2024/03/10(日)「ゴールド・ボーイ」ほか(3月第2週のレビュー)
「ゴールド・ボーイ」
中国の東野圭吾といわれる紫金陳(ズー・ジンチェン)の小説「悪童たち」を金子修介監督が映画化。これは事前情報をまったく入れずに見た方が良いミステリー&サスペンスです。沖縄を舞台にした翻案と脚色(港岳彦)がとてもうまく行っていて、少年少女を演じる3人も良く、特に羽村仁成と星乃あんなの幼いロマンス描写が映画に魅力を加えています。最近の日本のミステリー映画では出色の出来で、金子監督としても会心の作品なんじゃないでしょうか。沖縄の事業家の婿養子、東昇(岡田将生)は富と地位を手に入れるため、写真撮影中に義父母を崖から突き落とす。事故に見せかけた完全犯罪のはずだったが、その決定的な場面を13歳の少年、安室朝陽(羽村仁成)たちのカメラが動画で捉えていた。貧困や家族の問題を抱えた朝陽や浩(前出燿志)と夏月(星乃あんな)の兄妹は東を脅迫して6000万円を手に入れようとする。
成績優秀な朝陽は両親が離婚して、母親(黒木華)と二人暮らし。父親(北村一輝)は別の女と再婚し、その娘は朝陽と同じクラスでしたが、最近自殺し、その母親は朝陽が殺したと思い込んでいます。昇は妻(松井玲奈)と離婚寸前で、そうなったら遺産は手に入らなくなる立場にあります。映画はそうした背景を描きながら、血みどろの殺人が連続し、意外な展開(容赦ないです)が続きます。岡田将生はサイコ味のある役柄にぴったり。刑事役の江口洋介も良いです。
中国で社会現象を起こしたというドラマ化作品「バッド・キッズ 隠秘之罪」はU-NEXT、amazonプライムビデオなどで配信中です(全12話)。
なぜ同じ話で12話もかかるのかと思いながら第1話を見ました。義父母を崖から突き落とす冒頭は映画と同じ。偶然それを動画撮影していた3人の境遇を描きながら、その場面が映っていることに気づくまでを第1話の76分かけて描いています。金子修介監督によると、ドラマ版は「殆ど参考にしなかった」そうです。「途中から原作を外れて納得出来ない展開になって長いので、脚本の港氏にも見てもらっていない」。そういうわけなので無理に見る必要はないのでしょう。原作は読みたいと思いました(ポチりました)。
映画は続編の構想もあるようですが、どうやって続けるんでしょう、これ。
▼観客11人(公開初日の午前)2時間9分。
「52ヘルツのクジラたち」
本屋大賞を受賞した町田そのこの原作を成島出監督が映画化。東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた貴瑚(杉咲花)は母親から虐待を受ける少年(桑名桃李)と出会う。自分も実の母親から虐待を受けて育った貴瑚は過去を振り返り、悲惨な境遇から救ってくれた親友美晴(小野花梨)と安吾(志尊淳)との交流、結婚を約束した新名(宮沢氷魚)との日々を回想する。短いページ数の中にさまざまな不幸と不運を盛り込みすぎとの批判は原作にもあるようですが、映画にも同じことが言えます。それが描写不足、説得力不足につながっていて、特に志尊淳の選択には違和感を覚えました。少年のひどい母親を演じる西野七瀬がリアルにうまいです。
▼観客13人(公開4日目の午後)2時間16分。
「瞳をとじて」
83歳のビクトル・エリセ監督が「エル・スール」(1983年、キネ旬ベストテン14位)以来40年ぶりに撮った長編劇映画。と聞くと、なぜそんなに長期間撮れなかったんだと思いますが、オムニバスの短編は「ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区」(2012年)、「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」(2002年)など5本撮っていますし、「マルメロの陽光」(1992年、キネ旬ベストテン5位)などのドキュメンタリーもあります。長編劇映画がなかっただけです。映画「別れのまなざし」の撮影中、主演俳優のフリオ・アレナス(ホセ・コロナド)が失踪した。警察は海沿いの崖にフリオの靴があったことから自殺と判断するが、死体は見つからなかった。22年後、テレビが失踪事件を取り上げ、元映画監督でフリオの親友だった作家のミゲル(マノロ・ソロ)が出演依頼を受ける。ミゲルはフリオと過ごした青春時代や自らの半生を回想。番組終了後、フリオによく似た男が海辺の高齢者施設にいるという情報が寄せられる。
前半は面白みに欠けるんですが、フリオが見つかってから大きく盛り返した印象。「映画1本で奇跡を起こせると思うのか?」というセリフが終盤にあり、映画に関する映画でもあります。また、「ミツバチのささやき」のアナ・トレントが50年ぶりに同じ役名のアナを演じていることもあって、時の流れを強く感じさせる映画にもなってます。
