2025/02/09(日)「ファーストキス 1ST KISS」ほか(2月第1週のレビュー)

 小学校を長期取材したドキュメンタリー「小学校 それは小さな社会」(山崎エマ監督、1時間39分)の短縮版(23分)はアカデミー短編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、YouTubeで公開されています。

 残念ながら本編の方は見逃しましたが、これはその中から入学式の演奏でシンバルを担当することになった1年生の女の子をめぐるエピソードをピックアップしたもの。練習が足りないことを先生に叱られて泣き出してしまった女の子が立派に演奏できるまでのクラスメートや先生とのかかわりを描いています。タイトルの「Instruments of a Beating Heart」(直訳すると、「鼓動する心臓を持つ楽器たち」)の意味は最後の方に出てきます。
「ねえ、私たちって何なんだろうね」
「心臓、の一部? 私たちは心臓のかけらで、みんながそろったら、こんな形(ハート)になる。で、一人、こんな風にずれたら、もう心臓はできないの」
「本当だよ、私たちは過酷な楽器だよ」
 これが2年生になったばかりの子供たちの会話です。感心します。「小さな社会」なわけです。

 同じく短編ドキュメンタリー候補の「ザ・レディ・イン・オーケストラ: NYフィルを変えた風」と短編実写映画賞候補の「アヌージャ」、歌曲賞候補の「6888郵便大隊」はNetflixが配信しています。

「ファーストキス 1ST KISS」

 よくあるタイムトラベルもの、ループものなのに主人公2人の会話で構成するクライマックスが見事すぎて参りました。ベテランの力量を徹底的に見せつける脚本(坂元裕二)の説得力。これは海外に通用する高いレベルの脚本だと思います(だから坂元裕二は「怪物」でカンヌの脚本賞取ったのですが)。積極的にループすることを除けば、そのアイデアは普通のものなのに、こんなにオリジナルな映画ができるのが驚きで、中盤の少しの緩みを補って余りあるクライマックスの充実ぶりにひたすら感心しまくりました。

 結婚して15年になる硯カンナ(松たか子)は夫の駈(松村北斗)を電車事故で失う。駈は線路に落ちたベビーカーの赤ちゃんを助けようとして犠牲になったのだ。夫婦生活は冷え切っていて、駈はその日、離婚届を出す予定だった。数カ月後、カンナは首都高のトンネル内で車の運転を誤る。気がつくと、どこかのリゾート地にいた。そこは15年前、2009年8月1日のリゾートホテル。駈とカンナが出会った場所だった。45歳のカンナはそこで29歳の駈に出会い、かつての恋心を思い出す。駈の事故死を防ぐため、カンナは何度もタイムトラベルし、あらゆる手段を講じて事故当日の駈の行動を変えようとするが、すべて失敗に終わる。そして駈を救う唯一の方法は自分たちが出会わず、結婚しないことしかないと結論する。

 「神様どうか私たちが、結ばれませんように」というこの映画のコピーは秀逸ですが、映画はそれ以上に優れたクライマックスを用意しています。坂元裕二はパンフレットのインタビューで「今回描きたいと思ったのは、タイムトラベルをひとつの入り口として、人と人との関係をもう一度やり直すことです」と話していますが、その通りの展開になっていきます。

 同じく坂元裕二脚本の「花束みたいな恋をした」(2020年、土井裕泰監督)では絹(有村架純)と麦(菅田将暉)が麦の就職以降、徐々にすれ違っていく様子が描かれていましたが、この映画ではカンナと駈が口げんかの果てにパンとご飯の朝食を別々に作って別の部屋で食べ、それぞれのベッドで寝るようになるという家庭内別居のような状況を描いています。ロマンティックなだけの浅薄なラブストーリーではなく、厳しさを併せ持った心にしみるドラマになっているわけです。

 ユーモアを絡めたこういう優れた脚本があれば、ある程度の映画にはなるものですが、塚原あゆ子監督はさらに的確な演出で冒頭の事故のシーンから観客を引き込み、感情を揺さぶる傑作に仕上げました。「中盤の少しの緩み」と書きましたが、脚本を読むと、中盤にダレ場はありません。演出の緩急の付け方にほんの少しの計算違いがあったということなのでしょう。

 心に残ったセリフをいくつか上げておきます(シナリオブックから引用)。
 ロープウェイの中での駈とカンナの会話。
「恋愛感情がなくなると、結婚に正しさが持ち込まれます。正しさは離婚に繋がります」
「恋愛感情をなくさなければ」
「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」
 駈からパーティーに誘われる場面。
「わたし、45歳です」
「それが何か?」
「29歳の男性は45歳の女性とはパーティーに行かないものです」
 そしてクライマックス。なぜ2人の仲が悪くなったか説明する場面。
「なんでじゃないの。だからなの。いい? 好きなところを発見し合うのが恋愛でしょ。それはわかるよね。嫌いなところを見つけ合うのが結婚」
 そうした夫婦の行き着く先を2本のボールペンで説明するカンナ。
「ボールペンが二本あります。お互いに期待しない。感情も動かない。無の状態。これが夫婦の行き着くところです」
 シニカルでユーモアのあるセリフの数々。坂元裕二、なんでこんなに巧いんだ、分かってるんだと思わざるを得ません。それを活かしているのが松たか子のコメディエンヌとしての資質で、松たか子は若い頃から一流のコメディエンヌの側面を持っていました。おかしさとロマンティシズムがあふれるタイトルのファーストキスの場面にもそれが発揮されています。

 カンナの20代の場面は以前の松たか子の輝くような美しさを驚くほど再現していて、これはほうれい線を隠すなどのメイクだけではなく、CGを使っているのかもしれません。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間4分。

「フード・インク ポスト・コロナ」

「フード・インク ポスト・コロナ」パンフレット
パンフレットの表紙
 アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた「フード・インク」(2008年)の続編。前作ほどのショッキングさはありませんが、食に関する危険のほか、生産現場の奴隷労働並みの実態など学びのある内容となっています。

 特に警鐘を鳴らしているのは前作以降に急増した超加工食品。「添加物、人工甘味料、合成香料などを化学的に調合した」食品で、健康に影響を及ぼすとされています。フェアな労働による自然農法で生産された食品を加工せずにそのまま調理して食べるのが健康を維持することになるのでしょう。

 監督は前作に続いてのロバート・ケナーと前作を共同プロデュースしたメリッサ・ロブレドの共同監督となっています。
IMDb6.8、メタスコア70点、ロッテントマト79%。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間34分。

「366日」

 沖縄出身バンドHYの名曲「366日」にインスパイアされた赤楚衛二、上白石萌歌主演のラブストーリー。

 「ファーストキス 1ST KISS」の見事な脚本に比べると、大きく見劣りがします。一応、つじつまを合わせただけの内容。それだけでいっぱいいっぱいな感じです。脚本家デビューの福田果歩、これがスタート地点で、ここからどう洗練していくか、磨き上げていくかが勝負でしょう。少なくとも、2度も難病を出す設定は回避する手段がいくらでもあったと思います。

 共演は中島裕翔(良い役柄です)、玉城ティナら。監督は「矢野くんの普通の日々」(2024年)など青春映画が多い新城毅彦。
▼観客多数(公開28日目の午後)2時間3分。