2024/04/07(日)「アイアンクロー」ほか(4月第1週のレビュー)

 2021年に放送され、評判となったテレビアニメ「オッドタクシー」と同じ物語世界のドラマ「RoOT」(テレ東系)が始まりました。脚本の此元和津也が原作を書いたコミック「RoOT / ルート オブ オッドタクシー」を基にしたドラマで、「不適切にもほどがある!」でブレイクした河合優実主演。1回目を見たら、さっそく女子高生の失踪と彼女を乗せたタクシーの運転手・小戸川(「オッドタクシー」の主役)が登場しました。河合優実は探偵役で新人探偵の坂東龍汰とともに失踪事件を調べていく展開。「オッドタクシー」を別視点で描いていくようです。小戸川を演じるのは映画「恋人たち」(2015年、橋口亮輔監督)などの篠原篤。Netflixの独占見放題で、TVerでは配信していません。

 ドラマでもう1本、話題なのが今泉力哉監督の「からかい上手の高木さん」(TBS系)。アニメも人気を呼んだ山本崇一朗原作コミックのドラマ化。中学生の西片(黒川想矢)が同じクラスで隣の席の高木さん(月島琉衣)にからかわれる日々を微笑ましく描いています。これはTVerで配信していますが、Netflixが先行していて既に3話まで進んでます。来月末に公開予定の劇場版はこの10年後を描き、西片を高橋文哉、高木さんを永野芽郁が演じます。

「アイアンクロー」

 そんなに熱心にプロレスを見ていたわけではありませんが、鉄の爪フリッツ・フォン・エリックはよく知っています。頭をつかむアイアンクローだけでなく、腹部をつかむストマッククローも有名で、当時の小中学生はよく真似していました。その後、プロレスを見ることは少なくなったため、フォン・エリックの一家がこんな悲劇に見舞われていたことは知りませんでした。

 悪役レスラーとして名を馳せた父フリッツには6人の息子がいました。映画は幼い頃に事故死した長男のジュニア以下、ケビン、デビッド、ケリー、マイクの5人を描いています。末弟のクリスは登場しませんが、ケビンとデビッド以外のクリスを含む3人はいずれも自殺しています。それはなぜか、を映画は描いていきます。

 映画を見ると、端的に両親に原因があることが分かります。引退後もプロモーターとしてプロレスで生計を立てていたフリッツは息子たちにNWA世界チャンピオンになることを求めます。兄弟たちは尊敬する父親の期待に応えようとして無理をしていました。音楽や陸上競技の道をあきらめ、レスラーになった兄弟もいますし、来日中にホテルで急死した三男デビッドも無理がたたったためでしょう。

 痛ましいのは四男ケリー。期待に応えてNWAの王者となりますが、バイク事故で右足を切断。激痛に耐えて復帰したものの、ドラッグに溺れた末、自殺してしまいます。

 プロレスファンだったというショーン・ダーキン監督は唯一生き残ったケビンに取材し、脚本をケビン中心に組み立てています。ケビンを演じるのは筋肉の塊に体を仕上げたザック・エフロン。ケビンが「呪われた一家」の難を逃れたのは結婚して妻(リリー・ジェームズ)と子供たちとの幸福な家庭を持てたことが大きかったと思います。

 対父親との関係では苦しいことが多かった兄弟たちですが、兄弟同士は仲が良かったようです。亡くなった4人が天国で顔を合わせる場面の幸福感が救いになっています。ダーキン監督の演出は真正面から題材に取り組む姿勢に好感が持てました。プロレスファンだけでなく、子供に干渉しすぎる親(当人に自覚はないでしょうが)も必見です。
IMDb7.7、メタスコア73点、ロッテントマト89%。
▼観客8人(公開初日の午前)2時間10分。

「ソウルメイト」

 女性2人の友情を描いた中国映画「ソウルメイト 七月と安生」(2016年、デレク・ツァン監督)の韓国版リメイク。七月(マー・スーチュン)がハウン(チョン・ソニ)、安生(チョウ・ドンユイ)がミソ(キム・ダミ)となっています。リメイクとしては主演2人の好演のおかげで悪い出来ではありませんが、デレク・ツァンの演出の緊密さには及びませんでした。