IMDb7.3、メタスコア86点、ロッテントマト94%。
▼観客14人(公開2日目の午後)2時間49分。
「ミツバチのささやき」
というわけで、1973年のビクトル・エリセ監督作品(日本公開は「エル・スール」と同じ1985年)を事前に見ておきました。昨年の「午前十時の映画祭13」のラインナップに入っていましたし、ソフト化もされていますが、劇場で見たのはたぶん37年ぶり。1940年、内戦終結直後のスペインが舞台。小さな村にやってきた映画の巡回上映で、6才の少女アナ(アナ・トレント)は「フランケンシュタイン」(1931年、ジェームズ・ホエール監督)を見て心奪われる。アナは姉のイサベルからフランケンシュタインは怪物ではなく精霊で、村はずれの一軒家に隠れていると聞かされる。ある夜、脱走兵らしい男が列車から飛び降り、荒野の中の小屋に逃げ込んだ。翌日、小屋にやってきたアナはその男と出会う。
脱走兵とアナの出会いはフランケンシュタインの怪物と盲目の少女の出会いに重ねられていて、怪物が村人から殺されたように脱走兵もそうなります。当時のスペインの国情を知らないと、理解しにくい面がありますが、アナ・トレントの可憐さとフランケンシュタインの怪物は心に残りますね。
IMDb7.8、メタスコア87点、ロッテントマト96%。キネ旬ベストテン4位。
▼観客5人(公開5日目の午後)1時間39分。
「ARGYLLE アーガイル」
冒頭のデュア・リパ、ヘンリー・カヴィル、ジョン・シナによるダンスシーン、アクションシーン、チェイスシーンはスピード感たっぷりで見応えがあり、期待が高まりましたが、その後は残念な出来に終わっています。この理由は主に主演のブライス・ダラス・ハワードがまったくアクションに向いていない体型だからです。いや、太ったアクション俳優もいますけど、ハワードは元がスリムなだけに現状の体型には悲しさしかありませんし、アクションにリアリティがありません。オバさん化(43歳)が進行しているのかと思ったら、元々、太りやすい体質なんだそうで、過去にも「激太り」を批判されてますね。
スパイアクション小説シリーズ「アーガイル」の作者エリー・コンウェイ(ブライス・ダラス・ハワード)はある日、謎の男たちに命を狙われ、エイダン(サム・ロックウェル)と名乗るスパイに助けられる。エリーが狙われたのは「アーガイル」シリーズが現実のスパイ組織の行動と偶然に一致していたためだった。エリーはエイダンとともに世界を駆け巡ることになる。
作家が書いたことが偶然すべて本当のことだったというシチュエーションの映画や小説は過去にもあったと思いますが、具体的なタイトルが思い出せません。そんなにオリジナリティーのある設定でないことは確かです。
監督は「キングスマン」シリーズのマシュー・ヴォーン。毎回、アクションがスローモーション演出なので鼻についてきた面はあるものの、アクション自体は悪くありません。ラストを見ると、「キングスマン」同様にシリーズ化の意向があるのかもしれませんね。
映画初出演のデュア・リパは今年のグラミー賞オープニングのセクシーなパフォーマンスが素晴らしかったです。ビジュアル的には満点なので、もっと映画に出てほしいところです。この映画も冒頭のまま、デュア・リパ主演だったら、不満はなかったんですが、演技力は未知数なので無理だったんでしょうね。
IMDb6.0、メタスコア35点、ロッテントマト33%。
▼観客11人(公開7日目の午前)2時間19分。
「パレード」
藤井道人脚本・監督のNetflixオリジナル作品。この世に思いを残した死者たちを描くファンタジーです。海辺で目を覚ました美奈子(長澤まさみ)は離ればなれになった息子・良を捜すうち、自分が津波に流されて死んだことを知る。美奈子は同じような境遇の仲間と出会い、共同生活を送ることになる。死者たちにはそれぞれに諦めきれないことを抱えていた。藤井監督の資質はこういう心優しい作品にあると思える佳作。主演の長澤まさみをはじめ坂口健太郎、横浜流星、森七菜、黒島結菜、中島歩、深川麻衣、リリー・フランキー、寺島しのぶ、舘ひろしといったキャスティングの豪華さとエキストラの多さを見ると、その辺の日本の劇場用映画より予算は潤沢だなと感じました。
映画.com3.3、Filmarks3.7、IMDb6.7。
2024/03/03(日)「マダム・ウェブ」ほか(3月第1週のレビュー)
「マダム・ウェブ」
