検索条件
全16件
(4/4ページ)
きょうから公開された映画の原作(藤沢周平著)。東京出張の帰りの飛行機の中で読み始めた。所々に胸を打つ場面があるが、もちろん安易な感傷が狙いの安っぽい小説ではない。多くの苦難に遭いながら、真っ直ぐに生きていく少年の成長を抑制された筆致で描き、教養小説(ビルドゥングスロマン)として読める作品だと思う。
主人公の牧文四郎は15歳。叔母の家に養子になった文四郎は「堅苦しい性格の母親よりも、血のつながらない父親の方を敬愛していた。父の助左衛門は寡黙だが男らしい人間だった」。そんな父が藩の権力争いに巻き込まれ、反逆の汚名を着せられて切腹を命じられる。切腹の前に短い時間、父と会った文四郎は言いたいことも言えずに面会を終えてしまう。
言いたいのはそんなことではなかったと思った時、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れて来た。
ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えば良かったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。
文四郎の家は三十石を七石に減じられ、一軒家から古い長屋に居を移す。幼なじみのおふくとの淡い恋心と別れ、2人の親友との交流など少年期の瑞々しい描写を挟みつつ、物語は剣に打ち込む文四郎と藩に渦巻くどす黒い権力争いを描いていく。
もっともっと長く読みたい小説である。これの倍ぐらいの長さがあってもかまわなかったと思う。それほど文体も自然描写の仕方も人物の描き方も心に残る。物語が終わった後にエピローグ的に描かれる20数年後の文四郎とおふくの姿は切ないけれど、通俗的にそこだけを取り上げてどうこう言う作品ではないと思う。巻末にある秋山駿の解説が素晴らしいほめ方をしていて、絶対読まなければという気にさせる。