2024/06/30(日)「ルックバック」ほか(6月第4週のレビュー)

 河合優実主演「あんのこと」の感想に「実際の事件を基にしたからといって、映画も同じラストにする必要はない」と書きましたが、これで思い出したのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年、クエンティン・タランティーノ監督)のこと。実生活で惨殺された女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が出てくるので、最後は殺されるんだろうなと思っていたら、なんとなんと…。あまりに呆気に取られて笑ってしまい、最高に嬉しくなる展開でした。さすがタランティーノ、と思いましたね。フィクションの力というのはこういう絶妙なアレンジのことを言うのです。

「ルックバック」

 「チェンソーマン」の藤本タツキ原作のアニメ化。原作はWikipediaによれば、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の影響を受けているそうです。2021年、少年ジャンプ+に掲載され、大きな反響を呼びました。僕もその時に読みましたが、今回、電子書籍を買って再読しました。

 「このマンガがすごい!」2022年版オトコ編1位にもなった傑作。144ページの短さですが、「チ。地球の運動について」や「怪獣8号」「ダンダダン」「葬送のフリーレン」「【推しの子】」といった錚々たる作品を抑えての1位はすごいです。短いからこそ、胸を締め付ける強烈な印象を残す作品になっています。

 学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野が主人公。漫画はクラスメートから絶賛され、藤野は自信を持っていたが、不登校で同学年の京本の4コマ漫画を目にし、画力の高さに驚愕する。それから藤野はひたすら漫画を描き続けたが、京本との画力の差は縮まらず、6年生の途中で漫画を描くことを諦めてしまう。小学校卒業の日、先生に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は初めて対面した京本から「私っ!! 藤野先生のファンです!!」と告げられる。藤野と京本は一緒に漫画を描き始め、高校時代には漫画雑誌に読切が7本も掲載される。出版社から「高校を卒業したら連載を」と言われるが、京本は「もっと絵がうまくなりたい」と美大進学を選び、2人の少女は別々の道を進むことになる。そして、ある事件が起きる。

 「ワンス・アポン・ア・タイム…」の影響を受けていると言われるのは主人公が過去の悲しすぎる出来事を「ああしなければ良かった」「こうであれば良かったのに」という悔恨と願いをこめて実際とは異なる回想(ルックバック)をするシーンがあるからでしょう。快哉を叫んだ「ワンス…」とは違って、ここはかなり痛切なシーンです。

 映画は藤野を河合優実、京本を吉田美月喜が声を演じています。原作のストーリーに忠実かつ原作の隙間を埋めていくような作り。物語の衝撃度は原作を読んだ時にはもちろん及びませんが、良いアニメ化だと思います。前途ある若者の生が唐突に、残酷に断ち切られることのやりきれなさと悲しみは原作と同様です。

 ただ、原作の藤本タツキの絵は「チェンソーマン」ほどではないものの、一部にザラつきを残したような独特の味わいがあり、物語と強く結びついていますが、アニメは随分なめらかになり、原作の雰囲気とは少し異なります。それは仕方がないでしょう。この方がより広範な観客にアピールするのかもしれません。監督・脚本・キャラクターデザインは押山清高。

 入場料1700円均一。入場者プレゼントでマンガ冊子がもらえました。もしかして原作かと思いましたが、よく見ると絵がラフで登場人物の名前も違います。いわゆるネーム(ストーリーボード)でした。非売品ですし、これはこれでありがたいですが、かなりの数を作ったはずなので貴重とまでは言えませんね。
▼観客多数(公開2日目の午後)58分。

「バッドボーイズ Ride or Die」

 ウィル・スミスとマーティン・ローレンス共演の刑事アクションシリーズ4年ぶりの第4弾。序盤は演出が緩くてダメダメな感じでしたが、中盤以降のアクションは悪くなく、まずまずの出来でした。

 マイアミ市警のマイク(ウィル・スミス)とマーカス(マーティン・ローレンス)は2人の上司で亡くなったハワード警部に麻薬カルテルと絡む汚職疑惑が浮上する。2人は独自に捜査を開始するが、警察からも敵組織からも追われる身となる、という展開。

 エンドクレジットを見ていたら、「エクスペンダブルズ ニューブラッド」(2023年、スコット・ウォー監督)で注目したタトゥーだらけのベトナム系女優レヴィ・トランの名前がありました。ボーッと見ていたので、どこに出てきたのか気づきませんでした。
IMDb7.0、メタスコア54点、ロッテントマト64%。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)1時間55分。