アメリカでの評価はIMDb3.8、メタスコア26点、ロッテントマト12%。さんざんな酷評を聞いていたので期待値0で見たら、意外に悪くありませんでした。という意見は多く、ネットニュースにもなってました。2003年のニューヨーク。救命士のカサンドラ(キャシー)・ウェブ(ダコタ・ジョンソン)は活動中に生死を彷徨う事故に遭ったことがきっかけで予知能力を発現する。ある日、キャシーは偶然出会った3人の少女が黒いマスクとスーツに身を包んだ謎の男エゼキエル(タハール・ラヒム)に殺害される未来を見て、少女たちの命を救う。少女たちは将来、スパイダーウーマン、スパイダーガールになる存在だった。蜘蛛の研究者でキャシーを妊娠中だったキャシーの母親は1973年、ペルーで重傷を負い、現地人から蜘蛛の能力を授けられていた。母親は死ぬが、能力はキャシーに受け継がれていたらしい。エゼキエルは母親に同行していた男だった。
原作のマダム・ウェブはスパイダーマンを補佐する盲目の老婦人で、生まれつきの重症筋無力症だそうです。映画とは設定が異なりますが、映画のキャシーもラストで同じような境遇となります。「X-MEN」で言えば、エグザヴィア教授のような存在であり、マダム・ウェブが主人公としてシリーズ化されるとは考えにくいです。というか、アメリカでは興行的にも惨敗なのでシリーズ化はないでしょう。
「ヴェノム」(2018年、ルーベン・フライシャー監督)に始まる「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」(SSU)の1本ですが、どうもSSUは質的に信頼のおけない作品が多くて残念です。
▼観客8人(公開6日目の午後)1時間56分。
「犯罪都市 NO WAY OUT」
マ・ドンソク主演のアクションシリーズ第3作。マ・ソクト刑事(マ・ドンソク)はソウル広域捜査隊に異動し、転落死事件の捜査を担当する。事件の背後に新種の合成麻薬と日本のヤクザが関わっているらしい。ヤクザのボス一条(國村隼)は麻薬を盗んだ組織員たちを処理するため極悪非道なリキ(青木崇高)を密かにソウルに送り込む。消えた麻薬を奪おうと目論む刑事チュ・ソンチョル(イ・ジュニョク)も加わり、事件は三つ巴の様相を呈する。マ・ドンソクの腕力だけを頼りにしたアクション映画で、面白いんですけど、さすがにほかのパターンも見たくなりました。前作はベトナム、今回は日本ですが、この調子でアジアのいろいろな国が絡む事件を解決していくんでしょうかね。
IMDb6.6、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客13人(公開5日目の午後)1時間45分。
「コットンテール」
日英合作映画で、キネマ旬報の分類では外国映画になってます。主人公の兼三郎(リリー・フランキー)は死んだ妻・明子(木村多江)が「遺骨をイギリスのウィンダミア湖に撒いてほしい」という遺言を残していたことを知る。疎遠となっていた一人息子慧(トシ)(錦戸亮)の家族とともに英国へ行くが、些細なことで息子と喧嘩した兼三郎は一人でウィンダミア湖に向かうことになる。その過程で兼三郎は若い頃の自分たち夫婦のことを回想する。演出も演技も悪くありませんが、話が今一つ響いてきません。リリー・フランキーが独り善がりに見えてしまう場面があるのは脚本の仕上げに少し難があるためでしょう。若い時の木村多江を演じる恒松祐里が良いです。
監督のパトリック・ディキンソンはオックスフォード大と早稲田大で日本映画を学び、故ドナルド・リチーに師事。脚本家兼監督として短編映画を撮った後、BBCやNetflixでプロデューサーを務めたそうです。これが長編映画デビュー作。リリー・フランキーと木村多江が夫婦を演じた「ぐるりのこと。」(2008年、橋口亮輔監督)も当然見ているそうです。
▼観客2人(公開初日の午前)1時間34分。
「アメリカン・フィクション」
アカデミー作品、主演男優、助演男優、脚色賞など5部門にノミネートされた作品。アメリカでは劇場公開されましたが、日本を含む多くの国ではamazonプライムビデオで配信されています講義中の差別用語を批判されて休職した大学講師で作家のモンク(ジェフリー・ライト)は母親が認知症となり、施設に入れる費用に困っていた。作品に「黒人らしさが足りない」と評されて自棄になってペンネームで書いたギャング主人公の黒人エンタメ小説は皮肉なことにベストセラーとなる。文学賞も受賞して世間の関心が高まり、匿名のままではいられなくなる。というストーリーで、出版業界や黒人作家の作品の扱われ方を風刺的に描いたコメディです。
監督はテレビシリーズ「ウォッチメン」などの脚本を書き、これが監督デビューのコード・ジェファーソン。原作はパーシバル・エベレット。中絶医の妹の病院に行った主人公が入り口で金属探知機で検査される場面があり、意味が分からなかったんですが、町山智浩さんの解説によると、アメリカでは中絶医は保守派から命を狙われることがあるんだそうです。
IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト94%。1時間58分。
