2005/12/07(水)「ビヨンド The シー 夢見るように歌えば」

 「ビヨンド The シー 夢見るように歌えば」チラシ歌手のボビー・ダーリンの生涯を描いたケヴィン・スペイシー監督作品。前半、愛するサンドラ・ディーに対して「ビヨンド・ザ・シー」を歌う場面やボビーがスターダムに上がっていく段階のハッピーさも、後半、アイデンティティーの危機に見舞われて挫折する場面の暗さも50年代から60年代の音楽映画をお手本にしたかのよう。もちろん、ボビー・ダーリン自身がその時代に生きたスターだからということもあるが、この映画の作り、「Ray レイ」などよりはよほど好きである。

 ケヴィン・スペイシーの歌のうまさには驚く(ダンスはうまくない)。元々口跡の良い役者だと思っていたが、歌声がいいし、歌手としてもやっていけるのではと思えるほど。18曲を収録したというサントラ盤が欲しくなった。映画が好ましいのは監督・製作・主演を務めたスペイシーのボビー・ダーリンへの尊敬の念がにじみ出ているからだろう。暗い場面も絶望的なほどに暗くはならず、音楽を生き甲斐として37歳の若さで死んだボビーを肯定的に描いている。ボブ・ホスキンス、ジョン・グッドマンなど脇の役者たちもいい。

 サンドラ・ディー役のケイト・ボスワースは来年の「スーパーマン・リターンズ」でロイス・レーン役を演じるとのこと。驚いたのはグレタ・スカッキがそのお母さん役で出ていて、見る影もないほど変わっていたこと(いや、よく見れば少しは面影は残ってるんだが)。「推定無罪」のころの輝く美貌はどこに行ったのでしょう。女優のこういう変貌には何度も出くわしているけれど、女優が美しくいられる時間は短いのだなあとつくづく思う。

 この映画、アメリカ映画かと思ったら、イギリスとドイツの合作映画だった。それにしてもカタカナと英語をまぜたこの邦題は何とかならなかったのか。センスがまったくないな。

 ついでに書いておけば、「スーパーマン・リターンズ」の監督は「X-メン」のブライアン・シンガーで、レックス・ルーサー役でケヴィン・スペイシーが出演する。スーパーマン役はブランドン・ラウス(Brandon Routh)。

2005/12/06(火)「Mr. & Mrs. スミス」

 「Mr. & Mrs. スミス」写真危険な職業を持ち、敵対する組織にいる男女の結婚と言えば、「スパイキッズ」の両親もそうだったが、こちらは凄腕の殺し屋であることをお互いに隠して結婚した夫婦の話。結婚して5、6年目、やや熱が冷めた段階でお互いの秘密が分かり、所属する組織からそれぞれ48時間以内に相手を殺すよう命じられる。ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリーの魅力で見せる映画で、その点に関しては十分満足したが、話は簡単なものだし、アクション場面にもオリジナリティが乏しい。カーチェイス場面などは「アイランド」「マトリックス リローデッド」には到底及ばない。ユーモアが絡むとアクション場面は単なる見せ物に落ちてしまうものだが、この映画も例外ではなかった。以前よくあった破壊に次ぐ破壊で笑いを取るB級コメディを思い出してしまった。監督は「ボーン・アイデンティティー」のダグ・リーマン。この人は大がかりなアクションよりも格闘場面などの方が得意なのではないか。リーマンが「ボーン・スプレマシー」の監督をポール・グリーングラスに譲ったのはこの作品に入っていたためという。こっちよりも「スプレマシー」を監督した方が良かったと思う。

 ジョンとジェーンのスミス夫妻はコロンビアで知り合い、お互いに殺し屋であることを秘密にしたまま結婚した。それから5、6年(結婚カウンセラーに対してピットが5年と言うと、ジョリーが6年と訂正する)、同じ標的を狙ったことから秘密が明らかになってしまう。元々、2人が所属する組織はライバル関係にあり、それぞれの組織は相手を48時間以内に抹殺するよう命令する。そして2人は壮絶な戦いに突入することになる。

