2011/11/17(木)「人情紙風船」
ご存知、山中貞雄の遺作。1937年度キネ旬ベストテン7位。何度も放送されていて、僕も過去にビデオに録画したことがあるが、見ていなかった。
江戸の貧乏長屋に住む浪人・海野又十郎(河原崎長十郎)と髪結いの新三(中村翫右衛門)を軸にした人間ドラマ。今もこの映画が高く評価されているのは時代を超えた庶民の真実に触れる部分があるからだろう。士官を必死に願いながらも邪険に扱われる海野の無念さとやるせなさ、やくざに隠れて賭場を開く新三の自由な生き方。長屋の隣同士に住む2人のあり方は対照的だが、それが終盤交差し、それぞれの悲劇に突き進む。河原崎長十郎の佇まいには胸を打たれる。そして背景となる他の住人たちの貧しいながらも明るい生き方(落語を思わせる)が1時間半足らずの上映時間に凝縮されている。
山田洋次監督は「たそがれ清兵衛」を撮る際、この映画を参考にしたのだそうだ。なるほどなあ、と思う。
山中貞雄はこの映画の封切り日に召集令状が届き、中国で28歳で戦死した。生涯に撮った26本の映画のうち、フィルムが現存するのはこの映画と「丹下左膳余話 百萬両の壺」、「河内山宗俊」の3本だけだ。黒澤明と1歳違いなので、よく「生きていれば、黒澤と肩を並べる監督になっていたのでは」と比較されることがあるが、タイプが違うし、こうしたタラレバの考え方にはあまり意味がない。