「禁書のイロハ」
アカデミー短編ドキュメンタリー賞候補。子供向けの本が排除されたり、制限されたりする現状を追った内容。そういう扱いを受けているのは人種差別やLGBTQを扱った本で、「アンネの日記」やカート・ヴォネガット「スローターハウス5」まで排除されていることに驚きます。シエラ・ネヴィンス、トリッシュ・アドレジック、Nazenet Habtezghi監督。27分。IMDb6.3。WOWOWオンデマンドで配信中。「ラスト・リペア・ショップ」
これもアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞候補。ロサンゼルス市が提供している公立学校対象の楽器無償修理サービスを行う職人たちを取り上げた内容。職人の一人はゲイ、もう一人はメキシコ移民のシングルマザーで、それぞれに差別や貧困の体験を語り、同時に楽器が生徒たちにもたらす夢や希望を描いています。胸を打つ場面がある深い内容で、これは受賞してもおかしくないと思えました。ベン・プラウドフット、クリス・パワーズ監督。40分。IMDb7.3。ディズニープラスで配信中。2024/02/25(日)「コヴェナント 約束の救出」ほか(2月第4週のレビュー)
七月(チーユエ)と安生(アンシェン)の女性二人の友情物語。裕福な優等生である七月(マー・スーチュン)と貧しい家の安生(「少年の君」のチョウ・ドンユイ)は13歳の時に知り合い、友情を深めますが、七月と相思相愛だった家明=ジアミン=(トビー・リー)を巡って三角関係のような様相を呈し、時に憎しみ合うことになります。
と書くと、容易に予想できそうな内容かと思いますが、物語は観客の予想をことごとく外してきます。これはこういうことだなと思える描写が決してそうはならず、まったく反対の意味だったりします。デビュー作だけに脚本に力を入れたのでしょう。感心しました。
描写にリリシズムやロマンティシズムがあるのも美点で、岩井俊二の映画のようだと思ったら、エンドクレジットに岩井俊二への謝辞がありました。「花とアリス」(2004年)などに影響を受けているようです。しかし、脚本の凝りようは岩井俊二以上ですね。
評価はオリジナルがIMDb7.3、ロッテントマト100%。リメイクはIMDb7.4、ロッテントマト95%(観客のスコア)。
「ソウルメイト 七月と安生」はamazonプライムビデオとHuluでも配信されています。
「コヴェナント 約束の救出」
アフガニスタンに従軍した米軍の曹長と、その危機を救った現地人通訳をめぐるガイ・リッチー監督作品。演出も演技も申し分なく、これが実話でなかったら、褒めるところですが、その気になれないのは主人公がよく知る通訳だけを助けることに複雑な思いが残るからです。2018年、アフガニスタンでタリバンの兵器工場を捜索する部隊を率いる米軍のジョン・キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)は通訳としてアーメッド(ダール・サリム)を雇う。通訳にはアメリカへの移住ビザが約束されていた。部隊は爆発物製造工場を突き止めるが、タリバンの攻撃を受けて壊滅。生き延びたキンリーとアーメッドは100キロ離れた米軍基地を目指すが、途中でキンリーが銃撃を受けて重傷を負う。アーメッドはキンリーを手押し車に乗せ、タリバンの追撃をかわしながら、険しい山道を踏破する。回復したキンリーはアメリカへ帰るが、アーメッドと家族の渡米は叶わず、行方不明となった。キンリーはアーメッドとの約束を果たすため、アフガニスタンへ向かう。
映画のラストに、アフガニスタンから米軍が撤退してタリバンが政権を取った後、米軍に協力した300人以上の通訳とその家族が殺され、数千人が身を隠している、という字幕が出ます。なぜ米軍はそういう人たちを見捨てて撤退したのか、助けるべきではなかったのかとの思いを強くします。一人の通訳とその家族を助けたところで、他を見捨てた免罪符にはならないでしょう。
クライマックス、主人公たちが危機一髪のところに米軍の飛行機とヘリが来て、タリバン兵たちをバタバタ撃ち殺す場面も気分がよくはありません。ベトナム戦争関連映画でもベトナム兵はこういう風に、非人間的な描き方をされていました。
アメリカ人と現地人通訳を描いた作品としてはカンボジアを舞台にした「キリング・フィールド」(1985年、ローランド・ジョフィ監督)がありますが、現地の人の扱いに関してアメリカ映画はあの頃からほとんど変わっていないようです。
IMDb7.5、メタスコア63点、ロッテントマト83%。
▼観客14人(公開初日の午前)2時間3分。
「スイッチ 人生最高の贈り物」
