2022/08/07(日)「ナワリヌイ」ほか(8月第1週のレビュー)

「ナワリヌイ」はロシアの弁護士で反体制指導者のアレクセイ・ナワリヌイの毒殺未遂事件を巡るドキュメンタリー。調査チームがハッカー技術を駆使して犯人グループを突き止め、ナワリヌイ自身が本人に電話をかけ、犯行の詳細を明らかにしていくという驚嘆の展開で、同時にプーチン政権の愚かしさも強烈に感じさせる映画です。ロシアはスパイ映画もどきのことを本気でやってるんですね。ウクライナでやってることを見ても勘違い政権と言うほかありません。

ナワリヌイと妻ユリヤは美男美女の夫婦で映画のビジュアルとして満点。ロシアで人気があるのは、2人の容姿も影響してるんじゃないかと思えました。プーチン側は明らかに悪役の人相ですからね。

社会派の内容というよりエンタメ方向に振った映画ですが、内容と出演者のビジュアルからそうならざるを得なかったのかもしれません。危険を覚悟の上でロシアに帰国するナワリヌイを描く終盤は感動的で、収監されたナワリヌイの無事を祈らずにはいられません。監督は「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」(2019年)のダニエル・ロアー。IMDb7.4、メタスコア82点、ロッテントマト99%。

「私のはなし 部落のはなし」

「部落差別」の歴史と現状に迫るドキュメンタリーで3時間25分の作品。監督の満若勇咲は大阪芸大時代、兵庫県内の食肉センターを題材にしたドキュメンタリー「にくのひと」(2007年)を撮り、都内のミニシアターでの公開が決まりましたが、部落解放同盟からの中止要請で上映を断念した経験があります。それがこの映画を作る動機にもなっています。

被差別部落とされた地区は全国に約5400カ所あり、全人口の1.5%が部落民とされるそうです。映画は被差別の当事者に「私のはなし」として部落差別の現状を話してもらい、静岡大の黒川みどり教授に部落問題の歴史を解説してもらう構成を取っています。もう少し短くした方がより多くの人に見てもらえそうですが、部落問題を正しく知る映画としては十分に機能しています。

映画の中で「寝た子を起こすな」という議論が取り上げられます。何も知らなければ、差別意識は生まれず、知ったことで差別が生まれるとの恐れからです。かつて、水道もゴミ収集も汲み取りもないバラックが立ち並んだ被差別地区は同和対策事業によって外観は他の地区と変わらなくなり、境界線もあいまいになりました。それでも差別が残るのは以前の姿を知っていたり、親などから教えられたからでしょう。

その意味でこの映画にも「寝た子を起こす」副作用があることは避けられません。一方で全国の被差別部落の地名を記載し、就職差別の要因となった「部落地名総鑑」は1975年に回収・焼却処分され、その復刻版をめぐっても裁判でプライバシーの侵害に当たるとして出版差し止めとネット上での公開禁止処分が下されました。これは憲法が明記する「知る権利」との絡みでどうなのかとも思います。

アメリカの黒人差別とは違って、民族的な差異が要因ではないので同和地区が同質化していけば、差別も解消されていくのではないかと思いますが、部落差別を身近に感じてこなかった人間の浅い考えなのかもしれません。

「あなたの顔の前に」

ホン・サンス監督の長編26作目。アメリカで暮らしていた元女優のサンオク(イ・ヘヨン)が韓国に帰国する。母親が亡くなって以来、久しぶりに妹と再会を果たすが、帰国の理由を明らかにしようとしない。映画への出演を依頼した映画監督との会話で その理由が明らかになっていく、という展開。

登場人物の会話をフィックスの長回しで撮影するのは前作「逃げた女」も同じでしたが、今回はイ・ヘヨンの名演に加えて脚本が良く、ホン・サンス作品の中でも高い評価を得ています。理由が明らかになった後の監督の申し出も、会話の中で徐々にそうなんじゃないかと思えるもので、納得できました。その後の展開もうまいです。IMDb7.0、メタスコア87点、ロッテントマト92%。

2022/07/31(日)「今夜、世界からこの恋が消えても」ほか(7月第5週のレビュー)

「今夜、世界からこの恋が消えても」は一条岬の原作小説を三木孝浩監督が映画化した秀作。交通事故の後遺症で眠ると記憶を失ってしまう前向性健忘にかかった日野真織(福本莉子)と、嘘の告白で真織と付き合うことになった神谷透(道枝駿佑)を巡る物語です。