 オリジナルは1時間50分でリメイクより14分短いですが、序盤のミソの貧しさはオリジナルの方が詳しく描いていました。そこだけでなく、全般的に描写の簡潔さ・鋭さ・鮮烈さではオリジナルの方が上ですね。監督はミン・ヨングン。
IMDb7.4、ロッテントマト95%(観客スコア)。アメリカでは限定公開。
▼観客8人(公開6日目の午後)2時間4分。

「ゴーストバスターズ フローズン・サマー」

 「ゴーストバスターズ アフターライフ」(2020年、ジェイソン・ライトマン監督)に続くシリーズ5作目。といっても3作目の女性版「ゴーストバスターズ」(2016年、ポール・フェイグ監督)はオリジナルキャストが別の役名でカメオ出演したリブート作品だったので、シリーズとして話がつながっているのは4作目となります。

 封印されていた史上最強のゴースト“ガラッカ”が解き放たれてしまい、真夏のニューヨークが氷の世界に一変する。前作でゴーストバスターズを引き継いだスペングラー一家がそれに対抗する、というストーリー。

 スペングラー家の祖父イゴン・スペングラーは第1作の脚本も書いた故ハロルド・ライミス(2014年死去)が演じていました。その孫を前作から演じているのが傑作「gifted ギフテッド」(2017年、マーク・ウェッブ監督)で天才少女を演じたマッケナ・グレイス。ストーリー上は正統な続編と言えるんですが、残念ながらキャラクターがビル・マーレー、ダン・エイクロイドら旧シリーズの面々のおかしさ、ユニークさに負けています。ビル・マーレーが出てくると、途端に映画が面白くなる、あるいは面白くなりそうな期待を持たせるんです。

 監督は前作で脚本を担当したギル・キーナン。演出の緩さが致命的で、VFXも普通の出来なのがつらいところです。
IMDb6.2、メタスコア46点、ロッテントマト44%。
▼観客3人(公開4日目の午後)1時間55分。

「十角館の殺人」

 1987年に出版された綾辻行人のデビュー作で新本格ブームを巻き起こした名作をHuluがドラマ化(全5話)。「あの1行の衝撃、まさかの実写化」というコピーで、その1行をどう映像化しているか興味があったので見ました(原作読んでます)。「あの1行」とは孤島の連続殺人犯が明らかになる場面のこと。

 講談社のサイトからあらすじを引用すると、「十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の7人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける!」という物語です。

 叙述トリックなので映像化は難しいんですが、まあまあ頑張ってました。ただ、犯人の隠し方が視覚的に鬱陶しいですし、殺されていく大学生たちの演技がイマイチうまくないので、一気見するほど面白くはありません。

 我慢して見ていくと、原作未読の人は第4話のラストで驚くかもしれません。出演は奥智哉、青木崇高、角田晃広、仲村トオル、長濱ねるなど。監督は「相棒」シリーズなどミステリ系のドラマを多く演出している内片輝。

2024/03/31(日)「ヴェルクマイスター・ハーモニー」ほか(3月第5週のレビュー)

 WOWOWで長年続いた映画情報番組の「ハリウッド・エクスプレス」と「映画工房」が3月で終わりました。これ、どう考えてもコスト削減が理由でしょ? WOWOWは加入件数が減少傾向(2月現在250万件を割って245万件余り)にあり、動画配信サービスとの競争激化で将来性に疑問があるためか株価も下がってます。WOWOWの経営陣は、他にない貴重なコンテンツをなくすことが競争力をさらに落とすことにつながる、ということを分かっていないようですね。

「ヴェルクマイスター・ハーモニー」

 ハンガリーのタル・ベーラ監督が7時間18分の「サタンタンゴ」(1994年)の次に撮った2000年の作品。日本での初公開は2002年6月で、この年のキネ旬ベストテン39位でした。

 荒廃した田舎町が舞台。ヴァルシュカ・ヤーノシュ(ラルス・ルドルフ)は郵便配達で、仕事と家の往復の中、老音楽家エステル(ペーター・フィッツ)の世話をしている。エステルは18世紀の音楽家ヴェルクマイスターへの批判をテープに口述記録していた。エステル夫人(ハンナ・シグラ)が風紀を正す運動に協力するようエステルを説得して欲しいとヤーノシュを訪ねてくる。ヤノーシュは広場に何かが来ているという噂を耳にし、広場に向かうと、トラックを取り囲む多くの人たちがいた。トラックに乗り込んだ彼が目にしたのは巨大なクジラだった。ヤノーシュは不気味に光るクジラの目に魅了される。やがて街では次々と暴動が起こる。暴動に参加した群衆は病院に向かい、患者を次々と襲っていく。