韓国のトップスターが売れない役者兼マネージャーと立場が入れ替わってしまうファンタジー。富と名声を手にしているパク・ガン(クォン・サンウ)は数年前に恋人スヒョン(イ・ミンジョン)と別れ、高級マンションに一人暮らし。クリスマスイブの夜、不思議なタクシーに乗ったガンは翌朝目覚めると、スヒョンが隣に寝ていて、2人の子供もいた。しかも自分は小劇場の売れない役者で、マネージャーのチョ・ユン(オ・ジョンセ)が大スターになっていた。
よくあるクリスマス・ストーリーと同様のプロットで、「素晴らしき哉、人生!」(1946年、フランク・キャプラ監督)や「大逆転」 (1983年、ジョン・ランディス監督)を思わせます。主人公が家庭の温かさを知って、普通の平凡な生活を大事にしたいと思うようになるという展開は予想がつきます。ただ、そうした当たり前のことを改めて考えさせるのはクリスマス・ストーリーとしての役目を十分に果たしているということでもあるでしょう。監督はマ・デユン。監督作が日本で公開されるのは初めてのようです。
IMDbによると、この映画、「天使のくれた時間」(2000年、ブレット・ラトナー監督)のリメイクとのこと。見ていなかったのでU-NEXTで見ました。ニコラス・ケイジとティア・レオーニ主演。IMDb6.8、メタスコア42点、ロッテントマト53%と評価は振るわず、そのためもあってこれまで見ていなかったんですが、いやあ、これも悪くないと思いました。ティア・レオーニがとても美しくて優しくて、主人公がレオーニとともに生きる人生を選ぶことに納得できました。
「スイッチ 人生最高の贈り物」の評価はIMDb6.8(アメリカでは未公開)。
▼観客2人(公開19日目の午後)1時間52分。
「梟 フクロウ」
朝鮮王朝時代に実際にあった怪死事件を基にしたサスペンス。盲目の天才鍼医ギョンス(リュ・ジュンヨル)はその腕を買われ宮廷で働くことになる。ある夜、ギョンスは世子(せいし=王の子)が王医の治療の末に死ぬのを目撃する。死因は感染症とされたが、ギョンスは王医が毒殺したのでは、との疑いを持つ。証拠を探したギョンスは逃げる途中を王医に目撃される。ギョンスは保身と世子の死の真相を暴くために奔走することになる。予告編ではミステリーなのかなと思ってましたが、実行犯は分かっており、王宮の陰謀を巡るサスペンスになってました。前半にギョンスと世子が心を通わせる場面を描いているのがうまく、後半の展開に効果を上げています。タイトルの「フクロウ」の意味は世子との関係の中で明らかになります。監督はアン・テジン。これが初監督作品だそうですが、上々の出来だと思います。
IMDb6.7、ロッテントマト80%(観客スコア)アメリカでは未公開。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間58分。
「ネクスト・ゴール・ウィンズ」
サッカーの2002ワールドカップ・オセアニア予選でオーストラリアに史上最悪0-31で惨敗したアメリカ領サモアがオランダ人の新監督を迎えて奇跡的な1勝を果たすまでを描いた実話ベースの作品。チームを導いたトーマス・ロンゲン監督を演じるのはマイケル・ファスビンダー。ポンコツチームの勝利を描いた作品は「がんばれ!ベアーズ」(1976年、マイケル・リッチー監督)など多数あり、どれも同じようなパターンとなっています。この作品もそのパターンに沿っただけの平凡な出来。出演もしているタイカ・ワイティティ監督(「ジョジョ・ラビット」)はサッカーに詳しくないか(興味がないか)、手を抜いたとしか思えません。
映画の基になったドキュメンタリー「ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦」(2014年、マイク・ブレット、スティーブ・ジェイミソン監督)はU-NEXT(見放題)やamazonプライムビデオ(100円)で配信されています。
劇映画版がIMDb6.5、メタスコア44点、ロッテントマト45%と低評価なのに対して、ドキュメンタリーの評価は高く、IMDb7.8、メタスコア71点、ロッテントマト100%となっています。
で、見ました。傑作です。しっかりスポーツ・ドキュメンタリーです。驚いたのはワールドカップ予選で勝ったトンガ戦の試合展開が劇映画とは異なること。劇映画では1-1の後、決勝点を奪って勝ちますが、実際には2点を先制した後、1点差に迫られ、なんとか逃げ切って勝つ展開でした。いくら劇映画であろうと、試合展開に嘘を入れるのはどうかと思います。何やってんだ、ワイティティ。
▼観客8人(公開初日の午前)1時間44分。
2024/02/18(日)「ボーはおそれている」ほか(2月第3週のレビュー)
「ボーはおそれている」
