2023/04/16(日)「仕掛人・藤枝梅安2」ほか(4月第3週のレビュー)

 「仕掛人・藤枝梅安2」はシリーズ第2作。短編集「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) 」から「殺しの四人」と「秋風二人旅(しゅうふうににんたび)」を組み合わせて映画化しています。2月に公開された第1作も良い出来でしたが、今回も期待を裏切らない仕上がりになっています。監督は前作に続いて河毛俊作。

 前作での仕掛けの後、藤枝梅安(豊川悦司)と彦次郎(片岡愛之助)は江戸から京への旅に出る。途中、彦次郎は20年前、妻子を死に追いやった男(椎名桔平)を見かけ、仇を討とうと後を追う。梅安にはその男が非道を働くようには見えず、違和感を覚える。男は松平甲斐守の家臣・峯山又十郎と分かる。梅安の師・津山悦堂(小林薫)の墓前で、又十郎と話した梅安はこの男が仇ではないと確信。その夜、殺しの依頼を仲介する白子屋菊右衛門(石橋蓮司)と再会した梅安は店の外で浪人とすれ違う。男は井上半十郎(佐藤浩市)。梅安に妻(篠原ゆき子)を殺された過去があった。

 豊川悦司と片岡愛之助のコンビが今回も良く、特に片岡愛之助はこのシリーズで実力を見せつけた感じがします。2人のそれぞれに哀しい過去を絡めた脚本(大森寿美男)も良い出来です。

 エンドクレジットの後に長谷川という名前の武士が登場しますが、これは来年5月公開予定の「鬼平犯科帳」の主人公・長谷川平蔵(松本幸四郎)のようです。監督はドラマ「北の国から」や映画「優駿 ORACION」(1988年)「最後の忠臣蔵」(2010年)などで知られる杉田成道。個人的には引き続き河毛監督で見たかった気もします。1時間59分。
▼観客8人(公開4日目の午後)

「search #サーチ2」

 原題は「missing」。恋人とコロンビアへ旅行に出かけて行方不明となった母親(ニア・ロング)を、娘(ストーム・リード)がスマホとパソコンを駆使して探すというミステリー。「search サーチ」(2018年)と同じくスマホ、パソコンなどの画面だけで構成されるので、この邦題になったのでしょうが、内容的には関係ありません。ただ、原案は「サーチ」の監督アニーシュ・チャガンティで、それをウィル・メリック、ニック・ジョンソンが共同で脚本化し、監督しています。2人はチャガンティ監督の「RUN ラン」(2020年)で編集を務めたとのこと。

 全体的によく出来たミステリーと思いますが、前半が少しモタモタした印象。ここは伏線を張っているので仕方がない面もあります。ラストもスパッと格好良く終わりたいところ。二転三転するストーリーなので「驚愕の」と書いたレビューがありましたが、大げさです。

 感心したのはSiriの使い方。Googleアシスタントでもアレクサでもなく、やっぱりSiriの方がポピュラーなんでしょうね。1時間51分。
IMDb7.1、メタスコア67点、ロッテントマト88%。
▼観客3人(公開初日の午前)

「ザ・ホエール」

 過食で体重272キロに肥満したゲイの男と不仲の娘を描くダーレン・アロノフスキー監督作品。ニューズウィークのデーナ・スティーブンズはアロノフスキー作品が嫌いなのか、酷評していましたが、それは少数派の意見。元が舞台劇なので他のアロノフスキー作品と同列に論じることには疑問があります。舞台劇らしい緊密な展開で、これでカムバックを果たしたフレイザーの演技を見るだけでも価値があると思いました。

 ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり272キロに太ったチャーリーは看護師リズ(ホン・チャウ)の助けを受けながら、オンライン授業で大学の講師を務めている。自分の死期が近いと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリー(セイディー・シンク)に再び会おうと決意。絆を取り戻そうとするが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた。

 タイトルはチャーリーの太った外見を表すほか、劇中でハーマン・メルヴィル「白鯨」に関する部分があるため。序盤で具合が悪くなったチャーリーは「白鯨」に関する文章を読んでもらって落ち着きを取り戻します。この文章が何なのかは終盤で分かり、チャーリーの痛切な思いを表すことになります。

 一方でチャーリーは「エレファントマン」(1980年)のような異形の存在であることも確か。考えてみると、「レクイエム・フォー・ドリーム」(2000年)のエレン・バースティンは過剰なドラッグで壊れていきましたし、「ブラック・スワン」(2010年)や「ノア 約束の舟」(2014年)の主人公も常軌を逸した存在でした。アロノフスキーはそうしたどこか壊れた人間が興味の対象なのでしょう。