 予備知識ゼロで見たので、クライマックスの暴動はハンガリーの史実に基づいているのかと思いましたが、そうではありませでした。「これは、永遠の衝突について――本能的な未開と文明化を巡る数百年の争い――全東欧のこの2世紀を決定付けた歴史的経緯に関する作品です」とタル・ベーラは語っています。具体的な事件を参照したものではないわけです。

 しかし、弱い立場にある病院の入院患者に暴力を振るう理由がよく分かりません。タル・ベーラはこう説明しています。
「暴動に参加した人たちは、文明にかかわるもの全てを破壊しようと思っている。弱者の代表である病院を襲うというのは、究極の襲撃なのだ。病院まで襲ってしまったらその先はない」

 いや、だから病院を襲う前に政治家であったり、権力者であったり、庶民を虐げて美味い汁をすすっている奴らを襲う描写が必要でしょう。病院の襲撃描写だけでは単なる弱い者いじめにしか見えません。権力者専門の病院だったとか、病院を権力者側に置く設定が必要だったと思います。こういう暴動は革命にはつながらず、迷惑なだけです。

 全編がわずか37カットで長回しが多く、描写に力がこもっているのは「サタンタンゴ」や「ニーチェの馬」(2011年)など他の作品と同様です。パンフレットによると、「世界に衝撃を与えた記念碑的作品」とのことですが、技術的にはともかく、話の作りには疑問を感じました。
IMDb8.0、メタスコア92点、ロッテントマト98%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間25分。

「オッペンハイマー」

 原爆の父と呼ばれるJ・ロバート・オッペンハイマーを描いたクリストファー・ノーラン監督作品。アカデミー賞で作品・監督・主演男優(キリアン・マーフィー)・助演男優(ロバート・ダウニー・ジュニア)など7部門を受賞しました。

 3時間の大作ですが、日本人として興味を引くのは、やはり、始まって1時間半あたりからの広島・長崎への原爆投下に関する部分。具体的な原爆被害の惨状を描いていないとして批判する向きもありますが、オッペンハイマーの生涯を描く作品として必須のものではなかったと僕は思います。

 原爆投下の報告会で上映される映像からオッペンハイマーが目を背けるシーンがあります。被害が想像以上だったからこそ、オッペンハイマーは戦後、より大きな破壊力を持つ水爆の開発には反対したのでしょう。「大きすぎる火は何も生まない」(「風の谷のナウシカ」)ことを認識し、水爆を使う場所なんてないことをオッペンハイマーは強く主張していきます。このために「原爆の父」の栄誉から一転して、共産主義者(ソ連のスパイ)の疑いをかけられ、非難され、公職追放処分を受けることになります。

 この映画を5回見たという町山智浩さんは「3回ぐらい見ないと分からない」とラジオで話していました。登場人物の説明がほとんどなく、中には名前さえ呼ばれない人物もいるため、話の細部が分かりにくくなった側面はあります。一般の観客は劇場で2回も3回も同じ映画を見ることは少ないですから、その意味で映画の作りにはもう少し配慮があっても良かったでしょう。それでもオッペンハイマーの栄光と没落については十分に伝わってきます。

 池のほとりでオッペンハイマーがアインシュタイン(トム・コンティ)と言葉を交わすシーンが印象的です。相対性理論で革命的な業績を上げたアインシュタインは量子物理学では間違えました(この映画にも出てくるボーア(ケネス・ブラナー)が量子物理学では大きな功績を残しました)。序盤、人生の上り坂にあったオッペンハイマーは下り坂のアインシュタインと話すわけですが、映画はラスト、もう一度この場面を描いています。

 クリストファー・ノーランは短いカットとエピソードをテンポ良く並べて語っていきます。情緒に偏らない理知的な作風は「デューン 砂の惑星」のドゥニ・ヴィルヌーヴと共通するところもありますが、総合的な演出力ではノーランが一歩リードしていると感じました。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)3時間。