主演2人の無垢さ・純粋さに加えて、真織の親友・綿矢泉を演じる古川琴音の卓越した演技、そして何よりも原作を再構成した月川翔(「君の膵臓をたべたい」監督)と松本花奈(「明け方の若者たち」監督)の優れた脚色、三木孝浩の安定した演出によって、こうした青春ラブロマンス映画の枠を超える作品になっています。

僕が見た時には、なにわ男子・道枝駿佑の人気のためか場内の9割ぐらいが女子高生(土日は女性やカップルが多いだろうと思って金曜日に見たんですが、うかつにも学校が既に夏休みに入ったのを忘れてました!)、残りもすべて女性でした。おっさん一人の場違い感ありありの中での観賞でしたが、古川琴音の視点でことの真相が明らかになるクライマックスには場内のあちこちでグスングスンのすすり泣きが起こり、若い観客の反応がビビッドに感じられて良かったです。

脚本は主に月川翔が書いたようです。見ていて、「あれっ」とか「おやっ」と思える場面があり、物語の流れの中で忘れていると、終盤にすべては伏線だったと分かる作りになっています。パンフレットによると、元々、月川翔が自分で監督する予定でしたが、スケジュールの都合で三木孝浩が担当することに。高次安定の青春映画を撮り続けている三木監督は期待を裏切らない手腕を発揮しています。

同じような記憶障害を持つ女性を描いたラブストーリーには「50回目のファースト・キス」(2004年、ピーター・シーガル監督。日本版リメイクは2018年、福田雄一監督)があり、序盤は「どうせ同じようなものだろう」と高をくくっていましたが、展開・構成の工夫で先行作品を軽く超えていました。

三木監督の「思い、思われ、ふり、ふられ」(2020年)の出演時、福本莉子は同じ東宝シンデレラガールで共演の「浜辺美波より良い」と評価する声がありました(僕は「確かに良い素材だけど、浜辺美波の方が断然良い」と思いました)。今回は自分の病気を知らされることで毎日が絶望から始まる真織の哀しみと、透との恋の喜びを福本莉子はしっかりと演じています。

監督が「影の主役的部分を担って」いるという役柄の古川琴音は毎回うまいんですが、今回も感心させられ、個人的には今のところ助演女優賞候補の筆頭です。

軽く見られがちなジャンル映画をスタッフ・キャストが技術と演技の限りを尽くして作っていて、先入観から見逃すには惜しい作品だと思いました。三木監督の作品は8月に「TANG タング」「アキラとあきら」の2本が公開予定です。短期間に公開作品が集中したことはコロナ禍の影響もあったとはいえ、監督依頼が途切れないほど実力を認められた証左でもあるのでしょう。

「ニューオーダー」

メキシコのミシェル・フランコ監督によるスリラーでヴェネツィア国際映画祭審査員大賞受賞作。貧富の格差拡大で抗議デモが暴徒化し、金持ちの家に押し入って略奪と殺戮を繰り返す。それを鎮圧するため軍隊が出動し、戒厳令が敷かれるが、軍の一部は混乱に乗じて金持ちを誘拐、身代金を要求する、という展開。

「モガディシュ 脱出までの14日間」でも暴動から政権奪取への動きが描かれ、銃を持った人間たちの横暴・凶暴な描写に恐怖しましたが、この映画でも日常が簡単にひっくり返る恐怖が描かれています。日常が崩れた途端、人の命は限りなく軽くなります。結局は金の力よりも武器の力の方が上回っていて、日本が銃刀法違反を厳しく取り締まっているのはこうした事態を生まないためもあるのではと思えました。

映画は暴動の詳細が描かれないなどの不満はありますが、監督の狙いは状況描写の方にあったのでしょう。IMDb6.5、メタスコア62点、ロッテントマト68%。

「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」

1993年の「ジュラシック・パーク」に始まるシリーズ6作目にして完結編で、監督は「彼女はパートタイムトラベラー」(2012年)、「ジュラシック・ワールド」(2015年)のコリン・トレヴォロウ。

シリーズ1作目のサム・ニール、ローラ・ダーン、ジェフ・ゴールドブラムが出てきたことは懐かしくて良かったです。前半のスパイアクション的展開の中で繰り広げられるマルタ島市街地でのヴェロキラプトルとのチェイスシーンもスピード感と迫力を堪能しましたが、後半、巨大企業バイオシン社の施設内で襲い来る肉食恐竜からのサバイバルになると、過去に何度も見たような描写が多く新鮮味に欠けています。