 特殊メイクで熱演したフレイザーはアカデミー主演男優賞を受賞。作品はメイク・ヘアスタイリング賞を受賞しました。脚色は舞台の脚本を手がけたサミュエル・D・ハンター。娘のエリーを演じたセイディー・シンクは大ヒットシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」(Netflix)で注目された女優です。1時間57分。
IMDb7.7、メタスコア60点、ロッテントマト64%。
▼観客8人(公開5日目の午後)

「ノック 終末の訪問者」

 ポール・トレンブレイの原作「終末の訪問者」(「The Cabin at the End of the World」、邦訳は竹書房文庫)をM・ナイト・シャマラン監督が映画化したサスペンス。

 人里離れた山小屋でゲイカップルのアンドリュー(ベン・オルドリッジ)とエリック(ジョナサン・グロフ)、養女ウェン(クリステン・キュイ)のもとに武装した男女4人が訪れ、家族は囚われの身となる。謎の男女は家族に「世界の終末を防ぐためには君たち家族3人で、家族の1人を選んで殺さなくてはならない」と告げる。

 原作はホラーに分類され、ローカス賞とブラム・ストーカー賞を受賞。スティーブン・キングが絶賛したそうですが、キングはよく絶賛します。「ヨハネの黙示録」が下敷きで、訪れる4人は四騎士に当たるそうです。

 なぜこの家族が世界の終わりを救うことができるのか、映画からは分かりません。4人の行動によって黙示録に呼応した終末への事象が現実化していくのを見せ、家族が信じざるを得なくなるという展開。シャマランの撮り方は悪くないんですが、キリスト教の考え方だけで世界の終わりを提示されてもなあという思いが抜けず、仏教徒やイスラム教徒やヒンズー教徒には関係ない話に思えます。まして無宗教の人間には。

 4人のリーダー格の教師を演じるのは「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のデイヴ・バウティスタ。1時間40分。
IMDb6.1、メタスコア63点、ロッテントマト67%。
▼観客7人(公開7日目の午前)

「推しの子 Mother and Children」

 Filmarksによると、今春スタートのアニメは全部で70本。その中で最も評価が高いのは今のところ、「推しの子」です。原作コミックの作者は「かぐや様は告らせたい」の赤坂アカ。第1話は90分拡大版(実質82分)で4月12日にTOKYO MXやBS11で放送され、Netflixなどで配信されています。

 地方の病院で働く産婦人科医ゴローのところに、推しのアイドル「B 小町」のアイが訪れる。彼女は16歳だが、妊娠していてゴローの病院で極秘出産することになる。出産間近の夜、ゴローは何者かに襲われて転落死する。気がつくと、アイの双子の子供の1人として生まれ変わっていた、という出だし。

 赤ん坊がしゃべるのでドラマ「ブラッシュアップライフ」のようなコメディかと思っていたら、終盤に怒濤の展開があり、激しく感情を揺さぶられることに。人気を集めるのがよく分かる出来でした。この第1話は放送に先立って「推しの子 Mother and Children」のタイトルで3月17日から劇場公開され、KINENOTE76.5点、Yahoo!映画4.5点、Filmarks4.4点、IMDb9.6点の高評価を得ています。

2023/04/09(日)「AIR エア」ほか(4月第2週のレビュー)

 「AIR エア」はナイキのバスケットシューズ、“エア ジョーダン”の開発を巡るドラマ。といっても、靴の製造過程ではなく、マイケル・ジョーダンとどう契約にこぎ着けるかが焦点となります。ベン・アフレック監督、マット・デイモン主演コンビの作品。

 1984年当時のバスケシューズのシェアはコンバース54%、アディダス29%に対してナイキは14%と低迷していた。ソニー・ヴァッカロ(デイモン)はCEOのフィル(アフレック)からバスケットボール部門の立て直しを命じられる。ソニーが目をつけたのは、まだNBAデビュー前のマイケル・ジョーダン。しかしジョーダンはアディダスとの契約に傾いていた。状況を打開するため、ソニーはある秘策を持ちかける。

 日本だったら、池井戸潤が書きそうな題材で、池井戸作品のように開発そのものを描いた内容ではないものの、困難を乗り越え、最終的に勝利につながっていく過程には同様の感動があります。それをユーモアを交えて描くアフレック演出は手慣れたもの。ジョーダンの母親役でヴィオラ・デイビスが貫録の演技を見せています。

