2022/03/20(日)「ブルー・バイユー」ほか(3月第3週のレビュー)

「ブルー・バイユー」は国際的な養子縁組を巡るアメリカ映画。監督は「トワイライト」シリーズに出ていた韓国系アメリカ人俳優のジャスティン・チョンで、監督としては4作目になるそうです。

主人公のアントニオ(ジャスティン・チョン)は韓国生まれ。3歳のときに養子としてアメリカに来た。シングルマザーのキャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚し、キャシーの前夫エース(マーク・オブライエン)との間の娘ジェシー(シドニー・コウォルスケ)と3人で、貧しいながらも幸せに暮らしている。ある日、スーパーマーケットでエースら巡回中の警官とトラブルになり、逮捕される。アントニオには以前、バイクを盗んだ前科があり、30年以上前の義父母による手続きの不備もあってICE(移民関税執行局)に引き渡され、国外追放処分を受ける。裁判で異議を申し立てようとするが、弁護士への依頼に5000ドルかかることが分かり、途方に暮れる。

最後の字幕で米国の養子の中には国外追放処分を受ける人も多いことが示されます。監督はそれを知って映画にしたそうですが、問題を抉った社会派の作品にはならず、ある家族の悲劇性が前面に出ているのが少し残念なところ。アメリカでは国際養子縁組の養子に市民権を与える子供市民権法が2001年に施行されましたが、施行後の養子に限られたため、施行前に養子となった主人公には適用されません。特にこの主人公の場合、3歳からアメリカに住み、韓国に帰されても住む家すらないわけですから、国外追放はひどい処分だと思います。

ラストシーンは泣かせる意味合いが大きく、こういう問題を扱った映画のまとめ方として適切とは思えません。ただし、このシーンの子役の演技は特筆もののうまさでした。
アメリカでの評価はIMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%(一般ユーザーは93%)。

妻役のアリシア・ヴィキャンデルはメジャー作品ばかりでなく、こうしたマイナーな作品にも出るのがえらいです。

タイトルは「青い入り江」の意味で、1963年に発表されたロイ・オービソンの楽曲。監督はリンダ・ロンシュタットがカバーした歌から取ったそうです。

「KAPPEI カッペイ」

「デトロイト・メタル・シティ」などの漫画家・若杉公徳の同名原作の実写映画化。バカバカしさに徹したギャグ映画で、ここまで来ると、むしろ好感すら持ってしまいます。

ノストラダムスの大予言を信じ、1999年の人類滅亡に備えて修行を重ねてきた“終末の戦士”たちの青春物語。予言が実現するはずの1999年7月から20年たっても世界は一向に滅亡せず、師範は解散を宣言する。最強の殺人拳・無戒殺風拳(むかいさっぷうけん)を習得しながら活躍の場を与えられなかった彼らがたどり着いたのは、その能力を全く必要としない現代の東京だった。

伊藤英明、山本耕史、小澤征悦らがぶっ飛んだキャラクターを大真面目に演じていて良いです。「人間には恋という感情があるらしいが、おぬし達には一切関係ない」と何かにつけて「一切関係ない」が口癖の師範役の古田新太もおかしいです。これでもう少し脚本に工夫を凝らし、演出にメリハリをつけると良かったんですけどね。

「ウェディング・ハイ」

バカリズムの脚本を「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」の大九明子監督が映画化。個人的には今年のワースト候補で、久しぶりにあきれるぐらいにつまらないコメディーでした。バカリズムはギャグは書けてもドラマは書けないということがよーく分かりました。「才人」などと持ち上げてはいけません。

大九監督は「この脚本では映画にならない」とはっきり言うべきだったでしょう。ドラマ部分を補強して、監督自身でまとめ直した方が良かったと思います。まるでハウツーものみたいな序盤と結婚式出席者を同じ具合に順番に取り上げる単調な構成の中盤にアクビが出ましたが、終盤の安易な下ネタにはあきれました。これで笑うのは子供ぐらいじゃないかな。

2022/03/13(日)「THE BATMAN ザ・バットマン」ほか(3月第2週のレビュー)