「ヘレディタリー 継承」(2018年)、「ミッドサマー」(2019年)のアリ・アスター監督作品。母親が怪死したことを知った息子ボー(ホアキン・フェニックス)が実家に帰ろうとしてさまざまな障害に遭う奇妙な味わいのコメディ。序盤はマーティン・スコセッシのシュールな傑作「アフター・アワーズ」(1985年)を連想しましたが、退屈な中盤を経て、母親の影響の大きさが描かれる終盤まで約3時間は長すぎると感じました。中盤の1時間をカットして2時間にしてよい映画だと思います。序盤、ボーの住むアパートの外がまるで地獄のような惨状なのは大いに笑えます。ボーは刺されたり、車にはねられたりのあまりにも酷い目に遭う不条理な展開ですが、その後はストーリー的にも演出的にもピリッとしません。
実家に飾られた過去の写真を見ると、どうやらボーは発達障害で、だから今もカウンセリングに通っているのでしょう。現実なのか夢なのか判然としない場面が多いのも病気のためと理解できます。それにしても長すぎるのが敗因であることは間違いないでしょう。
IMDb6.7、メタスコア63点、ロッテントマト67%。
▼観客4人(公開初日の午前)2時間59分。
「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」
国境警備の韓国軍兵士が57億ウォンの当選くじを拾うが、風に飛ばされて軍事境界線を越え、北朝鮮兵士に拾われてしまう。韓国と北朝鮮の兵士たちは賞金を山分けすることに合意、協力して秘密作戦に乗り出す。2022年の映画なので57億ウォンは600万ドルとされていますが、現在のレートでは430万ドル弱となります。両国の兵士が集う共同給水区域は略称JSA。パク・チャヌク監督の「JSA」(2000年、こちらは共同警備区域の意味)を意識しているのでしょう。
南北兵士の相互理解を絡めたコメディとしてよく出来ていると思いますが、それだけに終わって物足りなさも感じました。パク・ギュテ監督。
IMDb7.0(アメリカでは未公開)
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間53分。
「VORTEX ヴォルテックス」
エンドロールから始まり、スパッと終わる構成。老夫婦をスプリットスクリーンで見つめ続ける手法も斬新ですが、描かれるのはどこの国にも共通する老後の不安な姿です。ギャスパー・ノエ監督はある意味、悪夢のような描写も入れながら、老後の実際を描いています。パンフレットのインタビューでノエは「すべての観客へ向けた初めての映画だ」と話しています。「多くの人が経験している、または今後、経験していくであろう普遍的なシチュエーションであるが故に、最もつらい映画であると言われている」。夫は心臓に病気を抱え、妻は認知症が進行しています。この2人だけでアパートで暮らす毎日は困難に満ちていて、ドラッグの売買をやっているらしい息子がもう少ししっかりしていればとか、行政の施策で介護はなんとかならないのか、などと思ってしまいます。
夫を演じるのが「サスペリア」(1977年)などの監督ダリオ・アルジェント。妻はフランソワーズ・ルブラン。特にルブランの認知症演技がリアルで感心させられました。
IMDb7.4、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間28分。
「17歳は止まらない」
農業高校の2年生、瑠璃(池田朱那)が教師の森(渡辺歩)に猛アタックする話(だから「止まらない」というタイトルなわけです)。一方で、瑠璃は他校の男子生徒マサル(青山凱)からひと目ぼれされ、猛アタックをかけられる。「大事な話があるんです」と言い寄ってくる瑠璃を森はまるで相手にしなかったが…。なんせ、渡辺歩なので、終盤にやっぱりか、という展開になります。池田朱那はビジュアル的には良いんですが、演技はあと一息、という感じ。農業高校で畜産を学んでいるので、乳牛の乳搾りをしたり、ニワトリを捌いたりするシーンがあって物珍しかったですが、舞台を農業高校に設定する意味があまりないのが難と言えば難でしょう。
脚本も書いた北村美幸監督(男性です)は1963年生まれの61歳。アダルトビデオ業界で約20年間、監督と製作の経験を積んだそうです。演出が手慣れているのはその経験が生きているためでしょう。1時間36分。
Kinenote76.8、映画.com3.6、Filmarks3.9
「神回」
これも17歳の高校生が主人公。文化祭の実行委員となった同じクラスの沖芝樹(青木柚)と加藤恵那(坂ノ上茜)は教室で待ち合わせていた。午後1時から打ち合わせを始めるが、樹は5分たつと何度も1時に戻ってしまう。ループは際限なく繰り返される。樹はループから抜け出すためにさまざまなことを試すが、脱出はできない。昨年公開の「リバー、流れないでよ」(山口淳太監督)は2分間のループで、その2分の中身がかなり濃密でした。「神回」の場合、主な登場人物は2人なので画面的には少し寂しいんですが、ループの理由はSFの短編小説にありそうなアイデアで悪くないと思いました。70分ぐらいにギュッとまとめると、もっと切れ味が鋭くなったんじゃないかと思います。