 「ビバリーヒルズ・コップ」のテーマ「アクセル・F」(ハロルド・フォルターメイヤー)や「ストリート・オブ・ファイヤー」の「あなたを夢みて」(ダン・ハートマン)、シンディ・ローパー「タイム・アフター・タイム」、そしてブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・USA」など、かつてよく聴いていた80年代のヒット曲が多数流れ、サントラが欲しくなりました。1時間52分。
IMDb7.8、メタスコア77点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開初日の午前)

「ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り」

 有名なRPGを映画化した冒険ファンタジー。ゲームを基にした作品と聞いてイメージする以上の出来になっています。

 さまざまな種族やモンスターが生息する世界“フォーゴトン・レルム”が舞台。盗賊のエドガン(クリス・パイン)と相棒の戦士ホルガ(ミシェル・ロドリゲス)は、闇の組織に仕える者たちに殺されたエドガンの妻を蘇らせ、さらわれた娘を助けるために冒険に旅立つ、という物語。

 大味なところはあるものの、いつものようにパインがユーモアを滲ませて好演し、屈強なロドリゲスがサポート。名家出身の魔法使いサイモン(ジャスティス・スミス)と自然の化身ドリック(ソフィア・リリス)の若手俳優たちも悪くありません。VFXも申し分ない出来でした。監督のジョン・フランシス・デイリーとジョナサン・ゴールドスタインは「スパイダーマン ホームカミング」の脚本家コンビで、共同監督は3作目。

 Wikipediaに「同名映画シリーズをリブート」とあったので過去の作品を調べてみたら、2000年に映画化され、その後はテレビムービーで2本作られていました。1作目(コートニー・ソロモン監督)はIMDb3.6、メタスコア14点、ロッテントマト10%と物凄く低い評価。まったく無視してかまわない作品のようです。2時間14分。
IMDb7.6、メタスコア72点、ロッテントマト91%。
▼観客12人(公開5日目の午前)

「ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー」

 殺し屋女子コンビの活躍を描いた「ベイビーわるきゅーれ」(2021年、阪元裕吾監督)の続編。前作より緩い笑いのパートが増え、アクション場面は前作より落ちると思いましたが、前作と同じことをやるのを避けたという指摘もあり、好みの問題でもあるのでしょう。

 殺し屋協会アルバイトのゆうり(丞威=岩永ジョーイ)とまこと(濱田龍臣)兄弟が正規の殺し屋になるため、ちさと(髙石あかり)とまひろ(伊澤彩織)を殺して後釜になろうとする話。この本筋に、同居しているちさととまひろのダラダラした日常、銀行強盗に出くわすエピソードなどを盛り込んでいます。

 バイト対正社員の戦いなわけですが、殺し屋兄弟がちさととまひろに一瞬で倒される場面があるなど、あまり強くないので今一つ盛り上がりません。前作は本宮泰風の貫録のあるヤクザの親分がコミカルな味を出して演技面をリードしていましたし、クライマックスに対決する三元雅芸は明らかに素手の格闘では伊澤彩織より上回っていました。だから、伊澤彩織は最後、隙を突いて拳銃を拾い、決着をつけたわけです。敵は強力な方が面白くなります。

 アクション監督は前作に続いて園村健介。今年1月に公開された園村監督作品「BAD CITY」(小沢仁志主演)は警察とヤクザと政財界を絡めたストーリー展開が激しいアクションにマッチして面白く仕上がっていました。「ベイビーわるきゅーれ」も3作目はああいう路線で行ってくれると嬉しいです。

 髙石あかりは口跡が悪いのかと思えるほどセリフが聞き取りにくいですが、「わたしの幸せな結婚」では普通に聞き取れましたし、地上波初主演となった毎日放送の深夜ドラマ「墜落JKと廃人教師」でも普通です。映画のセリフ回しは阪元監督の好みなのでしょう。

 「少女は卒業しない」の中井友望が死体処理業者の役で出演。演技は主演の2人よりしっかりしていると思いました。1時間41分。
▼観客7人(公開初日の午後)

「逆転のトライアングル」

 昨年のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したリューベン・オストルンド監督作品。オストルンドのパルムドール受賞は「ザ・スクエア 思いやりの聖域」に続いて2作連続で、史上3人目だそうです。

 インフルエンサーのヤヤ(チャールビ・ディーン)と男性モデルのカール(ハリス・ディキンソン)は豪華客船の旅に招待される。乗客はロシアの大富豪、英国の武器商人、アル中の船長(ウディ・ハレルソン)、高額チップ目当ての客室乗務員など。ある夜、嵐に巻き込まれ、海賊の襲撃も受けて船が沈没。乗客ら8人が無人島に流れ着く。

