「Winny」は一世を風靡したファイル共有ソフトWinnyを開発したプログラマー金子勇さんの不当逮捕と裁判をめぐる実話を松本優作監督が映画化。
ナイフで人を刺した事件の場合、ナイフを作った人が罪に問われるかという例が映画の中で示されますが、これが事件の本質を非常に分かりやすく示しています。そんなわけがあるはずないですが、Winny事件で、警察と検察はそれをやってしまいました。2ちゃんねるなどでの書き込みから著作権法違反を幇助するためにWinnyを開発したと強引に主張したわけです。
馬鹿げたことに裁判所も一審では有罪判決を出しました。最終的に最高裁まで争い、金子さんは無罪を勝ち取るわけですが、映画が重点的に描いたのは一審判決まで。この点について松本監督は「最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味での勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました」としています。
映画は同時に愛媛県警の裏金作りを告発した仙波巡査部長(吉岡秀隆)を描きます。これがWinny事件とどう関わってくるのかと思ったら、裏金作りの証拠書類がWinnyで流出してしまったからでした。Winnyの脆弱性を利用したウイルスによってこうした流出事件が続いたほか、匿名の告発ツールとして使えるWinnyを権力側が問題視したのではないかという疑いもあるように思えました。
日本映画には珍しく関係者はすべて実名。松本監督は取材を重ね、実名ドラマに耐えうる内容にしています。三浦貴大演じる弁護士の壇俊光さんは映画に協力し、法廷シーンを細かくチェックしたそうで、「法廷シーンのリアリティーはこの映画がナンバーワン」と自信を見せています。社会派的側面とエンタメ性がうまいバランスの傑作だと思います。
金子さんは最高裁判決の1年半後の2013年、42歳で急死しました。映画の撮影初日、体重を18キロ増やして金子さんを演じた東出昌大を見て、金子さんのお姉さんは号泣したそうです。2時間7分。
▼観客1人(公開7日目の午後)
一般的に芳しくない評価になっていますが、僕はこれもありと思いました。ちょっと長く感じる(中だるみがある)のが玉に瑕ですが、長すぎてうんざりするわけではありません。仮面ライダーとヒロインが2台のトラックに追われて山道をバイクで疾走する冒頭の場面をはじめ、アクション場面にスピード感と迫力があるほか、庵野秀明監督らしい細かい設定で物語を構成しているのが魅力になっています。
1971年の初代仮面ライダーを今の映像技術でリメイクするのは「シン・ウルトラマン」と同じ手法。企画・脚本・製作・編集を担当した「シン・ウルトラマン」より庵野色が強く出たのは、自ら監督しているからでしょう。ウジウジしたバッタオーグこと仮面ライダー=本郷猛(池松壮亮)と強くぶれないヒロイン緑川ルリ子(浜辺美波)というキャラは庵野映画にはおなじみの設定。
特に綾波レイと真希波・マリ・イラストリアスを合わせたような役柄の浜辺美波はビジュアル的には完璧でした。ただ、セクシーさは皆無なのでオタク男子が求める萌えキャラにはなっていません。体にぴったりしたボディスーツを着る場面でもあれば、中高生はイチコロだったでしょう。観客に中高生は少なかったですが。
予告編ではまったく伏せられていましたし、公式サイトにも記載がありませんが、サソリオーグ(怪人)役で長澤まさみが出演。ハチオーグ役の西野七瀬と浜辺美波まで好みの女優を3人も出してくれたので、文句を付ける筋合いはありません。このほか松坂桃李、大森南朋、斎藤工、竹野内豊などなど、よくぞキャストを公開まで伏せてたなと感心します。
アクション監督は田渕景也。橋本環奈主演の「バイオレンスアクション」(2022年、瑠東東一郎監督)でもアクション監督を務めてました。2時間1分。
▼観客多数(公開2日目の午前)
高校で起きた銃乱射事件の被害者家族と加害者家族の対話を描いたドラマ。生徒10人が殺され、犯人の生徒も自殺した事件から6年後、息子の死をいまだに受け入れられない夫婦が加害者の両親と会って話をする機会を得る。
どちらの家族も心に傷を受けており、それを修復するためのこうした対話を「修復的司法」と言うそうです。間違いだと分かっていても、被害者家族は加害者家族を責めてしまいます。どちらにとっても、辛い対話の場ですが、相手の立場を深く知ることで相手を理解することにつながっていきます。ほとんど4人だけで進行するドラマですが、緊張感あふれる対話から目が離せない作品になっています。
俳優のフラン・クランツの初監督作品。1時間51分。
IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開5日目の午後)
