人が斧を振るいましたが、今回はナタを振るいます。凶器が拳銃ではなく、ナイフなどの刃物がほとんどなのはメインのアクションがマ・ドンソクの肉弾戦だからでしょう。

 このアクションを構成したのは前作に続いて武術監督のホ・ミョンヘン。相手を強力なパンチで吹っ飛ばすだけでなく、狭いバスの中での豪快な投げなどさまざまなバリエーションが工夫されています。マ・ドンソクのターミネーター並みの強さ・頑丈さは痛快さを生み、笑いの場面も全編に散りばめられた一級の娯楽作品。監督はイ・サンヨンに代わりましたが、内容的には前作を上回っていて、韓国で観客動員1200万人を記録したのも納得できます。

 今週見た他の3本の映画はいずれも2時間半前後の作品で、この映画の上映時間1時間46分は実に好ましく感じました。このシリーズ、8作ぐらい作る計画があり、日本でもリメイクが予定されているそうです。「西部警察」など日本の刑事アクションに似たタッチなので本来ならリメイクも大丈夫そうですが、誰がマ・ドンソク役をやるかが大きな問題ですね。代わりはいないと思うんだけど。
IMDb7.1、ロッテントマト96%(アメリカでは限定公開)。
▼観客8人(公開2日目の午後)

「窓辺にて」

 今泉力哉監督がオリジナル脚本で描くドラマ。編集者をしている妻・紗衣(中村ゆり)が若い作家・荒川(佐々木詩音)と浮気しているのを知って、何のショックもなかったことにショックを感じている元作家でフリーライターの夫・市川茂巳を稲垣吾郎が好演しています。

 全編会話劇なのでホン・サンス監督の作品を連想しましたが、パンフレットで映画評論家の石津文子さんも「どこか韓国のホン・サンスの映画を彷彿する」と書いてました。まあ、そうでしょう。どういう話か知らずに映画を見ていると、登場人物の会話から徐々に状況がのみ込めてきます。

 市川は友人の有坂(若葉竜也)・ゆきの(志田未来)夫婦に相談しますが、ゆきのは怒って市川を追い返します。実は有坂はモデルの藤沢(穂志もえか)と浮気しており、ゆきのはそれに気づいていることが分かります。その相談に今度はゆきのが市川の家を訪ねるという展開が微妙におかしくて良いです。

 全編のハイライトは浮気に気づいていることを市川が紗衣に話すワンカットのシーン。緊張感があり、今泉力哉監督の会話のうまさが光った名場面だと思いました。ただ、この題材なら1時間30分前後にまとめるのが望ましく、2時間23分はちょっと長く感じます。ポイントを絞り込むのなら、高校生作家を演じる玉城ティナのパートをもっと簡潔に描けた気がします。

 いずれも魅力的な女優陣(今泉監督はホントに女優を美しく魅力的に撮りますね)の中では、中村ゆりと並んで、出番は少ないものの、穂志もえかが良いです。もっと映画に出て欲しいです。
▼観客3人(公開日の午前)

「天間荘の三姉妹」

 高橋ツトムのコミック「天間荘の三姉妹 スカイハイ」を北村龍平監督が映画化。天上界と地上の間にある三ツ瀬の旅館「天間荘」を舞台に描くファンタジーです。

 のんにとっては「Ribbon」「さかなのこ」に続く今年3本目の主演映画。主人公のたまえは交通事故で臨死状態になり、死んで天へと旅立つか、生き返るかを決めるまで天間荘で過ごすことになります。そこには腹違いの姉2人、のぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)、その母親(寺島しのぶ)がいて、たまえは旅館を手伝い始めます。たまえはそこでさまざまな人と出会い、家族の温かさを初めて知ることになる、という物語。

 のぞみ、かなえ、たまえというと「欽ちゃんのどこまでやるの」(テレ朝、1976年~1986年)のわらべを思い出しますが、原作者は1965年生まれなのでわらべを当然知っているでしょう。

 この作品も2時間30分という上映時間の長さが大きなマイナス。終盤盛り返し、感動的な展開になるだけに、中盤までの冗長な描写が惜しいです。
▼観客10人(公開6日目の午後)