「THE BATMAN ザ・バットマン」は「猿の惑星」シリーズをリブートさせたマット・リーヴス監督がまたもやシリーズのリブートに成功した傑作。街の有力者を次々に殺していくリドラーの正体と本当の目的を終盤まで周到に伏せた脚本(リーヴスとピーター・クレイグ)が良く、「バットマン」映画の中でも上位に位置する仕上がりになっています。「俺は復讐だ(I am vengeance)」と名乗っていたバットマンがリドラーとの知能戦の中でゴッサム・シティの「希望」に変わっていく過程をダークでハードな雰囲気とともに描き、2時間56分の見応えのある作品になりました。

パンフレットによると、バットマンが自警活動を始めて1年と少したった頃の物語。バットマンに助けを求めるバット・シグナルは夜空に浮かぶ仕組みが既にあり、市警の刑事ゴードン(ジェフリー・ライト)とバットマンは協力して悪と対決している。ある夜、ゴッサムの市長が殺され、現場には謎々が残されていた。犯人はリドラーと名乗り、市警本部長と検事もリドラーの犠牲になる。リドラーはゴッサムの腐敗にまみれた過去の事件の嘘を暴くのが目的で、その過去は街を裏社会で牛耳るファルコーネ(ジョン・タトゥーロ)とペンギンことオズワルド・コブルポット(コリン・ファレル)も関わっているらしい。ファルコーネに恨みを持つキャットウーマンことセリーナ・カイル(ゾーイ・クラヴィッツ)も事件に関わってくる中、バットマンはリドラーの正体に迫っていく。

ロバート・パティンソンがバットマン=ブルース・ウェイン役に選ばれたのは陰のあるキャラクターであることも理由の一つでしょう。リーヴスがこの映画を手がけるのに心掛けたのは原作コミックのダークな雰囲気の再現にあったのではないかと思います。クリストファー・ノーランの3部作もダークでしたが、この映画はそれ以上で、バットマンは当初、単純な正義のヒーローではなく、何者かに両親を殺された復讐のために悪人たちに対処しています。

バットマンとリドラーの境遇は似ていて、終盤、2人が対峙する場面はシチュエーションも含めて黒澤明「天国と地獄」(1963年)の三船敏郎と山崎努を彷彿させました。バットマン=ウェインの本部を従来のバットケイブ(洞窟)から高層ビルのてっぺんに変更したことも「天国と地獄」と同じ効果があり、リドラーは子どもの頃からこの建物を見上げて、ウェインへの憎悪を蓄積してきたのでしょう。

ゾーイ・クラヴィッツのスリムなキャットウーマンは極めて魅力的。ペンギンの太った顔のメイクで、演じているのがコリン・ファレルとは分かりませんでした。アメリカでの評価はIMDb8.5、メタスコア72点、ロッテントマト85%となっています。

「サタンタンゴ」

Huluで2日かけて見ました。ハンガリーの田舎の村が舞台。KINENOTEの解説を引用すると、「降り続く雨と泥に覆われ、活気のない村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。村人たちは、そんな彼の帰還に惑わされてゆく。タンゴのステップ<6歩前に、6歩後へ>に呼応した12章が、全編約150カットという驚異的な長回しで詩的かつ鮮烈に描かれる」という映画です。

この本筋だけだったら、7時間18分もかかりませんが、引きこもり気味の太った医師がパーリンカ(果物を原料とする蒸留酒)を買いに外出する第3章「何かを知ること」や、少女と猫の話がショッキングな方に向かう第5章「ほころびる」など派生した話に面白さがあります。一方で、酒場で踊りに興じる人たちのシーンが延々と続くなど、こんなに長くはいらないと思えた箇所もありました。

完成度としては2012年度のキネマ旬報ベストテン1位「ニーチェの馬」の方が明らかに上です。7時間以上という映画体験はなかなかないので評価の高さはそのあたりを考慮してのことだと思います。

章立ては以下の通りでした(時間は長さではなく開始時間です)。
   10分~第1章 ヤツらがやって来るという知らせ
   43分~第2章 我々は復活する
1時間15分~第3章 何かを知ること
2時間17分~インターミッション
      第4章 蜘蛛の仕事 その一
2時間44分~第5章 ほころびる
3時間38分~第6章 蜘蛛の仕事 その二(悪魔のオッパイ 悪魔のタンゴ)
4時間22分~インターミッション
      第7章 イリミアーシュが演説をする
4時間36分~第8章 正面からの眺望
5時間29分~第9章 天国に行く? 悪夢にうなされる?
6時間00分~第10章 裏からの眺望
6時間32分~第11章 悩みと仕事ばかり
6時間49分~第12章 輪は閉じる
10分から始まっているのはその前にプロローグ的な描写があるからです。牛舎から20頭ぐらいの牛が出てきて、そのうち1頭が交尾しようとするというシーンで、なんだこれはと思いますが、第1章は不倫している男女のシーンから始まるのでまんざら関係ないわけでもありません。