中国西北地方の農村を舞台に、貧しい農家の夫婦を描いたドラマ。農家の四男ヨウティエ(ウー・レンリン)は障害のある内気なクイイン(ハイ・チン)と見合い結婚する。お互いに家族から厄介払いされるかのように夫婦になった2人は麦を植え、土から煉瓦を作り、自分たちだけで家を建てる。苦労の多い2人の生活を淡々と描いていきますが、地道にコツコツと生きる姿は美しく、見ていて胸を締め付けられる思いがします。
同時に物質的な豊かさは幸福に必須のものではないと思えてきます。「あなたのお兄さんの家に行った日に見たの。あなたがロバに優しく餌をやっているのを。このロバは…私より幸せだと感じた。あなたはいい人、一緒に暮らせると思った」。クイインは最初に出会った日のことをそう話します。村で一番貧しくても、相手を信頼し、助け合いながら生きている2人は幸福だったのだと思います。
パンフレットによると、時代設定は2011年とのことですが、テレビもない生活なので、もっと昔の時代とばかり思っていました。大地とともに生きる2人の姿は新藤兼人監督の傑作「裸の島」(1960年)の殿山泰司と乙羽信子を彷彿させます。
終盤の唐突な展開には疑問を感じましたが、リー・ルイジュン監督は「永遠の別れというのは生活の一部分であり、誰もが直面しなければならない日常だからです」と話しています。
監督は1983年生まれ。子どもの頃に見た農村での光景が映画の元になっているそうです。中国では口コミやSNSで良さが広まり、公開から2カ月後に興行収入トップとなった後、突然、劇場での上映と配信が打ち切られたそうです。中国政府にどんな意図があったのか分かりませんが、農村の貧しさを描いた内容が問題視されたのでしょうかね。2時間13分。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午後)
さびれた商店街にある映画館「銀平スカラ座」を舞台にしたドラマ。いまおかしんじの脚本を城定秀夫が監督し、久しぶりの小出恵介が主演を務めています。
ある事件にショックを受け、ホームレスとなった映画監督が銀平スカラ座の支配人(吹越満)と知り合い、劇場で働くようになる。同僚のスタッフやベテラン映写技師、役者、ミュージシャン、中学生ら常連客たちと交流し、映画を作っていた頃の自分と向き合う。
新鮮味のある題材とは言えませんし、取り立てて優れているわけではありませんが、僕は普通に面白く見ました。「アルプススタンドのはしの方」の小野梨奈、シンガーソングライターの藤原さくら、小出恵介の元妻役さとうほなみなど、城定監督は女優の趣味が良いです。映画館のバイト役・日高七海は宮崎市出身とのこと。1時間39分。
▼観客4人(公開6日目の午前)
第95回アカデミー賞の授賞式が13日行われ、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品・監督・主演女優・助演女優・脚本など最多7部門で受賞しました。受賞結果は以下の通りです(発表順)。
【長編アニメ映画賞】
「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」
【助演男優賞】
キー・ホイ・クァン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【助演女優賞】
ジェイミー・リー・カーティス「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【長編ドキュメンタリー賞】
「ナワリヌイ」
【短編実写映画賞】
「アン・アイリッシュ・グッドバイ(原題)」
【撮影賞】
「西部戦線異状なし」
【メイク・ヘアスタイリング賞】
「ザ・ホエール」
【衣装デザイン賞】
「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」
【国際長編映画賞】
「西部戦線異状なし」(ドイツ)
【短編ドキュメンタリー賞】
「エレファント・ウィスパラー 聖なる象との絆」
【短編アニメ映画賞】
「ぼく モグラ キツネ 馬」
【美術賞】
「西部戦線異状なし」
【作曲賞】
「西部戦線異状なし」
【視覚効果賞】
「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」
【脚本賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【脚色賞】
「ウーマン・トーキング 私たちの選択」
【音響賞】
「トップガン マーヴェリック」
【歌曲賞】
“Naatu Naatu”「RRR」
【編集賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【監督賞】
ダニエル・シャイナート ダニエル・クワン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【主演男優賞】
ブレンダン・フレイザー「ザ・ホエール」
【主演女優賞】
