2025/10/19(日)「DREAMS」ほか(10月第3週のレビュー)

 東京国際映画祭のチケットが昨日発売され、僕は6作品のチケットを買いました。例年同様、どの映画の販売ページもアクセス集中でなかなか開かないことが多かったのですが、中川龍太郎監督の「恒星の向こう側」は特に混雑しているようで、購入ページを開くのに10分以上かかりました。

 コンペティション部門はさすがに競争が激しいなと思ったんですが、映画祭のサイトをよく見たら、僕が買った回は舞台あいさつとQ&Aコーナーが予定され、監督のほかに女優の朝倉あき、久保史緒里(元乃木坂46)が登壇するのでした(主演は福地桃子なんですけど)。なるほど、アクセスが殺到するわけです。買えたのはかなり後ろの席。久保史緒里、豆粒ぐらいにしか見えないでしょうねえ。

「DREAMS」「SEX」

「DREAMS」「LOVE」「SEX」パンフレット
パンフレットの表紙
 「DREAMS」はダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督による「オスロ 3つの愛の風景」三部作の1本で、ノルウェー映画として初めてベルリン国際映画祭金熊賞を受賞しました。

 17歳の高校生ヨハンネ(エラ・オーヴァービー)は新任の女性教師ヨハンナ(セロメ・エムネトゥ)に恋をする。手編みを習う名目でヨハンナのアパートに通うようになるが、やがてヨハンナには女性の恋人がいることが分かる。失恋したヨハンネは1年後、ヨハンナとの付き合いを手記にまとめる。手記を読んだヨハンナの祖母(アンネ・マリット・ヤコブセン)と母(アネ・ダール・トルプ)は2人の生々しい性的描写にショックを受け、波紋を引き起こす。

 母親がヨハンナの思いを「同性愛の始まり」と言ったことにヨハンナは不服そうな顔をします。ヨハンナにとっては単なる愛する心であり、異性愛との区別はないのでしょう。10代の女の子の初恋を描いていて、30代・40代の愛を描いた他の2作より若い世代に受ける映画なのではないかと思います。
IMDb7.3、メタスコア81点、ロッテントマト92%。
▼観客3人(公開初日の午後)1時間50分。

 三部作のもう1本「SEX」は前日に見ました。意図せずに男とのセックスを経験した夫が妻にそのことを話したことで、夫婦間にひずみが起こる展開。夫は罪悪感が全くなかったことから、妻に正直に打ち明けたんですが、妻は夫の行為を浮気と断定し、大きく傷つきます。

 ハウルゲード監督の三部作に共通するのはディスカッションドラマの様相があることですが、これはほぼ全編ディスカッションという感じ。エモーショナルな部分が少なかったことで、評価も他の2作ほど高くなっていません。

 観客が僕だけでしたけど、これはこのタイトルの影響もありそうです。原題がそうなので難しいんですが、女性が窓口ではなかなか言いにくいタイトルだと思います。

 この三作、同性愛を含めた愛のトリロジーになっていて、僕は「LOVE」「DREAMS」「SEX」の順で良かったと思いました。
IMDb6.6、メタスコア69点、ロッテントマト82%。
▼観客1人(公開7日目の午後)1時間58分。

「ハウス・オブ・ダイナマイト」

 核戦争の危機を描き、「未知への飛行」(1964年、シドニー・ルメット監督)を思わせるサスペンス。

 アメリカに向かってくるICBMが確認される。国内のどこかの都市に着弾するのは確実で、それまでの時間はわずか18分。映画はこの18分間を3人の登場人物の視点で繰り返します。

 ミサイルはどこから発射されたのか分かりませんが、軌道から見て恐らく北朝鮮と推測されます。米軍は迎撃ミサイルを2発発射しますが、1発は軌道を外れ、もう1発も迎撃に失敗。秒速6キロで進むミサイルをミサイルで撃ち落とすのは「弾丸を弾丸で撃つようなもの」であり、「迎撃できる確率は61%」というセリフが出てきます。