タル・ベーラ監督の作品はHuluには「サタンタンゴ」しかありませんが、U-NEXTには「ニーチェの馬」もありました(配信は今月31日まで)。

「声もなく」

誘拐された11歳の少女を預かることになった青年をめぐる韓国映画。公式サイトには「珠玉のサスペンス」とありますが、うーん、これはサスペンスじゃないでしょう。青年は口がきけず、幼い妹と2人暮らし。誘拐された少女と3人で疑似家族を形成していくことになるのは予想された展開で、僕は「レオン」を思い浮かべました。

青年の仕事は犯罪組織が殺した人間の死体処理。これは「ニキータ」のジャン・レノの仕事でしたから、この映画で長編デビューという脚本・監督のホン・ウィジョンは、リュック・ベッソンにインスパイアされた部分があるのかもしれません。アクションはありませんけどね。

残念ながら話にきちんと決着がつかないので、落ち着かない終わり方でした。

2022/03/06(日)「余命10年」ほか(3月第1週のレビュー)

「余命10年」は難病の原発性肺高血圧症の主人公・高林茉莉(小松菜奈)と小学校の同窓会で再会した真部和人(坂口健太郎)のラブストーリー。この病気のため38歳で亡くなった小坂流加の原作小説を「新聞記者」の藤井道人監督が映画化。批判されることが多い「難病もの」ド真ん中の設定ながら、脚本(岡田惠和、渡邉真子)の工夫と出演者の好演、手堅い演出によって見る価値のある作品に仕上がっています。RADWIMPSの音楽も秀逸。

原作未読ですが、Wikipediaの原作あらすじを読むと、映画はうまい脚色を行っていると思います。大きな変更点は和人のキャラクターで、会社経営の実家と絶縁状態になり、勤めていた会社からも解雇されて自殺未遂をするという展開が加わっています。小学時代の友人タケル(山田裕貴)と病院に駆けつけた茉莉が自殺未遂の理由を語る和人に「それって、すごいずるい」と思わず言ってしまうのは、長くは生きられない自分の境遇に対して、生きられるのにそれを自分で絶とうとする和人の行為が許せなかったからでしょう。

これをきっかけに茉莉は病気を知らせないまま和人と交流を深めていきますが、ここが心地良いのは2人がこれによって再生していくからです。和人はタケルのなじみの居酒屋(リリー・フランキーが店主)で働くようになり、茉莉は友人の沙苗(奈緒)の勤める会社でWebコラムの仕事に打ち込みます。

カット割りや画面の構成、音楽の使い方にうまさを感じさせる映画で、藤井監督の演出にはロマンティシズムがあふれています。茉莉の姉に黒木華、両親に松重豊と原日出子、医師に田中哲司、友人に三浦透子(セリフは少ないです)という出演者は隙のないキャスティングも映画の説得力を強くしています。

終盤が涙涙の連続になるのは減点対象ではありますが、安易に涙を誘うような安っぽい展開ではありませんでした。役のために1年間減量を続けたという小松菜奈は代表作の1本となるような好演を見せています。

「ちょっと思い出しただけ」

「余命10年」のうまさに比べると、分が悪くなります。男女のラブストーリーを別れた後から出会う前までの6年間を1年ごとにさかのぼって描く松居大悟監督作品で、主演は池松壮亮と伊藤沙莉。

ストーリーの着想の元になったのは映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」(ジム・ジャームッシュ監督)にインスパイアされたクリープハイプの曲「ナイトオンザプラネット」とのこと。伊藤沙莉の仕事がタクシー運転手なのはそのため。エンドクレジットでジャームッシュ監督、ウィノナ・ライダー、ジーナ・ローランズへの謝意を示しています。

年をさかのぼっていく構成は「思い出す」というタイトルのためでしょうが、規則的に毎年の誕生日1年ずつ思い出す行為は「ちょっと」ではないでしょう。一番印象深い年からランダムに思い出すはずで、この構成には疑問符が付きます。伊藤沙莉と池松壮亮はいつものように好演しています。