 プロットとしてはこれだけのものである。脚本を書いたサイモン・キンバーグ(なんと上に書いた「X-MEN3」の脚本にも参加している。大丈夫か)はアクションを柱に物語を組み立てていったというが、組み立てるほどの話ではない。キンバーグは「トリプルX」の続編「トリプルX ネクスト・レベル」(2005年、リー・タマホリ監督、未公開)で脚本家デビューしてこれが2作目。この脚本、元々はコロンビア大学修士課程で書いたものという。習作レベルの脚本で、細部に工夫がないのはそのためのようだ。プロダクションノートを読むと、キンバーグはこう語っている。「ミュージカルでは、登場人物の愛情や葛藤、興奮が高まると、通常の台詞での表現を超えて、その高まりが歌と合わさることで感情が爆発する。ジョンとジェーンの場合は、銃撃で感情が爆発し、そのことでふたりの関係性が明らかになっていくんだ」。ミュージカルの部分に関してはまったく正しい。それをアクション映画に置き換える際にうまくいかなかったようだ。頭で分かっていても実力が伴わずに失敗することはよくある。

 リーマンの演出も標準的なもので、アクション映画として特に新しい部分はない。それでもそこそこに楽しめるのはアンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットのお陰だろう。特にアンジェリーナ・ジョリーの色っぽさが良い。ジョリーは自分の魅力がどういう部分にあるのかをよく知っているのだと思う。

2005/12/05(月)「春夏秋冬そして春」

 これは傑作だと思う。「サマリア」では興ざめだった比喩の分かりやすさがこの宗教的と言うより寓話的世界ではプラスに働いている。そしてこれは素直に「悪い男」の延長線上にある世界なのだと思う。この作品から変わったと言われるキム・ギドクの作風は根底の部分では少しも変わっていない。激しさが内に沈んだだけなのだ。

 山奥の湖に浮かぶ寺が舞台。タイトルの「春夏秋冬そして春」とは映画を見始めてすぐに人生の比喩だろうと想像できる。幼年期、青年期、壮年期、老年期を描くのではと思ったのだが、それほどすんなり行くほどキム・ギドクの映画は単純じゃなかった。「春」と「夏」は確かにそうなのだけれど、「秋」の章で大きく転換し、静謐な「冬」の章へ向かう。冬の章を演じるのはキム・ギドク自身で、壮健な肉体が寺を再建する男に実にぴったりである。秋の章で描かれた和尚の力を受け継ぐのに説得力がある(実は和尚が船もないのに対岸へなぜ渡れるのかと疑問に思っていたら、ちゃんと秋の章の最後で明らかにされる。そのあたりにも感心した)。

 人間の業とか人生の苦闘とかを分かりやすい比喩で描いた作品。石を結びつけられて「春」の章で死んだはずの魚や蛇が「そして春」の章で生きた姿を見せるのは輪廻転生とか繰り返しなどを思わせる描写だ。映画にはそれほど思想的な深みがあるわけではないのだが、自然と一体となった人間の営みを見つめるキム・ギドクの視線は穏やかさよりも激しさが息づく。目、口、鼻、耳を覆う「閉」と書いた紙や顔を布で覆った女などのショットは異様で鮮烈。昨年のキネ旬ベストテン9位。

2005/12/04(日)「炎のメモリアル」

 消防士を主人公にした映画は「バックドラフト」(1991年)が記憶に残るが、「バックドラフト」はサスペンスの要素が強かった。この映画、真正面から消防士の仕事を取り上げて、消防士の危険な業務を描いている。地味になりそうな題材を手堅く作ってあるのに感心した。ルイス・コリック(「遠い空の向こうに」「ドメスティック・フィアー」)の脚本がうまいのだろう。ただ、ラストに異論はある。ああいうラストにすると、観客の中には泣いて満足する人もいるかもしれないが、僕は逆の方が良かったと思う。

 主演はホアキン・フェニックス。上司をジョン・トラボルタが演じている。監督はジェイ・ラッセル。

2005/12/03(土)「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」

 クライブ・カッスラーのダーク・ピットシリーズの映画化。カッスラーは「レイズ・ザ・タイタニック」(「タイタニックを引き揚げろ」の映画化)のあまりと言えばあまりの出来にその後は映画化を許さなかったと聞く。今回は「レイズ…」より、はるかにまし。ダーク・ピット役はマシュー・マコノヒー。この人は色気が足りないのでこうした冒険ものの主人公としてはどうかなと思うが、硬派な感じがして悪くない。もっとも話の方はユーモラスな部分が多く、ダーク・ピットシリーズとは別物という感じもする。

 監督はブレック・アイズナー。アル・ジョルディーノ役はスティーブ・ザーン(ちょっとイメージが違うか)。サンデッカー提督はウィリアム・H・メイシー。ピットの相手役はペネロペ・クルス。女優に関しては「レイズ…」のアン・アーチャーの方が好み(最近、あまり見かけない)。