 大統領はこれ以上の攻撃を防ぐため、相手国への報復攻撃を迫られます。3レベルの攻撃をレア、ミディアム、ウェルダンと例えるのが怖いです。キャスリン・ビグロー監督はいつものように骨太の演出で見せますが、別の視点とはいっても18分を3度繰り返す脚本(ノア・オッペンハイム)には一考の余地があると思いました。

 出演は米軍大佐にレベッカ・ファーガソン、大統領副補佐官にガブリエル・バッソ、大統領にイドリス・エルバ。

 タイトルは爆薬がいっぱいに詰まったような状態で一触即発の現在の世界を意味しています。どこかの国が核ミサイルを発射したらそれで世界は終わりなわけです。24日からNetflixで配信されます。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト84%。
▼観客10人ぐらい(公開4日目の午後)1時間52分。

「風のマジム」

「風のマジム」パンフレット
「風のマジム」パンフレット
 実話を基にした原田マハの小説を伊藤沙莉主演で映画化。沖縄産サトウキビを原料にしたラム酒作りを目指す女性派遣社員を描いています。クライマックスに社会人の常識としてはあり得ないと思える展開があり、気になったので原作を読みました。ここ以外はよくまとまった映画だと思います。

 気になった部分を具体的に書くと、派遣社員である主人公の伊波まじむ(伊藤沙莉)は南大東島のサトウキビを材料に沖縄の醸造家・瀬名波(滝藤賢一)に依頼してアグリコール・ラムを作る企画で社内コンペに応募します。それをサポートする正社員の先輩・糸数啓子(シシド・カフカ)は醸造家として有名な東京の朱鷺岡(眞島秀和)を提案、まじむもいったんはこれに納得します。しかし、朱鷺岡の横柄な人柄と言動に反発を覚えたまじむは純沖縄のラム酒にしたいと、醸造家を瀬名波に替えたプレゼン資料を内緒で用意し、役員にそれを配って説明します。同じチームの先輩に無断でこれをやるのはどう考えてもおかしいです。だまし討ちのようなやり方をせず、先輩の説得を試みるのが先でしょう。

 原作でもこの流れではあるんですが、先輩のキャラが映画より意地悪になっていて、啓子は本音ではこう思ってます。

 「沖縄産ラム酒製造なんて面倒くさいだけさ。こんな事業やられたらうちもたまったもんじゃないよ。さっさとつぶして、次いかなくちゃでしょ」

 だから、まじむが啓子の意図に反した資料を用意するのもまあ納得できるわけです。映画も啓子のキャラをもっと意地悪く描いた方が良かったのでしょう。

 まじむのモデルとなったのは南大東島に本社があるグレイスラム株式会社の代表取締役・金城祐子さん。原田マハは作家になる前に取材し、いつか小説に書くことの了承を得ていたそうです。

 「まじむ」は沖縄ことばで「真心」の意味。監督の芳賀薫はCMディレクターなどを経て、これが映画監督デビュー。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間45分。

「おーい、応為」

「おーい、応為」パンフレット
「おーい、応為」パンフレット
 葛飾北斎の娘お栄の生涯を描く大森立嗣監督作品。飯島虚心「葛飾北斎伝」と杉浦日向子「百日紅」を原作としています。

 北斎から「応為(おうい)」の雅号を与えられるお栄を演じるのは長澤まさみ。男勝りのお栄を魅力的に演じていますが、それでも魅力の引き出し方がまだ足りないと思えるのは大森監督の「MOTHER マザー」(2020年)でも感じたことではありました。

 北斎を演じるのは永瀬正敏、絵師の善治郎に高橋海人。出演者は良く、セットにも問題ないのに今一つ焦点が絞り切れていません。絵師としてのお栄をもっと見たかったです。

 杉浦日向子原作をアニメ化した原恵一監督の「百日紅 Miss HOKUSAI」(2015年)は公開時に見ましたが、それほど面白くなかった記憶があります。見直してみようと配信を探しましたが、ありません。録画もしていませんでした。ふとWOWOWオンデマンドを見たら、あるんですね、これが。WOWOWでは11月20日に再放送しますので、録画しておこうと思います。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。

2025/10/12(日)「ホウセンカ」ほか(10月第2週のレビュー)