もはや29年も前のスティーブン・スピルバーグ監督による1作目が革新的に面白かったのはCG技術の飛躍的な発展を映画制作の過程で果たし得たことが大きかったです。そういう革新性がないと、1作目を超える作品は無理でしょう。

アメリカではIMDb5.7、メタスコア38点、ロッテントマト30%(ユーザー77%)とさんざんな評価ですが、僕はそこまでひどいとは思いませんでした。

2022/07/24(日)「わたしは最悪。」ほか(7月第4週のレビュー)

「わたしは最悪。」はアカデミー国際長編映画賞と脚本賞にノミネートされたヨアキム・トリアー監督作品。「リプライズ」(2006年)「オスロ、8月31日」(2011年)に続くオスロ・トリロジー3作目だそうです。

その「オスロ、8月31日」に1行だけのセリフで出演したレナーテ・レインスヴェを主演に想定してトリアー監督とエスキル・フォクトが共同で脚本を書いたのがこの物語。

ユリヤ(レインスヴェ)は医大で外科医を目指したものの、「自分が好きなものは人の体ではなく魂だ」と気づき、心理学に変更。しかし、詰め込み教育に戸惑って諦め、写真家を目指して書店でアルバイトを始める。パーティーで15歳年上の漫画家アクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)に出会ったユリヤは恋に落ち、同棲を始めるが、アクセルの家族・親族に会い、うんざり。やがて、子供を欲しがるアクセルにも興ざめし始めたところで、同年代のアイヴィン(ハーバート・ノードラム)に出会う。

興味と関心の対象が次々に変わっていく女性を描いていますが、全体としてはロマンティックコメディにまとめられる題材です。ただ、普通のロマコメのように男女の思いが通じ合ってのハッピーエンドにはなりません。パンフレットにレビューを寄せている大九明子監督の「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」に通じる作品だと思いました。

トリアー監督はアイヴィンへの思いに気づいたユリヤがアイヴィンの元へ走る場面で、オスロの街の動きが止まった不思議な空間を作り上げています。VFXを使わずに、映っている人や車の動きを実際に止めて撮影したそうで、幻想的な映像のアクセントになっています。

何よりもレナーテ・レインスヴェの魅力に尽きる映画で、監督があて書きしただけのことはある女優だと思いました。34歳ですが、ハリウッドでも十分通用する容姿と演技力、と思ったら、既にセバスチャン・スタン(アベンジャーズのウインター・ソルジャー役)主演のスリラー「A Different Man」を撮影中だそうです。

IMDb7.8、メタスコア90点、ロッテントマト96%。

「冬薔薇(ふゆそうび)」

阪本順治監督がキノフィルムズの依頼を受けて、伊藤健太郎主演で脚本をあて書きした作品。

主人公の渡口淳は不良仲間とつるみ、他人から金を借りてだらだらと暮らしている。父親(小林薫)はガット船の船長で、淳とは何年もまともに話していない。事務所を切り盛りするのは母親(余貴美子)。横須賀の不良グループ同士の乱闘で淳は足に大けがをする。淳が退院する頃、叔父(眞木蔵人)が息子・貴史(坂東龍汰)とともに現れる。中学教師をしていた貴史は生徒に手を上げて退職し、塾講師となっていた。ある夜、不良グループリーダーの美崎(永山絢斗)の妹(河合優実)が何者かに襲われる。

コロナ禍の苦境を入れながら、映画はこうした物語を語っていきますが、将来の展望がない主人公よりもその親の世代の描写が切実な作品になっています。阪本映画の常連である余貴美子、石橋蓮司のほか、小林薫が絶妙のうまさ。阪本監督の年齢が親世代に近いためもあるのでしょうが、伊藤健太郎の出番を少なくしてでも親世代の物語にしてしまった方が良かったのではないかと思えました。

阪本監督はラストショットについて、長谷川和彦監督の言葉である「ラストは主役で終われ」に従ったそうです。親世代の描写に心惹かれた者からすれば、やや残念なラストではあります。

「薔薇」を音読みで「そうび・しょうび」と読むことは知りませんでした。「バラ」という読みの方が当て字なんだとか。「冬薔薇」は文字通り、冬に咲くバラのことで映画の中では小林薫と余貴美子が事務所の前で育てています。冬に咲くバラは厳しい環境の中での一片の希望のメタファーなのでしょう。