「落下の解剖学」

 第76回カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー脚本賞受賞。人里離れた山荘の3階の窓から落下して死亡しているのが見つかった夫(スワン・アルロー)の妻(ザンドラ・ヒュラー)に殺人の疑いがかけられるサスペンスです。

 ミステリーのような構成ですが、自殺か他殺かの謎があるだけで一般的なミステリーではありません。普通のミステリーなら裁判が終わった後にもう一度話をひっくり返すところでしょう。

 妻には女性と不倫した過去があり、死の前日に夫と激しく言い争った時の録音も発見されて夫婦仲が良くなかったことが分かります。2人の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)は夫の運転する車で事故に遭ったことで視覚障害を負い、それが夫婦仲に影響したことも分かります。「落下の解剖学」というより夫婦の解剖学といった内容です。

 監督はジュスティーヌ・トリエ。脚本はトリエのパートナーであるアルチュール・アラリ(「ONODA 一万夜を越えて」監督)との共同。

 “Anatomy of a Fall”のタイトルはオットー・プレミンジャー監督の「或る殺人」(Anatomy of a Murder、1959年)を意識しているようです。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)2時間32分。

2024/03/24(日)「コット、はじまりの夏」ほか(3月第4週のレビュー)

「コット、はじまりの夏」

 夏休みに親戚夫婦に預けられた9歳の孤独な少女コットを描くアイルランド映画。「珠玉」という表現がぴったりの傑作で、昨年のアカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされました。受賞した「西部戦線異状なし」(2022年、ドイツ、エドワード・ベルガー監督)も重厚な力作でしたが、ほとんど差はないレベルだと思います。監督はこれが第1作のコルム・バレード。

 1981年、アイルランドの田舎町が舞台。コット(キャサリン・クリンチ)の家は父親が賭けに熱中して金に困窮し、母親は子だくさんのためコットに手が回らない状態。学校でも阻害されているコットは夜尿症が治らず、無口な少女になっており、明らかに親の愛情が足りていないと思わせます。遠い親戚の家に預けられるのは、父親が「いつまでいてもいい」と言うほどなので口減らしの意味が大きいでしょう。

 コットを喜んで迎え入れるのは酪農を営むショーン(アンドリュー・ベネット)とアイリン(キャリー・クロウリー)のキンセラ夫妻。当初、戸惑っていたコットはアイリンに髪を梳かしてもらったり、ショーンと一緒に子牛の世話をすることで自分の居場所をみつけていきます。

 コットは心に傷を負っていますが、この夫婦もまた過去の悲劇的な事故から立ち直っていません。バレード監督はそうした3人が絆を深めていく過程を日常の小さな描写を積み重ねることで描いていきます。この演出方法はオーソドックスかつ普遍的なもので、だからこそ何度も胸を打たれるのは必至。まったく、感心するほどうまい描き方です。

 コットとショーンがゆっくりと心を通わせていくのを見て、ハイジとアルムおんじのようだと思っていたら、2人で「アルプスの少女ハイジ」を読む場面がありました。クレア・キーガンの原作にこの描写があるのかどうか分かりませんが、映画はそれをイメージしていたのかもしれません。

 公式サイトに「ベルリン国際映画祭グランプリ 国際ジェネレーション部門(Kplus)」とあります。これは金熊賞のような全体のグランプリではなく、11人の子供審査員が選んだ最優秀賞のようです。むしろ大人の方に大きくアピールする映画でしょう。
IMDb7.7、メタスコア89点、ロッテントマト97%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)1時間35分。

「ビヨンド・ユートピア 脱北」

 北朝鮮の恐ろしさを描いたこういうドキュメンタリーを見ると、ブームになった「愛の不時着」なんて「何を能天気なことを」と思ってしまいますが、脱北の支援活動を行っている韓国のキム・ソンウン牧師の奥さんは北朝鮮出身。奥さんのひと目ぼれだったそうです。その理由がおかしく、「北朝鮮の男性はやせた人ばかり。牧師を見て金正日さまと同じ体型だったため」好きになったんだとか。