 ヤヤとカールが客船に乗るまでに30分、客船内のゴタゴタが1時間あり、逆転するのは終盤の1時間ぐらいという配分。逆転まで長いなと思ってしまいますが、原題は「Triangle of Sadness」(悲しみの三角形)で、眉と眉の間のしわを指しているそうです。劇中にそれに絡んだセリフが出てきます。

 そのタイトルが表すように「ザ・スクエア」同様、意地が悪く、シニカルでブラックな笑いに満ちています。パルムドールを取るほどではないなと思いますが、映画祭の場合は審査員の好みも強く反映されるのでこういうこともあるのでしょう(審査委員長はフランスの俳優ヴァンサン・ランドン)。2時間27分。
IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト71%。
▼観客5人(公開11日目の午後)

2023/04/02(日)「少女は卒業しない」ほか(4月第1週のレビュー)

 「少女は卒業しない」は卒業式の前日と当日を舞台に、卒業する4人の女子高生の姿を叙情的に描いた作品。朝井リョウの原作は連作短編集で、収録された7編のうち、映画は4編を取り出し、シャッフルして再構成しています。取り出したのは「エンドロールが始まる」「寺田の足の甲はキャベツ」「四拍子をもう一度」「夜明けの中心」の4つ。この再構成が非常にうまくいっており、それぞれの物語の脚色も設定だけを借りて独自の展開にしたり、エピソードを付け加えたり、かなり考えてあります。

 中川駿監督はこれが商業長編映画デビュー作。その意気込みと努力が結実した脚本だと思います(映画のメイキングの中で主演の河合優実は監督に対して「上から目線になりますが、脚本がすごく上手で」と話していました)。

 この優れた脚本で映画の成功はほぼ決まったようなものですが、さらに中井友望、小野莉奈、小宮山莉渚、河合優実がそれぞれに好演しています。一昨年から絶好調の河合優実の初主演作と銘打っていますが、それほど比重が大きいわけではありません。「アルプススタンドのはしの方」から着実にステップアップしている小野莉奈は明るさが光り、リアル高校生の小宮山莉渚(「ヤクザと家族 The Family」)と、うれいを含んだ役柄の中井友望(「かそけきサンカヨウ」)も今後有望と思える演技を見せています。

 脚本で唯一疑問を感じたのは、河合優実のエピソードの中で重要な出来事の詳細が描かれず、事故なのかどうかが分からないこと。原作の最後に収録された「夜明けの中心」を読んで分かりましたが、ここを詳しく描くと、全体のバランスを崩すという判断なのかもしれません。

 中川監督は高校でのLGBT問題を描いた短編「カランコエの花」(2016年、今田美桜主演)で注目され、この映画の監督依頼につながったそうです。この2本を見ると、脚本の技術の高さとともに、登場人物の繊細な感情をすくい上げ、叙情的に撮るのが美点のように感じました。今後が期待されます。主題歌「夢でも」を歌っているのは宮崎在住のシンガーソングライターみゆな。2時間。
▼観客4人(公開4日目の午後)

「生きる LIVING」

 黒澤明監督の名作をカズオ・イシグロ脚本でリメイク。はっきり言って前半はオリジナルの勝ちで、赤ん坊を背負った菅井きんらのおばちゃんたちが市役所の各課をたらい回しにされるシーンは3人の上品なレディーに置き換えられ、笑いが減じています。1952年の東京を1953年のロンドンに移し替えただけの映画のように見えますし(同じ時代でもロンドンは随分洗練されているなあとは思います)、医師から癌を宣告された(オリジナルでは察知した)主人公(志村喬、ビル・ナイ)が絶望し、貯金を下ろして歓楽街をさまようシーンや役所の部下だった若い女性(小田切みき、エイミー・ルー・ウッド)に執着する場面などはオリジナルと同様の展開になっています。

 違うのは主人公が再生を決意するシーン。志村喬は間もなく死ぬ自分に比べて、小田切みきの生き生きとした生命の輝きに引かれるわけですが、今はおもちゃ工場に勤める彼女から「こんなものでも作っていると楽しいわよ」とぴょんぴょん跳ねるうさぎのおもちゃを見せられ、「課長さんも何か作ってみれば」と言われます。そこで主人公はおばちゃんたちから陳情があった公園をつくることを思いつくわけです。

 今回のビル・ナイは自分に付けられた「ゾンビ」というあだ名(オリジナルでは「ミイラ」)についてエイミー・ルー・ウッドに話しているうちに、「公園で元気に遊び回っている子供たちは母親が迎えに来るのを待っていたりなんかしない」と気づき、生き生きと生きることと公園が結びついてきます。

