2025/03/09(日)「35年目のラブレター」ほか(3月第1週のレビュー)

 WOWOWの加入件数の減少が止まりません。2021年度以降毎年10万件前後の減少が続いています。2024年度は2月までに102,180件の減少で、加入件数は236万4932件。動画配信サイトより高い視聴料金がネックになっているようです。衛星放送は配信よりコストがかかるので料金が割高になるのは仕方ないんですが、開局当初からの視聴者としてはなんとか打開策を探してほしいところです。
 WOWOWはオンデマンドも充実してきました。もしかしたら、衛星放送をやめて配信専業に移行するのも選択肢としてありじゃないでしょうかね。

「35年目のラブレター」

 読み書きができず定年退職してから夜間中学に通って学んだ男性と妻を描く実話ベースのドラマ。脚本、演出とも百点満点の出来とは思いませんが、足りない部分を笑福亭鶴瓶、原田知世、重岡大毅、上白石萌音ら出演者の好演が大きく補っていて、泣かされること必定の展開でした。悲しくて泣かされるのではなく、主人公同様、相手を思いやる登場人物たちの気持ちの温かさが心にしみます。

 主人公の西畑保(重岡大毅→笑福亭鶴瓶)は貧しい家に生まれ、級友と先生に盗みの疑いをかけられたことから小学2年生で学校に行くのやめた。漢字はまったく読めず、自分の名前も書けないまま成長し、さまざまな職を転々とする。親切な寿司屋の主人に助けられ、寿司職人として働くようになる。35歳の頃、見合いで皎子(上白石萌音→原田知世)と結婚。読み書きができないことを伝えられなかったが、結婚して半年たった頃、自分の署名もできないことを打ち明ける。皎子は「今日から私があんたの手になるわ」と言い、保を支え続ける。

 この俳優4人がまず良いのですが、「ちょっと待ってえな」と言いながら、面接の途中で逃げた保を追いかける寿司屋の主人の笹野高史、学校の入り口で保に声をかける夜間中学の教師・安田顕、「よっこい、しょういち」と笑いながら回覧板を渡す隣家のくわばたりえ、弟妹を助けるために大やけどを負った皎子の姉役の江口のりこらが見ていてほっとするような演技をしています。学校や職場でいじめに遭い、騙されそうになった経験もある主人公がこうした人たちに助けられるエピソードが実に良いです。世の中、人の欠点をあげつらい、攻撃し、優越感に浸るような最低の人間ばかりではないわけです。

 パンフレットによると、企画の発端は塚本連平監督の妻がテレビで西畑さんを取り上げたドキュメント番組を見たこと。その番組は「ザ・世界仰天ニュース」(日テレ、2020年11月放送)のようです。西畑さんは住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)主催の「60歳のラブレター」で2003年に金賞を受賞していますが、新聞社の記者から取材を受けたのは夜間中学に通い、妻にラブレターを渡した頃で、それからテレビなどでも取り上げられ、仰天ニュースに繋がったようです。

 塚本監督は西畑さんに取材を重ね、脚本化していきました。講談社から同名の本(小倉孝保著)が出ていますが、原作にクレジットされていないのは別々の取材の結果だからでしょう(タイアップはしているかもしれません)。

 それにしても何歳になっても学ぼうと努力する人の姿勢は美しいです。見習いたくなります。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間59分。

「ウィキッド ふたりの魔女」

「ウィキッド ふたりの魔女」パンフレット
パンフレットの表紙
 「オズの魔法使い」(ヴィクター・フレミング監督による1939年の映画は「オズの魔法使」)の前日譚の大ヒットミュージカルの映画化。後に邪悪な西の魔女となるエルファバ(シンシア・エリヴォ)と善良な北の魔女グリンダ(アリアナ・グランデ)の敵対と友情の物語となっています。2時間41分の上映時間をかけてもまだパート1ですが、これはこれで完結していて、たっぷり予算をかけた映像の見応えは十分にありました。

 映画「オズの魔法使」で東の魔女は竜巻で飛んできたドロシー(ジュディ・ガーランド)の家の下敷きになって死亡。西の魔女はドロシーに水をかけられて溶けてしまいました。同じ緑色の肌であっても、「ウィキッド」のエルファバはその肌の色から父親に忌み嫌われ、入学したオズの大学の生徒たちからも差別を受けます。しかし、魔法の能力は際立っていて、大学のマダム・モリブル(ミシェル・ヨー)はエルファバをオズの魔法使いがいるエメラルドシティへ向かわせます。グリンダもそれに同行することになりますが、オズの魔法使いはある陰謀を秘めていました。