昨年、「BAD CITY」(園村健介監督)でアクションを見せた坂ノ上茜は今回もアクションを少しだけ披露します。中村貴一朗監督はテレビCMや企業のブランディング映像などの演出を務め、2015年にはユネスコ世界遺産委員会で長崎県の端島(軍艦島)のプレゼンテーション映像を演出したそうです。1時間28分。
Kinenote67.4、映画.com3.2、Filmarks3.6
以上の2本は昨年、クラウドファンディングにちょっとだけ協力しました。どちらも東映ビデオ製作で、新進クリエイターの発掘プロジェクトTOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」の第1回作品。有料配信がU-NEXTで始まったので見ました。
どちらもキネ旬ベストテンには入っていませんが、映画芸術のベストテンでは「17歳は止まらない」が23位(投票者3人)、「神回」は46位(同1人)でした。東映ビデオ製作なら一定以上の完成度が期待できることが分かったので、今後もクラファンがあれば、ごくごく微力ながら協力したいと思ってます。
2024/02/11(日)「夜明けのすべて」ほか(2月第2週のレビュー)
「夜明けのすべて」
PMS(月経前症候群)の女性と、同僚でパニック障害の男性をめぐる物語。瀬尾まいこの原作(文庫で270ページほど)を100ページ足らず読んだところで映画を見ました。前半はエピソードをギュッとまとめた脚色(三宅唱監督と和田清人)のうまさに感心しましたが、後半は用意した材料をテーマに生かし切れていないきらいがあります。それでも全体的には良い出来の映画だと思います。藤沢さん(上白石萌音)と山添くん(松村北斗)はどちらも病気のために前の会社を辞めて、今の小さな会社「栗田科学」に再就職した経緯があります。2人が自分の意思ではどうしようもない状態(些細なことで怒りの感情が暴走したり、発作を起こしたり)に陥る辛さを映画は詳細に描いています。社長の栗田(光石研)と山添くんの前の会社の上司・辻本(渋川清彦)もともに肉親を亡くしたことで心に疵を負っています。映画が描いているのは苦しみを抱えて生きる人たちの姿であり、同時に栗田科学の穏やかな社員たちからは必要以上に頑張らなくていいこと、他人を思いやることの大切さを訴えているように思えます。
映画を見終わって原作を読了しました。映画の後半部分は原作とは異なります。原作では藤沢さんが虫垂炎で入院しますが、映画では倒れた母親(りょう)の介護のために実家の近くへ転職を検討するエピソードに変わっています。
入院のエピソードは「身体が病気にかかっても回復は意外に早い」ということを藤沢さんと山添くんに実感させ、それが精神面で苦しむ彼らにとって回復への希望のようなものになります。「夕日は必ず朝日になることを、今の俺は知っている」という原作ラストの山添くんの言葉を挙げるまでもなく、苦しい時期の終わり、夜明けの近さを暗示させる分かりやすい内容です。映画のエピソードが悪いわけではありませんが、原作のストレートさに比べて分かりにくくなっていることは否めないでしょう。
それを補強するために映画は「夜明け前が一番暗い」という直接的な言い回し(元はイギリスのことわざ)をラストで引用しています。
予告編からは藤沢さんと山添くんのラブストーリーなのかなと思えましたが、そういう関係にはなりません。藤沢さんが転職しない原作では山添くんが「(自分のことは嫌いだけれども)藤沢さんを好きになることはできます」と言い、藤沢さんも「私も同じだ。山添君のことを好きになりそうではなく、好きになれる。そんな気がする」と考えます。「好きになれる」は「恋愛対象になる」と同じ意味でしょう。お互いを十分に理解する若い男女が職場で机を並べていれば、恋愛感情が生まれてもおかしくはありません。映画がそれを避けたのは主題を矮小化しないためなのかもしれません。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間59分。
「ヤジと民主主義 劇場拡大版」