ミシェル・ヨー「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【作品賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
「オットーという男」はスウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(2015年、ハンネス・ホルム監督、フレドリック・バックマン原作)のリメイク。主演のトム・ハンクスがオリジナルに惚れ込んで企画したとか。「最良のリメイク」と評したレビューがありましたが、僕には「凡庸なリメイク」としか思えませんでした。オリジナルより優れた部分は見当たらず、むしろ、主人公の亡くなった妻の描写など劣った部分が目に付きます。
郊外の住宅地に一人で住むオットー・アンダーソン(トム・ハンクス)は近所のゴミの出し方や駐車の仕方を監視し、ルールを守らない人には注意するなど面倒で近寄りがたい男。最愛の妻に先立たれ、仕事も失ったオットーは自殺しようとするが、向かいの家に引っ越してきたマリソル(マリアナ・トレビーニョ)らメキシコ人一家の邪魔が入ってなかなか実行できない。この一家との交流でオットーの人生は一変していく。
オリジナルはアカデミー外国語映画賞にノミネートされました。個人的に最もグッときたのは若い頃の妻ソーニャ(イーダ・エングウォル)の姿で、不器用な主人公オーヴェを理解し、温かく包み込むような描写に実に心打たれました。ソーニャは事故で車椅子生活になりますが、高校教師として問題行動の多い生徒のクラスを受け持ち、生徒たちから深い信頼を得ます。ソーニャが素晴らしい人柄だっったからこそ、主人公の喪失感の大きさに説得力があるわけです。
「オットーという男」で妻を演じるレイチェル・ケラーはオリジナルのエングウォルほど目立たない上に、脚本・演出が平凡なので割を食っています。若い頃のオットーを演じるのはトム・ハンクスの息子トルーマン・ハンクス。公式サイトには「これが映画デビュー」とありますが、IMDbを検索すると、同じくトム・ハンクス主演の「この茫漠たる荒野で」(2020年、ポール・グリーングラス監督、Netflix配信)にも出ているようです。
昨年のアカデミー作品賞「コーダ あいのうた」の例もありますから、リメイクがすべてダメなわけではありませんが、今回はオリジナルの方が良いと思いました。マーク・フォースター監督、2時間6分。
IMDb7.5、メタスコア51点、ロッテントマト69%。
「幸せなひとりぼっち」の方はIMDb7.7、メタスコア70点、ロッテントマト91%。amazonプライムビデオが配信しています。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)
安楽死を望む父親をめぐる姉妹の物語をフランソワ・オゾン監督が映画化。姉役のソフィー・マルソー(今年56歳)はきれいに年齢を重ねているなあと思いましたが、オゾン監督作にしてはそんなに感心するところもなく、普通の出来だと思いました。
フランスでは安楽死が法律違反となるため、安楽死をサポートするスイスの協会に依頼するわけですが、救急車でスイスへ行くのも一苦労。救命士たちも安楽死に関わると、罰せられるからです。映画はそうした安楽死をめぐる諸問題をユーモアを交えて描いています。
エンドクレジットを見て、スイスの協会の老婦人がハンナ・シグラであることを知り、びっくり。「マリア・ブラウンの結婚」(1979年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督)の印象が強く、おばあさんのイメージはないんですよね。今年79歳なので、おばあさんなのが当然なんですけど。1時間53分。
IMDb6.8、メタスコア67点、ロッテントマト93%。
▼観客2人(公開5日目の午後)
スティーブン・スピルバーグの自伝的作品という先入観で「フェイブルマンズ」を見ると、どれが事実でどれがフィクションか気になるところですが、これは両親が離婚するフェイブルマン一家に起きる話ですし、それ以上に映像の魅力と魔力について言及した部分が印象に残る作品でした。
父バート(ポール・ダノ)と母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とともに「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画の魅力に心を奪われたサミー・フェイブルマンが8ミリカメラで映像を撮り始める序盤は普通レベルの出だしです。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)が撮影したフィルムを編集中に父親の親友ベニー(セス・ローゲン)と母親の親密な姿が映っているのを見つけて、2人の関係に気づく場面からの展開が秀逸です。
