2024/09/08(日)「夏目アラタの結婚」ほか(9月第1週のレビュー)

 週刊文春の連載「春日太一の木曜邦画劇場」で神代辰巳監督の「櫛の火」(1975年、原作は古井由吉)を取り上げています。「上映時間の多くを濃厚な性描写が占めている」映画で僕はリアルタイムで見ましたが、高校生だったこともあって内容をよく理解できませんでした。

 これは僕だけではなかったようで、「二本立ての併映作品との兼ね合いで約三十分のフィルムをカット」せざるを得なくなり、「そのために、物語としてはよくわからなくなってしまっている。どのような展開になっているのかだけではなく、人物関係もよく見えない」とあります。この映画、今年5月にDVDが出ています(だから連載で取り上げたのでしょう)。春日太一は姫田真佐久による撮影の素晴らしさも指摘していて、「その柔らかい世界には、長く浸りたい中毒性があった」と書いています。

 カットの要因となった併映作を覚えてないんですが、Wikipediaにはこうありました。
「『シナリオ』1975年5月号の【邦画案内4月の封切予定作品】では『雨のアムステルダム』との併映で、1975年4月5日封切、25日までの上映と書かれているが、『雨のアムステルダム』は1975年3月21日に公開されている模様で、本作の併映作は不明」
 地方では1カ月ぐらい遅れて公開されることは珍しくなかったので、併映は「雨のアムステルダム」(蔵原惟繕監督)で間違いないんじゃないかと思います。東京の封切館が一本立て、二番館と地方が二本立て興行だったのでしょう。

 「雨のアムステルダム」は高く評価された「約束」(1972年、斎藤耕一監督、キネ旬ベストテン5位)に続く萩原健一、岸恵子主演の映画ですが、つまらなかったのをよく覚えています。

「夏目アラタの結婚」

 乃木坂太郎の原作コミックを堤幸彦監督が映画化。途中にやや停滞した部分があるにせよ、サイコキラーとの純愛というアクロバティックなテーマをきちんと感動的に着地させるのに感心しました。柳楽優弥と黒島結菜に拍手です。この2人、爆笑熱血青春ドラマ「アオイホノオ」(2014年・テレ東、福田雄一監督)以来10年ぶりの共演。黒島結菜が「炎くん、炎くん」と言いながら柳楽優弥の肩や腕を無邪気にペチペチたたいていたあのドラマでの、のどかで微笑ましい関係を思うと、感慨深いものがあります。

 元ヤンキーで児童相談員の夏目アラタ(柳楽優弥)は担当する少年の依頼で拘置所を訪れ、3人の男を殺して“品川ピエロ”の異名をもつ死刑囚、品川真珠(黒島結菜)に面会する。少年の父親は真珠に殺されて解体され、首が見つかっていなかった。父親の首を見つけたい少年はアラタの名前で真珠と文通しており、面会に来るよう言われたのだ。少年に代わって訪れたアラタを見た真珠は「イメージと違う」と言って、部屋を出ようとする。アラタは引き留めるために思わず、「俺と結婚しようぜ」と言ってしまう。1日の面会時間は20分。面会を続けるうちに真珠は「ボク、誰も殺してないんだ」と打ち明ける。

 逮捕された時には太っていた品川ピエロが拘置所で痩せて黒島結菜の容姿になるところに物語上の意外性がありますが、太ったピエロも黒島結菜が特殊メイクで演じたそうです。真珠もアラタも不幸な生い立ちであり、その2人がお互いの真実を知って惹かれ合っていく過程が切なく、とても良いです。劇中、真珠が匂いを嗅ぐシーンがたびたびありますが、最後に明らかになるその理由も切ないです。 

 エンディングに流れるオリヴィア・ロドリゴの「ヴァンパイア」が映画の内容に合っていて良かったです(原作者が訳詞監修してました)。



▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間。

「YOLO 百元の恋」

 「百円の恋」(2014年、武正晴監督)の中国版リメイク。ボクシング映画と言うより減量映画で、監督・主演のジャー・リン(「こんにちは、私のお母さん」)は体重を20キロ増やした後に1年かけて50キロ減らしたそうです。100キロ以上ある人が減量すると、腹の皮がだぶつくことがありますが、そんなこともなく、腹筋が割れてるのに感動します。

 105キロから50キロ台までの減量記録は映像とともにエンドクレジットに流れます。80キロ台で一時停滞するのは元の体重がそれぐらいだったからでしょう。それを突破してガンガン減量していくには大変な努力が必要だったはずで敬意を表します。

 映画は前半、太って自堕落な生活を送る32歳の主人公ドゥ・ローインが家を出てボクシングに出会うまでがコメディータッチで描かれます。この部分の演出が緩くてマイナスポイント。本格的なトレーニングを開始するまで長すぎです。後半のトレーニングシーンに流れるのは「ロッキー」のテーマ。これは気分が上がる曲ですが、そのまま使うのは安易で、オリジナルを用意した方が良かったと思います。

 ドラマの出来はジャー・リン本人の痩せる努力に比べると、力の入れ方が足りない印象です。ジャー・リンの減量過程に感動・感心する人が多いわけなので、それをドキュメンタリーにした方が話は早かったでしょう。

 それにしてもコメディエンヌのジャー・リンが今後リバウンドしないかどうか、興味津々です。痩せたままなら、これまでの笑いのパターンを変えていく必要があるでしょうね。
IMDb6.9、ロッテントマト82%(アメリカでは限定公開)
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午後)2時間9分。