 ここは本当に感動的な良いシーンでビル・ナイがアカデミー主演男優賞候補となったのもここでの演技が大きかったのではないかと思いました。

 カズオ・イシグロはかなりの映画ファンでこの映画の企画も自ら発案したそうです。監督は南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス。1時間43分。
IMDb7.3、メタスコア81点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午前)

「ベネデッタ」

 17世紀のイタリア、同性愛で告発された実在の修道女ベネデッタ・カルリーニを描くポール・ヴァーホーベン監督作品。日本ではR18+ですが、アメリカではR15+。「セクシャル・サスペンス」なので、それなりのシーンはあるものの、成人映画にするほどではなく、日本のレーティングは厳しすぎる気がします。

 物語の基になったのはジュディス・C・ブラウンの著書「ルネサンス修道女物語 聖と性のミクロストリア」(ミネルヴァ書房、絶版)。ヴァーホーベン監督は原作にはない暴動シーンをラストに加えて、「宗教、セクシュアリティー、教会の政治的駆け引きを見事なバランスで」(パンフレットより)描いています。

 ヴァーホーベンは今年85歳。若い頃の作品ほどエネルギッシュではありませんが、それでも年齢を感じさせない仕上がりでした。主役のベネデッタを演じるのはベルギー出身のヴィルジニー・エフィラ、相手役のダフネ・パタキアもベルギー出身だそうです。2時間11分。

 ベネデッタに取って代わられる修道院長役でシャーロット・ランプリングが出演しています。ランプリングと言えば、U-NEXTで「愛の嵐」(1974年、リリアナ・カヴァーニ監督)の配信が3月31日までとなっていたので、急ぎ見ました。まともに見たことがなかったんです。映画はキネマ旬報ベストテン2位にランクされ、公開当時は高い評価でしたが、今の評価を見ると、KINENOTEで70.7点、Filmarks3.6点と普通。海外ではIMDb6.6、ロッテントマト67%と全然良くありません。日本で評価が高かったのはにっかつロマンポルノにありそうなシチュエーションであることも影響したのかなと思いました。僕は面白く見ました。
IMDb6.7、メタスコア73点、ロッテントマト84%。
▼観客3人(公開5日目の午後)

「コンパートメントNo.6」

 カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作。ロシアで寝台列車の個室(6番コンパートメント)に男女が乗り合わせる。女(セイディ・ハーラ)はフィンランド人の留学生で、男(ユーリー・ボリソフ)は丸坊主の粗野な労働者。女からしたら外見を見ただけで近づかないようなタイプの男で、実際にセクハラまがいの行為を受けるが、強制的に同じ個室で過ごすことで徐々に距離を縮めていく、という話。

 なんてことはない展開ですが、微妙に面白いです。カセットテープが出てきたり、古い型のビデオカメラが出てくるのでいつの話だと思ったら、1990年代が舞台とのこと。この時代に設定した理由は何かあるんですかね? ユホ・クオスマネン監督、1時間47分。
IMDb7.2、メタスコア80点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開14日目の午後)

2023/03/26(日)「ロストケア」ほか(3月第4週のレビュー)

「ロストケア」は葉真中顕(はまなか・あき)の原作「ロスト・ケア」(「このミステリーがすごい!」2014年版10位)を前田哲監督が映画化。要介護の高齢者42人を殺し、「殺したんじゃない。救ったんだ」とうそぶく介護士の男(松山ケンイチ)と検事(長澤まさみ)の対決がクライマックスとなり、ミステリー要素より介護問題に重点を置いた作品になっています。

 しかし、いくら介護問題を扱うからといって、42人は殺しすぎで犯人は殺人を楽しむサイコパスとしか思えません。そのあたり、この映画の企画に前田監督と10年前からかかわってきた松山ケンイチは分かっていて「サイコパスとか命の選別者、優生思想の持ち主というふうに見えてはいけない。そう思いながら演じていました」(キネマ旬報2023年4月上旬号)と語っています。

 対する長澤まさみは松山ケンイチとは初共演。松山ケンイチがうまいのは当然と思えますが、それを受ける長澤まさみも十分に対抗できる演技を見せ、2人の対峙シーンには緊張感が漂います。この2人はそれぞれ主演賞ノミネートは確実、松山ケンイチの父親を演じる柄本明は助演賞候補確実と思えました。

 映画の冒頭、長澤まさみ演じる検事は孤独死の現場を訪れます。検事が警察と一緒に事件現場に行くことなんてないよなあと思っていると、クライマックスでその理由が分かります。原作にこの設定はなく、前田監督はこの設定を思いついた時に「勝った、と思った」そうです。