サミーはそういう場面ばかりを集めたフィルムをクローゼットの中で母親に見せます。映像を見ているミシェル・ウィリアムズの演技はアカデミー主演女優賞ノミネートが納得できるうまさ。出てきた母親に対するサミーの態度も予想を超えるもので、見事なドラマだと思います。
父親の転職に伴い、転校した高校でのユダヤ人差別の描写を経て、おサボりデー(映画の中ではDitch Dayと言ってますが、Skip Dayなどとも言うそうです)の様子を撮影したサミーのフィルムを見た2人の男子生徒が怒る場面も映像の力を思わせます。姑息で無様な様子を撮影された1人が怒るのは分かるんですが、もう一人、ユダヤ人差別グループのリーダー的存在だった生徒がバレーボールや走りで颯爽とした活躍を見せ、クラスメートから称賛されているのに怒る理由は理解が難しいです。たぶん彼の持つセルフイメージと実際の映像に大きな違いがあったのでしょう。映像は意図したものはもちろん映りますが、撮影時に意図しないものを映すこともあり、予想外の効果を上げることもあるわけです。
母親が言う「すべての出来事には意味がある」「心のままに生きて」という言葉も含蓄のあるものでした。別にこの映画はスピルバーグのベストではありませんが、ドラマの作りと描写のうまさがやっぱり抜きん出ていることを痛感する作品でした。2時間31分。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト92%。
▼観客13人(公開2日目の午前)
カオス、カオス、カオスさらにカオス、そして少しの家族愛。マルチバース(多元宇宙)を「マトリックス」風なタッチで取り入れた作品ですが、ほぼほぼギャグ&ジョーク集。SF味は意外に薄く、思索的な部分が物足りませんでした。全宇宙の危機を家族の危機と絡めたストーリーの底が浅いんです。混乱を突き詰め、目まぐるしい描写を徹底して重ねた斬新さは認めます。
ミシェル・ヨーの起用はやはりアクションができることが大きな理由でしょう。キー・ホイ・クァンもクンフーアクションができるのが意外でした。気になったのは奇抜なメイクで登場するジェイミー・リー・カーティスのボテッとした腹。若い頃はあんなにスリムだったのに。これもメイクなのしれませんが。
監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」(2016年)のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。スイス・アーミー・ナイフのようにいろんなことができる死体を描いた「スイス・アーミー・マン」は漫画的な展開でしたが、この映画もそういう作りです。2時間19分。
IMDb8.0、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客12人(公開初日の午前)
見る前は「高所の恐怖を描いただけの映画でしょ」と舐めた考えでしたが、意外に良い出来で嬉しい驚きでした。
冒頭に描かれるのは絶壁でフリークライミング中の3人の男女。ベッキー(グレイス・フルトン)と夫のダン(メイソン・グッディング)、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)で、ダンはふとしたことから落下して死んでしまう。それから1年、最愛の夫の死から立ち直れないベッキーは酒に逃避していた。そこに世界各地の危険な場所で動画を撮影してきたハンターが訪れ、地上600メートルの鉄塔に登る計画を提案する。無事に登り切ったものの、降りようとしたところで梯子が壊れ、2人は鉄塔のてっぺんに取り残されてしまう。携帯の電波は届かない。食料もない。ハゲタカが襲ってくる。絶望的状況の中で助けを求めるにはどうすれば良いのか。
主人公が失意に陥り、飲んだくれた状態から復活を果たすのは冒険小説の常套的展開。ジャンルとしてはスリラー、サスペンスに分類されるのでしょうが、個人的に一番しっくりくるのはサバイバルもので、極限状況からのサバイバルを描いて、これは記憶すべき作品になってます。
感心したのは「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年、アン・リー監督)を彷彿させる終盤のある仕掛け。舞台が限定されているため展開が制限され、思索的な部分では「ライフ・オブ・パイ」に及びませんが、ストーリーの工夫は褒めたいところです。スコット・マン監督。1時間46分。
IMDb6.4、メタスコア62点、ロッテントマト79%。
▼観客6人(公開初日の午後)
1100万人のユダヤ人の最終解決手段を話し合ったナチスのヴァンゼー会議を描いたドイツ映画。慄然とするのは効率を追求した処分の仕方ですが、ドイツ人とユダヤ人の混血をどうするかという議論になって「おっ」と思います。2分の1の混血も4分の1の混血も殺さずに残すべきだという発言があるからです。ヒューマンな視点からの発言かと思えば、ドイツにとって有用な人材が多いという理由でしかなく、子孫を残させないためにある提案をします。「これならユダヤ人も受け入れるでしょう」。殺されるよりはましですから、確かにそうなるのでしょうけど、残酷極まりない方法でした。