 映画が描くのは2つの家族の脱北の過程。幼い子供2人と80代の祖母を含む5人家族は中国からベトナム、ラオスを経てタイに至る危険で困難な道を進むことになります。韓国と北朝鮮の国境には200万個の地雷が埋められ、警戒も厳重なため突破は難しく、だからこんなに遠回りをしなくてはいけないわけですが、ベトナムとラオスも北朝鮮の友好国なのでタイに着くまでは気が抜けません。この過程が脱北ブローカーによって撮影されていて、フィクションのようなサスペンスに満ちています(ベトナムとラオスでの撮影は映画のスタッフによるもの)。

 もう一つの家族は北朝鮮にいる息子と、韓国で息子を待つ脱北した母親。こちらは母親とブローカーとの電話で経過が描かれます。

 具体的な脱北の過程を撮影できたのが大きく、空前の映像と言って良いでしょう。外部からの情報が遮断された北朝鮮の国民には自分たちがいかにひどい状態に置かれているか知るすべがなく、それが独裁体制が終わらない原因だと思います。これを何とかしてほしいところ。

 マドレーヌ・ギャビン監督は編集者出身で、監督作には戦争で荒廃したコンゴで性暴力を受けた女性のために設立された組織を描くドキュメンタリー「シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声」(2016年、Netflix)があります。
IMDb8.0、メタスコア84点、ロッテントマト100%。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間55分。

「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章」

 浅野いにお原作コミック(全12巻)のアニメ化。後章は当初、4月19日公開予定でしたが、5月24日に延期されました。前章で提示された謎が宙ぶらりんの状態で2カ月は長すぎます。

 東京上空に巨大な宇宙船が現れて3年。自衛隊は時折、侵略者たちを駆逐している。「地球がくそヤバい」非日常的な光景の下では高校生の小山門出(幾田りら)と“おんたん”こと中川凰蘭(あの)たちが普通に暮らしていた。

 幾田りらとあのちゃんが主人公2人の声優を務めているのが話題で、あのちゃんは「ぼく」を自称するいつものしゃべり方ですし(といっても、原作のおんたんも「ぼく」です。だから、あのちゃんをキャスティングしたんでしょうかね)、普通に考えれば、幾田りらの方が中心になるはず。しかし、中盤の過去のシーンであのちゃんは「わたし」を使い、ストーリーの流れから見ても中心なのはあのちゃんの方でした。これは大きく意外。この過去の場面が物語のポイントなのでしょう。SF設定の中にいじめや引きこもり、恋愛などさまざまな要素を無理なく詰め込んだ作劇は面白く、後章への期待が大きくなります。

 監督は「ぼくらのよあけ」(2022年)の黒川智之、脚本は「若おかみは小学生!」(2018年)「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(2020年)などの吉田玲子。一つ一つのエピソードは原作に忠実ですが、構成を大きく変えているようです。

 原作はamazonとU-NEXTで期間限定無料だったので4巻まで読みました。残りを読むか、2カ月待つか、悩むところです。
▼観客7人(公開初日の午前)2時間。

「違う惑星の変な恋人」

 思いのベクトルが一方通行で交わらない4人の男女を描く恋愛群像コメディ。

 同じ美容室で働くむっちゃん(莉子)とグリコ(筧美和子)。その美容室にグリコの元カレのモー(綱啓永)がやってくる。モーはグリコに復縁を迫っていた。グリコはシンガーソングライター・ナカヤマシューコ(みらん)のライブで、旧知のベンジー(中島歩)と再会。同行していたムッちゃんはベンジーに一目惚れする。ベンジーはナカヤマシューコと関係を持っていて、むっちゃんからの恋心も知っていたが、グリコに惹かれていた。恋の矢印を整理するために、4人は一堂に会する。

 セリフがいちいちおかしくて、4人が集まって話し合う場面は爆笑です。木村聡志監督の演出も的確。タイトルは終盤にあるモーがむっちゃんに言うセリフ「それなら、俺は空なんか簡単に飛び越えて、一緒にいて楽しい気持ちだけで、その燃料だけで違う惑星にだって連れてってやるよ」から来ているようです。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間56分。

「FLY! フライ!」

 安全で住み慣れた池を離れて初めての渡りをすることにしたカモ一家を描くアニメーション。ジャマイカを目指す旅の途中でさまざまな危険な目に遭いますが、何とか切り抜け、たくましくなっていきます。