 公開中の「ハウス・オブ・ダイナマイト」(キャスリン・ビグロー監督)と24日公開の「フランケンシュタイン」(ギレルモ・デル・トロ監督)はいずれもNetflixの映画でそれぞれ24日、11月7日から配信されます。とはいっても、ともに高名な監督の作品なので映画館で見ておきたいところ。「ハウス・オブ・ダイナマイト」はIMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト85%。「フランケンシュタイン」はIMDb7.3、メタスコア74点、ロッテントマト80%となっています。

「ホウセンカ」

「ホウセンカ」パンフレット
「ホウセンカ」パンフレット
 「パパじゃないんだ…」。主人公の阿久津実(声:戸塚純貴)が同居している永田那奈(声:満島ひかり)の子ども・健介にとって、自分は「パパじゃないだろ」という言葉に、那奈がふっとつぶやきます。長く一緒に暮らしているから阿久津が健介の父親のような存在になったと思っていたけれど、そうではなかったんだと分かった瞬間。阿久津はヤクザの兄貴分の堤(声:安元洋貴)に連れられて行った定食屋で那奈と知り合い、身重だったのにもかかわらず、同居するようになり、自分の子どもではない健介もかわいがりました。それなのに、と思ったであろう那菜の口調が悲しいです。

 傑作テレビアニメ「オッドタクシー」の木下麦監督・此元和津也脚本のコンビによる大人向けのオリジナルアニメ。ヤクザを主人公にしたアニメは初めてらしいですが、題材とアイデアにそれほど新しいものはありません。それでもきっちりと仕上げた佳作になっています。

 阿久津はある理由で堤の殺人の罪を被って刑務所に入り、身元引受人がいないことから30年間、出所できないでいます。死期が迫った阿久津(声:小林薫)には鉢植えのホウセンカ(声:ピエール瀧)の声が聞こえるようになり、「ろくでもない人生だったな」というホウセンカの言葉で那菜と暮らした頃を回想するわけです。

 阿久津がたびたび口にする“最後の大逆転”がそれほどの逆転には思えないのが少し残念なところ。無実なのに30年間も刑務所に入り、死の床にある阿久津に十分報いるものにはなっていないと思います。心臓移植手術を受けられずに死んだと思っていた健介が実は生きていた、みたいな展開にしても良かったんじゃないでしょうか。

 主人公が幸せを感じたのは庭にホウセンカが咲くアパートで親子3人の慎ましい生活を送っていた時であり、バブルに浮かれてお金を儲けただけ夜の街で使い切っていたころではないというのが泣かせます。幸せの絶頂であることをその時は分からず、過ぎ去ってから初めて知るのが世の常なのでしょう。

 同じ趣旨の一節が「めぐりあう時間たち」(2002年、スティーブン・ダルドリー監督)の原作(マイケル・カニンガム)にあったのを思い出しました。

 「まだまだ幸せの序の口だと思っていた。でも、あれから30年以上の時が流れ、クラリッサはときに愕然とすることがある。あれが幸せだったのだ。……今ならわかる。あれこそまさに至福の時だった。あのとき以外に幸せはなかった」
入場者プレゼント
入場者プレゼント
 パンフレットは通常版とデジタルメイキング特典付きの2種類。価格を聞かずに特典付きを買ったら2400円でした(今年買ったパンフの中では「JUNK WORLD」の2500円に次ぐ高さ)。特典の中身は数秒のメイキングが12個見られるサイトですが、解説が欲しいところです。

 入場者プレゼントには映画に関連するショートストーリー「空白」が掲載されてました。僕のは「空白その③」でした。いくつまであるんでしょう?
▼観客2人(公開初日の午前)1時間30分。

「ひゃくえむ。」

「ひゃくえむ。」パンフレット
「ひゃくえむ。」パンフレット
 「音楽」(2019年)の岩井澤健治監督が「チ。 地球の運動について」の魚豊(うおと)のデビュー作をアニメ化。「たいていのことは100メートルを誰よりも速く走れば全部解決する」と言うトガシ(声:松坂桃李)を中心に100メートル走に懸ける選手たちを熱く描いています。主人公のトガシの小学時代から高校時代まではとても面白く見たんですが、社会人になってからの終盤はやや失速していると思えました。これはトガシの記録が上がらなくなる高校時代と同じような展開になることも影響しているでしょう。またか、と思ってしまうわけです。