 監督は「イン・ザ・ハイツ」(2020年)のジョン・M・チュウ。人間と対等に普通に暮らしていた動物たちが突然拘束されたり、肌の色によって差別されたりする描写はテーマとして分かりやすく、歌とダンスも申し分ないですが、物語の構成に目新しさはなく、訴求力には少し欠けるように思いました。シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデは素晴らしいです。個人的には特に素直さと善良さを感じさせるグランデの歌と振る舞いに引かれました。魔女の力に目覚めたエルファバがどうなるのかにも興味がありますが、パート2ではグランデにもっと活躍させてほしいです。
IMDb7.5、メタスコア73点、ロッテントマト88%。
作品、主演女優、助演女優賞などアカデミー10部門にノミネートされ、美術賞と衣装デザイン賞を受賞しました。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間41分。

「TATAMI」

「TATAMI」パンフレット
「TATAMI」パンフレット
 実話を基にした映画化。話のベースになったのは2019年8月、東京で開かれた世界柔道選手権男子81キロ級。イラン代表のサイード・モラエイは決勝まで進めば、イスラエル代表のサギ・ムキと対戦するため、国から棄権を強要されていて、それも影響したためか、準決勝で敗れたそうです。

 映画は主人公を女性に変えています。イラン代表の女子柔道選手レイラ・ホセイニ(アリエンヌ・マンディ)とコーチのマルヤム・ガンバリ(ザーラ・アミール)はイラン初の金メダルを目指し、ジョージアの首都トビリシで開かれた女子世界柔道選手権に挑む。レイラは60キロ級のトーナメント戦に出場。順調に勝ち進むが、イラン政府から棄権を命じられる。このままレイラが勝ち進めば、決勝でイスラエルの選手と戦う可能性があるからだ。政府はレイラの両親を拘束して棄権を迫る。夫と子供は国境を目指して逃げた。イラン政府に従うか、戦い続けるか。レイラとマルヤムは決断を迫られる。

 試合場面の迫力と追い詰められる2人のサスペンスが効果を上げています。映画の中ではイランがイスラエルを国として認めていないから試合することを認めないという説明ですが、パンフレットによると、試合に負けた場合、最高指導者の面目がつぶれるために避けているのだそうです。監督はガイ・ナッティブとザーラ・アミール。
IMDb7.5、ロッテントマト83%(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。

「小学校 それは小さな社会」

 東京都世田谷区の小学校を長期取材したドキュメンタリー。短縮版の「Instruments of a Beating Heart」(23分)はアカデミー短編ドキュメンタリー賞にノミネートされましたが、受賞は逃しました。元の映画は1年以上にわたって取材し、1学期、2学期、3学期を経て新入生の入学式までが描かれています。その意味で、短縮版は全体のクライマックスに相当するものと言えるでしょう。

 短縮版は入学式で演奏する児童がメインでしたが、長編版は先生たちにもスポットが当てられて興味深かったです。短縮版の主人公と言える1年生のあやめちゃんはアカデミー賞授賞式のレッドカーペットで山崎エマ監督と一緒にNHKのインタビューに答えていました。NHKが共同製作なので、本編はそのうちNHKで放映されるんじゃないでしょうか。
IMDb7.2(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客11人(再公開6日目の午前)1時間39分。

「パピヨン」

 胸に蝶の刺青があることからパピヨンと呼ばれた男の監獄島からの脱獄を描いた同名小説の映画化。1931年、無実の罪で終身労働を宣告され、南米の仏領ギアナの刑務所に送られたアンリ・シャリエールが何度も失敗した後に脱獄に成功する、という物語。

 1973年の作品なので劇場でリアルタイムでは見ていません。テレビでは数回見ていますし、WOWOWから録画したのも持ってますが、劇場で見ておきたかった作品でした。

 パピヨンを演じるスティーブ・マックイーンと親友ドガ役のダスティン・ホフマンは良いですが、映画自体はそれほどの傑作ではないと思います。囚人たちの描写が「猿の惑星」(1968年)に似ていると思えるのは監督がフランクリン・J・シャフナーだからでしょう。脚本はダルトン・トランボとロレンツォ・センプル・ジュニア。