 傑作の多いイルミネーション製作ですが、物語が予想の範囲にとどまり、平凡な出来でした。バンジャマン・レネール監督はアカデミー長編アニメ映画賞候補となった「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」(2012年、フランス)の監督の1人。
IMDb6.7、メタスコア56点、ロッテントマト73%。
▼観客20人足らず(公開7日目の午後)1時間23分。

2024/03/17(日)「デューン 砂の惑星 PART2」ほか(3月第3週のレビュー)

「デューン 砂の惑星 PART2」

 3年ぶりの続編。前作はVFXが素晴らしかったですが、話はそんなに進まず、ハルコンネン家に襲われて父親を殺された主人公ポール・アトレイデス(ティモシー・シャラメ)と母レディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)がデューンと呼ばれる辺境の惑星アラキスに逃げてきたところで終わりました。

 続編では砂漠の民フレメンの救世主として台頭し、ハルコンネン家に復讐するポールの姿が描かれます。巨大なサンドワーム(砂虫)をはじめ、今回もVFXが高いレベルを達成していて、来年のアカデミー賞で視覚効果賞ノミネートは確実。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督らしい正攻法の重厚なタッチで2時間46分の長尺を飽きさせません。できるだけ音響の良い大きなスクリーンで見た方が良い映画になっています。前作の振り返りはないので、アラキスだけに存在し、争奪戦となっている香料(メランジ)の意味などこの映画だけでは分からない部分もあり、前作は見ておいた方が良いです。

 今回のメインの敵はクライマックスでポールと対決するハルコンネン家のフェイド=ラウサで、異常性と残虐性を備えたラウサを「エルヴィス」(2022年、バズ・ラーマン監督)のオースティン・バトラーが不気味に演じています(この役、デヴィッド・リンチ版ではスティングが演じました)。

 フランク・ハーバート原作の完璧な映像化、といいたいところですが、惜しむらくはエモーショナルな高まりが不足気味です。ポールは何を考えているのか分からないところがあり、感情を表に出すこともまれです(これはヴィルヌーヴの他の作品にも言えることです)。エモーショナルな部分を引き受けているのはポールと愛し合うことになるフレメンのチャニ(ゼンデイヤ)で、可哀想な立場に置かれたクライマックスのチャニの姿は悲しいです。

 当然のことながら、まだまだ話は終わらず、第3作も作ってもらわないと困ります。ヴィルヌーヴは第3作の脚本を執筆中だそうですが、製作が決定したわけではありません。この映画のヒットにかかっています。
IMDb8.9、メタスコア79点、ロッテントマト92%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間46分。

「DOGMAN ドッグマン」

 リュック・ベッソン監督が実話をヒントに作ったアクション。といっても、実話をヒントにしたのは主人公が犬の檻の中で育ったという部分だけ。一つではなくフランス、アメリカ、ルーマニアでの事例を参考にしたそうです。アニメの「狼少年ケン」(1963年)をはじめ、犬や狼に育てられた人間という設定の物語はたくさんありますが、ベッソンが作ると、当然のようにノワールなアクションになりますね。

 警察の検問で止められたトラックに多数の犬がいて、運転席にはけがをした女装の男がいた。男は警察で精神科医のデッカー(ジョージョー・T・ギッブス)にこれまでの半生を話す、という形で主人公ダグラス(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)の物語が描かれます。

 ダグラスは犬の檻で父親から撃たれ、下半身不随となり、車椅子で生活しています。養護施設で憧れた女性への恋はかなわず、ドラアグクイーンとなり、犬を使った盗みがギャングに知られて襲われることになります。傑作「ニキータ」(1990年)や「レオン」(1994年)のレベルには達していませんが、クセのある主人公の設定などベッソンらしいアクションだと思います。
IMDb6.7、メタスコア40点、ロッテントマト61%。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間54分。

「あの夏のルカ」

 コロナ禍のため配信スルーだったピクサーの3作品(「私ときどきレッサーパンダ」「あの夏のルカ」「ソウルフル・ワールド」)が劇場公開されることになりましたが、これだけ見ていませんでした。「ローマの休日」風のポスターがあり、スクーターのヴェスパが登場するので恐らく1950年代が舞台。北イタリアの地中海沿岸の町で、海に住むシー・モンスターの少年ルカの冒険と成長を描いています。ルカは掟を破って陸に上がり、同じくシー・モンスターのアルベルトとともに正体を隠しながら人間の世界を冒険する、というストーリー。