 映画を見た後に原作を読みました。原作の方が明確に面白いです。アニメ化にあたって、全5巻40話の原作のエピソードを省略したり、改変したりの脚色が行われていますが、その過程でこぼれ落ちたものの中に重要なものが含まれていて、それが原作の沸騰する熱量をやや下げることにつながったようです。

 「音楽」と同じようにロトスコープを使ったアニメの技術は水準を軽く超えていると思います(岩井澤監督は今のところ、ロトスコープを使わずにアニメを作るつもりはないそうです)。脚色だけの問題なんですが、主に上映時間の短さが要因なので前後編に分けるか、テレビアニメ化の方が向いていたのでしょう。
入場者プレゼントのシール
入場者プレゼントのシール
 僕はあいまいなまま終わる物語があまり好きではありません。この映画のラストもそうなっています。これは原作も同じ。この点について魚豊(このペンネームは鱧が好きだからとのこと)は原作新装版下巻のインタビューでこう語っています。
「ラストはトガシと小宮のどっちが勝ったのか分からない描写になっていますが、そこに到達するための作品でもあります。勝ち負けにこだわった2人が勝ち負けを忘れ、走るのが好きだという感情に到達する。100mという勝負の世界から解放されるというクライマックスを書きたかったんです」

 ちなみにこのインタビューには魚豊自身の漫画家になるまでの苦闘が語られていて、まるで「ひゃくえむ。」の登場人物たちのようだと思えました。
▼観客10人ぐらい(公開4日目の午後)1時間46分。

「ブラックドッグ」

「ブラックドッグ」パンフレット
「ブラックドッグ」パンフレット
 ゴビ砂漠の端にある寂れた街を舞台にした物語。舞台設定は抜群に良く、ほとんどしゃべらない主人公も痩せた黒い犬も雰囲気があります。これで「マッドマックス」のようなアクションを志向してくれれば、言うことはなかったんですが、そういう面は控えめでした。惜しい。

 2008年の北京オリンピック間近の中国。人を殺めて服役した青年ラン(エディ・ポン)は刑期を終え、寂れた故郷に帰ってくる。人口流出が続き、廃墟が目立つ街には捨てられた犬たちが野犬化し、群れとなっていた。ランを気に掛ける警官から誘われ、地元のパトロール隊で働き始めたランは一匹で行動する黒い犬と出合う。頭が良く、決して人に捕まらないその犬とランの間にいつしか奇妙な絆が育まれてゆく。

 監督のグァン・フーは若い頃、ピンク・フロイドが好きだったそうで、エンディングに流れるのもピンク・フロイドの「ヘイ・ユー」。舞台はそのまま西部劇に使えそうですし、中国映画に収まらない普遍的なものを備えています。世界で活躍できる監督じゃないかと思いました。

 雑技団のダンサーを演じるトン・リーヤーは雰囲気のある良い女優ですね。新疆ウイグル自治区出身で少数民族シベ族だそうです。Wikipediaによると、夫は中国共産党の幹部とのこと。なるほど。「長江哀歌」(2006年)などの監督ジャ・ジャンクーが野犬捕獲グループのボス役で出ています。
IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト98%。カンヌ映画祭ある視点部門グランプリ&パルムドッグ賞審査員特別賞受賞。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午後)1時間50分。

「レッド・ツェッペリン:ビカミング」

入場者プレゼントのうちわ
入場者プレゼントのうちわ
 イギリスのロックバンド、レッド・ツェッペリンが2枚目のアルバムを出すまでを描いた音楽ドキュメンタリー。終わった後、拍手している人がいました(“レッドゼップ”のファンなのでしょう)。僕はファンでも何でもなく、興味も関心もないので見終わってふーんと思っただけでした。馬の耳に念仏状態。それでも特別入場料2300円。
IMDb7.5、メタスコア64点、ロッテントマト85%。
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午前)2時間2分。