ガス室の使用も効率を重視したためと、銃殺では子供や女性に銃を向けるドイツ兵の精神的負担が大きいという理由から。「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)で描かれたようにガス室の死体はユダヤ人に処分させ、そのユダヤ人もいずれ処分するという方式がこの会議で出来上がっていきます。見ていてだんだん、心が冷えてくる作品。1時間52分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは未公開)。
▼観客4人(公開5日目の午前)
「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)の小山薫堂脚本なので悪い出来ではありません。予告編ではナンセンスギャグみたいな内容かと思われましたが、実家の銭湯「まるきん温泉」を経営する弟(濱田岳)と金に困って帰ってきた建築家の兄(生田斗真)をメインに展開する物語は真っ当でした。
アイデアをあと一つ二つ盛り込めば、もっと面白くなったのではないかと思います。橋本環奈は役の理解が深いのか、「銀魂」よりも「バイオレンスアクション」よりも良い演技を見せています。監督は「マスカレード・ホテル」「劇場版ラジエーションハウス」などの鈴木雅之。2時間7分。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)
「BLUE GIANT」は石塚真一のコミックのアニメ映画化。世界一のジャズプレーヤーを目指してテナーサックスに打ち込む宮本大(山田裕貴)は仙台の高校を卒業して上京。ピアニストの沢辺雪祈(間宮祥太朗)、ドラムを始めた同級生の玉田俊二(岡山天音)とバンドJASSを結成し、日本最高のジャズクラブ「So Blue」出演を目指す。
原作コミックの連載は少年ジャンプではありませんが、努力・友情・勝利の方程式にジャズの魅力を振りかけたような仕上がり。ひたむきに目標を追う3人を描いたストーリー展開の熱さがジャズファンを超えて広い支持を集めている理由でしょう。ストレートな青春映画だと思います。
演奏シーンはパフォーマンスキャプチャーとCGで構成していて、演奏に違和感はありませんが、他のシーンとの絵の違いが少し気にはなりました。右手に重傷を負った雪祈が左手だけで演奏に参加する感動的なJASSのラストライブは原作とは異なる展開とのこと。
音楽は世界的ピアニストの上原ひろみが担当。「ジャズを聴いたことのない人にも耳に残る楽曲を」との要請があり、それを意識して作ったそうです。映画のオリジナル曲はYouTubeの上原ひろみチャンネルで聴けます。メイン楽曲の「First Note」も良いですが、5曲目の「Ambition」がしみじみとロマンを感じて好きです。
監督の立川譲はマッドハウス出身。テレビアニメ「モブサイコ100」(2016年)で総監督、映画「名探偵コナン ゼロの執行人」(2018年)で監督。4月公開の最新作「名探偵コナン 黒鉄の魚影」でも監督を務めています。2時間。
▼観客14人(公開4日目の午前)
演劇ユニットiakuの横山拓也が作・演出を務めた舞台を映画化。若年性乳がんと恋愛に悩む母娘の日常を、ユーモアを交えて描いて充実した作品になっています。
港町の古い一軒家に暮らす武藤千夏(吉田美月喜)と母の昭子(常盤貴子)。芸大に合格した千夏は授業で出された創作課題に初恋の相手、光輝(奥平大兼)への想いを綴っている。母の昭子も職場に課長として赴任してきた木村(三浦誠己)の人柄に惹かれるようになる。ある日、昭子は千夏の部屋で“乳がん検診の再検査”の通知を見つける。再検査の結果、千夏は初期乳がんであることが分かる。
まだ男と交際したことのない千夏にとって、乳がんで胸の一部を切除するのは大きな問題で、「男の人に触られるってどういうこと」「胸がなくなっても恋愛できるかな」と悩みます。といっても、よくある闘病ものにはなりません。乳がんだけでなく、日常のさまざまな問題を入れつつ、笑いを忘れない作りにとても好感が持てました。
吉田美月喜は目力が強く、映画初主演とは思えない好演。関西弁の常盤貴子は母親役がぴったりで、受けない駄洒落や親父ギャグを繰り出す鈴木に対して「毎日すべり倒して、よう心折れませんねえ」と言う場面など最高でした。エキセントリックでクセのある役が多かった前田敦子もこの映画では大人の女の魅力を感じさせて実に良いです。
脚色は「朝が来る」(2020年)、「仮面ライダーBLACK SUN」(2022年)などの高橋泉。まつむらしんご監督。1時間33分。
▼観客2人(公開初日の午前)