 「安全地帯にいる人間に、穴に落ちてもがいている人間の気持ちは分からない」とする犯人の言葉はもっともです。殺人行為を肯定はできませんが、今の日本の介護状況に対して問題提起する作品になっているのは確かです。これを社会派と呼ぶにはもっと現実に肉薄した方が良かったのでしょうが、力作だと思います。1時間54分。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)

「茶飲友達」

 高齢者1000人以上に売春を斡旋した高齢者専門の売春クラブが摘発された2013年の事件をモチーフに外山文治(そとやま・ぶんじ)監督が映画化。キワモノ的な題材に思えますが、高齢者の孤独、生きがい、親子関係、他人とのつながりなど多角的重層的なエピソードで物語を構成しています。「ロストケア」とセットで見ると、日本の高齢者の置かれた現状が少し分かった気になります。

 「茶飲友達(ティー・フレンド)」は元風俗嬢の佐々木マナ(岡本玲)ら若者たちが作った高齢者専門の売春クラブ。ティー・ガールと呼ばれる高齢女性が所属し、男性客に派遣する。映画はマナ自身の家族の問題やティー・ガールのさまざまな事情、若者たちや利用客のドラマを絡めて展開します。違法な組織なので「めでたし、めでたし」の終わりは迎えませんが、繰り広げられるドラマには一片の、いや多くの真実が含まれていて見応えのある内容になっています。

 外山監督はパンフレットにこう書いています。「(2013年の事件の)ニュースに触れた私は創作の遙か先をいく現実に打ちのめされると共に、自分の正義感を根本から揺さぶられることにもなった。そして摘発後の高齢者会員の孤独に想いを馳せた。犯罪を許してはいけないが、正しさの押し付け合いの社会で、本当の正義とは何なのか。多様性が叫ばれる中で、この無言の同調圧力は何なのか」。

 そうした考えを脚本にうまく落とし込んであって、見事だと思いました。同時にこの脚本の魅力は「こんな仕事して親は悲しんでるぞ」と言う客の男に対して、「傷つけたくなりますよね。大丈夫ですよ、私、傷つかないから」と余裕で返すティー・ガールの言葉にあったりします。主演の岡本玲も熱演。2時間15分。
▼観客16人ぐらい?(公開2日目の午後)

「わたしの幸せな結婚」

 顎木(あぎとぎ)あくみの原作小説を「コーヒーが冷めないうちに」やドラマ「最愛」「石子と羽男 そんなコトで訴えます?」などの塚原あゆ子監督が映画化。「帝都物語」+「おしん」+「シンデレラ」のようなファンタジーで、甘く見てましたが、VFXも過不足なく、エンタメとして十分に合格点の出来でした。

 帝都を守る異能を持つ一族の生まれ斎森美世(今田美桜)は能力を持たないために継母(山口紗弥加)と異母妹(高石あかり)、実の父親(高橋努)から虐げられて生きてきた。学校にも通えず、粗末な古着で使用人以下の扱い。19歳になった美世は親の言いつけで、名家の久堂清霞(目黒蓮)と政略結婚させられることになる。清霞は無愛想で冷酷な男といわれ、これまで何人もの花嫁候補が逃げ出した。その頃、帝都では何者かに操られた蟲が人々に取り憑く騒動が起こっていた。清霞が率いる異能部隊の対異特務小隊の隊員も蟲に侵される。

 映画は序盤、理不尽な境遇に置かれた美世の耐え忍ぶだけの生活が描かれ、一気に引き込まれました。はかなげな今田美桜が実に良いです。目黒蓮も役柄にぴったりな感じ。この2人が徐々に理解し合っていく過程に「帝都物語」的な要素が存分に加わり、男性客も飽きさせない展開になっています。

 クライマックスに発現する美世の力の作用がよく分からなかったので、6巻まで出ている原作小説の1巻だけ読みましたが、映画のクライマックスに当たる部分はなく、美世の力への言及もありませんでした。原作はライトノベルで作者のデビュー作のためもあって、小説としては筆力も描写力も足りず、全然物足りません。この原作をよくぞここまでの映画にしたなと感心します。脚色の菅野友恵(「夏への扉 キミのいる未来へ」「浅田家!」)と塚原監督のコンビが力を発揮したのでしょう。

 続編ができそうなラストでしたが、今回のように原作を大いに補強して作ってほしいものです。1時間55分。
▼観客多数(公開7日目の午後)