「秒速5センチメートル」

 新海誠監督の同名アニメ(2007年)の実写リメイク。オリジナル部分が多い現代パートを除けば、大筋、同じ話ですが、語り方の構成は異なります。残念ながら、アマチュア監督かと思えるほど間延びした拙い演出のオンパレードで、感傷過多の描写と今どき珍しくアホらしいピアノポロロンの音(それも呆れるぐらい何度も)が加わって、個人的には見続けるのが苦痛でした。

 奥山由之監督の前作「アット・ザ・ベンチ」(2024年)は悪くありませんでしたが、あれは短編集だったからボロが出なかったのだろうと、意地悪な見方をしたくなります。監督自身が感傷に溺れるような演出は好ましくありません。

 新海誠のアニメ版の第2話までを僕はその年のベストと思い、「One more time, One more chance」のMVみたいな作りで終わった第3話を見てワーストだと思い直しました。実写版はその第3話をどう描くかに興味があったんですが、あーあ。すれ違いのドラマに終始していて、こんなことなら実写化なんてやらない方が良かったです。

 子役2人(上田悠人、白山乃愛)と主人公(松村北斗)の現在の恋人役を演じる木竜麻生は良かったです。ヒロインを演じる高畑充希はキャスティングを聞いた時にアニメ版のイメージと違うと思いました。本編でも演技のし甲斐のない役柄でした。

 ここまで書いたところで、アニメ版がWOWOWオンデマンドのランキングに入っていたので、久しぶりに見しました。結果、小中学生時代を描く第1話「桜花抄」に尽きる作品だなと思いました。種子島を舞台にした第2話「コスモナウト」はこれには及ばず、第3話「秒速5センチメートル」は記憶よりもMV部分が短かったですが、この終わり方ではダメだと改めて思いました。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間1分。

「ブラックバッグ」

「ブラックバッグ」パンフレット
「ブラックバッグ」パンフレット
 スティーブン・ソダーバーグ監督によるサスペンス。英国の諜報員が組織にいる裏切り者を見つける任務を受け、自分の妻を含む5人を調べるという展開で、タイトルは“極秘任務”の意味です。

 プロの高評価に対して一般の評価が高くないのは演出にメリハリが欠ける部分があるからでしょう。ストーリーがのみ込みにくい結果になっています。主演はマイケル・ファスビンダー、その妻にケイト・ブランシェット。脚本は前作「プレゼンス 存在」(2024年)に続いてソダーバーグと3度目のタッグとなるデヴィッド・コープ。
IMDb6.7、メタスコア85点、ロッテントマト96%。
▼観客2人(公開12日目の午後)1時間34分。

2025/10/05(日)「ワン・バトル・アフター・アナザー」ほか(10月第1週のレビュー)

 東京国際映画祭(10月27日~11月5日)の上映作品が発表されました。日本からコンペティション部門に選出されたのは坂下雄一郎監督「金髪」と中川龍太郎監督「恒星の向こう側」の2本。このうち「金髪」は11月21日から公開予定です。

 「恒星の向こう側」は公式サイトがまだありませんし、公開日程は決まっていないようです。福地桃子主演なので、これは映画祭で見たいと思ってます(チケットが買えるかどうか)。同じく福地桃子主演で11月28日公開の「そこに君はいて」(竹馬靖具監督)は中川監督が原案を担当、出演もしています。

「ワン・バトル・アフター・アナザー」

「ワン・バトル・アフター・アナザー」パンフレット
パンフレットの表紙
 ポール・トーマス・アンダーソン監督が初めて撮ったアクション映画で、タイトルは「戦いまた戦い」の意味。前半は革命を目指す左翼組織「フレンチ75」が警察に追われて、主人公ボブが赤ん坊の娘ウィラを連れて逃走するまで。後半はその16年後で、右翼組織に入った警察官が過去の汚点を消すため、ボブたちに迫ってきます。

 主人公のボブを演じるのはレオナルド・ディカプリオ、警察官ロックジョーにショーン・ペン、成長した娘ウィラにチェイス・インフィニティ。ボブは逃亡生活に慣れきって、すっかり自堕落な生活を送るようになっていて、ダメ男・ダメ父とウィラからバカにされてます。そんな父と娘ですが、母親のペルフィディア(テヤナ・テイラー)不在のためもあってお互いに強い愛情に結ばれていて、ロックジョーに拉致されたウィラをボブは必死に探し求めます。組織の合い言葉も忘れるダメな父親と、バカにしながらも父親の教えには従っているしっかりした娘の関係が微笑ましいです。