 脱獄に成功し、椰子の実のイカダにつかまったパピヨンの最後のセリフはテレビでは「俺はくたばらねえぞ!」だったと記憶しています。映画の字幕は「俺は生きてるぜ!」だったかな。英語のセリフは「Hey You, Bastard! I'm Still Here!」でした。

 パピヨンが収監されたのは南アメリカの悪魔島(ディアブル島)。ロマン・ポランスキー監督の「オフィサー・アンド・スパイ」(2019年)の主人公ドレフュス大尉が収監されたのもここでした。
IMDb8.0、メタスコア58点、ロッテントマト73%。
2017年のリメイク版(マイケル・ノアー監督)はIMDb7.2、メタスコア51点、ロッテントマト52%。
▼観客11人(公開7日目の午後)2時間31分。

2025/03/02(日)「ANORA アノーラ」ほか(2月第4週のレビュー)

 例年、アカデミー賞授賞式の前日に発表されるラジー賞、今年は「マダム・ウェブ」(S・J・クラークソン監督)が最低映画賞だそうです。主演のダコタ・ジョンソンは最低女優賞。新作の「ドライブ・イン・マンハッタン」も評判イマイチですし、ダコタ・ジョンソン、作品に恵まれませんね。

「ANORA アノーラ」

「ANORA アノーラ」パンフレット
「ANORA アノーラ」パンフレット
 カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したショーン・ベイカー監督作品。

 ニューヨークのストリップダンサーでロシア系アメリカ人の“アニー”ことアノーラ(マイキー・マディソン)はロシアの富豪の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会う。アニーを気に入ったイヴァンは7日間1万5千ドルで専属契約を結ぶ。贅沢三昧の日々を過ごした2人はラスベガスの教会で衝動的に結婚するが、息子がセックスワーカーと結婚したことを知ったロシアの両親は激怒する。結婚を無効にするため屈強な男たち3人を息子の邸宅へと送る。イヴァンは隙を見て逃走。イヴァンの両親が到着し、アニーは逃げたイヴァンを一緒に捜すことになる。

 予告編で「『プリティ・ウーマン』がディズニー映画のように見えてくる」との批評が引用されていましたが、その通り、金持ちと結婚するシンデレラストーリーの後の出来事が物語の中心。アニーは気の強い女性で3人の男に負けずに思い切り抵抗するのがおかしくて痛快です。弾けた魅力を見せるマイキー・マディソンがジュリア・ロバーツのように売れっ子になるといいなと思います。

 R-18指定。ボカシのかかるシーンはありませんが、セックス描写が多いので一般映画としてはNGとなったようです。アカデミー作品、監督、主演女優賞など6部門ノミネート。助演男優賞にノミネートされたイゴール役の俳優にはユーリー・ボリソフ(Yuriy Borisov)とユーラ・ボリゾフ(Yura Borisov)の2種類の表記があります。ロシア映画「インフル病みのペトロフ家」(2021年、キリル・セレブレニコフ監督)まではユーリーでした。ユーラはアメリカ向けの名前なのでしょう。
IMDb7.7、メタスコア91点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開初日の午前)2時間19分。

「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」

「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」パンフレット
パンフレットの表紙
 1960年代前半、ボブ・ディランの歌手デビューからの5年間を描くドラマ。公民権運動やキューバ危機、ケネディ暗殺など激動の60年代の出来事を背景にしたクロニクル的側面があり、見応えのある内容となっています。

 ディランを演じるのはティモシー・シャラメ。ギターと歌を5年かけて練習し、歌い方と佇まいはディランにそっくりです。「風に吹かれて」「時代は変る」「ミスター・タンブリン・マン」「ライク・ア・ローリングストーン」などのヒット曲が次々に披露され、ディランに詳しくない人にもその魅力が伝わる作りになっています。ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの澄んだ歌声にも感心。「朝日の当たる家」を歌い上げる場面から引き込まれました。バルバロもまた歌とギターは未経験だったとのこと。

 そうした諸々の要素が絡まり合って前半は抜群に面白いです。後半がやや失速するのはエレキギターに変えたディランの変化の理由が今一つ伝わってこないからでしょう。当時の聴衆にも伝わらず、ステージに物を投げられるシーンがあります。