「映画 おいハンサム!!」

 テレビシリーズは好きで毎週楽しみにしていました。映画となると、つらいものがありますね。テレビは実質43分。今回の映画は約2時間なのでテレビ3本分なんですが、これをテレビと同じくホームドラマコント集のような作りで乗り切るのには無理があります。

 いや、ファンとしては吉田鋼太郎、MEGUMI、木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈ら伊藤一家の面々を見ているだけでも楽しいんですよ。特に武田玲奈。WOWOWの「異世界居酒屋『のぶ』」では普通のかわいい女の子でしたが、このドラマでは手足が長くて細いスタイルの良さとコメディエンヌとしての魅力が引き出されたと思います。木南晴夏も同時期のテレビドラマ「9ボーダー」(TBS)よりずっと良いです。

 ただ、ドラマ的な盛り上がりを期待できないのはつらいです。映画は興行的には爆死状態とのこと。これに懲りずテレビの第3弾を作っていただきたいと思います。脚本・監督はテレビと同じ山口雅俊。
▼観客5人(公開4日目の午後)1時間59分。

「バティモン5 望まれざる者」

 移民排斥・迫害を描くフランス映画。バティモン5とはパリ郊外(バンリュー)にある移民たちの居住団地群の一画のことで、ここの一掃を目論む行政側と移民たちとの衝突が描かれます。

 市長の急逝で臨時市長となったピエール(アレクシス・マネンティ)は居住棟エリアの復興と治安改善を掲げ、理想に燃えていた。バティモン5の住人で移民たちのケアスタッフとして働くアビー(アンタ・ディアウ)は友人ブラズ(アリストート・ルインドゥラ)とともに住民たちの問題に向き合う日々を送っていた。強硬手段をとる市長と、追い込まれる住民たちを先導するアビー。やがて行政と移民たちの間に激しい抗争が起こってしまう。

 当初、優秀に見えたピエールはトランプ前大統領のような考え方の持ち主であることが分かります。どう見てもピエールの横暴・理不尽なやり方に問題があり、ここまでやるのか、どこまで現実を反映しているのかと、気になりました。

 監督はバンリュー出身で「レ・ミゼラブル」(2019年)のラジ・リ。
IMDb6.3、メタスコア58点、ロッテントマト63%。
▼観客8人(公開5日目の午後)1時間45分。

「朽ちないサクラ」

 柚月裕子の原作を杉咲花主演で映画化したミステリー。サクラは警察用語で公安を指すそうです。

 ストーカー被害の末に女子大生が神社の長男に殺された。警察が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにしていたことが分かる。しかもその間に慰安旅行に行っていたことが地元新聞の一面に出た。県警広報広聴課の森口泉(杉咲花)は親友の新聞記者・津村千佳(森田想)が自分との約束を破って記事にしたのではないかと疑うが、千佳は強く否定。疑いを晴らすため調査を開始したところで何者かに殺された。泉は同僚の磯川(萩原利久)とともに犯人を探す。やがてカルト宗教団体が絡んでいたことが分かる。

 自分が不用意に漏らしたことを記事にするなと頼む主人公も主人公なら、友情のためにそれを守る記者も記者で呆れます。事件の首謀者を逃してしまう展開も大いに疑問。原作もこうなんでしょうかね。杉咲花の演技力を発揮する場面はなく、不満が残りました。

 監督は「帰ってきた あぶない刑事」の原廣利。原作は「孤狼の血」の前に出版された作品で、「月下のサクラ」という続編があります。
▼観客8人(公開7日目の午前)1時間59分。

「クワイエット・プレイス DAY 1」

 音に反応して人間を襲うエイリアンの襲来を描くシリーズ第3弾。今回は襲来の1日目から3日目までを描いていますが、過去2作の主人公だったエミリー・ブラントは登場せず、監督もジョン・クラシンスキー(ブラントの夫)から「PIG ピッグ」(2020年)のマイケル・サルノスキに代わりました。

 襲来初日の田舎町の様子は第2作「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」(2020年)の冒頭で描かれていました。今回の舞台はニューヨークですが、作品としては小粒な印象が否めません。病気で余命わずかな黒人女性の主人公サム(ルピタ・ニョンゴ)が猫とともに逃げ回る様子が描かれます(「エイリアン」=1979年、リドリー・スコット監督=の猫ジョーンジーを思い出しました)。クラシンスキーはストーリーでクレジットされているものの、番外編に近い内容です。

 サルノスキの演出は堅実ですが、もう少し派手な見せ場も欲しいところ。制作会社も大きなヒットを期待しているわけではなく、そこそこヒットすれば良いと思っているのではないでしょうかね。
IMDb6.8、メタスコア68点、ロッテントマト84%。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間40分。