さかのぼっているのを観客に分からせるためにアパートの部屋の時計を使っていますが、同じ日の曜日が変わっていくだけなのですぐに分かる観客は少ないはず。もっと明示的な描写にした方が良かったでしょう。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」

憎み合うパレスチナ人とイスラエル人の混成楽団を作り、和平コンサートを開こうとする人たちを描くドイツ映画。対立がそんなに簡単になくなるわけないよなあと思いながら見ていると、やっぱりそんなに簡単にはいかない展開になりますが、最後には希望を持たせているのが良いです。

パンフレットによると、映画のモデルになったのは1999年に設立された「ウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」でイスラエルとパレスチナ、アラブ各国から集った若者たちが今も世界中でツアーを行っているそうです。

監督はイスラエル出身のドロール・ザハヴィ。現在はドイツ在住で「ブラック・セプテンバー ミュンヘンオリンピック事件の真実」(2012年)などの作品を監督しています。

「ロスト・ドーター」

オリヴィア・コールマンがアカデミー主演女優賞にノミネートされたNetflixオリジナル作品。女優のマギー・ギレンホールの監督デビュー作で、エレナ・フェッランテの同名原作の脚色もギレンホール自身で行っています。

大学教授のレダ・カルーソ(コールマン)がバカンスでギリシャにある海辺の町を訪れる。レダは幼い娘を連れたニーナ(ダコタ・ジョンソン)の姿を見て、2人の娘を持つ自分の若い頃を思い起こす。穏やかな休暇に不穏な空気が漂い始める、というストーリー。

IMDbの評価が6.7と高くなかったので作品的にはあまり良くないのかなと思っていましたが、いやはや終盤の展開にうならされました。タイトルの意味が分かる終盤30分のコールマンの演技は真に迫っていてノミネートにふさわしいものだと思います。メタスコア86点、ロッテントマト95%とプロの評価は高いんですが、一般ユーザーは48%。純文学系の物語なので玄人好みの映画になってます。デビュー作でこういう映画を作ったギレンホールは大したものだと思います。

原作者のフェッランテを僕は知りませんでしたが、代表作「ナポリの物語」4部作は評価が高く、早川書房から邦訳が出ています。「ロスト・ドーター」の邦訳はありません。

今年の主演女優賞候補作はどれも作品賞にノミネートされていないのが特徴だそうです。「ロスト・ドーター」とペネロペ・クルス主演の「パラレル・マザーズ」の評価が他の3本(「タミー・フェイの瞳」「愛すべき夫妻の秘密」「スペンサー ダイアナの決意」)より高いことを考えると、コールマンとクルスの争いになるんじゃないでしょうかね。

「愛すべき夫妻の秘密」

というわけで、これも見ました。amazonプライムビデオのオリジナル作品。テレビの「アイ・ラブ・ルーシー」で人気を集めたルシル・ボールをニコール・キッドマンが演じるドラマ。夫のデジ・アーナズ(ハビエル・バルデム)には浮気の疑いがあり、ルシル・ボール自身には非米活動委員会から共産党員の疑いが掛けられるという危機が夫婦に訪れます。

映画は同時にルシル・ボールの俳優としての歩みを描いていきますが、構成にメリハリがなくやや退屈。それを吹き飛ばすのがクライマックスで、ストーリー上でも映画としても逆転ホームランという感じでした。バルデムが主演男優賞にノミネートされたのはここでの演技が大きいのではないかと思います。

キッドマンは声をがらがらにして、ルシル・ボールに似せています。僕はルシル・ボールのテレビを見ていましたが、既におばさんの印象でした。キッドマンほど美人でもなかっただろうと思って、若い頃の写真を見ると、十分にきれいな人だったんですね。監督は「シカゴ7裁判」のアーロン・ソーキン。IMDb6.6、メタスコア60点、ロッテントマト68%。

2022/02/27(日)「ドリームプラン」ほか(2月第4週のレビュー)

「ドリームプラン」は女子プロテニスのビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹の父親リチャードを描いた作品。実際と異なる部分があるなど一部ネガティブな批評も耳にしていたのであまり期待していませんでしたが、期待を上回る出来でした。作品賞とウィル・スミスの主演男優賞などアカデミー賞6部門にノミネートされているので、それは当然かも。