2019年7月15日、札幌で行われた安倍晋三首相(当時)の参院選応援演説で起きたヤジ排除問題を追ったHBC北海道放送のドキュメンタリー「ヤジと民主主義 警察が排除するもの」の劇場版。「安倍辞めろ」と叫んだ若い男女(2人は仲間ではなく、別々に行動)を私服警官が取り囲み、現場から排除する。年金や老後の不安を訴えたプラカードを持った老婦人たちの前に立ち、安倍首相から見えなくする。そうした表現の自由を侵害する警察の在り方を追及しています。めっぽう面白い内容で、最近のドキュメンタリーでは出色の出来と言って良いと思います。劇場版は2種類あり、昨年3月に公開された「劇場版」が78分、今回の「劇場拡大版」が100分。男女2人は警察の行為は違法だったとして謝罪を求めて提訴し、札幌地裁では勝訴しました。劇場拡大版は昨年6月の札幌高裁判決(原告が一部敗訴)までを盛り込んでいます。今後、最高裁でも争われる予定で、現在進行形のドキュメンタリーとなっています。
警察は男性がヤジによって、他の聴衆から暴力を受ける危険な状態になっていたことが排除の理由と裁判で主張しましたが、現場で記録された映像では「他の人の迷惑になるから」と警官たちは男性に何度も言っています。高裁で警察が公開した映像には確かに男性が自民党支持者から2度押される(たたかれる?)シーンが記録されていますが、それなら押した方に注意する方が理にかなっているでしょう。
希望あふれる当然の判決を出した地裁の裁判長と違って、高裁判決の裁判長がそのあたりを考慮したとはとても思えません。徹底的に思慮が足りないか、政権べったりの人間だったのでしょう。見ていて怒りと絶望と時に(あきれ果てて)笑いが起こってくる映画で、今この段階で止めておかないと、日本は言論の不自由な中国やロシアや北朝鮮のようになってしまうと思えてきます。とりあえず、どんな些細なことであっても権力側の横暴を目にした時は映像を記録しておかないといけないと痛感しました。
かなり面白い作品なのでキネ旬の文化映画ベストテンに入っているかと思ったら、まったくないですね。映画芸術のベストテンでも投票者なし。公開が12月で小規模だったためもあるのでしょうか?
山崎裕侍監督はテレビ朝日「ニュースステーション」「報道ステーション」でディレクターを務め、死刑制度や犯罪被害者、少年事件などを取材。2006年、北海道放送に中途入社し、現在はHBCコンテンツ制作センター報道部デスク。
▼観客9人(公開7日目の午後)1時間40分。
「カラーパープル」
アリス・ウォーカーの原作をミュージカル化した舞台の映画化。同じ原作はスティーブン・スピルバーグが1985年に映画化し、当時は「アカデミー賞狙い」とさんざん批判されました。そのため僕は劇場では見逃し、後にビデオで見た際にスピルバーグの映画的技術に感嘆しました。主人公の少女セリーが大人に変わる場面のジャンプショットが最も感心した場面で、今回の映画でも描かれていますが、39年前のスピルバーグの優れて独創的な見せ方には到底及びません。今回の映画は冗長さが少し目に付きますが、セリー(ファンテイジア・バリーノ)が艱難辛苦を越え、恩讐の彼方で到達する幸福感あるラストに歌と踊りでダメ押しの高揚感を付け加えられたのはミュージカル化のメリットでしょう。
アカデミー賞ではソフィア役のダニエル・ブルックスが助演女優賞にノミネート、セリーの粗暴な夫ミスター役のコールドマン・ドミンゴは「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」(Netflix)で主演男優賞にノミネートされています。ブリッツ・バザウレ監督は1982年生まれ。長編映画は3作目で日本公開はこの映画が初めてです。
IMDb7.1、メタスコア72点、ロッテントマト83%。
スピルバーグ版はIMDb7.7、メタスコア78点、ロッテントマト73%。
▼観客5人(公開2日目の午前)2時間21分。
「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」
1963年のワシントン大行進を主導した活動家バイヤード・ラスティン(1912年-1987年)を描くNetflixオリジナル作品。ワシントン大行進には25万人が参加し、公民権法の成立に大きな影響を及ぼしたとされています。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「I have a dream」のあの演説を行ったことでも有名です。ラスティンは大行進の準備の中心になって活動しましたが、直前に当時違法だった同性愛での過去の逮捕歴が暴露されます。ここでキング牧師(アムル・アミーン)が擁護のためにおこなった演説シーンが感動的でした。ラスティンを演じるコールドマン・ドミンゴの演技はまずまずで、「カラーパープル」との合わせ技での主演男優賞ノミネートなのではないかと思います。エグゼクティブ・プロデューサーの一人はバラク・オバマ元大統領。オバマは2013年にラスティンに大統領自由勲章を授与しています。
監督は「マ・レイニーのブラックボトム」(2020年、Netflix)のジョージ・C・ウルフ。
IMDb6.5、メタスコア68点、ロッテントマト85%。