 父と娘、そして不在の母との家族の絆が後半のメインになっています。極めてハッピーな終盤の展開がとても良く、歓喜のラストには拍手を送りたい気分になりました。近年のアンダーソン監督の映画では最も大衆的なそして好感の持てる作品だと思います。

 チェイス・インフィニティはテレビドラマには出ていますが、映画はこれがデビュー作。映画の魅力の一つが彼女であることは間違いありません。拉致されても決して諦めず、隙あらば逃げようとする逞しさがおかしくて良いです。これから売れる女優だと思います。ショーン・ペンも執拗でサイコ的な警官をさすがの演技で見せています。

 パンフレットのインタビューによると、アンダーソン監督は20年前からカーアクションの映画を撮りたかったそうです。なるほど、前半の街中を猛スピードで走る車も後半、荒野の一本道でのカーチェイスも迫力満点なのはその狙いがあったためでしょう。カーアクション、特に後半の描写に関しては「バニシング・ポイント」(1971年、リチャード・C・サラフィアン監督)などのアメリカン・ニューシネマを思わせました。
IMDb8.4、メタスコア95点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間42分。

「LOVE」

「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
 ノルウェー出身のダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督による3部作「オスロ、3つの愛の風景」の1本。本命はベルリン映画祭金熊賞の「DREAMS」ですが、これもなかなかの出来でした。愛に関する会話劇と思いましたが、内容はほとんどディスカッションの様相。そんな中、終盤に情感あふれるシーンがあり、魅了されます。

 泌尿器科に勤める医師マリアンヌ(アンドレア・ブレイン・ホヴィグ)と看護師トール(タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン)が主人公。ある晩、マリアンヌは友人から紹介された地質学者のオーレ(トーマス・グルスタッド)と会うが、子どもがいる彼との恋愛に前向きになれなかった。その後、たまたま乗ったフェリーでトールに遭遇。出会い系アプリで始まるカジュアルな恋愛を語るトールに勧められ、興味を持ったマリアンヌは自らの恋愛の可能性を探る。一方、トールはフェリーで知り合った精神科医のビョルン(ラース・ヤコブ・ホルム)を勤務先の病院で見かける。ビョルンは前立腺の病気を患っていた。

 オーレと会った後に出会い系アプリである男と出会い、その夜のうちにセックスをしたマリアンヌはその男に「出会い系アプリは無料の売春宿」という言葉を聞かされます。男の友人の言葉なのですが、男には妻がいることも分かり、「ホントの僕はいいやつなんだ」と話す男にうんざり。この男との会話がほぼディスカッションで面白かったです。

 ゲイのトールはビョルンを気遣い、手術後のビョルンの世話をします。トールの優しさに触れて、ビョルンは愛のない孤独で臆病な身の上とその理由を話し始めます。この描写がとても良いです。映画は異性愛と同性愛の両方について過不足のない描き方をしています。

 ハウゲルード監督は1964年12月生まれ。2012年の長編デビュー作「I Belong」で国内の賞を総なめにしたそうです。2024年から「SEX」「LOVE」「DREAMS」の順番でこの3部作を撮りました。作家でもあり、小説4本を発表しています。
IMDb7.3、メタスコア83点、ロッテントマト96%。
▼観客5人(公開2日目の午後)2時間。

「海辺へ行く道」

「海辺へ行く道」パンフレット
「海辺へ行く道」パンフレット
 三好銀の原作コミック(全3巻)を横浜聡子監督が映画化。横浜監督は原作の帯を書くほど好きな作品だそうですが、端正でクールな原作の雰囲気とは異なり、ユニークな登場人物によるほんわかしたユーモアをまぶして映画化しています。監督は原作をこういう風に読んだのでしょう。ストーリーは原作通りなんですが、タッチの違いで印象はかなり変わりますね。