池井戸潤の同名小説を本木克英監督が映画化。東京第一銀行の支店で、100万円が紛失する。お客様係の西木(阿部サダヲ)は同じ支店で働く北川(上戸彩)、営業の田端(玉森裕太)とともに、事件の真相を探っていく。100万円紛失騒動と同時に、出世コースから外れた支店長・九条(柳葉敏郎)、パワハラ気質の副支店長・古川(杉本哲太)、過去の客にたかられているエースの滝野(佐藤隆太)、本店検査部から調査に訪れる嫌われ者の黒田(佐々木蔵之介)らの話が描かれる。
見ている間は面白かったんですが、いくらなんでもこの支店、問題行動のある行員が多すぎです。巨額の借金を背負っているのが1人、過去に業者から1000万円受け取ったのが1人(公務員じゃないので犯罪ではありませんが、モラルは問われます)、意図的に不正行為に手を染めているのが1人、同僚に罪をなすりつけようとするのが1人、ノルマに追われて精神的におかしくなるのが1人。このあたりの描写のリアリティーに疑問を感じました。
原作は連作短編10話から成り、支店の人物の家庭環境など背景まで含めて詳細に描いています。映画は原作の設定を踏まえたオリジナルストーリー。昨年10月に放送されたWOWOWのドラマでは西木を井ノ原快彦、北川を西野七瀬が演じました。どの話を採用するかが脚色のポイントですが、映画もドラマも中心になる話は同じ。ただ、展開は大きく異なります。2006年に出た原作をなぜ今ごろ、同時期に映像化したのか謎です。2時間1分。
▼観客40人ぐらい(公開5日目の午前)
イギリスの海辺の映画館エンパイア劇場を舞台にしたヒューマン・ラブストーリー。1980年から81年にかけての物語で、劇場のマネージャー、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)が主人公。アカデミー撮影賞にノミネートされています。
辛い過去の経験から人とのかかわりを避け、心に闇を抱えているヒラリー。ある日、黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が劇場で働き始める。若くて前向きなスティーヴンに、ヒラリーは惹かれていく。
この2人のラブストーリーだけでなく、当時激しかった人種差別なども描いていますが、題材を盛り込みすぎた印象。コールマンは今回も絶妙の演技を見せているものの(評価されやすい役柄ではあります)、アカデミー主演女優賞候補となった「ロスト・ドーター」(2021年、マギー・ギレンホール監督)での演技には及ばないと思いました。サム・メンデス監督、1時間55分。
日本の評論家は高く評価する人が多いようですが、アメリカではIMDb6.6、メタスコア54点、ロッテントマト44%と悪い評価が大勢を占めています。
▼観客8人(公開初日の午前)
身体サイズを自在に変えられる「アントマン」の第3作。この作品からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のフェーズ5に入るそうです。
量子世界に引きずり込まれたアントマン(ポール・ラッド)とワスプことホープ(エヴァンジェン・リリー)、娘のキャシー(キャスリン・ニュートン)、ワスプの両親(マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー)。そこは征服者カーン(ジョナサン・メジャーズ)によって支配されていた。アントマンたちは邪悪なカーンに立ち向かい、元の世界に帰ろうとする。
前半は「スター・ウォーズ」を思わせる展開ですが、今一つ盛り上がりに欠けました。時間とマルチバースを行き来できるカーンの能力はサノスを上回り、ミッドクレジットにあるシーンで絶望的な気分になります。
エンドクレジットの後に登場するのはディズニープラスのドラマ「ロキ」の主人公でソーの弟であるロキ(トム・ヒドルストン)と、時間変異取締局(TVA)のメビウス(オーウェン・ウィルソン)。「ロキ」のシーズン1最終話にカーンは「在り続ける者」として登場しました。
前作までのアビー・ライダー・フォートソンに代わってキャシーを演じるキャスリン・ニュートンは「ザ・スイッチ」(2020年)の主演女優。ペイトン・リード監督、2時間5分。
IMDb6.6、メタスコア48点、ロッテントマト48%。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午前)
安田弘之のコミックを今泉力哉監督が映画化したNetflix作品。元風俗嬢で今は弁当店で働くちひろ(有村架純)と、悩みを抱えた人や心に傷を持つ人たちとの緩やかな交流を描いています。大きな事件は起きず、何と言うことはないストーリーですが、ほっこりした気分になる映画です。
有村架純は原作のちひろさんのイメージを損なうどころか大幅にアップしていて、ファンとしては有村架純を見るだけで十分な作品になってます。
英語タイトルはCall Me Chihiro。これは「良かったら、ちひろって呼んでください」という場面があるからでしょう。2時間11分。IMDb6.6。