「キャメラを止めるな!」

上田慎一郎監督作のフランス版リメイクで、監督はアカデミー作品賞、監督賞など5部門を制した「アーティスト」(2011年)のミシェル・アザナヴィシウス。「アーティスト」に出ていた妻のベレニス・ベジョが「カメラを止めるな!」のしゅはまはるみに相当する役(監督の妻役)を演じています。

製作費300万円だった「カメ止め」に対してこちらは400万ユーロ(約5億7000万円)。にもかかわらず、面白さでは大きく負けています。ネタを知っているということも、その理由ではありますが、笑いが決定的に足りません。例えば、爆笑させられたしゅはまはるみの「ポンッ!」に対して、ベレニス・ベジョは単なる武術の達人で暴走しても笑えません。ほかのギャグも不発なものが多いです。

「カメ止め」で強烈な印象を残したどんぐり(竹原芳子)は同じプロデューサー役で出演していますが、二度目なのでインパクトは薄れました。

アザナヴィシウス監督はインタビューで「これはお金でというより熱意で作った、いわゆるDIY映画へのトリビュートだ。何よりも映画を作っている人々、俳優や監督だけでなく技術スタッフから見習いまで、全員に捧げられた賛辞なんだよ。たとえリメイクであっても、僕にとっては個人的な思い入れのある大切な映画になった」(キネマ旬報7月下旬号)と話しています。それは分かるんですが、もう少し笑いの方に注力してほしかったところです。

IMDb7.1、メタスコア51点、ロッテントマト63%。「カメ止め」はIMDb7.6、メタスコア86点、ロッテントマト100%。

2022/07/17(日)「キングダム2 遥かなる大地へ」ほか(7月第3週のレビュー)

「キングダム2 遥かなる大地へ」は紀元前の中国・春秋時代を舞台にしたアクション大作の3年ぶりの続編。監督は同じ佐藤信介、脚本も原作者の原泰久と黒岩勉が前作に続いて担当しています。前作は中国西方の国・秦の王の座を巡る抗争を描きましたが、今回は秦と隣国・魏との戦いをCGを駆使した大きなスケールで描いています。

蛇甘(だかん)平原での両国の戦いは圧倒的な戦力差があるという設定だけではドラマが足りないため、原泰久は戦いに加わる羌かい(きょうかい=清野菜名)の過去の話を戦いの中で描くことにしたそうです。その狙いは見事な効果を挙げ、映画の3分の2ぐらいまでのエモーションは羌かいを巡る話から生まれています。

羌かいは暗殺者一族・蚩尤(しゆう)の一員で姉同然に育った羌象(きょうしょう=山本千尋)を殺され、復讐のために魏に行く目的がありました。哀しい目をしているのはそのためですが、信(山崎賢人)と同じ伍(五人組)を組むことになった羌かいは戦いの中で仲間と信頼関係を築き、徐々に人間的な温もりを得ていきます。

戦闘で傷を負い、「俺は無理だ、置いて行ってくれ」と気弱になった尾平(びへい=岡山天音)に対して羌かいが「無理じゃない、だってお前はまだ生きてるじゃないか!」と叫ぶ場面は胸が熱くなります。氷のヒロインが次第に打ち解けていく変化は佐藤監督が梶芽衣子主演版をリメイクした「修羅雪姫」(2001年)の釈由美子に通じるものがあります。

アクションを志向する清野菜名にはぴったりの役柄で、アクションが絡んだ役柄ではキャリアのベストでしょう。羌象役の山本千尋は武術太極拳世界ジュニア大会で入賞経験がある有望なアクション女優ですが、こちらはもっと見せ場があっても良かったのでは、と思いました。

大作が空疎にならないためにはエモーションの核をしっかり描くことが重要で、この映画はそれを外さなかったことが傑作となった理由だと思います。第3作は来年公開だそうです。

「映画ゆるキャン△」

あfろ原作コミックのテレビアニメの劇場版。高校時代にキャンプを通じて友情を深めた5人の女性たちが社会人になり、閉鎖された施設をキャンプ場へ整備しようとする話です。

