2024/12/01(日)「正体」ほか(11月第5週のレビュー)

 「ミステリマガジン」1月号が今年のミステリーランキングを掲載しています。国内篇1位は直木賞候補にもなった青崎有吾「地雷グリコ」、海外篇は常連のアンソニー・ホロヴィッツ「死はすぐそばに」でした。

 「地雷グリコ」は昨年12月、「Web本の雑誌」でミステリ評論家の杉江松恋が「令和一おもしろい」と激賞していたので読みました。青崎有吾の名前はWOWOWのドラマ「早朝始発の殺風景」(2022年、プライムビデオでも配信してます)が面白かったので記憶してました。「地雷グリコ」は女子高生の射守矢真兎(いもりや・まと)を主人公にしたゲーム小説の連作短編集で、白熱した展開と逆転のストーリーがかなり面白いです。本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞も受賞しており、1位は当然なのでしょう。若い俳優たちを使った実写にしても良いですが、アニメに向いているような気がします。

 ダブルスコア近い差を付けられての2位は米澤穂信「冬季限定ボンボンショコラ事件」。今年アニメ化された小市民シリーズの4作目にして完結編です。これもそのうちアニメになるのかもしれません。

 海外篇2位はスティーブン・キング「ビリー・サマーズ」。上下巻で6000円近くするので躊躇していましたが、近年のキング作品の中では最も良い評判なので、Yahoo!ショッピングに注文しました。amazonはブラックフライデーセールやってますが、値下げできない本に関してはポイントがたくさん付く日曜日のYahoo!の方がお得です。

「正体」

 染井為人(そめい・ためひと)の原作を藤井道人監督が映画化。一家3人を惨殺した容疑で逮捕され、死刑判決を受けた高校生が拘置所から移送中に逃亡、名前を変え、別人になりすまして逃げ続けるという物語です。警察の捜査がかなり杜撰でリアリティーを欠く描き方なのが難点ですが、藤井監督は主人公が行く先々で出会う人々とのエピソードを情感たっぷりに描き、映画的に完璧な構図の絵作りと相まって作品の格を大きく上げています。いや、ホントにうまい作りです。映画公開前に発表された報知映画賞で作品賞、主演男優賞(横浜流星)、助演女優賞(吉岡里帆)を受賞しました。

 原作と映画のラストは違うと聞いたので、書店で文庫版を手に取りました。巻末のあとがきで作者がそれをばらしています(ご注意です)。原作のラストに関しては異論の声も寄せられたそうですが、それがなくても映画の改変はとても好ましいものになっています。原作のラストは社会派映画であるなら良いのですが、藤井監督は「新聞記者」(2019年)が高い評価を受けたにしても、社会派監督ではなく、「余命10年」(2022年)のようなロマンティシズムに本領を発揮するタイプの監督であると思います。だからこの改変は当然であり、観客の期待する物語の結末としてふさわしいものだと思います。

 映画の根底にあるのは「人を信じる」ということ。吉岡里帆演じるネットニュースの記者・安藤沙耶香が那須(横浜流星)に対して「あなたがやっていないと信じています」と言う場面には胸が熱くなります。工事現場で知り合ったベンゾー(横浜流星)に対して和也(森本慎太郎)が「俺が最初の友だちになってやるよ」と言うのも足をけがした自分に対するベンゾーの親切を信じたからでしょう。

 吉岡里帆は主人公をかくまう動機が最初の脚本では見当たらなかったため藤井監督に相談したそうです。それが痴漢の冤罪事件に見舞われた父親(田中哲司)を信じて裁判を争う設定になったとのこと。原作では8年間不倫を続けていた女性ですが、その設定もなくなり、この変更は理にかなったものだと思います。吉岡里帆は映画の情感の多くを引き受けているほか、ラスト、裁判の判決で無音となるシーンでの表情の変化の演技が素晴らしく、助演賞にも納得します。主演の横浜流星の好演はもちろんですが、この映画、介護施設で同僚の桜井(横浜流星)に惹かれる山田杏奈や鏑木を追う刑事を演じる山田孝之ら出演者がみな良いです。そうした俳優の演技を引き出すのも監督の手腕に入るのでしょう。

 予告編を見た時に主人公が変装して逃げ続けるという設定から「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」(2007年)の容疑者をモデルにしているのかと思いましたが、作者インタビューによると、「書くきっかけになったのは、未成年でも死刑になることがあると知ったこと」で、「イメージを膨らませるきっかけになったのは、警察署から逃走して自転車で日本一周を目指した容疑者」なのだそうです。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間。