「シャザム! 神々の怒り」

 DCエクステンデッド・ユニバース12作目で、「シャザム!」(2019年)の続編。神アトラスの娘たち(ヘレン・ミレン、ルーシー・リュウ)が巨大なドラゴンとともに襲来し、世界中を巻き込んだ戦いに発展するというストーリー。前作は楽しく見ましたが、今回は今一つの出来で、終盤、DCのあのキャラが出てくる場面だけ良かったです。ここがうまいのは序盤に後ろ姿だけを見せて、「まあ、吹き替えだろうなあ」と思わせる場面があり、登場に意外性があるからです。

 ただし、海外ポップカルチャー専門メディア「THE RIVER」によると、ここには当初、ブラックアダムが登場するはずだったとのこと。昨年公開された「ブラックアダム」(ジャウマ・コレット=セラ監督)を見た時、「シャザムと同じ能力だ」と思いましたが、ブラックアダムは「シャザム!」のヴィランで、1作目に悪役として登場予定だったそうです。それを主演のドウェイン・ジョンソンが別々の作品として作るよう要求したのだとか。そうした背景がどちらの映画も目新しさのないVFXだけの薄味作品になった要因なのかもしれません。

 シャザムは主人公の子どもが筋肉隆々の大人のスーパーヒーローに変身するのが特徴ですが、主人公は既に高校3年生。スパイダーマンと同世代なのでそのままの姿でヒーローになってもいいんじゃないかと思えます。監督は前作に続いてデイビッド・F・サンドバーグ、2時間10分。
IMDb6.7、メタスコア46点、ロッテントマト53%。
▼観客3人(公開4日目の午前)

2023/03/19(日)「Winny」ほか(3月第3週のレビュー)

 「Winny」は一世を風靡したファイル共有ソフトWinnyを開発したプログラマー金子勇さんの不当逮捕と裁判をめぐる実話を松本優作監督が映画化。

 ナイフで人を刺した事件の場合、ナイフを作った人が罪に問われるかという例が映画の中で示されますが、これが事件の本質を非常に分かりやすく示しています。そんなわけがあるはずないですが、Winny事件で、警察と検察はそれをやってしまいました。2ちゃんねるなどでの書き込みから著作権法違反を幇助するためにWinnyを開発したと強引に主張したわけです。

 馬鹿げたことに裁判所も一審では有罪判決を出しました。最終的に最高裁まで争い、金子さんは無罪を勝ち取るわけですが、映画が重点的に描いたのは一審判決まで。この点について松本監督は「最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味での勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました」としています。

 映画は同時に愛媛県警の裏金作りを告発した仙波巡査部長(吉岡秀隆)を描きます。これがWinny事件とどう関わってくるのかと思ったら、裏金作りの証拠書類がWinnyで流出してしまったからでした。Winnyの脆弱性を利用したウイルスによってこうした流出事件が続いたほか、匿名の告発ツールとして使えるWinnyを権力側が問題視したのではないかという疑いもあるように思えました。

 日本映画には珍しく関係者はすべて実名。松本監督は取材を重ね、実名ドラマに耐えうる内容にしています。三浦貴大演じる弁護士の壇俊光さんは映画に協力し、法廷シーンを細かくチェックしたそうで、「法廷シーンのリアリティーはこの映画がナンバーワン」と自信を見せています。社会派的側面とエンタメ性がうまいバランスの傑作だと思います。

 金子さんは最高裁判決の1年半後の2013年、42歳で急死しました。映画の撮影初日、体重を18キロ増やして金子さんを演じた東出昌大を見て、金子さんのお姉さんは号泣したそうです。2時間7分。
▼観客1人(公開7日目の午後)

「シン・仮面ライダー」

 一般的に芳しくない評価になっていますが、僕はこれもありと思いました。ちょっと長く感じる(中だるみがある)のが玉に瑕ですが、長すぎてうんざりするわけではありません。仮面ライダーとヒロインが2台のトラックに追われて山道をバイクで疾走する冒頭の場面をはじめ、アクション場面にスピード感と迫力があるほか、庵野秀明監督らしい細かい設定で物語を構成しているのが魅力になっています。

 1971年の初代仮面ライダーを今の映像技術でリメイクするのは「シン・ウルトラマン」と同じ手法。企画・脚本・製作・編集を担当した「シン・ウルトラマン」より庵野色が強く出たのは、自ら監督しているからでしょう。ウジウジしたバッタオーグこと仮面ライダー=本郷猛(池松壮亮)と強くぶれないヒロイン緑川ルリ子(浜辺美波)というキャラは庵野映画にはおなじみの設定。