 ディランと恋人のシルヴィ・ルッソ(エル・ファニング)が見に行く映画はベティ・デイヴィス主演の「情熱の航路」(1942年、アーヴィング・ラバー監督)でamazonプライムビデオが配信しています。シルヴィ・ルッソのモデルとなったスージー・ロトロは「グリニッチヴィレッジの青春」という回顧録を出していますが、映画「グリニッチ・ビレッジの青春」(1976年、ポール・マザースキー監督)とは関係ありません。

監督はこの映画にも登場するジョニー・キャッシュを描いた「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」(2005年)のほか、「フォードvsフェラーリ」(2019年)「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」(2023年)などのジェームズ・マンゴールド。アカデミー作品、監督、主演男優賞など8部門ノミネート。
IMDb7.5、メタスコア70点、ロッテントマト81%。
▼観客12人(公開2日目の午前)2時間21分。

「劇場版トリリオンゲーム」

 無料だった原作2巻までを読み、ドラマを4話まで観たところで劇場版を見ました。ドラマの続きではなく、オリジナルの物語なのでドラマを見ていなくてもだいたいの話は通じます。

 原作通りのドラマは面白く見ましたが、映画は新鮮味に欠けた脚本(テレビと同じ羽原大介)の出来が芳しくない上に、演出(村尾嘉昭)も手際が悪いです。目黒蓮、佐野勇斗、今田美桜、福本莉子らの出演者は悪くありません。

 日本では違法なオンラインカジノが問題となっていますが、映画の舞台は日本初のIR構想で完成したカジノリゾートという設定。オンラインがダメで(特区とはいえ)実物は良いとする政府の考え方には疑問を感じます。実物だとなおさらダメでしょ、普通。
▼観客20人ぐらい(公開14日目の午後)1時間58分。

「ゆきてかへらぬ」

「ゆきてかへらぬ」パンフレット
「ゆきてかへらぬ」パンフレット
 大正時代から昭和初期にかけての女優・長谷川泰子(広瀬すず)と詩人・中原中也(木戸大聖)、文芸評論家・小林秀雄(岡田将生)の「奇妙な三角関係」を描くドラマ。20歳の泰子と17歳の中也は京都で出会い、互いに惹かれ合って一緒に暮らし始める。東京に引っ越した2人の家を小林秀雄がふいに訪れる。中也の詩人としての才能を認める小林と小林に一目置かれていることを誇りに思う中原。小林は泰子に惹かれるようになる。

 パンフレットによると、脚本の田中陽造は金子光晴と愛人を描いた「ラブレター」(1981年、東陽一監督)の次にこの脚本を書いたそうですが、当時は昭和初期のセットを組む予算がなくて映画化に至らなかったそうです。長谷川泰子は「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」(角川ソフィア文庫)という告白的自伝を残していますが、映画の原作としてはクレジットされていません。これは田中陽造が「女性の告白は信用できない」ことを「ラブレター」の時に痛感したためで、この映画の細部はほとんど創作だそうです。

 序盤の広瀬すずと木戸大聖だけのドラマに、中盤から岡田将生が登場してくると、途端に画面が落ち着く感じがありました。広瀬すずは近年、若手女優の中では演技力に信頼がおけるようになりましたが、精神的な弱さも抱える長谷川泰子の役を演じるのは少し難しいように思えました。泰子の母親役で瀧内公美、中原の妻役で藤間爽子。柄本佑がゲスト的な出演をしています。

 根岸吉太郎監督が劇場用映画を撮るのは「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009年、キネ旬ベストテン2位)以来16年ぶり。KINENOTEによると、2013年に三島由紀夫の戯曲「近代能楽集」を映画化した「葵上」(54分)と「卒塔婆小町」(51分)を監督していますが、どちらもDVDの企画で劇場未公開でした。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午前)2時間8分。

「おんどりの鳴く前に」

 ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)6冠の辺境サスペンス。サム・ペキンパーの某作品を彷彿させるとの批評を聞いていたのを忘れ、クライマックスの展開に驚きました。ここ、コーエン兄弟の作品を連想した人もいたようですが、確かにそんな感じ。

 ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村で、野心を失い鬱屈とした日々を送る中年警察官イリエ(ユリアン・ポステルニク)。彼は果樹園を営みながらひっそりと第2の人生を送ることを願っていたが、平和なはずの村で惨殺死体が発見された。

 序盤の緩やかな展開をもう少し引き締めた方がミステリーらしくなったと思いますが、クライマックスの衝撃度は減じていたかもしれません。監督のパウル・ネゴエスクは1984年生まれの若手。
IMDb7.3、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客11人(公開6日目の午後)1時間46分。