「ジョイランド わたしの願い」

 まったく内容を知らずに見ました。見始めてインド映画かと勘違いしましたが、パキスタン映画でした。

 パキスタン2番目の大都市ラホールが舞台。保守的な中流家庭ラナ家の次男ハイダル(アリ・ジュネージョー)は失業中で、家父長制の伝統を重んじる父は「早く仕事を見つけて男児をもうけなさい」とプレッシャーをかけてくる。妻ムムターズ(ラスティ・ファルーク)はメイクアップアーティストの仕事にやりがいを感じており、家計を支えている。ハイダルは就職先として紹介されたダンスシアターでトランスジェンダー女性ビバ(アリーナ・ハーン)と出会う。彼女のパワフルな生き方に惹かれていくが、その恋心が夫婦とラナ家の平穏な日常に波紋を広げていく。

 LGBTQの問題を扱っていることから、国内では上映中止となったそうですが、その後、ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイらの支援で禁止は撤回。パキスタン映画として初めてカンヌ映画祭でプレミア上映され、「ある視点」審査員賞とクィア・パルム賞を受賞しました。

 映画はトランスジェンダーのほか、女性の抑圧された現状も描いています。主人公の妻のラストの選択は唐突にも思えますが、抑圧が積み重なった結果でもあるのでしょう。監督のサーイム・サーディクはラホール出身の33歳。これが初めての長編映画だそうです。

 トランスジェンダーの女性はヒジュラ(第3の性)と字幕で出ます。インド文化圏で特有のジェンダーで、デヴ・パテル監督・主演の「モンキーマン」(2024年)でも描かれていました。パンフレットによると、パキスタンでは2018年に「トランスジェンダー権利保護法」が成立し、権利が法的に認められ、IDカードやパスポートで「X」という性別表記が選択できるそうです。日本よりよほど進んでますね。
IMDb7.6、メタスコア82点、ロッテントマト98%。
▼観客2人(公開2日目の午後)2時間7分。

「リトル・ワンダーズ」

 小さな田舎町を舞台に悪ガキ3人組の1日の冒険を16ミリフィルムで撮影したレトロフューチャーな「新たなこども映画」。ザラザラした感触の外見的な作りは悪くないですが、話が今一つ。魔法が出てくるのだから、もう少しファンタジー寄りにした方が良かったかもしれません。

 アリス(フィービー・フェロ)、ヘイゼル(チャーリー・ストーバー)、ジョディ(スカイラー・ピーターズ)は大の仲良し。ある日、ゲームで遊ぶ代わりとして、ママの大好きなブルーベリーパイを作るためスーパーに行くが、材料の卵を謎の男(チャールズ・ハルフォード)に横取りされる。卵を奪い返すために男を追いかけた3人は、魔女(リオ・ティプトン)が率いる謎の集団“魔法の剣一味”に遭遇、森の中で怪しい企みに巻き込まれてしまう。3人は魔女の娘ペタル(ローレライ・モート)を仲間にして、卵を手に入れようとする。

 監督はこれが長編デビューのウェストン・ラズーリ。フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない」(1959年)の自分版を作りたかったそうで、黒澤明「隠し砦の三悪人」(1958年)のような要素も欲しかったそうですが、目指しても力が足りなかったのは明らかです。
IMDb6.6、メタスコア58点、ロッテントマト79%。
▼観客2人(公開7日目の午後)1時間54分。

「六人の嘘つきな大学生」

 あまり評判良くないようですが、僕は面白く見ました。朝倉秋成の原作は「このミステリーがすごい!」2022年版8位にランクされています。

 エンタテインメント企業スピラリンクスの新卒採用で最終選考に進んだ6人の就活生。全員そろっての内定獲得を目指して選考を迎えるが、勝ち残るのは1人だけであり、その1人は6人で決めるよう伝えられる。1つの席を奪い合うライバルになった6人に追い打ちをかけるかのように6通の謎の封筒が見つかる。そこには6人の嘘と罪が書かれていた。

 6人を演じるのは浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗、山下美月、倉悠貴、西垣匠。浜辺美波のファンは見るべし。監督は「キサラギ」(2007年)、「シティハンター」(2024年)の佐藤祐市。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間53分。