 特に綾波レイと真希波・マリ・イラストリアスを合わせたような役柄の浜辺美波はビジュアル的には完璧でした。ただ、セクシーさは皆無なのでオタク男子が求める萌えキャラにはなっていません。体にぴったりしたボディスーツを着る場面でもあれば、中高生はイチコロだったでしょう。観客に中高生は少なかったですが。

 予告編ではまったく伏せられていましたし、公式サイトにも記載がありませんが、サソリオーグ(怪人)役で長澤まさみが出演。ハチオーグ役の西野七瀬と浜辺美波まで好みの女優を3人も出してくれたので、文句を付ける筋合いはありません。このほか松坂桃李、大森南朋、斎藤工、竹野内豊などなど、よくぞキャストを公開まで伏せてたなと感心します。

 アクション監督は田渕景也。橋本環奈主演の「バイオレンスアクション」(2022年、瑠東東一郎監督)でもアクション監督を務めてました。2時間1分。
▼観客多数(公開2日目の午前)

「対峙」

 高校で起きた銃乱射事件の被害者家族と加害者家族の対話を描いたドラマ。生徒10人が殺され、犯人の生徒も自殺した事件から6年後、息子の死をいまだに受け入れられない夫婦が加害者の両親と会って話をする機会を得る。

 どちらの家族も心に傷を受けており、それを修復するためのこうした対話を「修復的司法」と言うそうです。間違いだと分かっていても、被害者家族は加害者家族を責めてしまいます。どちらにとっても、辛い対話の場ですが、相手の立場を深く知ることで相手を理解することにつながっていきます。ほとんど4人だけで進行するドラマですが、緊張感あふれる対話から目が離せない作品になっています。

 俳優のフラン・クランツの初監督作品。1時間51分。
IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開5日目の午後)

「小さき麦の花」

 中国西北地方の農村を舞台に、貧しい農家の夫婦を描いたドラマ。農家の四男ヨウティエ(ウー・レンリン)は障害のある内気なクイイン(ハイ・チン)と見合い結婚する。お互いに家族から厄介払いされるかのように夫婦になった2人は麦を植え、土から煉瓦を作り、自分たちだけで家を建てる。苦労の多い2人の生活を淡々と描いていきますが、地道にコツコツと生きる姿は美しく、見ていて胸を締め付けられる思いがします。

 同時に物質的な豊かさは幸福に必須のものではないと思えてきます。「あなたのお兄さんの家に行った日に見たの。あなたがロバに優しく餌をやっているのを。このロバは…私より幸せだと感じた。あなたはいい人、一緒に暮らせると思った」。クイインは最初に出会った日のことをそう話します。村で一番貧しくても、相手を信頼し、助け合いながら生きている2人は幸福だったのだと思います。

 パンフレットによると、時代設定は2011年とのことですが、テレビもない生活なので、もっと昔の時代とばかり思っていました。大地とともに生きる2人の姿は新藤兼人監督の傑作「裸の島」(1960年)の殿山泰司と乙羽信子を彷彿させます。

 終盤の唐突な展開には疑問を感じましたが、リー・ルイジュン監督は「永遠の別れというのは生活の一部分であり、誰もが直面しなければならない日常だからです」と話しています。

 監督は1983年生まれ。子どもの頃に見た農村での光景が映画の元になっているそうです。中国では口コミやSNSで良さが広まり、公開から2カ月後に興行収入トップとなった後、突然、劇場での上映と配信が打ち切られたそうです。中国政府にどんな意図があったのか分かりませんが、農村の貧しさを描いた内容が問題視されたのでしょうかね。2時間13分。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午後)

「銀平町シネマブルース」

 さびれた商店街にある映画館「銀平スカラ座」を舞台にしたドラマ。いまおかしんじの脚本を城定秀夫が監督し、久しぶりの小出恵介が主演を務めています。

 ある事件にショックを受け、ホームレスとなった映画監督が銀平スカラ座の支配人(吹越満)と知り合い、劇場で働くようになる。同僚のスタッフやベテラン映写技師、役者、ミュージシャン、中学生ら常連客たちと交流し、映画を作っていた頃の自分と向き合う。

 新鮮味のある題材とは言えませんし、取り立てて優れているわけではありませんが、僕は普通に面白く見ました。「アルプススタンドのはしの方」の小野梨奈、シンガーソングライターの藤原さくら、小出恵介の元妻役さとうほなみなど、城定監督は女優の趣味が良いです。映画館のバイト役・日高七海は宮崎市出身とのこと。1時間39分。
▼観客4人(公開6日目の午前)