2003/01/17(金)「アイリス」

 イギリスの作家ジョン・ベイリーが妻のアイリスについて書いた原作をリチャード・エア監督が映画化。現在の(というか年老いた)ベイリーを演じたジム・ブロードベントはアカデミー助演男優賞を受賞した。現在のアイリス役のジュディ・デンチは主演女優賞ノミネート、若い頃のアイリスを演じたケイト・ウィンスレットは助演女優賞にノミネートされた。

 アルツハイマーが進行するアイリスを絶妙に演じるデンチには感心したし、それを温かく見守るブロードベントもうまいのだが、それ以上にウィンスレットが良い。この女優、決してスタイルが良いわけではないが、豊満な感じが奔放なアイリス役にぴったりだ。ウィンスレットが出ていなかったら、映画は輝きを失っていただろう。デンチを見ているよりもウィンスレットを見ている方がもちろん楽しく、若い頃のパートをもっと多くしてほしかったと思う。

 リチャード・エアの母親もアルツハイマーだそうで、映画は43年間に及ぶ夫婦愛とともにアルツハイマーの描写が大きな部分を占める。言葉にこだわりを持っていたアイリスが言葉を失っていく過程は残酷で哀しい。

 この映画が日本初公開作となるエアの演出は輝く過去(それは若さの輝きでもある)と悲惨さを増す現在を描き分けているのだが、話の進め方としてはやや単調になってしまった。役者たちが3人もアカデミー賞にノミネートされながら、作品賞にノミネートされなかったのはそのためだろう。もう少しメリハリを付ける必要があった。

 ウィンスレットが素晴らしすぎたために老年の夫婦の描写と若い頃のラブストーリーが乖離してしまった印象もある。あんな風にして結ばれた夫婦がアルツハイマーに冒されるという風になるはずが、別々の映画を見ているような感じを受ける。ウィンスレットとデンチに落差がありすぎるのである。アルツハイマーはこの映画の重要な主題であり、難しいところなのだが、もっと明確に夫婦愛とアルツハイマーのどちらに重点を置くかを決めた方が良かったのではないか。

2003/01/11(土)「運命の女」

 ダイアン・レインとリチャード・ギアが「コットン・クラブ」以来18年ぶりに共演したサスペンス。クロード・シャブロル「La Femme Infidele」を元に「危険な情事」のエイドリアン・ラインが監督した。

 会社社長の夫エドワード(リチャード・ギア)の妻で何不自由ない生活を送っているコニー(ダイアン・レイン)が強風のニューヨークで若いポール(オリヴィエ・マルティネス)に出会い、情事を重ねるようになる。それはやがて夫に知られ…、という展開。元がフランス映画だけに大人の映画になっており、ラストの処理には味わい深いものがある。「危険な情事」のように安易なホラーになったりはしない。特に後半、危機に陥った夫婦が絆を取り戻していく描写などギアとレインの演技も含めて感心した。しかし、細かいところで微妙に違うなと思わせる部分が残る。

 一番の疑問はなぜコニーはポールに惹かれたのか、という肝心の部分である。もの凄い強風(ホントに何かの冗談じゃないかと思えるぐらいの強風)のソーホーを歩いていたコニーは本を抱えて歩いていたポールとぶつかり、転んで足にけがをする。親切なポールは部屋で手当てをするよう勧める。その時は何のこともなく終わり、続いて2度目にお礼をしにアパートに行った時も何もなく終わる。しかし、コニーは三度、ポールのアパートを訪ね、そこで2人は一線を越えてしまうのである。このコニーの3度目の訪問の気持ちが良く分からない。

 夫に不満があるわけではない。エドワードがかなり高齢でコニーが性生活に不満をもっていたとか、そんなこともない。ポールがコニーに対して特別に積極的だったわけでもない。本で埋まったポールの部屋を見せ、そのユニークさを映画は描こうとしているのだが、コニーとの出会いが運命的なものには感じられないのである。例えば、コニーの役柄が軽薄な女であったなら、こういう展開でも納得できたのかもしれない。でも演じるのがダイアン・レインですからね。軽薄になりようがないのである。

 あるいはエドワードの役がリチャード・ギアではなく、もっと高齢の俳優であったなら、コニーはポールの若さに惹かれたのだという説明もできる(ちなみに元の映画ではこの役はミシェル・ブーケである。やっぱり、という感じがする)。しかし、ギアはいたって若く見えるのである。ならば、なぜコニーはポールに惹かれたのか、そこのところを詳しく描く必要があったように思う。

 恋愛は理屈ではないが、映画は理屈なのだ。理屈ではない部分に説得力を持たせる必要があるだろう。キャストを変えれば、説得力はあったのかもしれないけれど、ミスキャストというにはギアもレインも十分に好演している。だからこれは微妙な齟齬と言うほかない。

 前半のレインはセクシーさも含めて非常に良いのだが、中盤、妻の情事を知ったエドワードが苦悩をにじませてポールのアパートに行く場面のギアの演技がなかなかである。なかなかではあるが、感情を爆発させる部分にこれまた少し説得力が足りない。アルヴィン・サージェントとウィリアム・ブロイルズ・Jrの脚本には詰めの甘さが残る。前半は妻の話なのに後半は夫中心の話で、物語の視点が動くのも気になる。どちらかに(特に夫の視点の方に)統一させた方がすっきりしたのではないか。