山梨県の観光推進機構に勤める1人の提案によってそうなるわけですが、全くリアリティーに欠けます。職員1人と4人の友人が行政関連団体の事業をやるなど考えられません。あの広い土地を5人だけで草刈りしたり、建物を整備することもあり得ないです。だいたいこういう事業、市町村が主体となった方が活性化名目で国県補助も受けられるでしょうし、有利です。私有地に小さなキャンプ場所を作るなら話は分かるんですけどね。

それと整備場所から縄文土器が出てきて作業がストップしますが、未整備の土地ならともかく、既存施設の敷地から土器が初めて見つかるというのは考えにくいです。犬が土器をくわえて持って来るという(かなり可能性の低い)設定を見ると、以前の施設の開発段階でも土器は見つかったはずですし、それなら調査は終わっているでしょう(遺跡を見つけたのに届け出なかった場合、文化財保護法違反になります)。

遺跡を観光に役立て、キャンプ場を併設する形になりますが、縄文時代の遺跡など珍しくはないので、よほど大規模か貴重なものじゃないと観光効果は無に等しいです(普通の遺跡は発掘調査の後、記録して埋め戻します)。

タイトルだけでなく、脚本もユルユルなのが非常に残念。なんでこれ、評判良いのでしょう?
「ゆるキャン△」は実写ドラマ版もあり、福原遥主演で第2シーズンまで作られています。

「リコリス・ピザ」

アカデミー作品・監督・脚本賞ノミネートのポール・トーマス・アンダーソン監督作品(受賞なし)。1970年のカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーを舞台に、25歳のアラナ(アラナ・ハイム)と高校生のゲイリー(クーパー・ホフマン)の恋の行方を当時の音楽やファッションとともに描いています。ハイムは三姉妹のバンド「ハイム」のメンバー、ホフマンはアンダーソン監督映画の常連だったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子でともに本作で映画デビュー。

この2人の演技の好ましさと70年代の風俗は面白く見ましたが、ストーリーそのものには余り興味が持てませんでした。IMDb7.3、メタスコア90点、ロッテントマト91%。

「X エックス」

傑作・話題作を作り続けているA24製作のホラー。怪物や幽霊、悪魔などの超常現象はなく、サイコパスが田舎の家で殺人を繰り返す「サイコ」「悪魔のいけにえ」「悪魔の沼」系の作品です。

1979年、自主製作ポルノ映画の撮影チーム(男女6人)が田舎の農場を撮影場所として借りる。持ち主はかなり高齢の老夫婦で、アタオカ(頭おかしい)夫婦なのが徐々に分かってくる。しかも老婆の方はほとんど色情狂レベル。それが分かった時には既に遅く、メンバーは1人また1人と惨殺されていく。

公式サイトのネタバレ解説によると、タイトルのXはアメリカのレイティング、X指定から取られているとのこと。映画の中で「Xファクター」(未知の要素)という言葉が出てきますが、内容自体は既知の設定がほとんどで目新しいものはありません(唯一、独自性があるのが色情狂老婆ぐらい)。それを逆手に取って「サイコ」「シャイニング」など先行ホラーを引用したシーンがあり、マニア受けするところになってます。その意味では「スクリーム」「キャビン」系の作品と言えます。

色情狂と書きましたが、この老婆が執着しているのはセックスではなく、自分が失った若さと美しさの方でしょう。若い頃の自分の拠り所であったものを引きずっていることがパラノイア的殺人鬼となる要因になっています。監督のタイ・ウエストはB級ホラーを主に撮ってきた俳優・監督で、この作品が一番評価高いです。

公式サイトを読んで驚いたのは主人公のマキシーンを演じるミア・ゴスが老婆パール役も演じていること。すごいメイクなので全然分かりません。エンドクレジットの後に映画の61年前を舞台にしたプリクエル「Pearl」(パール)の予告編が流れます。主演はもちろんミア・ゴス。しゃれかなと思ったら、実際に作っていて既にポストプロダクション段階。IMDbにもページがありました。3部作にする予定だそうです。

アメリカの一般観客の評価はIMDb6.6と高くはないですが、メタスコア78点、ロッテントマト95%と評論家筋からは支持を集めています。

2022/07/10(日)「モガディシュ 脱出までの14日間」ほか(7月第2週のレビュー)

「モガディシュ 脱出までの14日間」は1991年、内戦が激化したアフリカ東部のソマリアを舞台にした韓国映画。ソマリアの首都モガディシュで韓国と北朝鮮の大使館員らが協力して国外脱出を目指す過程を描き、昨年の韓国でナンバーワンヒットになったそうです。単なるサスペンスアクションではなく、この南北人民の協力描写があったことが大ヒットの要因でもあるのでしょう。

リドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」(2001年)は同じくソマリアを舞台にしていましたが、時代はこの映画より少し後の1993年で、政権は既に「モガディシュ」時点での反政府軍が掌握していました。

1990年、韓国政府は国連への加盟を目指し、アフリカ諸国へのロビー活動に励んでいた。モガディシュで韓国大使を務めるハン(キム・ユンソク)は現地政府の上層部に何とか取り入ろうとしている。一方、韓国より20年も早くアフリカ諸国との外交を始めた北朝鮮のリム大使(ホ・ジュノ)も国連加盟のために奔走、両国間の妨害工作や情報操作はエスカレートしていく。そんな中、ソマリアの現政権に不満を持つ反乱軍による内戦が激化。市街地は大混乱となり、両国の大使館員とその家族たちに危機が迫る。暴徒の襲撃を受けて大使館を追われたリム大使は韓国大使館に助けを求めた。

反発し合っていた両国の大使館員らが一緒に過ごすうちに友好を深めていくのは予想された展開ですが、実話だけに重みがあります。イタリア大使館が用意した救援機で脱出するため、イタリアと国交のない北朝鮮の人たちは韓国への転向を偽装します。これによって母国に帰った後、不利益を被ったのではと心配になりました。空港に政府職員が出迎えに来る場面での彼らの沈黙はスティーブン・スピルバーグ「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランスの運命を想起させました。

「ベルリンファイル」「ベテラン」のリュ・スンワン監督はアクション場面の手慣れた描写に加えて、ドラマ部分の演出にも隙がありません。全編モロッコロケだそうですが、市街地での戦闘シーンなどスケールも申し分ないですし、真に迫っていて、日本映画では予算的に難しい描写だと思いました。ただ、ナンバーワンヒットといっても、コロナ禍だったこともあり、興収は30億円とのこと。IMDb7.1、メタスコア71点、ロッテントマト95%。

「ソー:ラブ&サンダー」

マーベルのソー・シリーズ4作目。監督は前作「マイティ・ソー バトルロイヤル」に続いてタイカ・ワイティティ(「ジョジョ・ラビット」)が務めています。ソー(クリス・ヘムズワース)の今回の敵は娘と自分を助けなかった個人的恨みから神々の滅亡を図るゴア(クリスチャン・ベール)。ゴアに襲われてソーは絶体絶命の危機に陥りますが、ソーのかつてのハンマー、ムジョルニアを持って新たな“マイティ・ソー”に姿を変えたソーの元恋人ジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)が現れます。

ジェーンがムジョルニアを手にしたのはステージ4のがんにかかって余命幾ばくもないためで、ムジョルニアを持っている間は元気でいられるという設定。フォスターをフォンダと言い間違えるギャグが2度ありますが、若い世代にジェーン・フォンダは通用しないんじゃないでしょうかね。ヘムズワースとワイティティ(コーグ役で出演もしています)のユーモアは好ましいものの、話が簡単すぎて物足りない思いが残りました。IMDb7.1、メタスコア62点、ロッテントマト68%。

「オフィサー・アンド・スパイ」

88歳のロマン・ポランスキー監督(撮影時86歳)が19世紀フランスのドレフュス事件を描き、ヴェネチア映画祭銀獅子賞を受賞しました。

ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュス(ルイ・ガレル)はドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で終身刑を宣告され、悪魔島に流刑となる。防諜部長に就任したピカール中佐(ジャン・デュジャルダン)はドレフュスの無実を示す証拠を発見。上官に対処を求めるが、スキャンダルを恐れる上層部は隠蔽を図り、ピカールを左遷する。ピカールは作家のエミール・ゾラ(アンドレ・マルコン)らに支援を求める。

後半は面白いんですが、前半がモタモタした印象。ピカールが上官にドレフュス事件の再調査を申請するまで1時間ほどかかります。ドレフュスの無実は認定されますが、実話だけにすっきりした解決にはならず、ユダヤ人差別問題もうやむやなまま。というか、これで差別が解消されるわけがありません。

ドレフュスが収監される悪魔島(ディアブル島)は南アメリカのフランス領ギアナにある島で、「パピヨン」でスティーブ・マックイーンも入った刑務所ですね。IMDb7.2、メタスコア56点、ロッテントマト76%。