 シー・モンスターは陸に上がって体が乾くと、人間の姿になりますが、濡れると元に戻るという設定です。見ているうちに、見覚えのあるシーンがたくさん。見ていなかったというのは勘違いで、見たことを記録していなかっただけのようです。というか、ボーっと見てたんでしょうね。人種差別の比喩も盛り込みつつ、しっかりと作られた少年少女向けの3DCGアニメでした。

 日本版のエンドクレジットで2曲目に流れるのは井上陽水の名曲「夏休み」。ヨルシカのボーカルsuisが歌ってます。監督は短編「月と少年」(2011年)のエンリコ・カサローザ。1時間36分。
IMDb7.4、メタスコア71点、ロッテントマト91%。

「映画 マイホームヒーロー」

 原作コミック(山川直輝原作、朝基まさし作画)のテレビドラマ版の7年後を描く劇場版。この原作は一昨年、アニメにもなりましたが、死体を溶かし、解体するなど陰惨な印象が強くて3話ぐらいで見るのをやめました。ドラマが見続けられたのは主人公を演じる佐々木蔵之介が明るいキャラだからでしょう。

 ドラマ版は娘の零花(齋藤飛鳥)に暴力を振るい、さらに殺そうとしていた半グレの麻取延人(内藤秀一郎)を主人公の鳥栖哲雄(佐々木蔵之介)が殺してしまったことから半グレ組織に狙われるというストーリーでした。ラストで延人の父親義辰(吉田栄作)は自殺して罪を哲雄に着せようとしますが、哲雄は義辰の死体を山中に埋め、逃げおおせました。

 ところが、その死体を埋めた場所で土砂崩れが発生し、死体が発見されてしまうというのが映画の発端。義辰となくなった10億円の行方を捜していた半グレ組織から再び哲雄が狙われることになります。今回初めて出てきた10億円の話など脚本に穴が多いのが残念ですが、刑事になった零花を演じる齋藤飛鳥はサンドバッグへのパンチや蹴りでキレのある動きを見せて感心しました。できれば、本格的な格闘シーンも欲しかったところ。人気アイドルなので、けがの恐れのあるシーンは無理なのでしょうね。
▼観客12人(公開7日目の午後)1時間57分。

「ダムゼル 運命を拓きし者」

 「ストレンジャー・シングス 未知の世界」のミリー・ボビー・ブラウンが主演したNetflixオリジナル作品。主人公エロディはハンサムな王子と結婚することになるが、その結婚は王族が過去に交わしたドラゴンとの契約を守るため彼女をいけにえにするものだった。ドラゴンのいる洞窟に投げ込まれたエロディは必死に脱出を図る。

 ダムゼルは乙女の意味。テレビスケールの話ですが、ブラウンは頑張っていて、以前よりきれいになった印象も。共演はアンジェラ・バセット、レイ・ウインストーン、ロビン・ライトなど。監督は「28週後…」などのファン・カルロス・フレナディージョ。1時間50分。
IMDb6.2、メタスコア46点、ロッテントマト58%。

2024/03/11(月)第96回アカデミー賞受賞結果

 第96回アカデミー賞の授賞式が11日あり、クリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」が作品・監督など7部門を受賞しました。結果は次の通りです(★が受賞作)。
【作品賞】
★「オッペンハイマー」
「アメリカン・フィクション」
「落下の解剖学」
「バービー」
「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「マエストロ その音楽と愛と」
「パスト ライブス 再会」
「哀れなるものたち」
「関心領域」

【監督賞】
★クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」
ジュスティーヌ・トリエ「落下の解剖学」
マーティン・スコセッシ「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」
ジョナサン・グレイザー「関心領域」

【主演男優賞】
★キリアン・マーフィー「オッペンハイマー」
ブラッドリークーパー「マエストロ その音楽と愛と」
コールドマン・ドミンゴ「ラスティン ワシントンの『あの日』を作った男」
ポール・ジアマッティ「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
ジェフリー・ライト「アメリカン・フィクション」

【主演女優賞】
★エマ・ストーン「哀れなるものたち」
アネット・ベニング「ナイアド その決意は海を越える」
リリー・グラッドストーン「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
ザンドラ・ヒュラー「落下の解剖学」
キャリー・マリガン「マエストロ その音楽と愛と」