リチャードが娘2人をテニス選手にしようとするのはテレビで多額の小切手を受け取るテニス選手を見たからですが、一家が暮らすカリフォルニア州コンプトンは犯罪の巣窟で、練習環境は少なく、良いコーチに指導を受けるには多額の金が必要となるなど多くの困難があります。この困難は黒人差別と重なる部分が多く、それを一つ一つ解決し、アメリカンドリームを実現していく過程は感動的です。所々に胸が熱くなるセリフやエピソードを散りばめたザック・ベイリンの脚本は見事なもので、アカデミー脚本賞にノミネートされました。IMDbによると、ベイリンはマイケル・B・ジョーダン監督・主演で撮影中の「クリード3」の脚本も担当しています。

映画はビーナスのプロデビューの大会までを描いていますが、セリーナは姉以上の活躍をするわけですから、こちらももう少し詳しく描いても良かったのではないかと思いました。

WOWOWで4大大会の試合をよく見ていたのは伊達公子が活躍していた頃なので、ウィリアムズ姉妹が出てくる直前ぐらいまでの時期。映画にも役名で登場するシュテフィ・グラフやジェニファー・カプリアティー、アランチャ・サンチェス・ビカリオなどは懐かしく感じました。その伊達公子が日本語字幕監修を務めています。
監督はレイナルド・マーカス・グリーン。IMDb7.6、メタスコア76点、ロッテントマト90%。

「ナイル殺人事件」

「オリエント急行殺人事件」(2017年)に続いてケネス・ブラナーがエルキュール・ポアロを演じるミステリー。ナイル川を巡る遊覧船の中で起きる殺人事件を描くアガサ・クリスティー原作のリメイクになります。ピーター・ユスティノフがエルキュール・ポアロを演じた1978年版(ジョン・ギラーミン監督)を見ていますので、犯人もトリックも承知しています。そのためか、展開がまどろっこしくて仕方ありませんでした。

映画の冒頭で第1次大戦に従軍しているポアロが描かれ、口ひげを生やした理由や恋人とのエピソードがあり、部分的に緊密なドラマの見せ場もありましたが、演出と構成に少し問題があるようです。

同じ原作の映像化であるデヴィッド・スーシェ主演のテレビドラマ「名探偵ポワロ」(表記はポアロではなくポワロ)の第52話「ナイルに死す」(2004年製作)を見たら、まどろっこしさは感じませんでした。映画より20分以上短い1時間40分弱とコンパクトにまとめてあるからでしょう。このドラマで殺される富豪リネットを演じているのは「プラダを着た悪魔」に出演する前のエミリー・ブラント。撮影時21歳ぐらいだと思いますが、その後のブレイクが納得できる美貌と演技でした。

映画の方のポアロのセリフで「田舎の村でのカボチャ作り」に言及する場面がありました。次の映画化は「アクロイド殺し」を想定しているのかもしれません。これもテレビドラマ第46話で映像化されていますが、ミステリー史に残るあの有名なトリックは使われていませんでした(映像で描くのは難しいからでしょう)。このテレビドラマ全13シーズン70話はU-NEXTで配信されています。

「ブラックボックス 音声分析捜査」

アルプスに墜落し、乗員乗客300人以上が死亡した航空機事故を巡るサスペンスの佳作。当初はイスラム過激派のテロかと思われますが、主人公の調査員が調べていくうちに航空機自体に欠陥があった可能性が浮上してきます。主人公の上司は失踪。フライトレコーダーの音声データにも改竄の疑いが出てきます。

フランス映画らしいラストで、アメリカ映画だったらこうはならないでしょう。主役の調査員を演じるのは「母との約束、250通の手紙」などのピエール・ニネ。主人公の妻で航空機の認証機関に務めるノエミを演じるルー・ドゥ・ラージュは、ぱっと見イザベル・アジャーニやクリステン・スチュワートを思わせる美人女優でした。注目しておきます。

2022/02/20(日)「さがす」ほか(2月第3週のレビュー)

「さがす」は「岬の兄妹」(2019年公開、キネマ旬報ベストテン12位)で注目を集めた片山慎三監督の長編第2作。商業映画としては初の監督作になります。

大阪の西成区で暮らす父と中学生の娘。父は「指名手配中の犯人見たんや。捕まえたら300万円もらえる」と言ったまま姿を消す。帰ってこない父親を娘は捜し始め、日雇い現場に父の名前があることが分かる。現場を訪れた娘が見たのは父親と同じ名前を名乗る見知らぬ若者だった。その男は父親が言っていた指名手配の連続殺人犯らしかった。