 芸術家が多い海辺の町を舞台にした物語。連作短編の原作からエピソードをピックアップして描いています。出演は原田琥之佑、麻生久美子、唐田えりか、高良健吾ら。

 エンドクレジットに松山ケンイチと駒井蓮の名前がありました。横浜監督の「ウルトラミラクルラブストーリー」(2009年)に主演した松山ケンイチが声だけの出演なのは気づきましたが、同じく監督の「いとみち」(2021年)の主演・駒井蓮はどこに出てきたか分かりませんでした。調べたら、予告編の最後のタイトルコールをしてるんだそうです。うーん、それ、本編のクレジットに入れるかなあ。予告編や公式サイトの作成者もクレジットに入れるからおかしくはないですかね。
▼観客4人(公開初日の午後)2時間20分。

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
 評判良いようですが、物語の設定も潜水艦の戦い方もリアリティーを欠いているように思えました。原作が連載されたのは1988年から96年まで。かなり話題になったコミックであり、僕も当時読んでいましたが、途中からついて行けなくなるような展開で読了はしませんでした。

 映画は2023年のドラマ再編集の劇場版に続く2作目ですが、時代に合わせたアップデートをする必要があったんじゃないでしょうか。アクティブソナーを打っただけで、敵がひるむ描写にもリアリティーが感じられませんでした。アメリカから見れば、自分の考えを押し通す海江田艦長(大沢たかお)の言動はテロリスト以外の何ものでもないです。
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)2時間12分。

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」パンフレット
パンフレットの表紙
 人工的なセットで繰り広げる人工的なコメディー。ウェス・アンダーソン監督らしくセットは面白いんですが、内容があまり笑えないのが辛いところ。キャラクターも書き割りみたいなもので、感情が乗っていかないのが面白くならない理由でしょう。

 主人公のザ・ザ・コルダ(劇中ではジャー・ジャー・コルダと言ってます)をベニチオ・デル・トロがバスター・キートンのように無表情で演じ、マイケル・セラ、リズ・アーメド、スカーレット・ヨハンソン、ジェフリー・ライト、トム・ハンクス、ベネディクト・カンバーバッチらがそろってキャストは豪華です。IMDb6.7、メタスコア70点、ロッテントマト77%。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間42分。

「俺ではない炎上」

「俺ではない炎上」パンフレット
「俺ではない炎上」パンフレット
 浅倉秋成の原作を「AWAKE」(2019年)の山田篤宏監督が映画化。SNSで“殺人事件の犯人”として個人情報を晒されてしまった主人公の困惑と逃走、犯人探しを描いています。

 予告編では身に覚えのない炎上に巻き込まれた主人公を描くコメディーと思えましたが、骨格はしっかりしたミステリー。主演が阿部寛なので確かにコメディータッチの部分は多いんですが、ミステリーとしての基本は外していませんでした。観客に向けたトリックが良いです。

 このトリック自体は特に珍しいものではありません。それをうまく使っていることに好感を持ちました。謎の大学生に芦田愛菜、阿部寛の取引先の社員に長尾謙杜、部下に板倉俊之、浜野謙太ら。脚本は「ディア・ファミリー」「少年と犬」の林民夫。

 これを見て改めて最近のネットでの個人情報暴露と追跡は筒井康隆の傑作「おれに関する噂」(1974年初版)の世界を思わせるなと痛感しました。あの小説は先駆的・預言的だったわけですね。
▼観客8人(公開初日の午前)2時間5分。

「火喰鳥を、喰う」

「火喰鳥を、喰う」パンフレット
「火喰鳥を、喰う」パンフレット
 横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩の原作の映画化。終盤の展開を見ると、ミステリーではなく、ホラーファンタジーあるいはSFホラーのように思えました。その終盤の展開に無理があるのは、現実改変の力があの人物にあると思わせる説得力がないからです。ここはもう一つ、超常現象を操れる存在や設定を作った方が良かったのではないかと思いました。

 ホラーなので主人公にとってのバッドエンドでも良かったんですが、映画は「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)のようなエピローグを用意しています。この部分は原作にはないそうです。主演の水上恒司、山下美月、宮舘涼太はそれぞれ悪くない演技でした。監督は「シャイロックの子供たち」(2023年)などの本木克英、脚本は「俺ではない炎上」の林民夫。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午後)1時間48分。