【助演男優賞】
★ロバート・ダウニー・ジュニア「オッペンハイマー」
スターリング・K・ブラウン「アメリカン・フィクション」
ライアン・ゴズリング「バービー」
ロバート・デ・ニーロ「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
マーク・ラファロ「哀れなるものたち」

【助演女優賞】
★デヴァイン・ジョイ・ランドルフ「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
アメリカ・フェレーラ「バービー」
ダニエル・ブルックス「カラーパープル」
ジョディ・フォスター「ナイアド その決意は海を越える」
エミリー・ブラント「オッペンハイマー」

【国際長編映画賞】
★「関心領域」(イギリス)
「Io Capitano(原題)」(イタリア)
「PERFECT DAYS」(日本)
「雪山の絆」(スペイン)
「ありふれた教室」(ドイツ)

【脚本賞】
★ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ「落下の解剖学」
デビッド・ヘミングソン「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
ブラッドリー・クーパー「マエストロ その音楽と愛と」
サミー・バーチ、アレックス・メヒャニク「May December(原題)」
セリーヌ・ソン「パストライブス 再会」

【脚色賞】
★コード・ジェファーソン「アメリカン・フィクション」
グレタ・ガーウィグ、ノア・バームバック「バービー」
クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」
トニー・マクナマラ「哀れなるものたち」
ジョナサン・グレイザー「関心領域」

【撮影賞】
★ホテ・ヴァン・ホイテマ「オッペンハイマー」
エドワード・ラックマン「伯爵」
ロドリゴ・プリエト「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
マシュー・リバティーク「マエストロ その音楽と愛と」
ロビー・ライアン「哀れなるものたち」

【編集賞】
★「オッペンハイマー」
「落下の解剖学」
「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「哀れなるものたち」

【美術賞】
★「哀れなるものたち」
「バービー」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「ナポレオン」
「オッペンハイマー」

【衣装デザイン賞】
★「哀れなるものたち」
「バービー」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「ナポレオン」
「オッペンハイマー」

【メイクアップ・ヘアスタイリング賞】
★「哀れなるものたち」
「Golda(原題)」
「マエストロ その音楽と愛と」
「オッペンハイマー」
「雪山の絆」

【作曲賞】
★ルドウィグ・ゴランソン「オッペンハイマー」
ローラ・カープマン「アメリカン・フィクション」
ジョン・ウィリアムズ「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」
ロビー・ロバートソン「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
イェルスキン・フェンドリックス「哀れなるものたち」

【歌曲賞(主題歌賞)】
★ビリー・アイリッシュ フィニアス・オコネル“What Was I Made for?”「バービー」
“The Fire Inside”「フレーミングホット!チートス物語」
“I’m Just Ken”「バービー」
“It Never Went Away”「ジョン・バティステ アメリカン・シンフォニー」
“Wahzhazhe (A Song For My People)”「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」

【音響賞】
★「関心領域」
「ザ・クリエイター 創造者」
「マエストロ その音楽と愛と」
「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」
「オッペンハイマー」

【視覚効果賞】
★「ゴジラ-1.0」
「ザ・クリエイター 創造者」
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3」
「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」
「ナポレオン」

【長編アニメ映画賞】
★「君たちはどう生きるか」
「マイ・エレメント」
「ニモーナ」
「ロボット・ドリームズ」
「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」

【長編ドキュメンタリー賞】
★「実録 マリウポリの20日間」
「ボビ・ワイン:ゲットー・プレジデント」
「The Eternal Memory(原題)」
「Four Daughters(原題)」
「To Kill a Tiger(原題)」

【短編ドキュメンタリー賞】
★「ラスト・リペア・ショップ」
「禁書のイロハ」
「The Barber of Little Rock(原題)」
「Island in Between(原題)」
「世界の人々:ふたりのおばあちゃん」

【短編アニメ映画賞】
★「War Is Over! Inspired by the Music of John & Yoko(原題)」
「Letter to a Pig(原題)」
「Ninety-Five Senses(原題)」
「Our Uniform(原題)」
「Pachyderme(原題)」

【短編実写映画賞】
★「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」
「彼方に」
「Invincible(原題)」
「Knight of Fortune(原題)」
「Red, White and Blue(原題)」