「エイリアン ロムルス」

 シリーズ第7作。悪評を目にして期待値が高くなかったこともあって、「予想していたほど悪くはない」というのが率直な感想。確かに過去のエイリアンシリーズ、特に第1作と同じ構図やシチュエーションの場面が多く、第1作の枠組み内で作られているのでオリジナリティーの面ではつらいんですが、サスペンスや恐怖の醸成自体に問題はありません。「ドント・ブリーズ」(2016年)のフェデ・アルバレス監督、よく頑張っています。

 時代は「エイリアン」と「エイリアン2」の間、2142年頃の設定。ジャクソン星の採掘場で過酷な労働を強いられているレイン(ケイリー・スピーニー)と忠実なアンドロイドのアンディ(デヴィッド・ジョンソン)はタイラー(アーリー・ルノー)ら4人に誘われて脱出を決意。小型宇宙船で飛び立つが、目的の惑星に行くには燃料が足りない。ロムルスとレムスという2つのモジュールから成る廃墟の宇宙ステーション・ルネサンス号で燃料を補給することにする。ステーションには多数のエイリアンの幼虫フェイスハガーが冷凍保存されていた。知らずに冷凍装置を解除してしまったことで、目覚めたフェイスハガーたちがレインたちに襲いかかる。

 1作目ではアンドロイドのアッシュ(イアン・ホルム)がノストロモ号の乗組員を裏切る行為(会社の指令には忠実な行為)をしましたが、この映画でもアンディの行動が若者たちの生死を握ります。2020年に亡くなったそのイアン・ホルムが若い姿で登場することに驚きますが、これはアニマトロニクスで、遺族に許可を取り、全米俳優組合にも契約金を払ったそうです。

 疑問があったのはエイリアンの成長速度が速すぎること。クライマックスに登場するアレも含めて、脱皮したら、すぐに成体になるのが上映時間の関係で仕方ないとは言え、リアリティーを欠きますね。
IMDb7.4、メタスコア64点、ロッテントマト80%。
▼観客3人(公開初日の午前)1時間59分。

「幸せのイタリアーノ」

 フランス映画「パリ、嘘つきな恋」(2018年、フランク・デュボスク監督)をリメイクしたイタリア映画。車椅子の美女キアラ(ミリアム・レオーネ)と親しくなるために自分も車椅子の障害者と偽るプレイボーイの主人公ジャンニ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)の物語。大筋、悪くない話なんですが、障害者の描き方など細部に引っかかる部分があり、演出にもう少し細やかな配慮が欲しいところです。監督は「これが私の人生設計」(2014年)のリッカルド・ミラーニ。

 ミリアム・レオーネがとにかくきれいで、彼女を見るだけでも価値があります。レオーネはミス・イタリア出身で、日本でも数本の出演作が公開されていますが、僕は知りませんでした。
IMDb6.4(アメリカでは未公開)

「パリ、嘘つきな恋」はIMDb6.5。
観客6人(公開5日目の午後)1時間53分。

「きみの色」

 タイトルは「きみの個性」と言い換えても成立する物語でした。主人公の高校生・日暮トツ子(声:鈴川紗由)は人の感情が色で見えます。きれいな青色を放つ作永きみ(声:高石あかり)に出会いますが、きみは突然、高校を中退。トツ子は古書店でアルバイトしているきみを見つけ、音楽好きのルイ(声:木戸大聖)とともにバンドを組むことになります。

 舞台設定があいまいなんですが、長崎市が協力しているので、長崎が舞台と考えて良いでしょう。トツ子ときみはルイの住む離島を訪れてバンド練習をするようになります。ルイの母親は島で唯一の医師で、ルイに病院を継ぐことを期待しています。ルイは音楽に打ち込んでいることを母親に隠しています。きみも高校を辞めたことを一緒に暮らす祖母に言えていません。

 自分が好きなことと、肉親から期待されていることが違い、悩む若者を描いている点で「ブルーピリオド」と共通するものがあるなと思ってエンドクレジットを見ていたら、脚本は「ブルーピリオド」の吉田玲子でした。監督は「映画 聲の形」「リズと青い鳥」などの山田尚子。
▼観客8人(公開7日目の午後)1時間40分。

「モンキーマン」

 「スラムドッグ$ミリオネア」「グリーン・ナイト」の俳優デヴ・パテルが監督・脚本・製作・主演を務めたアクション。元々はNetflixで配信予定でしたが、作品を見た「ゲット・アウト」「NOPE ノープ」のジョーダン・ピール監督が惚れ込み、プロデューサーとなって劇場公開を後押ししたそうです。インドが舞台ですが、英語作品です。

 主人公は闇のファイトクラブで猿のマスクをかぶって闘い、ヒールとして生計を立てていた。金を稼ぐ目的は幼い頃に母親を殺した悪党たちに復讐するためだった。

 話は復讐譚なので筋立てはシンプルなんですが、前半、主人公の身の上を小出しに断片的に描いているのがまどろっこしいです。直線的に明確に描いた方が良かったでしょうし、恨みの対象である2人のうち、ボスの方をもっと詳しく描いた方が良かったと思います。

 厨房のアクションは「ジョン・ウィック」や「アトミック・ブロンド」を、クライマックスは「燃えよドラゴン」を思わせました。デヴ・パテルはそうしたアクションの影響が濃厚のようです。これまでおとなしい役が多かったですが、体も筋肉質に鍛えているので、今後はアクションが増えていくのかもしれません。

 中盤、敵に襲われて重傷を負った主人公を助けるヒジュラとは、Wikipediaによると、「インド、パキスタン、バングラデシュなど南アジアにおける、男性でも女性でもない第三の性(性別)」で、聖者として宗教儀礼に携わったり、この映画の集団のように差別される場合もあるそうです。
IMDb6.9、メタスコア70点、ロッテントマト89%。
▼観客5人(公開13日目の午後)2時間1分。