こうした序盤のストーリーからは予想できない展開をする映画で、第2部で3カ月前、第3部で13カ月前の出来事が語られていきます。当初は「父親を捜していた娘が殺人犯に捕らわれてしまう」という話だったそうですが、「もっと予想外な展開にしたい」との議論から現在の形に変わったとのこと。脚本は片山監督と「まともじゃないのは君も一緒」「ボクたちはみんな大人になれなかった」の高田亮、「デイアンドナイト」「明け方の若者たち」の小寺和久の共同。

父親を演じるのは佐藤二朗、娘を伊東蒼、指名手配犯を清水尋也というキャスティング。中でも伊東蒼がすごすぎます。佐藤二朗が「怪物級」と言い、片山監督が「天才」と絶賛するのが少しも誇張ではないと思える演技を見せつけています。

万引き犯の疑いをかけられて事故死する中学生を演じた「空白」や、ちょい役で出演した朝ドラ「おかえりモネ」でも印象に残る演技でしたが、今回は映画を背負った見事な演技と言えるでしょう。冒頭、商店街をひた走る場面から今年17歳とは思えない度胸と自信とリアルなたたずまいが素晴らしく、将来大女優の逸材と思えました。

話自体はミステリ慣れした作りではありませんが、笑いとサスペンス、猟奇的犯罪が同居するタッチに面白さがあります。とぼけているようで真っ当なラストの処理などその代表でしょう。片山監督が師事したポン・ジュノ監督の影響も一部あるのかもしれません。同時にリアルな貧困を描いた「岬の兄妹」と同様に日本の底辺社会の現状を背景にした作品になっています。

「ライダーズ・オブ・ジャスティス」

マッツ・ミケルセン主演のデンマーク製アクション映画。列車事故で妻を亡くした主人公の職業軍人マークスが事故の真相を聞き、事故を仕組んだ犯罪組織ライダーズ・オブ・ジャスティスへの復讐を図る、というストーリー。

事故の真相を調べたのは列車に同乗し、主人公の妻に席を譲って命拾いした数学者オットーで、ハッキングに詳しい仲間たちとマークス宅を訪れ、復讐に協力します。アクションが主眼というよりどこか欠陥をかかえた人たちが集まってコミュニティーを形成していく描写が心地良く、ラストも現実的ではありませんが、ほっこりした気持ちになる映画でした。

マークスの娘が自転車を盗まれるのが話の発端になり、さまざまな出来事が現在につながってくるという寓話的な物語になっています。監督はアナス・トーマス・イエンセン。

「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」

雑誌形式で綴る3話のオムニバスにエンドノートが付く構成。作りは面白いですし、出演者もベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、フランシス・マクドーマンド、クリストフ・ヴァルツ、ティモシー・シャラメ、シアーシャ・ローナン、エリザベス・モスなどめちゃくちゃ豪華です。

クスクス笑える話ではありますが、そんなに評価するほどの作品とは思えませんでした。IMDb7.3、メタスコア74点、ロッテントマト74%と、アメリカの評価を見てもウェス・アンダーソンの映画としては高くない水準にとどまっています。レア・セドゥのファンは必見でしょうけど。

「悪魔のいけにえ レザーフェイス・リターンズ」

18日からNetflixで配信されています。トビー・フーパー監督の傑作「悪魔のいけにえ」(1974年)で唯一生き残った女性サリー・ハーデスティが登場し、40年以上もレザーフェイスを追っているという2018年版「ハロウィン」を真似たような作り。ハリウッド版「ゴジラ」シリーズのレジェンダリー制作だったので少しだけ期待しましたが、やっぱりと言うべきか、レザーフェイスが無差別殺人を繰り返すだけの普通(以下?)のスプラッターでした。

サリーの役回りも「ハロウィン」のジェイミー・リー・カーティスほどの重みはありません。バリバリバリと音を響かせながらチェーンソーで人を殺す残虐場面が楽しめる人向けで、IMDb5.3、メタスコア36点、ロッテントマト32%と散々な評価なのも納得。

フーパー版でサリーを演じたマリリン・バーンズは2014年に亡くなっていて、今回演じているのは別の女優です。